生物の頂点
数日間、無難に採取依頼のみを受けていたコータ。
その間、偶に捨てられた物の中から使えそうな部品を回収していた。
使う使わないに関係なく、スキルのレベル上げに利用する為でもあった。
その成果は次の通り。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コータ
<ステータス>
レベル:6 (+4)
HP:72 (+26)
MP:0(固定)
腕力:37 (+13)
脚力:57 (+22)
魔力:0(固定)
防御:22 (+6)
<スキル>
鑑定【4】 回避【2】 剣術【2】
整備【5】 鍛冶【3】 彫金【2】
魔法無効【-】 木工【3】 合成【1】
気配察知【3】 採取【5】
<呪い>
魔封じ
<称号>
異世界人
転移者
女神リリーエルの慈愛
封じられし者
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
討伐依頼はしていないので、戦闘系のスキルは剣術以外成長していない。その剣術も、木を削って木剣を作り、日課として毎朝素振りを始めた成果だった。効果があると良いな…レベルでコータは考えて始めたのだが、しっかりと身になっていた。
逆に、採取依頼ばかりしていたお陰か、採取スキルがレベル5まで上昇していた。
スキルのレベルボーナスは、統一して3で獲得した。
鍛冶の場合、打ち直し作業時の効率に補正が掛かる。
木工の場合、木材加工作業時の効率に補正が掛かる。
気配察知の場合、察知範囲上昇。
採取の場合、採取作業時の品質上昇率に補正が掛かる。
これまでの依頼の最中でも何度か魔物を見掛けたが、隠密系のスキル取得を期待したコータは気付かれる前に隠れてやり過ごしていたりする。今のところ効果は見られないが……。
そして本日、コータは漸く討伐依頼を受ける事にした。
内容は、小鬼の討伐。ゴブリンとはまた違い、より小柄な魔物だ。
目撃情報は3体で、武装の類は無し。
場所は近くの村で、家畜が度々被害に遭っている。
最初に受ける討伐依頼ならお勧めです…とコータは受付嬢から言われ、戦闘系スキルがあれば問題無く達成できますよと更に推してきたのでやる事にしたのだった。
早速、コータはギルドと提携している武具店で装備を揃える事にした。
ナイフは以前購入していたので、短剣と革鎧を購入する。店主は言葉数こそ少ないものの、心優しいようで助言をコータにくれた。その助言に従い、携帯砥石を含む手入れセットと、とある道具一式も購入して出発した。
村に到着したコータは、何とも言えない歓迎を受けていた。
「そのぅ…お1人で大丈夫でしょうか」
討伐依頼を受けてやってきたのは1人。しかも、コータは年齢よりも若く見えるので、少年と言っても良い見た目をしている。
家畜が被害に遭って困っている村人達からすると、コータは頼りなく映った。
「あはは……大丈夫ですよ」
そう言う他無かった。
受付嬢からのお墨付きがあるとは言え、コータ自身は初めての討伐になる。当然ながら、小鬼は見た事すら無い。けれど、だからと言って依頼主を不安にさせる言葉は言えない。
コータが事前に集めた情報によると、小鬼はゴブリンと違って人を襲わない。と言うよりも、自分より大きな相手には襲い掛からない。
そして、武装していない個体であれば、動きがそこそこ素早いものの、力が無いので攻撃されても大怪我はしないで済む。普通であれば斃す前に逃げられるのだが、戦闘系スキルか魔法系スキル持ちなら斃しきれる。若しくは罠に掛けて捕獲し、逃げられないようにしてから斃すという方法もある。
この村で、そういった事のできる人は居なかったのかと気になったコータは聞いてみた。
すると―――
「若い衆は女子しかおらず、年寄り連中も罠の知識が無いものでして……」
――という事だった。
聞いた話では、このところずっと男児に恵まれず、このままでは村の存続すら怪しいらしい。
今すぐどうこうとはいかないが、近隣の町村から婿を貰わないといけなくなってきているそうだ。しかし、この村に態々婿に来ようとする人は居ない。それほどの魅力が無い為だ。
話が進む度、段々と落ち込み始めた村長を見ていられず、コータは話題を変えて被害に遭った家畜の場所へと案内してもらう事にした。
家畜は豚と鶏だった。
どちらも柵が壊された跡があり、突貫工事で修理したように見える。
最初の被害は豚だったらしいのだが、追い払ったら今度は鶏が被害に遭った。逃げ足も速く、巣が何処にあるのかも不明。
その後は豚と鶏のどちらにも現れ、ついには人手が少ない時に負傷者が出てしまい、依頼を出す決断をした。
そういう経緯らしい。
「では、罠を張りますのでこの付近には近付かないように注意をお願いしますね」
「わかりました」
侵入跡のある場所へ罠を設置し、引っ掛かったところへ強襲を掛ける。コータがそう説明すると、村長は神妙な顔つきになって承諾した。
コータが力押しで解決しようとする無謀な子供ではないと知り、村長はほんの少しだが安心したのであった。
コータの用意した罠は、単純だが見つかり難いとりもちタイプのものだ。
軽く地面を均し、土台を打ち込む。その上にスライムの粘液で作成された接着液を塗る。接着液の色合いは地面とほぼ同じ土気色。
小鬼はゴブリンよりも知能が低い。障害物は避けるが、足元が少々汚れている程度では気にせず移動する。今回はそれを利用し、小鬼が逃げられないようにして斃す算段だ。
罠を設置して小1時間。
姿を隠していたコータの耳に、ギャーギャーと喚く声が聞こえてきた。
(………いた)
急いで駆けつけると2体が罠に嵌まっており、少し離れた位置で残りの1体があたふたしている。1体だけで逃げ出さないあたり、仲間意識は強いのかもしれない。
聞いていた通り小柄で、背の高さはコータの腰元辺り。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
小鬼
<ステータス>
レベル:5
HP:26
MP:12
腕力:11
脚力:18
魔力:6
防御:8
<スキル>
逃げ足【6】 悪食【2】
<詳細>
比較的小柄な人型の魔物で、基本的には群れて行動する。
雑食性で何でも食べるが、肉を好む。
潜在的に複数の進化先を持つ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レベルは全員同じく5、他のステータスは±2でだいたい似たようなものだった。
これならいけると確信したコータは、罠とは反対側に回り込んで小鬼に接敵する。
コータの存在に気付いた小鬼は、焦って罠のある方向へ逃げ出して足を取られる。
(おお! 上手い具合に嵌まった)
コータは体格差を利用し、安全な位置から小鬼の首を撥ねていく。
首が急所だからか、全て一撃で斃しきれた。
危なげなく討伐は終わり、討伐証明となる魔石を―――
(うぉぇっ……うぷっ………)
――剥ぎ取る作業に苦戦していた。
言うまでも無いが、コータは魔物はおろか動物の解体をした事が無い。……当然、解体現場を見た事も無い。
魔石は魔物には必ず存在し、その在りかは心臓部分となっている。どんなに小さくとも使い道があるので、魔物を斃した際には必ず剥ぎ取るのが常識だ。逆に言えば、小鬼は魔石以外に使い道は無い。
取り出すには胸元を切り裂く必要があるので、かなりグロテスクな光景である。
必要な事だと割り切り、コータは涙ぐみながらも頑張って作業を続けた。
「ありがとうございました!」
魔石を剥ぎ取り、罠を含めた片付けを終えて、コータは村長に完了報告を行った。
迅速に討伐を終えたからか、村長はとても感謝していた。お礼と共にコータの手を握るほどに……。
依頼完了の署名を貰い、村長からは一休みして食事でもと誘われたのだが、コータは食欲が湧かなかったので遠慮した。
「残念です。……ああそれと、申し訳ないのですが小鬼の死体の処理もお願いできますか?」
「…と言いますと?」
「普通であれば焼却してしまうのですが、もし他の魔物を誘き寄せてしまったらと思うと、不用意にこの村で焼く訳にも……」
「成程………」
話し合った結果、コータが山へ捨ててくるという事になった。
魔物の肉は他の動物か魔物の餌になる。魔石を取り込むと魔物は強化されるが、肉だけであれば問題は無い。寧ろ、村から離れた場所へ捨てる事で誘導に使えたりもする。
来た時とは違う好意的な視線に見送られながら、コータは村を後にした。
カルパスへ戻る道中を少し逸れ、コータは山へと到着した。
麓の周辺だと、何かの拍子に村道へ魔物が出てくるかもしれないので中腹まで登ってきていた。
探れる範囲に気配が無い事を確認したコータは、鞄から小鬼の死体を取り出し捨てていく。
穴を掘った方が良いかと一瞬考えたが、長居しない方が良いかとすぐに考え直す。
さて下山するかと踵を返したその瞬間―――
「ガァァァァァアアア!!!」
――上空から咆哮が聞こえ、直後に気配察知が反応した。
と同時に、悪寒を感じたコータはその場に立ち竦み、足が震えだす。
なけなしの理性を総動員して首を無理矢理動かし、咆哮の主を見遣る。
そこに居たのは、竜だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドラゴン
<ステータス>
※鑑定に失敗しました。
<スキル>
※鑑定に失敗しました。
<詳細>
最強且つ生物の頂点とされる竜種の基本種族。
肉食性で、特に生きている動物を好む傾向にある。
進化先は多岐に渡り、個体差や環境によって決まる。
知能は高いが狂暴であり、同種以外には積極的に襲い掛かる。反面、勝てないと悟るとすぐに逃亡する。
<個体情報>
初撃で相手の強さを測る癖がある。
腐肉と毛が苦手。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい―――――)
この世界での竜種にはワイバーンも含まれ、下級竜に区分される。ドラゴンから中級竜となり、その進化先に上級竜が存在する。他に古代竜等も存在しているが、人前に姿を現さない為知られていない。
普通に鑑定は失敗した。
何やら個体情報にツッコミどころがあるが、コータにその余裕は無い。ドラゴンに完全に捕捉されているからだ。その視線はしっかりとコータを見据えている。
ここ数日で、コータは魔物についても調べていた。
ドラゴンと遭遇したら、見つからないように隠れろ。それが無理なら、人里とは反対方向へ即座に逃げろ。それも無理なら諦めろ。
総じて戦うなという内容であった。
人里へ現れた場合、国が軍を率いて討伐する必要が出てくる。
そんな存在が、今目の前に居る。
コータは足が震えている所為で逃げられない。……いや、道らしい道のない山の中では、足場も悪く空を飛んでいる相手から逃げられる道理は無かった。
――怖い。
――何でここに?
――どうすれば助かる?
――何ができる?
――何かをして意味があるのか?
コータは加速した思考で様々な事を考え―――――無理だと結論付ける。
そもそも動けない。
何をするにも手段が無い。
何をしても通用する気がしない。
つまり、選択肢すら無い。
コータが諦めにも似た境地に至った時、ドラゴンがコータの目の前に着地した。目の前といっても、距離にして約50メートルはあるのだが、その巨体の所為で実際の距離よりも近く感じてしまう。
ズゥゥゥーンという大きな音と共に、地震にも似た揺れが起きる。
コータはこけそうになるも、何とか踏みとどまった。踏みとどまれた。
(足が……)
足の震えが、最初よりも治まってきている。
諦めが一種の鎮静効果を及ぼしたのかもしれない。
ふと、そんな事をコータが考えていると、ドラゴンの口が開き―――
「グルルァァァアア!!」
――火炎を吐き出した。
それはブレスと呼ばれ、種族によって吐き出すものの属性が変わる。
基本種族であるドラゴンの場合は炎だ。
ブレスが周囲の草木ごとコータを襲う。
(回避―――――無理……)
コータは目を瞑って両腕で顔を庇った。
魔物から目を逸らす……一番やってはいけない事だったが、コータはブレスへの恐怖から咄嗟に行動していた。
凄まじい爆発音、木々が焼け、又は吹き飛んでいく音をコータは聞いていた。
自分は勿論の事、周囲の被害も恐ろしい事になっているだろう……。
と、そこまで考えた時、コータは違和感を覚える。
――熱くない?
ブレスを浴び、今自分は焼けている筈。
周囲から聞こえてくる音や焼け焦げた臭いからも、それは間違いない……と思うのだが、いつまで経っても自身に変化が訪れない。
どれほどの時間が経ったのか、ブレスが止んだ。
恐る恐る目を開けるコータ。
腕を下ろすと、目の前のドラゴンと目が合った。
「グルルゥ?」
まるで、「何で無事なの?」とでも言いそうな表情に見えるドラゴン。
それに返す余裕は、コータには無い。
呆気に取られた様子のコータ。
しかしその表情は、ドラゴンからすると「え? 何してんの?」と言っているようにも受け取れた。
ブレスを浴びて無事な人間。
ドラゴンからすれば、不可解であり不気味に映った。
そしてそれは、若干の恐怖を生じさせる。
「――ッ!!」
立ち去ろう。
ドラゴンは即断した。
例え食べても満足できそうにないサイズ。にも拘らず、ブレスの効かない存在。
意味不明な存在には、関わらない方が良い。
そう考えたドラゴンは、脇目も振らずに飛び去って行った―――
「――え?」
1人、取り残されたコータ。
状況が掴めず、頭の理解が追い付かない。
……が、どうやら自分は助かったらしいと気が付く。
力が抜け、その場に座り込むコータ。
その際、視線が下に向いて漸く気付く。
「は? ……服が、無い」
コータは真っ裸になっていた。
先程のブレスで服が全焼していたのだ。
鞄は不壊だから無事だったが、服や下着は店売りの普通の物だから耐えられる訳が無い。
では、コータは何故無事だったのか?
実は、この世界の竜種が吐くブレスは魔法に区分される。火炎袋がどうのとかいった仕組みは一切無く、その威力は魔力の高さに左右される。
結果として、魔法無効を持つコータにブレスは効果が無かったのだ。
暫く放心していたコータは、落ち着きを取り戻し漸く体に力が入り始めたので、取り敢えず鞄に入れていた替えの服を着た。
何故自分は無事だったのか?
何故ドラゴンは飛び去って行ったのか?
理由の解らない事だらけだが、少なくとも自分は生きているのだからとコータは前向きに考える事にした。
(早く帰ろう……)
ブレスの影響で見晴らしの良くなった山道を下り、コータは急いでカルパスへの帰路へ着いた。
以前よりも移動時間が短くなっていた事にコータが気が付くのは、翌日になってからだった……………。