町へ
康太改めコータを見送り、安堵して一息吐く女神―――リリーエル。
初対面の印象から、協力を得るのは難しいと思っていただけに、今は一安心していた。
物怖じせず言い返してくる姿は、最初こそクソ生意気だと感じていたが、その口から出てくる言葉の正論パンチに圧され、徐々に憤りは無くなっていった。実際のところ、もっと穏便に連れてくる方法はあったのだ。ついつい楽な方法を取った所為で、向こうの心証も悪くなっていたのだと言葉を交わして理解した。
それになにより、話しているうちに段々と楽しくなってきていた。
立場上、気安く話せるのは同格である他の神達だけだが、コータにも説明したように、リリーエルの管理する大陸は文明が遅れている。その事で他の神達に揶揄われたり、いびられたりしていた。とても対等に話すような相手は居ない。
だから、知らなかった。
気安く話せる相手との会話に新鮮味を覚え、こんなにもストレス解消になるとは。
だから、ちょっとだけやってしまった。
送り出す時に、勢いですこーしだけ加護を強化していた。
「ま、大丈夫でしょう」
暫くは様子を見よう。やっと現れた協力者だもんねと思いながら、大陸を覗き見る鏡を使ってコータの様子を映し出す―――――
眩い光が収まると、よりはっきりとした先程の景色が眼前に広がる。
足元を見ると、確かに草原の上に立っていた。
何度か足踏みすると、しっかりと大地を踏みしめている事が実感できる。
いつの間にか服装も、無地でシンプルなものに変わっている。
「えーっと、鞄は……」
自分の体をチェックし、足元周りを確認すると、肩掛けタイプの鞄が落ちていた。
さっそく拾って肩に掛ける。
中身を確認しようと思って開けると、明らかに普通じゃない空間が広がっていた。寧ろ、中身が見えなくて混乱した。
外見は普通の鞄だったので油断していた。
まさか、開けると仄暗いもやしか見えないとは……。
「何じゃこりゃ……。あっ、鑑定すれば良いのか」
自分のスキルを思い出し、早速鞄を鑑定する。
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異次元バッグ
<品質>
最高
<詳細>
女神謹製の地上に無い素材で作られた鞄。不壊。
収納容量無限の効果が付与されており、手を入れる事で中身がわかる仕様になっている。取り出すには、取り出したい物を思い浮かべる必要がある。
口の大きさを超える物は入らない。
所有者登録する事で、失っても一定時間後に戻ってくる。
<所有者>
コータ
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「おおぅ………」
思わず膝を着くコータ。
これは絶対にバレたらアカンやつ……と思いながら、コータは遠い目をしてしまう。
深呼吸し、心を落ち着けてから立ち上がって鞄に手を入れる。
すると、コータの脳裏に浮かぶ鞄の中身。女神が言っていた通り、貨幣と思われる硬貨が何種類か入っていた。
貨幣が国によって違うのかが気になったので、コータは1枚だけ取り出して鑑定した。どうやら国どころか大陸で共通して使えるらしい。また、紙幣は無いようで、白金貨・金貨・銀貨・大銅貨・銅貨の順で価値がある事と、それぞれ100枚で上の硬貨1枚と同価値だという事を知った。
「取り敢えず移動……の前に、称号とかわかんないやつ確認しとくか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔封じ
<詳細>
MPと魔力の数値が0で固定される。
魔法系スキルの取得・習得・成長が不可能となる。
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異世界人
<詳細>
別の世界で生まれた人間の証。
全てのステータス成長率に僅かな補正が掛かる。
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転移者
<詳細>
肉体を保持した状態で別世界から訪れた者の証。
全てのステータス成長率に少しの補正が掛かる。
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女神リリーエルの慈愛
<詳細>
神から与えられる加護の一種。
該当ステータスとスキル成長率に補正が掛かる。
<該当ステータス>
腕力・脚力
<該当スキル>
生産系・製造系
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封じられし者
<詳細>
呪いにより何かを封じられた者の証。
封じられた内容により、該当ステータスとスキル成長率が下がる。
<該当ステータス>
MP・魔力
<該当スキル>
魔法系
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ? 加護が慈愛に変わってる……。と言うか名前、リリーエルなんだ」
いつの間に? とは思ったものの、マイナス要素が見られなかったので、コータは放っておく事にした。
その後スキルを確認していると、途中で鑑定のレベルが2に上がった。今のところレベルが上がった事による変化はわからない。
そして、残念な事実に気が付いてしまう。大抵のスキルは常時発動だったり、MP不要だったりしたのだが、合成だけがMPを消費して発動するタイプだった。
コータのMPは0。
呪いの所為で、今後増える事は無い……。
「おおぅ………」
再度、膝を着くコータ。
言ってくれよ。そう思ってしまうが、もしや気付かなかったのでは? とも思ってしまう。
相手はポンコツ女神。だから仕方が無い。そうやって自分を納得させるコータ。
まさかこんな落とし穴があるとは……そう思わずにはいられなかった。
この瞬間、合成スキルの死蔵が決まった。
「ま、まあ良いや、素材くらいどうにかなるだろ。…全部自分で集める必要は無いんだし」
そも、未だこの世界に何があって何が無いのかもコータは知らない。
必要になってから考えようと、気持ちを切り替える。
「……先ずは、町へ行って宿でも探して、後の事はそれから考えよう」
これからの行動を言葉にし、指折り数えて頭を整理する。
少しは前向きになってきたその時、こちらへ近付く気配を感じて康太は振り返った。
「おう、青年……少年? 何してんだこんな所で」
人数は3人で、男2人と女1人だ。
その中で一番年上っぽい男性が声を掛けてきた。
コータは今、草原で膝を着いている。誰がどう見ても変なポーズだ。
……控えめに言って怪しい。
「あー…いえ、ちょっと落とし物をしてしまいまして」
「落とし物? こんな場所でか? 何を落としたんだ? 手伝うか?」
「ああいえ、気持ちはありがたいのですが、丁度見つかった所でして……」
言いながらコータは立ち上がり、手に持っていた硬貨を見せる。
捲し立てるように言われて驚いたが、その雰囲気から悪い人では無さそうだと判断した。
「おお!? 銀貨じゃねーか! そりゃ見つかって良かったなぁ!」
硬貨を見て驚き、すぐに本気で嬉しそうな表情に変わる。
そしてコータの肩をバシバシと叩き、一瞬で距離感がゼロになった。……人懐っこい性格をしているらしい。
と、そこでもう1人の男性が止めに入る。
「そろそろやめとけって、少年がイタがってんぞー」
「ん? おっと、わりぃわりぃ…すまんな」
「あ、いえいえお気になさらず……」
確かに痛かったが、我慢できない程ではなかった。
がっちりとしたその体格から考えるに、単純にスキンシップ的なものだったのだろう。少なくとも、悪意は感じなかった。
などとコータが考えていると、平謝りしていた男性が更に続ける。
「俺はガイアだ、敬語は無しだ。こっちはリュウ。んで後ろの……んあ? おいミーシャ、何呆けてやがる」
「へぁ!? あ、ご、ごめんなさい。私はミーシャです、宜しくお願いしますね」
慌てて名乗り、右手を差し出してくる女性―――ミーシャ。
その手を握りながら、こっちにも握手の文化があるんだとズレた事を考えるコータ。
「コータです。宜しく」
改めてコータが名乗ると、ガイアとリュウも「宜しく」と言って握手する。
リュウは着痩せするタイプなのか、全身の見た目と違って露出した前腕部はなかなかに筋肉が付いている。握った感触もガイアより力強く感じた。
これが細マッチョかぁ……と、コータは羨ましさを感じていた。
「んで? ここらじゃ見掛けない顔だが、コータは最近こっちに来たのか?」
「ああ、うん。えっと……定住先を探して旅をしてたんだ」
「まあ! では私達が拠点にしてる町に来ませんか? 活気があって良い町ですよ」
即興で考えた設定を言うと、ミーシャが食い気味に入って来た。
「落ち着けってミーシャ。…ま、まあなんだ、ここで喋っててもあれだし、取り敢えず町に向かいながら話そうぜ」
「あはは……。そうだね」
3人は、依頼が終わって拠点にしている町へ戻るところだったらしく、一緒に向かう事になった。どの道、町には行こうと思っていたので渡りに船だった。
初対面だった事もあり、道すがらする話題は自然と身の上話となる。
「――とまあそんな訳でよ、俺は故郷を飛び出して冒険者になったっつう事よ」
「そうなんだ。それで、3人は普段からパーティーを?」
「ああいや、実はあと2人いるんだがな、昨日から体調崩しててよ……。数日は依頼を受けなくとも生活に問題は無いんだが、俺はじっとしてるのが苦手でなぁ。そんで、簡単な依頼でもと思ってたら、この2人が付いて来てくれたってぇ訳だ」
「当然だろー。方向音痴のお前を放っておいたら、いつ帰って来るかもわかんないからなー」
揶揄うような口調で言うリュウ。
その発言に、ばつの悪そうな顔で唇を尖らせるガイア。
「こっちに来て、もう結構経つんだぜ? そろそろ俺も大丈夫だって―――」
「つい先日、町中で行方不明になったのは誰だっけなぁー。確かあの時も「任せろ! もう地理は完璧に覚えた!」って言ってたような気がするなー」
「――くっ」
「そうですよ、あの時は大変だったんですから。他の冒険者にもお願いして捜索するなんて、もう嫌ですからね」
どうやらガイアは、極度の方向音痴らしい。
「ま、まあまあ…1人で行動させなきゃ大丈夫なら、皆さんで行動している限りは問題無いでしょ」
「うぅ、コータまでぇ」
「自業自得だろ」
「自業自得です」
「あ、アハハ……」
2人の容赦の無い言葉に、苦笑するしかないコータ。
とても仲が良いようだ。
ここでコータは、話題を変える為にも気になった事を質問してみた。
「そう言えば、2人共前衛担当なの?」
ガイアもリュウも重そうな鎧を着ており、ガイアは盾も持っている。
得物は其々短剣と両手剣を下げているので、ほぼ確だろうとは思うものの、一応聞いてみた。
「おう! 俺はサブアタッカーでリュウがメインアタッカーだ。一応同じ剣士だが、俺はリュウみたいに両手剣は扱えないんでな。盾で防ぎつつ隙を見てって感じだ」
「成程」
「あらコータさん、私にはお聞きにならないのですか?」
「え? ああいや、ミーシャさんは見た目が完全に後衛だからと言いますか……」
「そうですね、私は見習いですが神官なので、間違ってはいませんが……。それと、私にも敬語は不要ですよ」
「そ、そう? ならお言葉に甘えて」
「あ、俺にも不要だからなー」
「助かるよ。敬語は苦手で……」
「だよな、俺も苦手なんだわ」
「お前はほんと見た目通りだよなー」
「うっせぇわ!」
「あっはは」
ガイアとリュウの気安いやり取りに、自然と笑ってしまうコータ。
それに釣られたのか、他の皆も其々に笑みを浮かべる。
「そういや、コータは旅してるっつってたが、冒険者……には見えねぇな。商人とかか?」
「ん? 何で?」
「いやよ、そのバッグが商業ギルドで扱ってるやつに見えたんだが……違ったみたいだな」
「そうだね、まだどこにも登録してないんだ。…今向かってる町には、ギルドはあるのかな?」
「おいおい。村ならいざ知らず、今時ギルドの無い町なんざ無ぇだろうよ」
「あー…うん。寂れた村の出身だからね、その辺の知識は無いんだ」
当然のように言われて焦ったコータだったが、どうにかそれらしい事を言って誤魔化す。
「んー…そんなもんかね。なら、冒険者でもやるか? パーティーの上限は6人までだ。俺らのとこならあと1人は入れるぜ?」
「いやいや、実力差がね…足を引っ張るのは申し訳ないから……」
「そうかい? まあ、強制はしねぇさ。組む気になったら言ってくれ。住むにしろ何にしろ、暫くは同じ町に居るんだろ?」
「一応、そのつもりだよ。冒険者じゃなくても身分証にはなるよね?」
「なるぜ。一応言っとくと、ギルドは冒険者・傭兵・商業・職人の4つがあるからな。やりたい事がありゃあそのギルドに登録すりゃあ良いさ。だが、特に無けりゃあ冒険者ギルドがおススメだぜ」
「そうなんだ……」
「おうよ。なんせ登録は簡単だし、厳しい縛りは何もねぇから楽なんだ」
「え? 他はあるの?」
「らしいぜ。…俺は興味無いから詳しくは知らんが、知り合いが愚痴ってたのを聞いた事があんだよ」
「ほぇー…」
「そう言えばコータさん。寂れた村という事でしたが、ギルドに登録していないのでしたら身分証になる物をお持ちでなかったりしませんか?」
ふと思い出したように、ミーシャが聞いてくる。
「その通りで無いんだよ。……ひょっとして、身分証無いと入れない?」
「いえいえ、そんな事はありませんが、身分証の無い人は入る時に銀貨2枚が必要になるんです」
「なんだ、銀貨2枚……って、たかぁ!?」
鞄に入っている硬貨は、銀貨から下が10枚ずつ。
町へ入るだけで銀貨2枚は辛い。
「だよな、高いよなー」
「まあでも、町で身分証さえ作っちまえば、入る時に渡される仮の身分証を返す時に、銀貨1枚は帰って来るぜ」
「それでも1枚は取られたままだけどなー」
思わぬ情報を得たコータ。
身分証は必要なので、ギルドのどれかには登録する事になる。
ただ、自分はどれに当てはまるのかと疑問を持つ。
一応、剣術スキルがあるので戦闘はできなくない……と思う。
ただ、戦争に駆り出されそうな傭兵は無理だろう。
商人も何か違う。リリーエルの協力をしていれば、ゆくゆくは登録が必要になる日もくるかもしれないが、少なくとも今は無理だろう。元手も伝手も無いし、なによりノウハウが無い。
じゃあ職人か……と言うと、実は微妙だったりする。
あくまでも自分は保全職だった。それも機械の。今はスキルに鍛冶や彫金なんかを持ってはいるが、未だ何も作っていない。道工具や設備もそうだが、材料が無い。だから検証もできない。
そうなってくると、取り敢えずは冒険者ギルドで登録し、資金や各種素材集めをして材料を揃え、きちんとした設備を持ってから取り掛かる事になる。
………先は長そうだ。
「……それはそうと、今向かってる町の名前って?」
「ありゃ、言い忘れてたか。カルパスっつーんだ。飯が美味い良い町だぜ」
「そ、そうなんだ……」
笑顔で相槌を打つコータ。……その頬は若干引き攣っている。
しかし、良い情報は得た。御飯が美味しいのは良い事だ。日本でのコータは、美味しいものを食べに行く為だけに、他県へ行く事もあったほどだ。
他愛のない話をしていると、遠目ながらも町が見えてきた。
活気があるのは事実らしく、通用門と思われる入口には人が大勢並んでいる。
列は2つ。徒歩と馬車で分けられており、別々に見張りと手続きをしている人達が居る。
列とは別に、もう1つ空いている場所があるのが気になった。
「お、見えてきたな」
「うん。……空きがあるのに誰も利用しないのは何で?」
「ん? ……ああ、あれは王侯貴族用の通用門だな。俺らにゃ関係無いさ」
「あー…成程、待たせちゃいけない人達用って事ね」
「身も蓋もない言い方をするならそうなるな」
コータの発言に、呆れながらも苦笑して同意するガイア。初対面の時とは違い、なかなかに遠慮の無い奴だと認識を改めていた。
そして列に並び、それほど待たずに順番が近付く。
「さて、俺達は素通りだが、コータの場合は仮の身分証を発行しなきゃならんから、一旦お別れになる訳だが……」
「折角ですから、ギルド迄は案内しませんか?」
「ま、それもそうだな。折角知り合った訳だし、コータは面白い奴だからな」
「道案内してくれるのはありがたいけど、良いの?」
「まあな。いくつか質問されるだけで、そんなに時間は掛からんと思うぜ。だからそんなに待たねぇだろうしな」
「そだねー。噴水のとこで待っときゃ、わかり易いだろうしねー」
「ですね。…ではコータさん、中に入ってまっすぐ進んだ先にある噴水前で合流しましょうね」
「ああうん。ありがとう、また後で」
コータはお礼を言い、冒険者証を門番に見せながら中へ入っていく3人を見送った。
町へ入れなかった………