第1章 君と私の出会い
「……あの時、私が追い詰めなければ…未来は変わっていたのかな。」
セミが鳴く静かな夏の夜。少女は一人、部屋の中で呟き、声を押し殺して泣いていた。
私が、もう少し女っぽい性格だったのなら。
私が、主張することができない人間だったなら。
私が、彼に配慮することのできたなら。
…私が、自分の気持ちを優先しなかったなら。
今更後悔しても、もう遅い。
だって、彼と私はもう
対等な関係じゃ、なくなってしまったから。
第1章【君と私の出会い】
「彩香!起きなさい!!!何時だと思ってるの!?」
………うるさいなぁ。
「今起きた…。」
「それは起きたって言わない!ちゃんと身体を起こして、立ち上がってから"起きた"って言うの!」
朝っぱらから母親がギャーギャーワーワー言い、私を中学校に行かせようと、全力で起こしてくる。
ほんとにやめてくれ…。
私今日睡眠不足なんだってば。
昨日遅くまで「抜け出せ どうぶつの林」してたんだもん。
「ねーーむーーいーーー…。」
「ほら、シャキッとする!ご飯食べにいらっしゃい。」
「うんー。」
そう言って母親は二階の私の部屋から、一階のリビングへと向かっていった。
今日は12月3日。私の誕生日の次の日。
私の睡眠不足の原因はずばり、「抜け出せ どうぶつの林」という超有名なゲームを夜遅くまでしていたからである。抜け出せ どうぶつの林は11月8日に発売されたシリーズ最新ものだ。
私は元々、一個前のバージョンである「来たれ どうぶつの林」が好きで、どうぶつの林シリーズが大好きだった。どうぶつの林シリーズのゲームは、自分が村長になって、どうぶつたちと豊かな村を作り、のんびりとすごそうというゲームである。
本当はすぐにでも買ってプレイしたかった。だけど、月のお小遣い2000円では足りず、誕生日まで我慢した。
我慢しまくって我慢しまくって、やっと!!昨日手に入れたゲームを!!!プレイしないということがあるだろうか!?いやないだろう!!!
「彩香!!早くしなさい!!」
一階から母の怒鳴り声が聞こえてくる。
相当お怒りなようだ。
「わかったよー!!!」
私はハンガーにかけてあった中学校の制服を取り、急いで着替えはじめた。
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中学校の制服に着替え終わった私がリビングへと向かうと、そこには炊きたての白いご飯とわかめと豆腐の味噌汁が用意されていた。
「もう、遅い!」
「ごめんごめん、圧倒的睡眠不足。」
「どーせ昨日パパにもらった抜け出せどうぶつの林してたんでしょ!?」
「てへ☆」
「するのはいいけど、睡眠時間を削るのはダメよ!そんなことするなら小学校時代みたいに時間制限設けるからね!」
「げ…、それはヤダ。」
小学校時代、ゲームによって私の目が悪くなることを恐れた母親は、「ゲームは1日30分」というルールを私に強いせていた。
もちろん、同じ学年の友達は30分以上プレイするので、私も隠れてやっていたものの、今思えばそのルールはありがたかったような気がしなくもない。
なぜなら、私の目は、そのルールがなくなった小学六年生をきっかけに、今まで両目の視力がA判定だったのが、一気にCに落ちたのだ。しかも両目。
母親のそのルールがあったからこそ、私の目は小学生の間はA判定のままで保っていられたのだろう。
まぁ、だからと言って「ゲーム30分だけルールを再開してくれ」なんて思わないけど。
「いただきます!」
「召し上がれ、時間ないけどよく噛んでね。」
「ママ、それだいぶ無茶振りよ…?」
早食いしながらよく噛むって、無理じゃない?
「いーから!ほら、さっさと食べる!」
言われなくとも食べておりますー!!
私はなんとか15分で食べ終えて、中学校へと向かったのだった。
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「ふぅ〜、今日も部活疲れタァァア!!」
私は新体操部に所属している。練習は毎日あり、キツイ柔軟や基礎練習、筋トレ、演技の練習等をしていて、帰宅すると大体はクタクタに疲れきっていた。
さーて、抜け出せどうぶつの林しよ!
この抜け出せどうぶつの林をプレイするためのゲーム機器"3DA"は、wi-fiと繋げばオンライン状態で遊ぶことができる。今まではローカル通信、つまりは近くの人や友達としか一緒に遊ぶことができなかったわけだけど、インターネットでつながった遠く離れた友達とも一緒にあそぶことができるようになった。
私はゲームの設定をオンライン状態にし、繋がった人とずっと繋がることができるように自分のフレンドコードをメモして、準備をする。
自分の村を解放すると、さっそく4人の知らない人と繋がることができた。
「よろしくね」などと、適当にメッセージを送り、4人でゲーム(ツアー)をしたり、ツアーをしたり、魚を釣ったり、虫をとったり、お話をしたり…と色々と楽しんだ。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄その4人のうちの1人と、将来付き合うことになるなんて、この時は全く思ってなかった。
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最近、この人と遊ぶの楽しいなぁ。
その人物のユーザー名は「かいき」。
かいきっていう少年は、私と同い年で中学2年生らしい。らしいっていうのは、あくまでゲーム上でしか知らないから。本当は男じゃなくて女かもしれないし、年齢なんてかけ離れているかもしれない。
けど、私にはそうは思えなくて彼は真実を言っていると感じていた。
ちゃんと、それには理由がある。
抜け出せ どうぶつの林をきっかけに、私と"かいき"はフレンドになったため、「いつのまに日記」という自筆のメールのようなものも送受信することができるようになっていた。そのソフトでの"かいき"の投稿ややりとりは、中学生で流行っているものや、中学生らしい出来事であり、偽っているようには見えなかった。
かくいう私も、部活で嫌なことあったとか、友達と遊んできたとか、中学生らしいことを投稿していたから、"かいき"も私を同い年の女の子と、なんの疑いもなく接していただろう。
"かいき"の他にも、たくさんの女の子や男の子とフレンドになっていたが、1番会話が続いて1番会話が楽しかったのは"かいき"だった。
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私が中学三年生になると、どんどん一緒にプレイするフレンドはいなくなった。仮にオンラインだったとしても、それはいつのまに日記や、抜け出せどうぶつの林をプレイしているのではなく、別のソフトをプレイしていて、連絡を取ることはできなかった。
別にそれを嫌だなと思ったわけでもないし、最近みんなどうぶつの林してないなぁ…くらいにしか思ってなかった。
しかし、"かいき"だけは違った。
"かいき"と私のやり取りは未だに続いていて、「今日はこんなことしたよ!」だとか、「修学旅行もう行った?」だとか、そんな些細な日常の出来事を、いつのまに日記で送受信しあった。さらには時間がお互いにあれば、抜け出せどうぶつの林を一緒にプレイして、会話やツアー(ミニゲーム)を楽しんでいた。
こうして、私と"かいき"のやり取りは、高校一年生入学寸前まで続いた。
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高校一年生になった私は、両親からようやく欲しかったiPhoneを買ってもらうことができた。SNSが流行しはじめた時期だったこともあり、LINEはもちろん、ツイッターもアカウントを作って、友達やクラスメイトとFFの関係になった。そういうこともあり、iPhoneを常に持っているようになったものの、たまに抜け出せどうぶつの林をプレイしていた。そんなある日、"かいき"が私にとんでもない爆弾発言をしてきたのである。
『さやかってツイッラーやってる?』
「……え。」
なんでそんなこと聞くの?
流行ってるし、呟くの楽しいからやってるけども。
私は特に何も考えずに文字を打つ。
『やってるよ!』
すると、帰ってきた言葉は私の思考を停止させた。
『マジ!?ツイッラーおしえて!』
「………。」
ツイッラーを、教える…?
私のツイッラーはいわゆる"リアル垢"であったため、私の本名はもちろん、学校名やその日の出来事、写真を載せており、"私"の情報が詳細に詰まっている。
そんな垢を、ネットでつながった相手に見せてしまっていいのだろうか。
思考が停止している間に、"かいき"からまたメッセージが届いていた。
『俺のユーザー名教えるわ。@kai_1001だよ』
「ぶっ!!」
そのメッセージを見た私は、思わず吐き出さずにはいられなかった。
え。"かいき"君!??!
そんな簡単に私に教えていいの!?正気!?
そう思いながらも言われた通りツイッラーでそのユーザー名を検索する。
すると、"笹口海生"という名前がヒットした。
ふーーん、▲▲高校に通ってるんだ?
どうぶつの林でいってたけど、福島県に住んでるんだったっけ?
プロフィール欄に書いてあった▲▲高校のことを調べてみると、ちゃんと福島県に存在していることがわかる。
また、ツイーラ内容からも、彼が高校生であることが完全にわかるような内容だった。
「…これなら、信用してもいいかも。」
私は彼のことをフォローして、その後に『フォローしたよ!』とメッセージを送った。
すると、彼からフォローバックをされて、ダイレクトメッセージが送られてきた。
『改めて、笹口海生です!よろしくな!』
『今野彩香です、よろしくね!』
『さやかって、本名あやかなの?』
『ちがうよ。本名もさやかだよ!彩をさやって読むの。』
『へぇー!珍しいな?全然読めなかった笑』
『でしょ?みんな読めないんだー。』
そんな感じでやり取りがテンポよく進む。
あれ…?"かいき"は海生って書いて"かいき"って読むのかな?
違ったら恥ずかしいし、一応確認しようかな。
『かいきは、海生って書いて"かいき"って読むの?』
『そそ。俺のは簡単でしょ!』
『だね。わりとそのまんまだった!笑』
『ねぇ、LIENでやり取りしない?ツイッラーやりにくい。』
……はい?
なんで!?別にツイッラーでいいじゃん!
この男何言ってんの!?
ツイッラーでさえ交換することに躊躇したというのに、LIENも交換したいと言われて私の内心はばくばくである。
『え、そうかな?ツイッラーもやりやすいと思うけど…』
『えーそう?ツイッラーよりLIENの方が開くし、LIENの方が都合がいいから交換しようよ!』
「…………。」
ダメだ。海生ってこういうの、きっと譲らないタイプだ。
仕方ない、どうせブロック機能もあるし、最悪ブロックして仕舞えばいいんだ。
『わかったよー。今QRコードおくるから、ちょっと待って。』
そうメッセージを打って、LIENの自分のQRコードをスクショしてデータを送る。
すると、"QRコードから追加されました"と表示された。つまりは海生に追加されたということ。
『俺俺!』
『オレオレ詐欺か!』
『ナイスツッコミ笑 海生だよ!』
『でしょーね。』
『ねえ聞いて!俺ずーっと彩香しかやりとりしてるどうぶつの林の友達いないんだよね。』
『私もだわ笑 むしろなんで私らやりとりしてんの笑』
『なんだかんだ気があうからじゃね?笑』
『たしかに?笑 海生とやり取りするの楽しいよ。』
『そう言われると照れる笑 』
なんていうようなやり取りをして、私と海生は毎日LIENで会話をするようになった。