整備スキルと鍛冶スキル
「んぁ? ……あ、そうか、そうだった」
目を覚ましたコータは、天井を見て一瞬『どこ?』と思うも、すぐにここが異世界だった事を思い出す。
昨日は食事の後に部屋へ戻り、そのまま寝落ちしてしまっていたらしい。
コータは体を起こして、軽く伸びをする。
手櫛で髪を整え、部屋を出る。
「あ、おはよー」
「おはよう」
「朝ごはんどーする?」
「お願いするよ」
「はいよー、そこに座ってて」
空いてる席に座って待つコータ。
既に準備されていたのか、それ程時間を置かずすぐに朝食が運ばれてきた。
「はい、お待たせ。朝は軽い方が良いって人多いから、夜とは違うパンと、たまごを使った野菜炒めだよ」
「ありがとう」
パンは食パンだった。
野菜炒めは9つの塊になっている。食パンに乗せて食べやすそうなサイズだ。
たまごを使っているのは、固める為なのかもしれない。
そう思ったコータは、食パンに先ず1つ乗せてかぶりつく。
(おぉ、美味しい!)
野菜炒めの味付けは醤油ベースなのか、塩分強めだ。食パンと一緒に食べると丁度良い味の濃さだったので、それ前提で味付けされたものなのだろうとコータは考えた。
1つ1つ味わって食べたコータは満足し、料金を支払って冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの中は、昨日の様子とは打って変わって賑わっていた。
依頼ボードの前には人だかりができており、依頼を取り合う様子も見受けられる。
熱気が凄いなぁ……と、どこか他人事な感想をコータは持った。
出遅れた感もあり、人だかりに突入する気が起きなかったコータは、人数が減るのを待った。
まばらになってきた頃合いで、コータは依頼ボードへ近付く。
ぱっと見で、依頼の残りは半分以下に減っていた。
この分だと、所謂おいしい依頼というものは無くなっているんだろうなとコータは思いつつ、残った依頼を確認していく。
昨日見た依頼は相変わらず残っており、期限も延長されていた。……余程受ける人がいないのだろう。
そんな中、コータは1つの依頼に目を留める。
「身切草の採取……」
知らない名前の植物だった。
依頼内容を見るに、薬の材料となるらしい。報酬は1束―――10本―――につき大銅貨1枚、上限無し。
群生地もあるらしく、危険度も低いのかランクフリーの依頼になっている。
ただ、一見簡単そうな依頼なのに残っている…という事がコータは気になった。
「でもまあ、他に簡単そうな依頼は見当たらないし、受付で確認してみるかな」
依頼用紙を剥がし、受注処理を行う受付へ持って行くコータ。
「おはようございます。依頼表とギルドカードをお預かりします」
「あ、お願いします」
依頼用紙を確認している受付嬢に、コータは質問する。
「あの、身切草の見本とかって確認できますか?」
鑑定が使えるコータの場合、間違って採取する事は無い。しかし、外見を知っていれば無駄に探す必要も無くなる。だからコータは、見本があれば見ておきたいと思った。
「? ……ああ、初めてこちらの依頼を受けるのですね?」
最初、不思議そうにしていた受付嬢であったが、コータのランクから初見の依頼なのだと推測し、確認を取った。
「はい」
「でしたら……こちらをお渡しします。返す必要はありませんが、必要なくなった場合には納品の際に返却して頂ければ大丈夫です」
受付嬢は1枚の用紙を取り出し、コータに渡す。そこには、身切草の絵と簡単な説明が書かれていた。
受注処理が終わった受付嬢は、ギルドカードをコータに返す。
依頼用紙には整理番号が割り振られている。その整理番号にギルドカードの情報を登録し、受注処理が行われる。依頼完了報告の際には、ギルドカードによる本人確認と納品物の確認を併せて行い、問題が無ければ達成となる。
「では、お気を付けて行ってらっしゃいませ」
受付嬢に見送られ、コータは冒険者ギルドを後にする。
採取用のナイフを調達し、町の外へ出るついでに仮の身分証を返却して銀貨1枚を返してもらったコータは、冒険者ギルドから貰った身切草の説明文を見ながら、群生地へと向かって歩いていた。
ご丁寧な事に、説明文の下に地図も書かれていたので迷う事も無い。
この大陸の文明レベルで言えば、これほどの物を無料でくれるというのはおかしいのだが、この時のコータは別の事に気を取られて全く気付いていなかった。
その別の事とは―――
「この群生地って物凄く遠いのでは……」
――身切草の群生地までの距離だった。
地図の縮尺やなんかは書かれていない。しかし、おおまかにどのくらい時間が掛かるのかは書かれていた。なんと、単に移動するだけで往復に半日も掛かるらしい。採取する時間を考えると、1日で帰ろうと思えばそんなに量を採れない。
成程、どうりでこの依頼が残っていた訳だとコータは納得した。
それと同時に、少し考えたコータは結論を出す。
「……軽く走るか」
コータは、今の自分の能力を知らない。
いや、ステータスという意味では数値でわかるが、その数値がどの程度のものなのかを知らない。
それに、持久力は数値化されていない。
自分の限界は知っておきたい。
この世界の危険性を実感していないコータは、早めにその必要があると判断した。これは、日本でのコータの仕事が、事前準備で8割~9割が決まる内容だったからこそ思う事であった。
そうと決めたコータは、持久走をするつもりで軽く走り出す。肩から下げている鞄が揺れて少し邪魔だが、途中から脇に挟んで固定した。
なんだか今日は調子が良いなと感じながら、コータは少しずつペースを上げていった―――――
「――おかしい」
凡そ1時間後、コータは身切草の群生地の1つに到着していた。
ここへ来るまでに魔物どころか動物すら見掛けなかったのは、運が良いのか判断に困っている。
想定より早いどころか、半分も時間が掛かっていない。
そして何より―――
「殆ど疲れなかった」
――途中で休憩を挟まなかったのに、軽い疲労感しか感じていない。
それも、最終的には日本に居た頃よりも速く走っていたにも拘らずだ。
「貰ったのは本当にスキルだけ………?」
疑問に思うコータであったが、それも仕方のない話であった。
コータには説明されていない事だが、1つスキルを与える度に、体に馴染ませる為に少しずつ補強されており、その結果持久力が異様に伸びていた。そしてそれは、ステータスに表れていない。
この世界でのステータスは、戦闘時に必要な数値を表したものである。それも、直接的なもののみだ。
よって、生産に必要な器用の数値も表示されていない。
では、弓や細剣等の一般的にゲームで器用さがダメージに影響する武器を使っている人達はどうなのか、という点に関してだが、器用さは動きに影響するだけでダメージそのものには影響しない。確かに取り回し次第では、一撃一撃の速度が増し手数は増えるだろう。しかし、手数が増えるだけで威力が上がる訳では無い。実際のところ、弓を引いたり細剣で刺したりする場合、相手にダメージを与える為に必要となってくるのは筋力である。いくら動きを工夫したところで、力が無ければ刺さらない。刺す場所云々は、当たりどころの問題であって器用さは関係無い。
運に関しては微妙なところだが、実はレベルに関係無く日々数値が変動している。その為、戦闘が運に左右されると安定した戦闘ができないと考えた神々が、器用と同じくマスクデータとして表示させない事としたのだった。
困惑し、釈然としないコータではあったが、取り敢えず今は依頼を達成しようと目の前に群生している身切草を見る。
冒険者ギルドから貰った用紙の説明に従い、地上からこぶし大の長さを残して採取する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
身切草
<品質>
良
<詳細>
特定の植物と混ぜ合わせる事で、傷薬や化膿止めになる。単体でも、すり潰す事で効果は低いが塗り薬として使える。また、特定の鉱石と混ぜ合わせる事で遅効性の毒になる。
食用不可。
湿気の多い地を好む。
生命力が強く、茎が残っていれば5日程度で再生する。
品質は保存期限に影響する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
依頼は、良品質以上の指定となっていた。
鑑定して品質に問題が無い事を確認したコータは、黙々と採取を続けていく。束にする紐は持っていないので、近くに生えていた背の高い雑草を代わりに使った。
群生地の半分くらいを採取した時、コータは視界の端に何かを発見した。
(ん? あれは……)
見つけたのは何かの残骸。
遠目では、不法投棄かのように適当に投げ捨てられているように見受けられた。
鉄や石、木も混ざっており遠目ではよく解らなかったコータは、近寄って確認する。
「車輪…と、木片や金槌に鍬? 斧もある」
まるで、荷を運んでいたところを襲われ、諦めて逃走したらこんな感じになる……と言えなくもない惨状だった。
荷と思われる物が放置されている事を鑑みると、盗賊の類では無い気がしたコータ。念の為周囲の気配を探り、特に反応が無い事を確認して改めて物色する。
「んー……。あれ?」
車輪を手に取った時、一部が赤色に光り、他にも数ヵ所緑色に光った。
これはなんぞ? と思いながら、コータは手を放す。すると、全ての光が収まった。
「なんだ、気の所為………じゃないな」
再度車輪に触れると、先程と同じ部分が同じ色に光る。
色の違いが気になったコータは調べてみる事にした。
(発光してるのは……部品かな? 赤は…ダメだ、損傷が酷くて使い物にならない。じゃあ緑色は…ああ、見た感じだと無傷で無事だし多分使える。発光してない部品は…所々傷が入ってるけど、手入れをすれば使えない事も無い……ように見える)
要するに、赤色に光る部品は再使用不可。緑色に光る部品はそのまま再使用可。その他の部品は手入れをする事で再使用可。……という事のようであった。
この発光現象は、コータが触れる事で発生した。
その事実に気が付いたコータは、心当たりのあるスキルを確認した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
整備
<詳細>
分解・組立・手入れ作業に補正が掛かる。
レベルに応じて器用さが上昇する。
<レベルボーナス>
レベル3:損傷度判別能力付与
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(レベルボーナス? 昨日見た時こんなのあったっけ? ……あ、鑑定のレベルが3になってる)
さりげなく新事実も発覚し、疑問を解消したコータは、今度は別の悩みを抱えた。
目の前にあるこの残骸から、使える部品を持って帰るか否かだ。
勿論、現状で使い道は無い。しかし、職業病というやつなのか、コータは使える部品というだけで保管する性質だった。
恐らくこの残骸の回収に来る人は居ない。
ぱっと見でも、長い間放置されていた事がわかる状態だからだ。
これらを捨てて逃げたと思われる人が無事かは知らないが、無事なら回収に来ようと思えば来れた筈である。
――だったら、持って帰っても良いんじゃない?
勿体無い精神でコータはそう考えていた。
「………分解すか」
結局、コータは悩んだ挙句に分解して使える部品を持って帰る事にした。
とは言え、大きい物は鞄に入らない。反対に、長さは無視できる。
分解は思ったよりもスムーズに終わった。
整備スキルの恩恵か、普通なら道具が無いと無理な嵌め込みも素手で分解できた。
最終的には車輪の軸や鍬の柄、金属部分は大半が無事で、他に斧と金槌がそのまま使えそうだったので鞄に仕舞い込んだ。
(さて、もう帰ろうか……)
太陽の位置的に、既に昼を回っている様子だったので、コータは町へ帰る事にした。
「では、確認しますのでこちらへお願いします」
町へ戻ったコータは、そのまま冒険者ギルドへ完了報告に来ていた。
受付嬢は、コータが受けた依頼の確認をした後、納品物を乗せるトレーを出した。
コータは、促されるままに束にした身切草を出していく。
その束が30を超えた時、受付嬢は感心した様子だった。受注したその日に帰ってきて、この数の納品は珍しかったから。
その束が80を超えた時、受付嬢は目を見開いて呆けていた。いくら採取の腕が良くても、この数の納品は初めて見るからだ。
その束が120を超えた時、受付嬢は漸く正気に戻る。現実逃避している場合では無い、という事に許容量を超えたトレーを見て気が付いたから。
「その…申し訳ありませんが、これ以上はトレーで運べなくなります。入れ替えますので少々お待ちください」
まだ納品物を出そうとするコータを慌てて止める受付嬢。
近くの職員を呼んで、運ぶのを手伝ってもらう。
入れ替えたトレーにも限界まで乗せ、結局トレーが3つ分の身切草を納品したコータ。
「査定に時間が掛かりますので、また後程いらしてください」
「わかりました」
持ち込んだ数が数なので、コータは出直す事になった。
とは言え、時間を潰せる場所に心当たりは無い。
そう考えたところで、コータは着替えが無かった事を思い出し、立ち去る前に受付嬢へ店の場所を聞く。
「あの、衣類を売っているお店を知りませんか?」
「衣類ですか? でしたら、1つ向こうの通りに服飾店がございます。そこでは古着も扱っておりますので、安く購入できると思いますよ」
「ありがとうございます」
丁寧に説明してくれた受付嬢にお礼を言って、コータは冒険者ギルドを後にした。
服飾店へやって来たコータは、早速古着の中から動き易そうな物を探し、数着購入した。
時間的にはまだそれ程経っていないので、コータは一度宿に戻る。
部屋に入ったコータは、回収してきた斧と金槌を取り出す。斧は当面の護身用に、金槌は鍛冶スキルがあるからという安直な理由だった。
斧はそのままでも使えそうだったのだが、少しだけ歪んでいるのがコータは気になっていた。
斧を見ながら金槌を構えると、なんとなくどこを叩けば良いかが解る。その直感に従い、コータは軽く金槌を振り叩いていく。
やや高めの金属音を鳴らしながら、少しずつ矯正されていく斧。それなりに時間を消費し、直感が反応しない状態になったところで止める。
コータは斧を矯めつ眇めつし、目視では歪みが無くなった事を確認して満足した。
鞄に収納し直したところで、コータは自分のステータスを確認する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コータ
<ステータス>
レベル:2 (+1)
HP:46 (+6)
MP:0(固定)
腕力:24 (+3)
脚力:35 (+5)
魔力:0(固定)
防御:16 (+1)
<スキル>
鑑定【3】 回避【2】 剣術【1】
整備【4】 鍛冶【2】 彫金【1】
魔法無効【-】 木工【2】 合成【1】
気配察知【2】 採取【1】
<呪い>
魔封じ
<称号>
異世界人
転移者
女神リリーエルの慈愛
封じられし者
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(レベルが上がってる……)
鑑定や整備、鍛冶と木工に気配察知のレベルも上昇し、新しく採取が生えていた。
この事と自分のこれまでの行動から、コータは戦闘をしなくても自身のレベルが上がるのだろうと当たりを付けた。加えて、スキルも関連していれば経験として蓄積されるのだろうと……。
鍛冶は金属を、木工は木材を使った作業をしているし、それらは整備作業の一環でもある。
これなら、積極的に討伐依頼を受ける必要は無いかなと安堵の息を洩らすコータだった………。
改めて冒険者ギルドへやって来たコータ。
納品した受付でギルドカードを提示して確認すると、査定は終わっていると告げられる。
「報酬を持って参りますので少々お待ちください」
すーっと素早い動きで奥へ引っ込む受付嬢。
そして言うほど時間を置かずに戻ってくる。
「お待たせしました。納品数が丁度300束でしたので、報酬は銀貨3枚となります。ご確認ください」
「あ、はい。…あの、銀貨1枚を大銅貨に変えてもらえますか?」
「はい、大丈夫ですよ。………大銅貨100枚になります。ご確認ください」
両替用のものは常備してあるのか、すぐに取り出し渡される。
コータは枚数を数えて問題ない事を確認すると、お礼を言って離れた。
一応今残っている依頼を見てみるが、代わり映えのしないものばかりだった。
(また明日見てみようかな……)
受けられそうな依頼が無いと判断したコータは、宿屋へ戻る事にした。