5話 9番レフト・小松敬一(左投げスイッチヒッター)
バッターボックスに立った小松は予め考えていた。
球種がわかるのなら、どの球を狙おうかと。
150Kmのストレートを狙うよりも、ゆるいスライダーの方を選択した小松。
まずは1球目のストレートは見逃した。ストライクでカウント1−0.
───速い…やはり俺にはストレートは打てそうもない。
羽柴の2球目。彼の口が真一文字。これもたぶんストレート。
バットを一度も振らずにいるのも良くないと思った小松は、狙い球と違うストレートを打ちに行く。
だが、ブーンとバットが空を切った。高めのボールに釣られたのだ。
カウント2−0。追い込まれる。
「くっそぉ〜!もうちょっと良く見りゃ…」
悔しがる小松。
一方、ピッチャーの羽柴にしてみれば、非力な9番バッターなど眼中にない。
ターゲットは4番の高藤。
だが、彼まで打順をまわすには、ランナーが3人出塁しなければならない。
そこで、羽柴には同じチームメイトにも言えない秘密の策があった。
それはわざとコントロールを乱して、四球で満塁にすること。
これはあくまで高藤と勝負するための計画。
こんな勝手な個人プレイをチームメイトが許してくれるはずもない。
だからこれは羽柴自身だけの秘密なのである。
ただ、その計画に最初のミスがあった。
それは先頭バッターだけは必ず打ちとると決めていたにも関わらず、8番・岩倉に予想以上に粘られ、四球を出してしまったこと。
これは芝居ではなく、真面目に攻めた上での出来事。
それでも余裕のある羽柴の気持ちの切り替えは早く、
『この9番をひとひねりすりゃ済むことさ』
と、たかをくくっていたのだった。
『さぁいくぜ!3球目のフォークで三振だ!』
羽柴のモーションから球種を察知する小松。
───フォークだ!この高さなら見送ればボール…
予想通り、膝元からストーンと地面に落ちるフォーク。
判定はボール。カウント2−1。
小松は自分に言い聞かせる。
『次の球がスライダーなら、内角に曲がって来る…ということは脇をたたんでコンパクトに打ち返す…もしストレートならカットしよう』
羽柴は、フォークを見逃されて首をかしげた。
『2−0からあの球を見逃せるとは……なぜ空振りしない?』
一抹の疑問を感じながら、マウンド上で次の球のサインを伺う羽柴。
キャッチャーの明智のサインはスライダー。
『よしっ!この球で三振だ。見逃してもコースはストライクさ。フン』
セットポジションに入る羽柴。迎え撃つ小松。
────その頃、青春台高校職員室内では…
誰も観ていないテレビが野球中継を伝えていた。
予選で、しかも10点差の試合となると、たとえ我が校が戦っている試合にせよ、テレビにかじりついて観る教師など誰もいなかったのだ。
各自、銘々のデスクで下調べや採点作業をしている教師たち。
そんな中、突然テレビの中の実況アナウンサーの声が大きく響いた。
実況;打ったぁぁ!一、二塁間、破った破ったーー!ライト前ヒーーーット!
教師たちの視線が一斉にテレビに注がれる。
実況:9番・小松の痛烈なライト前ヒット!青春台、ノーアウト一、二塁っ!
「へぇ、少しは抵抗してるじゃないか」
と、教師の一人が言う。
「でも10点差だしねぇ」
別な教師のその言葉に、まわりも再び、それぞれのデスクワークに目を向けた。
────一方、マウンド上の羽柴は…
「なんであの決め球が打たれるんだ…?信じられん。。」
(続く)