8話 3番センター・木戸晴信(右投げ右打)
///|1|2|3|4|5|6|7|8|9|計
美徳館|0|3|2|0|2|0|0|3|4|14
青春台|0|0|0|0|1|0|0|3|1|5
9回裏、1点を取って攻撃中。その差9点。
気の強い3番バッター木戸の闘志はメラメラと燃え盛っていた。
しかも彼は大の目立ちたがり屋。
あの有名なピッチャー羽柴からヒットを打てば…そしてそれが長打なら…
木戸の頭の中では、すでにイメージが完成していた。
その時は声を張り上げて大きなガッツポーズをし、バク転しながらホームインする。
とにかく派手なパフォーマンスで観客の注目を浴びたい。
羽柴のようにマスコミに取り上げられるのがうらやましくて仕方ない。
ルックスでは自分が1枚も2枚も羽柴より上だと勝手に思っている自信過剰な木戸。
───ようし!やってやるー!
そう思うと、武者震いさえしてくるのだった。
いつも自分に都合よく考えるプラス思考の木戸。
適度な緊張がなおさら集中力を高めてくれるもの。木戸は常々そう思っていた。
そしてその状態がまさに今、この瞬間なのだ。
───小松も近衛も打ったんだ。俺に打てないはずはない!
現状は1死2,3塁。この場面で羽柴からヒットを打てば確実に目立つし、チームも盛り上がる。
そんな気持ちになれるのも、9点という大差のせいかもしれない。
逆にこれが1点差なら、さすがの木戸もプレッシャーに押し潰されて、ガチガチになっただろう。
───球種はわかってるんだ。あとはどのコースに来るか…
バッターボックスに立って羽柴を見つめる木戸。
ふと余計なことが頭に浮かぶ。
───やっぱり俺の方が顔がイイぜ。
そう思ったところで立場も注目度も向こうが上。まずは打たなければ意味がない。
羽柴がセカンドにけん制球を投げる。
リードの大きいセカンドランナーの近衛が気になったようだ。
戻りのうまい近衛はもちろんセーフ。彼はけん制で刺されたことは一度もない。
少し間合いが空いたので、ボックスを外すして2,3度スイングする木戸。
そのときふと浮かんだ思いつき。
───そうか!俺の好きなコースに投げさせればいいんだ!
マウンド上の羽柴はバッターの木戸を見て「(・_・)ン?」と首をかしげた。
「なんだ?あの3番は?」
と、思わず呟いてしまったその理由。
それは木戸がバットを長く持って、バッターボックスの内側ギリギリに、しかも1番手前に立ったからだ。体もベースに覆いかぶさっている。
「ははぁ、なるほど…俺のスライダー狙いか」
羽柴がそう判断したわけ。ボックスの手前内側に立てば、外角にも余裕でバットが届き、外に逃げてゆくスライダーの曲がりっぱなをとらえることができるからだ。
「ならばここはインコースにストレートといきたいところだが…」
羽柴には若干腑に落ちない部分もあった。
普通こんなバレバレで白々しいことをするもんだろうかと。
スライダー狙いと見せかけて、本当はストレートを待っているのではないかと。
案の定、この思いはキャッチャーの明智も一緒だった。彼のサインはスライダー。
いわゆる逆の逆を行く作戦。
「よし、わかった!俺も同じ意見だ」
1球目のモーションに入る羽柴。球種を見極める木戸。
実況:ピッチャー第1球投げました!
“カーン!!”
実況:強烈な当たりーーっ!でも1塁線切れたー!ファールファールファール!!
カウント1−0.
「あぶねぇあぶねぇ(^_^;)」
一瞬ヒヤッとした羽柴。やはり素直に考えれば良かったと反省する。
バッター木戸は次も同じ構え。
───あの位置と構えでは、俺のストレートにバットが間に合うはずがない!たとえストレート狙いだとしても!!
キャッチャーの明智とも意思疎通した。羽柴の口が真一文字に締まる。
木戸の目が輝いた。
────これでストレートが来る!インコースにっ!
渾身の力を込めた羽柴の2球目が彼の手から放れた。
と同時に、木戸は長く持ったバットの握りを緩める。
当然バットは引力の法則で真下にズリ落ちる。彼は10センチほど落ちたところで再び強くバットをギュッと握りしめ、足のスタンスをオープンに開いた。
───これだっ!!
歯を食いしばって打ちに行く木戸。しなるバット。
“カッキイイィィン!!”
実況:打ったぁぁぁ!打球は左中間ーー!
「よしっ!」
走りながら木戸はヒットの確信を得る。
実況:レフトとセンターの間を真っ二つぅぅぅー!!3塁ランナーと2塁ランナー相次いでホームイン!打った木戸は3塁へー!スリーベースヒ―ーット!!
余裕でセーフなのに、サードへヘッドスライディングをして、雄たけびを上げながらガッツポーズをする木戸。
「うおおおおぉぉ!!やったぜぇぇぇいっ!」
にわかに活気づく場内。それもそのはず。誰しも思った完全な負け試合。
なのに一流エースを打ちこみ、2点追加で14−7。点差が縮まり尚も一死3塁。
そしてついに、ネクストバッターには4番・高藤雄一を迎えるのである。
ピッチャーの羽柴にしてみれば、高藤との対決を希望して立ったマウンド。
そのためには、故意に制球を乱し、ランナーをためてから彼と勝負し、そしてライバルを打ちとる計算が成り立っていた。
だが予想に反して、これまでまだ一死しかとれず、自分が高藤以外の選手に打ちこまれている現状にショックを隠せなかった。
───奴に勝つには、コントロール1ミリの狂いも許されない。でもやってやる!こいつさえ抑えればこのチームの精神力は切れる!
(続く)