3 トーキョーと東京
「ねぇねぇ、結ちゃん! トーキョーってどんなところなの⁉ 芸能人にあったことある⁉」
「うーん……とにかく人が多いですね! こう、ぶわーーって感じ、です! 芸能人はあったことありますよ!」
「凄い凄いすごーい! もしかしてシャニーズの人とか⁉」
「まさか! 私がお会いしたのは芸人さんです。とーーっても面白い方でしたよ?」
昼休み。この村では別世界と認定されている東京に興味深々なクラスの女子たちは、新宮の周りに集まる。隣に座る俺には目を向けない幼馴染女子たちめ、覚えてろよ。
「おい、久我。弁当食うぞ」
「おう」
反対隣りの久我の机に弁当を置き、椅子もそちらの方に向ける。
新宮結に対する俺の恐怖心は徐々に縮まり、昼休みを迎えた今ではないに等しくなっていた。
授業中、ずっと彼女を観察していたが、彼女の行動はいたって普通。とても化け物を倒した人間とは思えないほどに。
強いていうのならば、苦手とかほざいていた癖に、数学では誰よりも早く問題を解き、英語では担任も目を丸くするほど流暢に発音していたり、古典では三年で習うと言われていた単語を含む古文もさらさらと解読したということくらいだ。
勿論、スポーツも同じ、いやそれ以上だった。百メートル走は男子で一番早い前島と競っていた。もしかすると彼女はオカマなのかもしれない。背も低く、可愛らしい顔なのに、そう考察してしまうほどに、彼女の身体能力は長けていた。
椅子を横向きにし、前島の方を向く。背は新宮に向けた状態だが、もう恐怖は殆ど残っていなかった。気になる点は多いが、新宮結はいたって普通の……いや普通ではないな。勉強も出来て運動神経も良い。新宮結は前島に読めと押し付けられたラノベの主人公のような人物だ。
きっと昨晩の出来事は夢だ。うん、そうに違いない。俺は安心して白米を口に詰め込んだ。
「相変わらずお前の弁当はザ、和食って感じだな」
「仕方ないだろ。ばぁちゃんが作ってくれてんだからさ」
確かに俺の弁当には色素がない。味の薄い煮物やきんぴらごぼう、肉じゃが。男子高校生の胃袋が満たされる献立ではない。
不満はあるが、仕方のないことだ。婆ちゃんが作っているのだから。
量より質。そう繰り返し、白米を胃袋に詰め込む。
「前島の弁当は旨そうだな」
唐揚げに餃子、ハンバーグ。一面に散らばる茶色は男子高校生が好む弁当ランキング第一位をかっさらっていくような内容だった。
「全部冷食だよ。母さんは村の外まで働きに出てるから作る余裕ねぇんだよ」
「それは大変だな」
「まぁな。お陰様で家事は一通りできるようになったけどな」
前島は得意げな顔でくるりと箸を回す。箸で遊ぶのはよくないと思うが、相変わらず器用な奴め。俺なら即落とす。ぱくり。もう少し塩気が欲しい肉じゃがだな。
「でもさートーキョーかぁ……一回行ってみてぇよな」
前島はちらりと新宮の席に目を向けた。
実に、珍しいことだ。前島が三次元女子の興味を持つなんて。驚きのあまり箸の上のきんぴらを落としそうになった。危ない、危ない……貴重なエネルギー源なのに。
「久我は行ったことあるのか? トーキョー」
「ねぇよ。あ、でもここに来る前の家はトーキョーだったと思う」
といっても記憶がないのでないも当然だ。再び白米を詰め込む。今度から塩を持ってこようかな。
「へぇー……意外だな」
「意外ってどういうことだよ」
「だってお前、花ないじゃん。都会っぽくない」
「何だよ、都会っぽいって」
前島の理不尽な言い分にツッコむが、分からなくもない。確かに俺は花がない。きっと東京生まれといっても、新宮のようにちやほやされることはなかっただろう。
観察して分かったこと。新宮結は派手で目立つタイプではないが、一つ一つの行動に目が離せない、引き付けられる魅力があった。
多分、仕草や話し方のせいだ。顔の良さや運動神経、頭の良さを鼻にかけない無邪気な声、童顔をフル活用したあどけない表情。それに反して大人っぽい一面もある。例えば持ち物。彼女のスクールバックにはキーホルダー一つついていない。筆記用具も、ノートも、髪を止めるピンでさえ、シンプルな青で統一されている。ギャップだ、実に魅力的な、心臓を擽られる、鷲掴みにされる、射止められるギャップである。
結論、新宮結は都会に相応しい花だ。俺が持つのは鼻水垂らす鼻くらいだ。はぁ……くっそつまんないな。俺は笑いのセンスまでないのか。やってられないな。
「トーキョーかぁ……修学旅行、沖縄じゃなくてトーキョーが良かったな。青い海なんて、見飽きたっつーの」
「トーキョートーキョーって、前島は東京のどこに行きたいんだよ」
まさか東京全土にマンションやデパ地下があるとは思ってないよな? ……流石に、そんなことない、よな?
「そりゃアキバだろ。あとは池袋。映画館で映画も観たいなぁ。原画展とかも行ってみたいし……」
……聞いた俺がバカだった。意外性など一ミクロンもない、想像の範囲内の回答だ。
前島はブレない。誰を前にしても自分の色を隠さない前島友則。それが彼の良いところだ。
「久我は? なんかある?」
「俺は別になんでもいい」
「あ? つまんねぇなぁ」
唐揚げを食す前島の言う通りだ。俺は鼻しかないつまらん人間だ。
隣にいる可憐な花とは住む世界が違う。十分に分かっていたことなのに、その事実に深いため息がこぼれそうになる。
俺は新宮に話しかけようとした。理由は昨晩のことが夢だったという確証を得るためが半分、残りの半分は単なる下心。
しかしそのチャンスは中々得られない。当たり前のように新宮の周りには常に人がいた。俺ごときがその輪に入れることはなかった。
結局俺はその日新宮と話せずに放課後を迎えた。