第五ひょん 怪長は調理する
俺達の高校の生徒会長は特別住民である。
俺の名前は打本 越一。
この降神高校の二年生。
で、生徒会で書記なんかやったりする。
「打本書記、君は苦手な食べ物はあるか?」
廊下で他の生徒会メンバーと雑談をしているところに、不意に「生徒怪長」である詩騙 陽想華先輩が姿を見せ、そう尋ねてきた。
彼女は“ぬらりひょん”という特別住民であり、人に気取られず行動することに長けた妖力を持っている。
なので、こうした突拍子もない登場は日常茶飯事だった。
「…何です、藪から棒に」
あからさまに不審な顔になる俺に、怪長は「指名」と書かれた扇子を広げつつ、思わせぶりに微笑んだ。
「実は数日後に家庭科の授業があってな」
「はあ、そうですか」
「で、だ。栄えある私の味見役として、君を抜擢しようと思う」
「嫌です」
~ 完 ~
「うむ!では、頼むぞ!」
「いやいやいや!いま『~ 完 ~』って出て、物語終了になりましたよね!?」
「『完』…【意味】①まったい。欠けたところがない。《例》「完全」「完備」「完璧」、 ②まっとうする。やりとげる。《例》「完結」「完成」「完了」(©go○辞典)」
そう言いながら、手にした扇子を開き「天晴」という文字を見せつつ笑う怪長。
「つまり!『味見役をまっとうする』という意味だろう?」
「どんだけ強引かつポジティブシンキングなんスか!?」
思わず絶叫する俺。
しかし、無理もないと言わせて欲しい。
俺は以前、同じように怪長の作った調理実習の料理の味見役を言い渡されたことがあった。
その時は確か「炊き込みご飯」と「ハンバーグ」だったと記憶している。
結末は予想をあり余るほど超えたものだった。
まず、見た目は普通の料理だ。
においも、大丈夫だった。
問題は味と触感、その後の影響である。
ただクソマズいだけなら、ギャグ漫画やアニメでよくあるオチだ。
だが、怪長が作った料理は常識を超えていた。
第一に、炊き込みご飯はラーメンの味がした。
ご飯なのに、不可解にも触感は麺そのものだった。
一体どういう調理過程を経たらこんな奇天烈な料理が誕生するのか。
そして、ハンバーグである。
こちらは、せんべいの味がした。
怪長にしつこく確認したが、間違いなく合い挽き肉は利用していたそうだ。
だが、肉の味は一切なく、パリパリとした触感と香ばしさが際立っていた(何となく手焼き風だったことを付け加えておく)。
極めつけは、食後に発生した特殊効果だ。
珍妙な料理だったが、その時、新入生で素直だった俺は律儀にも完食。
そして、即座にぶっ倒れた。
その間の記憶は飛んでいたが、目撃者の証言によれば、以下の通りだ。
①倒れた俺は、グラウンドに向かい、謎の言語で宇宙と交信を試み始めた。
②挙句、奇声を発しながら校舎内を「審判の時は来た!見よ!私が真理だ!」とか何とか叫びながら走り回った。
…まったく、思い出したくもない(実際記憶はないが)。
お陰で、俺はしばらくの間、奇人変人扱いだった。
故に。
怪長の作った料理は、金輪際口にしないということ決めたのである。
「とにかく結構です。絶対に嫌です。ノーサンキューっス」
しっしっと追い払うように手を振る俺へ、怪長はうつむき加減になって肩をプルプルと振るわせ始めた。
…やば。
少し言い過ぎたか?
「ふっふっふっ…浅はかだな、打本書記」
思わずフォローしようとした俺は、怪長が不敵な笑みを浮かべていることに気付いた。
もしや、あまりのディスリに気がふれたか。
「これを見よ!」
そう言いながら、扇子を一閃すると「賞味」と書かれたその陰から、皿に盛られたホカホカの肉じゃがが登場した。
「そ、それは…」
「無論、私が調理したものだ」
それを聞いた俺が息を呑む。
何となくこの後の展開が読めてきたからだ。
身動きしない俺の前に、怪長は肉じゃがを突き出した。
「さあ、食したまえ」
「絶対嫌です」
~ 結 ~
「『結』…【意味】①むすびつける。ゆわえる。つなぐ。たばねる。《例》「結合」「結束」「団結」、②実をむすぶ。しめくくる。まっとうする。《例》「結実」「結果」「結末」、③かまえる。組み立てる。《例》「結構」(©go○辞典)」
そう言うと、怪長は勝ち誇ったように言った。
「つまり!『味見役をまっとうする』ということだな?」
「アンタ、マジで強引だな!あと、go○の回し者か何かか!?」
「細かいことは気にするな。さあ、騙されたと思って食べてみろ!」
ズズイと肉じゃがの皿を突きつけてくる怪長。
「いや、しかし…なあ?」
…と、助けを求める意味で、今まで隣りで雑談していた生徒会メンバーの方を見やると、既にその姿はなかった。
あ、あの野郎!
逃げやがったな!
「さあ!さあさあさあ!」
怪長が、さらに勢いを増して間合いを詰めてくる。
準備がいいことに、箸まで持参していた。
しかも、何故かいつも以上に目をキラキラさせて。
その目の輝きに怯む俺。
万事休す。
…でぇぇい!
こうなったら仕方がない!
「…分かりました」
俺は覚悟を決めた。
まあ、例え見た目が肉じゃがで味が麻婆豆腐でも驚かないし、完食しなければ害はないはずだ(たぶん)。
仕方なく怪長から箸を受け取ろうとすると、怪長はそれより早く箸で肉じゃがを一口分挟んだ。
「特別だ。この私自ら食べさせてやろう」
「ふあ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
何だと!?
それって俗にいう恋人同士の「ハイ、あーん♡」じゃないか!?
しかし、そんなことはお構いなしに怪長は、
「ホラ、あーんしろ」
と、せっつく。
俺は思わず周囲を見回した。
当然、幾人かの生徒が注目している。
誰も彼も興味津々だ。
これは…ますますやりにくいな(汗)
「どうした、打本書記」
「あーはいはい!分かりました!」
もう、さっさと終わらせよう!
俺は肉じゃがを一息に食べた。
…
……
………
…あれ?
おかしいぞ…
肉じゃがなのに、肉じゃがの味がする…!
しかも、美味い…!
「そ、そんなバカな…!」
驚愕を隠せないまま、俺は咀嚼を続けた。
ジャガイモのホッコリ感といい、肉の柔らかさや旨味といい、素材の引き立ちが申し分ない。
煮汁も十分に染み込み、その甘めの風味は昔懐かしく、それでいて上品な風味が口中に広がる。
それは、まさに完全無欠の肉じゃがだった…!
「…どうかね?」
自信満々といった表情で、怪長が俺の顔を上目遣いで覗き込んでくる。
その悪戯っぽい表情に、俺はドキッとなった。
それを感づかれるのが気恥ずかしかったので、俺はそっぽを向いた。
「…美味かった、です…」
すると、怪長はパァッと表情を明るくした。
そして「無双」と書かれた扇子を広げ、得意満面に胸を逸らした。
「うむ!うむうむ!そうだろう、そうだろう!やはり、私は天才だな!」
「はあ…でも、どうして急にこんなに上達したんスか?」
疑問を口にする俺に、一転、怪長は視線を逸らした。
「まあ、その、何だ…うちのシェフにな、ちょっとだけ師事したのだよ」
小声でそういう怪長。
その時、俺は初めて気付いた。
彼女の両手の指に巻かれた、たくさんの絆創膏に。
それで、俺はすべて合点がいった。
こう見えて、怪長の実家は実は金持ちである。
それこそ一流シェフがお抱えでいるくらいの富裕層であり、彼女自身もお嬢様なのだ。
ここからは俺の推測だが、以前、自分の手料理がもたらした惨憺たる結果を覚えていた先輩は、一応気にしていたに違いない。
だから、密かに料理の勉強をしたのだろう。
もじもじしている怪長に苦笑すると、俺はその手の肉じゃがの皿と箸を取り上げた。
そして、一気に食べ始める。
全て腹の中に収めた後、
「ごちそうさんでしたっス。美味しかったっス」
「う、うむ。なら良かった」
目をパチクリさせている怪長に、俺は片目をつぶってみせた。
「…次も楽しみにしてるっス」
「うむ!任せておけ!」
彼女は「御意」と書かれた扇子を開きつつ、嬉しそうに笑った。
【後日談】
次の調理実習のメニューは「チキンオムライス」だった。
俺は、約束通り、怪長の味見役を遂行した。
出来た料理は、見事なチキンオムライスだった。
…が、その味は「肉じゃが」だったことを報告しておく。
たぶん、次の調理実習でも、彼女は「味は肉じゃがの何か」を調理するのだろう。