第八ひょん 怪長は熱弁を振るう
俺達の高校の生徒会長は特別住民である。
俺の名前は打本 越一。
この降神高校の二年生。
で、生徒会で書記なんかやったりする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「次の部、どうぞ」
生徒会会議室。
生徒怪長である詩騙 陽想華怪長以下、副会長、庶務、書記(俺)、そして会計の主要役員が顔を揃える中、俺の呼び掛けに応じ、廊下に控えていた一人の男子生徒が入室してくる。
彼は緊張した面持ちで一同の前に進み出た。
「それでは訴求を始めたまえ」
「審議」と書かれた扇子を手に、怪長がそう宣言する。
説明しよう。
俺達生徒会の面々が集い、執り行うこの会議は「部活予算審議会」である。
要は学校側に報告するため、割り振られた各部活の予算が適正に活用されているか、そして次の学期予算に反映される要求額について審査を行うわけだ。
「体操部部長の飛田です」
飛田先輩はそう名乗ると、決意の表情で弁論し始めた。
内容は体操部の日頃の活動とその進捗、部がその実績等でこの学校にどれだけ貢献しているかだ。
「…というわけで、現在部員が一丸となって次の大会の優勝を目指し、練習をしておりまして…」
そこで勝負をかける表情になる飛田先輩。
「そのためには、より洗練された設備での練習が必要不可欠です。そこで…」
拳を握り締め、先輩は続けた。
「体育館に新しいマットと鉄棒の導入を検討していただきたい…!」
「うむ!良かろう!」
「採用」と書かれた扇子を開きつつ、呵々大笑する怪長。
その回答に目を点にする一同。
「あの…マジ…すか…?」
あっさり採用された自分の訴えに、飛田先輩が思わずそう尋ね返す。
まあ、そうだろう。
部員の予算の中でも、大型備品購入となれば審査も厳しい方である。
それが即答でOKとなれば大盤振る舞いもいいところだ。
怪長は頷いた。
「部全体で頂上を目指さんとするその意気や良し!ならば、生徒会としては部員達が全力を出せるようバックアップするのは至極当然だろう!」
いや、マジか。
言ってることは間違いじゃないけど、そのノリでバカスカ予算要望を承認していたらあっという間にガス欠だぞ。
同感だったのか、副会長が腰を浮かしかける。
「おい、詩騙…!」
副会長が口を挟みかけたその時、
「…却下!」
不意に「パチーン!」と何かを弾く音と共に、無慈悲な声が響き渡る。
全員の視線を集めた声の主は、一人の生徒だった。
名前は下添君。
彼は生徒会の会計であり“算盤小僧”という特別住民だ。
京都府の西別院村笑路(現・亀岡市)に伝わる妖怪で、夜中に笑路の西光寺の近くを通ると、寺のそばにあるカヤの木の下に坊主の姿で現れる。
そして、木の下で盛んに算盤を弾き始めるという。
正体はタヌキともいわれているが、寺の伝承では、かつて計算を間違えて和尚に叱られた小坊主が、その木で首を吊って自殺したとされており、その坊主の霊とも言われている。
彼はその伝承どおり、いついかなる時もそろばんを手放さない。
実際、この会議中もパチパチ計算をしながら、話を聞いていた。
「飛田はん、体操部には一昨年に新しい跳馬台が設置されたはず。なのに、追加で大型備品を融通するのは無理というもんどす」
はんなりした京都弁ながらも、言葉には怜悧な響きがある。
下添君は小柄で普段は陽気かつ温厚な性格で人と接するけど、こういうお金やその計算が変わると非情の金庫番と化す。
その迫力は生徒会メンバー随一。
教師達も彼の予算編成ややり繰りには口を出せず、異を唱えようものなら、言葉の裏に刃を持つ京都弁でボロクソにやり込められるという。
全部活より「赤字キラー」「黒の支配者」と恐れられていて、彼との予算折衝は凄まじい緊迫感を強いられることでも有名だ。
反面、理に適えば平等な予算配分をしてくれるし、一円単位で予算を消化するその采配はまさに神業としか思えない。
驚くことに銀行口座の利息まで計算し、その年度内で有効利用しきるのだから、誰も口は挟めなかった。
「し、しかし、いま怪長の承認は得られたはず…!」
「さいどすな。実にお優しいことに」
そう言って、ニッコリ笑う下添君。
でも、目が笑ってない。
「努力する生徒達を慮る怪長の厚意、ぜに見習わなあきまへん。僕も異論は無いとす」
「な、なら…!」
「せやかて、あたたかい優しさなんて、冷たいお金は持ち得まへん」
一気に室温が急降下する。
下添君は某特務機関の司令みたいに肘をついて指を組んだ。
「一部活への偏った予算配分なんてのは生徒会財政規則でも厳しく戒められております。あと、ご存知どす?」
下添君の目が獲物を見据える肉食獣のソレになる。
「予算ちゅうもんは有限なんどす。アレコレ分配したら、あっという間にスカンピンなんどす。そうしたら、向こう10年は消しゴム一つ融通できへんようになりまっせ?」
その威圧に飛田先輩が息を呑む。
まあ、向こう10年なんてのは大袈裟だけど、やたらと融通できるものではないのは事実だ。
「少し待て、下添会計」
そこで立ち上がったのは怪長だった。
おお、この状況の下添君に意見を述べるなんて、何て無謀な。
空気を察しない我らが怪長は「温情」と書かれた扇子を広げて見せた。
「君が我が校のため、日夜有限の財政を工面してくれていることは分かっているつもりだ。本当に頭が下がる思いだ」
「そら有り難いことどす」
うって変わって笑顔を向ける下添君。
それに(根拠の無い)手応えを見て取ったのか、怪長は芝居がかった様子で続けた。
「そのうえで敢えて言わせてもらおう。我が校のため汗と涙を流し、青春を燃やす彼らのような生徒達の日頃の努力に対し、我々生徒会は報いる義務がある…!」
そこで苦渋の決断といった表情を浮かべる怪長。
「無論、君の立場や労苦を考えるとこの決断は断腸の思いだ…君の言うように、有限の予算を無分別に配分することは財政の圧迫を招く。それは動かしようのない事実…!」
「さいでんな。それも分かってもらえてるなら感謝しかありまへん」
と、そこで怪長は机に叩きつけんばかりに頭を下げた。
「しかし!それを理解したうえで私はお願いしたい!彼らに特別予算の配分を!どうか、この私を女にしてくれまいか…!」
決死の拝み倒しに、一同が呆然となる。
怪長は伏したまま続けた。
「私は生徒会長に当選する前に、いくつかの公約をした!その中には『文武問わず、努力する者にはそれに見合った報いを』というものがある!その公約こそ、私が生徒会長を目指すために立ち上がった理念なのだ…!」
怪長は涙を流していた。
彼女がこんな熱い思いを吐露するところは初めて見た。
「皆も感じているだろう!?努力を続けながらも報われず、沈んでいく才能たちの涙を!私はそうした才能溢れる若者達に光ある未来へ進んで欲しいのだ…!」
涙が遂に血涙になる。
いや、やり過ぎじゃないか、ソレ。
しばしの沈黙の後、下添君は深い溜息を吐いた。
「怪長はん、怪長はんの生徒達を思いやるその気持ち、よう理解しました」
そして、苦笑しながら両手を挙げた。
「仕方ないどすなぁ。今回は僕の完敗どす。怪長はんにそないに頭下げられたら、僕も頑張らなあきませんえ」
その場に居合わせた全員がどよめく。
無理もない。
いま、俺達の目の前で奇跡が起きたのだ…!
あの非情の金庫番が、まさか折れるとは…!
「下添会計…!か、感謝する…!」
怪長は再び深く頭を下げ、その後で飛田先輩と頷き合う。
飛田先輩もまさかの逆転勝訴に滂沱の涙を流し、男泣きしていた。
「か、怪長ぉぉぉ!有り難うございます!有り難うございます!俺達、絶対に優勝してみせます…!」
そうして、部活予算審議会は拍手と共に終了
…しなかった。
「ほな、体操部への特別予算を組むための財源確保といきまひょか」
笑顔でパチパチとそろばんを弾き始める下添君。
ものの数秒で計算を終えると、下添君はそろばんを見せた。
「こないなもんでどうでしゃっろ?」
「おお!そんなにか…!?」
示された金額を見て、怪長と飛田先輩の鼻息が荒くなる。
下添君は頷き、
「備品の価格を考えたらこんなもんでっしゃろ。ほんにちょうどええわぁ」
下添君は笑顔のまま続けた。
「生徒会室と怪長んとこの個室改修費と備品各種、削ったらほぼトントンやし」
その場の全員が凍りつく。
ちなみに生徒会室の空調が調子が悪く、備品の数々にガタが来ている。
あと、会長室個別の改修費なんてのは初耳なんだが…!?
全員の視線の先で、怪長が固まっている。
おまけに溶けているんじゃないかという程に冷や汗が流れていた。
何とも言えない沈黙の後、怪長は強張った笑顔で飛田先輩を拝んだ。
「…すまん。やっぱ無理」
結果、体操部の特別予算却下と会長室の改修費全予算カットが決定。
おまけに飛田先輩から怪長への賄賂・癒着疑惑が浮上し、怪長はしばらく新聞部に追い回されることになった。
やれやれ…




