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1 夜道にお気をつけて

 自分は何者かを見つけることが人生なのだとすれば、俺は義務を放棄している。




 何事もなく、平凡に。楽こそ、逃げこそ正義。を人生のスローガンに抱える俺は意思がないロボットのような人間だった。




 一つ、ロボットと違うのは人間らしい欲望は備わっていること。




 何の努力もせずに金持ちになりたい。空から巨乳のおねーさんが降ってきて欲しい。ほら、人間らしい、ゲスイ欲望だろう?




 しかし、こんな努力とは無縁な性格になってしまったのは俺の環境にいささか問題があるからであって、決して俺のせいではない。決して、断じてである。




 海に囲まれた小さな村。都会の雑踏で生きてきた人間にとってはいい響きかもしれないが、長年この村に住んでいる俺から言わせれば、海しかないクソ村だ。




 幼い頃、両親は事故に遭い俺だけが生き残った。生き残った男の子は父方の婆ちゃんと爺ちゃんに引き取られた。それがこの村、海葦村である。




 前述の通り、海以外何もない。カラオケ? 映画? 異世界の話ですか?




 まぁ……強いて言うならば数年前にコンビニが一軒できたかな……夜九時に閉まるけど。




 田舎というのはとにかく選択肢がない。小学校も中学校も高校も、一つしかない。お受験しなくともエスカレーター式となる教育機関。将来について考えたことなど一ミリもないし、これからもないだろう。




 いつしか身体は田舎になれ、変化のない生活を好むようになった。




 最後に夢を見たのは幼稚園の頃、機関車になりたいと絵を描いたときだろうか。ははっ。俺も青かったなぁ。




 特別いいことも、悪いことも起きない素晴らしき人生だった。




 なのに、なのに……!




「ウウゥゥ……アアア……」




 友人の家を訪ねた帰り、街灯一つない夜道を歩く。日常を切り取ったようなつまらない行動をしていた俺の前に、理解不能な生き物が現れた。ああ……なんだこれは。夢だと、思いたかった。




 なので一つ呼吸を置き、ゆっくり目を閉じる。きっと目を開けば俺の目の前にいる化け物は消え、いつもの日常に戻っている。何故ならこれは夢なのだから。




 しかし事実は小説より奇なり、だ。




 俺の前には相も変わらず、電信柱と同じぐらいの身長、そして横綱を十人ほど丸呑みしたような体型、全身は濃い緑色で、体と顔の境目が分からない奴の大きな五つの青い目が俺をジロジロと観察し、顔の半分を占める大きな口からは、今まで嗅いだことのない種類の臭さ、




 そしてよだれが先ほどからアスファルトに垂れっぱなしだ。




 何故俺はこの道を選んでしまったのだろう。早く帰りたくても、夜遅くに人の気配の全くない道など選んではいけないことくらい、小学生一年生の生活の時間で習ったのに。




「ウウウウ……」




 体が大きいせいか、奴の動きはとても鈍い。黒と黄緑を混ぜたようなどす黒い腕がそろりと伸びてくる。




 傍から見ればかわせなくもないスピード。しかしそれは当事者ではない余裕を持った第三者だから言えることなのだ。生憎だが、俺の足腰は恐怖で動かない。それどころか体中の力は抜け、しりもちをつく。




「アアア……」




 心なしか、化け物の動きが速くなったように見える。




 自分の不運さに絶望する。そもそも自らの死を受け入れる前にこんな化け物がいること自体、信じられないのに。




 はぁ……異性の身体を知ることなく死ぬなんて……こんなことになるなら痴漢でもしとけばよかった。まぁこの村には満員電車どころか、電車すら存在しないのだが。




 それなりに覚悟を決めた俺はそっと目を閉じた。




「はいはーい! あやかし様一匹、ご案内デース」




 甘い綿あめのような少女の声。吉報を察知した俺はすぐに目を見開いた。




 目の前に広がる光景は数秒前とは全くの別物。スポットライトの如く輝く月光の下で、怪物はまばらに切り刻まれ、人間で言う血のようなカエル色の汁が俺の額に付着した。




 そしてその中に、一人の少女の背中があった。




 海のように鮮やかなブルーの着物には真っ白な睡蓮の花が散りばめられており、濃い紫がかった袴を身につける小柄な少女。




 月光に照らされ煌めく艶やかな黒髪は赤い紐で結ばれており、馬の尻尾のように揺らめく。




 その少女の左手には、身長に不釣り合いな長い刀が握られており、刃先にカエル汁が付着していることから、あの化け物はこの少女が倒したのだと理解した。つまり彼女は俺の命の恩人という訳だ。




「あ、あの……! ありがとう、ございます!」




 相変わらず体は動かないが、何とか口を開き、風に触れる風鈴のような細く震える声を出した。




 あの少女が何者か、あの化け物は何だったのか、そんなことは一切理解できないし、考えたくもなかったが、俺は心からの感謝を少女に述べた。




 しかし少女は一向に振り向かない。




 それなりに大きな声を出したつもりだったが聞こえていなかったのか? もう一度声をかけてみるも振り向かない。




 もう一度、三度目の正直というヤツだ。声をかけよう……と思った瞬間だった。




 俺の声帯は凍り付いた。




「んー……中々まずそうなお肉ですねぇ……頂きますっと」




「……っ⁉」




 女はこちらを振り向いた。




 綺麗に整えられた前髪、長いまつ毛にあの怪物と同じぐらい大きな目、血行の良い薄いピンクの唇……正直言うと、見惚れた。ロリコンだと罵倒されるかもしれないが、これが一目惚れでなかったら、この世にそれは存在しないだろう。それほどの衝撃だった。


月光のせいで魅力に拍車がかかっているのかもしれない。しかし彼女は可愛い、美しい。先程まで恐怖で震えていた俺の心を、一瞬にしてときめかした。




 しかしそんな考えは、彼女の次の行動であの化け物のように一瞬にしてかき消された。




「もぐもぐ……うむぅ……ま、食えなくはないって感じですね」




「ひ、ひぃぃぃ!」




 彼女は散りばめられた化け物の肉らしきものをひとかけら手に取り、何の躊躇もなく口に運んだ。




 そしてこれでもかときれいに磨かれた白い歯で噛んだ。




ぐちゃり。もぐもぐ。




 歯にカエル汁が付着する。それはもう真っ白とは言えない、言いたくもない。そんな言葉は勿体ないほどに彼女の歯も、口周りも、ところどころにカエル色が付着している。




 俺はその肉(?)が硬いのか柔らかいのか、美味しいのか不味いのか、そもそも食べられるものかも分からないが、その光景は非常に気持ち悪いと思った。ゴキブリ大行進を見ている方が、絶対にマシだ。




「むひゃむひゃ……マヨネーズでも持ってくりゃよかった」




 腹が空っぽでよかった。晩御飯を食べていたら間違いなく嘔吐していた。




 ときめく心臓はもう消えた。あるのは恐怖だけ。圧縮袋に詰めこまれ、徐々に空気を抜かれている気分だ。そんなこと、されたことないんだけど。




 流れる冷気や汗と共に、彼女は『恩人』から『化け物を喰う化け者』に降格していく。一瞬でも一目ぼれなどと言う単語を使った自分がバカだった。結婚詐欺に遭った気分だ。




「ふひぃ……ごちそー様でした。次は貴方ですね」




「ひぃ!」




 食事を終えたらしい女は俺を見て笑っていた。歯はやはりカエル、ヤバい、吐く……




 きっとあれは余裕の笑みだ、勝利の笑みだ。




 本能が語り掛ける。きっと俺も食べられてしまうんだ。




 確かに俺は女の身体を知りたいと言ったが、女の一部になりたいとは願ってない! 神様は皮肉が上手ですねとあの世であったら絶対に言ってやる。




「私の名前は新宮にいみや結むすび。好きなあやかしは小さくて赤色の奴です! 何故かって? 小さいほうが旨味と妖気が凝縮されていて、美味しいんですよっ! ところで貴方のお名……あれれ?」




 二度目の命の危機。耐性がついたのか、彼女が隙を見せたからなのか、彼女が俺より小さい女の子だったからだろうか。理由分からないし、考えている余裕もない。しかし俺は、自身の身体に強い鞭を打ち、ぺらぺらと余裕をかまして語る彼女から逃げだすことに成功した。




うおおおおぉぉぉ!




 恐怖と全力疾走から上がっていく心拍数。そんなの感じている余裕はないのに、頭に響くそれは俺を存分に焦らせる。




 振り返ろうともしたが、出来なかった。もし、またあの怪物がいたら? あの女が俺を追っていたら? 確認して安心したいという欲より、もし奴らがいたら……という不安の方が勝った。将来、勉強、その他面倒ごと……あらゆることから逃げ続けている俺は逃げ足が速く、人一倍ビビりなのだ。




 無事に家に着いても、お風呂に入っても、布団に潜りこんでも、安心なんて出来る訳がない。




 俺はその夜、これでもかと圧縮され続ける心臓と共に、眠れぬ夜を過ごした。










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