第一ひょん 怪長は“ぬらりひょん”
突然だが。
うちの学校の生徒会長は特別住民である。
あ、ごめん。
いきなりで、自己紹介がまだだった。
俺の名前は打本 越一。
この降神高校の二年生。
で、生徒会で書記なんかやってたりする。
まあ、よろしく。
さて、話を戻すと、この学校…いや、この町「降神町」はかなり変わった点がある。
何せ「特別住民」が人間と一緒に暮らしているのだから極めつけじゃないかな。
「特別住民」っていうのは、いわゆるあのお化けの「妖怪」だ。
でも、そんな化け物な連中なんだけど、外見は人間とまったく変わらない。
【妖力】っていうちょっと変わった能力があるだけで、人間と同じ衣食住を好んで暮らしてる(一部例外はあるけど)。
それがどういう事かというと…
「それでは会議を始めようか、諸君」
校内にある一室…生徒会本部の中にそろった会のメンバーを見据えて、そう口火を切った一人の女生徒が凛とした表情で続けた。
「まず、最初の議題だが…そもそも何だっけ?」
ズドドド…!!と盛大な音を立てて、俺達は一斉にコケた。
どっかの喜劇会場でやってるコントみたいだが、悲しいことにこれが当生徒会における「いつもの会議風景」だ。
「怪長…」
殺人サイボーグみたいに目を光らせた男子生徒…副会長が眼鏡のブリッジを押し上げながら身を起こす。
「今日の会議の詳細な資料なら、昨日のうちに手渡したはずですが…?」
「ああ、アレか。すまん。読むのを忘れてた」
「…要所に付箋を付けたので、限りなく読みやすいように仕上げてお渡ししたはずですが…?」
おおう。
副会長の眼光が強まり、眉間に血管が浮かんでる。
しかし「怪長」と呼ばれた女生徒…詩騙 陽想華は凛とした表情を崩さず答えた。
「重ねてすまんが、脳内が疲労を訴えたのでな。それを無視できなかった。許してくれ」
バッと手にした扇子を開く怪長。
そこに達筆な字で書かれた「無駄骨」という一言を見た瞬間、副会長がワナワナと震えだす。
「そう思ったので、今朝がた、概要版もお渡ししたはずです。ええ、そりゃあもうこれ以上ないくらいに分かりやすいものを…!」
そう言いながら、副会長は机の上に叩きつけるように資料を置いた。
そこには、幼児向けにデフォルメされた絵柄と共に「よいこにもわかる!せいとかいかいぎ」と書かれた絵本…もとい、資料があった。
怪長が真剣な表情で頷く。
「ああ、実に素晴らしい出来映えだった。君がこんなかわいいイラストまで描けるとは」
そう言うと、フッと笑みを浮かべる怪長。
「絵本作家として、将来成功するだろう。私が保証する」
いったん閉じた扇子を開き「天晴」と書かれた文字を見せつける怪長。
「それはどうも…!」
一方の副会長は、全身から殺意の波動を溢れさせ、一歩踏み出す。
「ということは、こちらはお読みいただけたということですね…?」
口から「ふしゅるる~」と蒸気を吐きながら、詰め寄る副会長。
それに怪長は頷いた。
「いや、さすがに恥ずかしくて読めないだろう。私、幼稚園児ではないしwww」
ぷつん
「テメェ、草まで生やしやがったなオラァ!!一体誰のためにわざわざ夜鍋して作ったと思ってんだ、おお!?」
途端に「暴走した汎用人型決戦兵器状態」になる副会長。
そこにあらかじめ用意されていた鎖と「KEEP OUT」の虎縞テープがたちまち持ち出される。
「詩騙ぁぁぁぁぁ!!今日という今日はブッ血めたる!!」
「はいはい、どうどう!」
「抗不安薬銃、早くよこせ。長くは拘束がもたんから」
「貼ったテープ内には入るなよ?誰彼構わず捕食されるからな」
他の生徒会役員達の手で鎖で雁字搦めにされた上に、立入禁止テープで隔離される副会長。
それを見ながら「愉快」と書かれた扇子を優雅にあおぐ怪長。
「ふむ。今日も彼は絶好調のようだな。元気があって、大変結構」
「いや、そういう問題じゃないっす」
思わずそうツッ込む俺。
「今日は生徒会予算の決算報告書の確認と、各部活の予算要望のチェックをする予定っすよ。怪長も目を通してくれないと、皆が困るっす」
「そうなのか?」
今度は「初耳」と書かれた扇子を広げる怪長。
少しイラッとしつつ、俺は副会長の援護に移る。
「そうっすよ。だから、副会長も何とかして怪長にも目を通してもらおうとして、苦心してたっす」
「その終着地が絵本か」
自分のことは棚に上げたまま、溜息を吐く怪長。
「やれやれ、少し副会長を買い被っていたのかな」
「おどりゃあああああ!!絶許!!絶許おおおおおお!!」
吠える副会長。
追加の抗不安薬は足りるだろうか?
その哀れさに、俺もついにキレた。
「いい加減にしてください!」
その瞬間、凍りつく室内。
優雅にあおがれていた怪長の扇子がピタッと止まる。
だが、俺は構わず続けた。
「怪長は全生徒の模範となるべきでしょう!?なのに、いつものらりくらりと職務も放棄して!副会長や俺達が、どれだけ苦労しているか分かってんですか!?」
俺の怒声に「吃驚」と書かれた扇子を開く怪長。
「打本…」
驚きに目を見開く怪長。
俺は続けた。
「それに生徒達は怪長を信頼して生徒会長に選んだんです!それに応えるのが怪長の役目じゃないんですか!?」
「…だって」
凛々しかった怪長が、途端にじわぁっと涙目になる。
「生徒会長がこんなに大変だったなんて知らなかったんだもんー!」
幼稚園児のように「あーん」と泣き始める怪長。
「クラスの皆や友達が『やれやれ』っていうから、仕方なく立候補したらなっちゃったんだもんー!!」
…それは、たぶん面白半分でだろう。
日頃の怪長のヘッポコっぷりを見ていれば、生徒会長なんて重責がまともにこなせるとは誰も思わない。
おそらく、それを踏まえた上で「まあ、自分一人が投票しても落選するだろ」なんてテンションで全校生徒どもが彼女に投票したに違いない。
その結果が、このザマというわけだ。
「あーあ」
「泣ーかした、泣ーかした。せーんせに言うてやろ」
途端に幼稚園児レベルの糾弾を始める他の役員共。
くそ。
ホントどうなってんだ、うちの生徒会の人選!
俺は溜息を吐いた。
「分かった、分かりました!言い過ぎました!」
「分かればいい」
途端に泣き止み「復権」と書かれた扇子をあおぎだすポンコツ怪長。
や、やられた…
嘘泣きは、この人の十八番だった。
これ以上、この人のペースに乗せられていると、副会長の二の舞である。
俺は会議用の円卓を指差した。
「とにかく!早く会議を始め…って、あれ?」
俺は呆然となった。
今まで目の前にいたはずの怪長の姿がない。
まるで、煙のように消え失せてしまった。
「あれ?怪長!?」
「怪長ならもう逃げたよ」
「毎度ながら素早いよなー」
「俺、今日は瞬きもしなかったけど、見失ったよw」
「私なんか、スマホで録画してたけど映ってないしw」
「さーて、んじゃ会議はいつも通り怪長抜きでやるぞー」
「副会長、安定値まであとどれくらいだ?」
「30分くらいかな」
「よーし、んじゃお茶にしよーぜ」
そんなのんきな会話が、背後の役員共の間で交わされる。
俺はがっくりと肩を落とした
「…何なんだ、降神高校」
詩騙 陽想華…降神高校三年生にして生徒会長。
彼女は、この町に住む特別住民の一人。
大した妖力もなく、持っている妖力といえば「他人に気付かれずに出入りする」ことのみ。
そして、他の妖怪達に担がれ「妖怪の総大将」にされてしまった妖怪“ぬらりひょん”その人である。
故に、人は彼女を「生徒怪長」と呼ぶ。