初めての遠征
ちょっと締まらない出来事があったものの、無事馬車に乗ってコータ達は町を出発していた。
町付近には魔物も少なく、整備された道には滅多に出てこない事もあり、1日目は何事も無く終わった。
2日目。
そろそろお昼に差し掛かるといったところで、急に馬車が停止した。
「――どうした?」
異変を察知したガイアが、御者台に座っているスウェンに確認する。
「……こっちに近付く気配がある。見てくるから念の為準備しておいてくれ」
「わかった」
スウェンが偵察に行き、他の面々もそれぞれ武器を構えて馬車を降りる。
コータもそれに続き、事前に打ち合わせしていた通りリュウの斜め後ろに陣取った。
「多分小物だ。スウェンが見に行ったってぇ事は、気配が小さいからだろう。だから緊張すんなよコータ」
「うん、ありがとう」
初めてで緊張しているコータに声を掛けるガイア。仲間の緊張を解すのも、パーティーリーダーとしての務めだと思っている。
その甲斐もあり、コータの緊張は少し解れた。声を出したのも良かったのだろう。
時間を置かず、スウェンが戻ってくる。
「……数は7、スティックウルフだ」
「丁度良い、仕留めるぞ!」
スティックウルフは小型の魔物だ。
スティックの由来は、尻尾が真っ直ぐ伸びていて棒に見えるから。そして少し硬い。
スティックウルフは、他のウルフ種に比べて肉が美味い。ガイアの言う丁度良いというのは、これから討伐する予定のイェルタイガーの好物の1つだからだ。誘き寄せる為の餌として、干し肉よりも使える。
スウェンの宣言通り、7匹のスティックウルフが警戒しながら近寄って来る。
「シータとミーシャは控えてろ。スウェンは遊撃、リュウはいつも通りに、コータは孤立した奴を優先的に狙え!!」
ガイアの指示を受け、シータとミーシャは少し後ろに下がり、リュウが突っ込んだ。それに合わせ、スウェンが気配を消しながら移動を開始する。
自分もと動き出そうとしたコータに、ガイアが近寄って言葉を続ける。
「コータ、スティックウルフは噛みつきと尻尾にさえ注意してりゃあ問題ねぇ。首を斬っちまえば早ぇが、難しけりゃ足を斬れ。動きが鈍りゃあ首を落とし易くなる」
「わかった、ありがとう」
ガイアの助言にコータは感謝し、打ち合わせでの動きを意識しながら戦闘に加わる。
リュウの持つ大剣は目に見える脅威となる。適当に振り回すだけでも、スティックウルフは距離を置こうとする。そこをスウェンが後ろに回り、1匹ずつ孤立するよう誘導する。そして孤立した奴から順にコータが斬りかかる……予定だった。
スティックウルフは体躯が小さく、顎の力と尻尾の硬さ以外は大した事は無い。動きも素早いとは言え、リュウのステータスはそれなりに高い。最初の一振りで、2匹のスティックウルフがその餌食となった。
辛うじて避けた個体も、無理矢理に動いた所為か体勢が悪く、そのままスウェンが1匹仕留める。
運良く―――スティックウルフにとっては悪く―――コータの目の前に1匹躍り出るも、同じく体勢が悪い状態のままだった為に首を狙い易く、剣の一振りで絶命した。
残る3匹は、逃げようとするも回り込んでいたスウェンに道を塞がれ、その間に迫っていたガイアが纏めて首を撥ねた。
時間も体力も余り消費せず、スティックウルフを全滅させた。
「おし、肉だけ確保して後は燃やしちまおう」
「……解体は任せる」
「相変わらずだなー」
スウェンの言葉にリュウが苦笑する。
いつもの事なのか…とコータが思って見ていると、その視線に気付いたスウェンが理由を説明してくれる。
「……斥候職が血の臭いを付ける訳にはいかないからな」
「成程……」
「騙されるなよコータ。戦闘でも、臭いが付く時は付くんだからな?」
その理由に納得しかけていたコータに、ガイアからの突っ込みが入る。
しかし、スウェンが更に反論する。
「……例え少しだろうと、余計な臭いは付けたくない」
との言葉に、今度こそ納得したコータ。
そして解体に入る。
コータはガイアに教わりながら、拙いながらも解体を頑張った。小鬼の時ほどの拒絶感は無く、食材を切り分ける気分で解体を終える。
肉はコータが持つ異次元バッグに仕舞い、残った部位は纏めてシータが焼いた。
(すっご! 骨も残らないとは……)
死骸を燃やす際の熱気に思わず目を瞑り、次に目を開けた時には既に骨も無かった。
魔法をちゃんと見たのは初めて―――ドラゴンのブレスはノーカン―――だが、その凄さに憧れにも似た羨望を覚えるコータ。と同時に、コータの意見も聞かず勝手に呪いを付与した女神に対し、若干の苛立ちを募らせる。
次に会う事があれば、改めて文句を言ってやろうとコータは決意した。
「よっしゃ行くか!」
馬車へ乗り込み、再度出発する。
時間的には昼食を摂る頃合いだが、念の為戦闘を行った場所から十分離れてからという話になった。
その後の道中は何事も起きず、陽が沈む前に目的地手前へ到着した。
「索敵はスウェン、前は俺、後ろはリュウとコータに任せる」
翌日、目的地に入るなりガイアが指示を飛ばす。
奇襲に備え、コータとリュウは後ろでやや広めに陣取っている。互いにカバーへ入れるぎりぎりの位置だ。
それらしい気配はスウェンが探っているが、少し劣るものの一応コータも気配を探れる。その為、コータも後方に意識を向けながら気配を探る事にした。
廃都メトロウトには、無事な建造物が幾つか散見された。崩れかけや瓦礫と化した建物も多く、長年放置されていたのか一部風化している。
足跡等の痕跡はなかなか見つからず、索敵を始めてから早くも半日が経過した。
「この辺にゃ居ねぇな。ちと面倒だが、一応建物の中も確認しておくか?」
「……そうだな。気配は無いが、建物の中に痕跡が残っている可能性が無い訳じゃない」
外に比べ、建物内部では痕跡が長く残る。
外に痕跡が無い限り、ここ最近はこの辺りには来ていないと推測できる。しかし、建物の中に痕跡を発見した場合、随分前に棲みかを変えたという見方もできる。それに、一度でも来ていれば再度訪れる可能性があるかもしれない。警戒する関係で、一応の確認は必要となる。
間で簡単な食事を済ませ、索敵を続けていく。
しかしその日は、痕跡すら見つけられずに終了した。
「……ろ、コータ起きろ。声は出すなよ」
深夜、見張りをしていたガイアがコータを起こす。
真剣且つ小声だった事もあり、何かあったのだとコータは察する。周囲を見回すと、ガイアと一緒に夜番の見張りだったスウェンが、警戒したまま一点を見つめている。
コータはなるべく音を立てない様に注意し、そっと武器を手にして移動する。
他の面々も、既にそれぞれ身構えていた。
「……数は2、恐らく中型だ」
「イェルタイガーかねー?」
「さてな……にしちゃあ数が合わねぇな。別行動か?」
「……何にしても、今来ているものを斃してからだ」
「だな」
少しして、コータもようやく近付いて来る気配を感じ取った。
こちらを警戒しているのか、近付く速度はゆっくりだ。
(ほんとに2匹来てる……でも、もし3匹居るのなら残り1匹は今何処に……?)
近寄る気配に意識を割きながらも、コータは別の事を考えていた。
依頼用紙には確定で3匹居るとあった。しかし、今近付いて来るのは3匹。数の上では1匹合わない。
可能性として、3匹よりも多いかもとは話し合っていた。
違う場合、残りの1匹は巣で留守番しているのか、それとも別行動しているのか、そのどちらでもないのか……。
合っている場合、今接近してきている2匹が番で、他はまた別の番か、親子か……。
コータには、職業病とも言うべき癖がある。
最悪の可能性を想定する。機械保全として働いていた頃に培われたものである。
工場の設備が稼働していれば、突発的な故障も珍しくは無い。設備を停止する必要があるかは別として……。
そして、故障すれば修理する訳だが、過去の例を参考に、現象から故障の内容や発生原因も類推できる。
しかし、現象が同一でも発生原因が違うというのは結構ある話だ。だからこそ点検し、原因の特定を行うのだ。その際、設備の停止時間を余り取りたくないという理由から、先に修理用の部品等を準備する事もある。当然ながら、その場合には最悪を想定しての準備となるので、機械に関する知識も必要になってくる。
過去、図面の管理が杜撰だった前任者に対して怒りを抱いたのも、コータにとっては苦い思い出だ。
そんな訳で、コータは接近する気配の他にも、念の為後方へと注意を向けていた。
そして今回は、この行動に救われる事になる。
(………っ!? もう1つ、後ろから来る!!)
前方の2つの気配の持ち主がもうじき姿を現そうかといったその時、コータ達の後方から、もう1つ気配が現れた。
それに気付いたコータは、サッと他の仲間達を見遣る。
スウェンは前方に集中していて気付いていない。
他の面々も、来ると判っている前方にしか意識が向いていない。
これはマズい…とコータは即座に判断し声を上げた。
「後ろから新たに気配が1つ! こっちに近付いて来てる!!」
「何ぃ!?」
「……っ!? …確かに、気配が増えている」
「チッ! 仕方無ぇ!! 前は俺とリュウ、シータで殺る! 後ろはスウェンとコータに任せた!! ミーシャは状況に応じて支援だ!」
即座にガイアが反応し指示を飛ばす。
的確かどうかは兎も角、この場では最善だろう。
このメンバーで盾を持っているのは、ガイアとコータだけ。必然、前と後ろに分けられる。そしてスウェンが一番身軽で、いざと言う場面では回避盾にもなれる。経験の浅いコータの補助には丁度良い。
コータ達の大声に反応してか、前方から2匹の魔物が姿を現す。
高さが凡そ3m、全長は5m程度。噛まれれば一発アウトと言えるほどに立派な牙、黒色と橙色の縞模様をした体躯、頭と足は白色に近いクリーム色で毛が少し多目。コータ達を威嚇しながら涎を垂らしているその姿は、獲物を見つけた空腹な状態の猛獣そのものだった。
2匹は、唸り声を上げながらじわりじわりと近付いていく。
臆病とは何だったのかと言いたいコータは、その不安を押し殺しながら前へ後ろへと視線を動かしている。目に見える脅威への恐怖と、未だ目に見えない脅威への警戒からだったのだが、スウェンはそう捉えなかった。
「……心配するな。あの2人なら、問題無く斃すだろう。こっちは後ろに集中するぞ」
「え? あ、うん。了解」
反射的に返事をするコータ。ガイアを心配した訳じゃ…とは言い出せない空気に言葉を呑み込む。
スウェンの言葉に従い、コータも後ろに集中する事にした。
スティックウルフの時とは違い、ガイアが先行する。
イェルタイガーは奇襲が失敗した場合、逃げる事が多い。だが、状況次第ではそのまま襲って来る。
その状況と言うのが、自分達より向かって来る人数が多くない時。戦える者が同数以下ならば勝てると認識している。勿論、半端ない威圧感を持つ相手が居れば、人数も関係無く形振り構わず逃げ出す。しかし、ガイアとリュウにはそんな威圧感は出せない。
この状況から、自分達が捕食者側だと判断したイェルタイガー達は、向かって来るガイアに集中して襲い掛かる。
「リュウ! フォローは任せた!!」
「あいよー!」
ガイアは冷静に1匹は盾でいなし、もう1匹は剣を横凪に払って頭を狙うが牙に防がれた。
いなされたイェルタイガーは体勢を崩し、そこへリュウの大剣が斬りかかる。反射的に避けようと動くイェルタイガーだが、体勢が崩れたまま無理矢理に動いた為に避けきれず右後ろ足を斬られた。リュウはそのまま追撃に向かう。
それを見たもう1匹のイェルタイガーが、ガイアの剣を離して庇う様にして立ち塞がる。
と、そこへ―――
「下がって!!」
――魔法の発動準備を終えたシータが2人に合図する。普段の緩い感じと違い、その声は鋭さを帯びている。
一斉に飛び退く2人。直後、イェルタイガーの足元に赤く光る円が現れる。
「――フレアサークル!」
シータが技名を叫ぶと同時、円の内側に火柱が上がった。イェルタイガーは回避が間に合わず、そのまま焼かれ断末魔を上げる余地すら無く息絶えた。
「っかぁー…まさか、時間差で挟み撃ちに来るたぁ思わなかったぜ。ちと焦っちまった」
「だねー」
「素材もパアだな。さて、向こうはどうなってるかね?」
焼き殺したので毛皮は売れない。肉もどこまで無事か、解体しなければわからない。
この2匹に関しては、素材の売却に期待できない状態になっていた。
一方、時間は少し巻き戻ってコータ達。
「……来る!」
ガイア達が戦闘を始めると同時に、コータ達の方にもイェルタイガーが姿を現した。
それを見たコータは即座に鑑定する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
イェルタイガー
<性別>
♂
<ステータス>
レベル:25
HP:83(105)
MP:52
咬合力:108
脚力:289
魔力:21
防御:24
<スキル>
潜伏【2】 跳躍【4】 瞬発力強化【6】
回避【1】 連携【2】
<詳細>
獣型の魔物で、基本的には群れず行動する。
肉食性で新鮮な肉を好む。
慎重な種で、警戒心が強い。
人工物を好むが、基本的には人の気配がする場所には近寄らない。
<個体情報>
番を大事にしている。
縄張り争いに敗れ、逃げ延びた。その際に負った背中の傷が未だ癒えていない。
<異常>
興奮状態
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(レベルのわりにHPと防御が低い)
打たれ弱いとはこの事か…とコータは納得した。
更に、HPに関しては少し減ったままになっている。
「っ!? ……可笑しい。自分よりも人数が多いのに向かって来るとは」
イェルタイガーは姿を現してすぐ、コータの方へ走り出して襲い掛かる。
「……コータ、正面から受けるな。斜めに力を流して右か左に受け流せ」
「了解!!」
「コータさん、支援します!」
コータは低い姿勢のまま突撃してくるイェルタイガーを見据え、腰を落として盾を構えながら迎え撃つ。動きは速い、けれども十分に目で追えた。
冷静に且つ正確にタイミングを見極め、コータはイェルタイガーが跳びかかって来た瞬間に一歩右へ移動し、盾を斜めに固定する。
「――フィジカルアップ!!」
盾がイェルタイガーに接触する直前、ミーシャの魔法がコータを支援する。フィジカルアップは光魔法にあるスキルアーツの1つで、文字通り肉体強度を上昇させるもの。
支援を受けたコータは、問題無くイェルタイガーを左へ受け流し―――――弾いた。
「……シッ!」
突撃が弾き飛ばされ、イェルタイガーはよろけた。その隙を逃さず、スウェンがナイフを振るう。
「――グゥォォォオオオッ!!!」
スウェンの斬撃は首筋を捉えたが、傷が浅かった。
イェルタイガーは血を吹き出しながら叫び声を上げ、怒りの表情でスウェンを睨みつける。
その間にもコータは動いていた。弾いた後、そのままイェルタイガーを追っていたのだ。
怒りの余りコータから意識が逸れたイェルタイガーは、そのままコータが振り下ろした剣によって斃れる事となった。
「おう、無事討伐したか」
「……何も問題無かった」
「はい。コータさんも頑張っていましたよ」
「は、ははは…精神的には、結構ぎりぎりだったかな……」
ガイア達が来た事を確認して安堵したコータは、へなへなとその場に座り込む。その顔には疲労感が漂っていた。
ここに来る前、スティックウルフとの戦闘があったとは言え、やはり実戦経験が少ないコータ。自分よりも大きな魔物と対峙して、何も思わない訳が無かった。
何度その迫力に負けそうになった事か……。
他のメンバーが居なければ、コータは逃亡一択だった事だろう。
それ程までに、コータは内心ビビりまくっていた。
にも拘らず、何とか立ち向かえたのはパーティーメンバーへの信頼感があったからだ。出会ってそれ程経ってはいないものの、初対面から今迄、ガイア達の人柄に触れたコータは親しみ以上のものを抱いていた。
――見捨てられる事は無い。
少なくとも今回の依頼では…そんな風に確信していた。
「ちぃと休憩しとけ、解体はやっとく」
「あ、いや…少し休んだら手伝うよ」
「無理すんな。よくよく考えりゃあ、中型の魔物は初めてだったんだろ? なら仕方ねぇさ」
「そだなー、俺も初めて自分よりでかい相手を斃した日はー、ちょーっと疲労困憊だったかなー」
「“ちょっと”疲労困憊って可笑しいよ~」
「コータさんはゆっくりしててください」
「あー…わかった。ありがとう」
ここまで言われたら素直に休憩しとこうと、コータは皆の言葉に甘える事にした。
そして、スウェンは周囲の警戒に、ガイアとリュウはコータ達が斃したイェルタイガーの解体に、ミーシャとシータは焼け焦げた2匹から討伐証明部位を剥ぎ取りに向かった。