4話 8番ショート・岩倉貴雄(右投げ右打)
ここは最後の賭け。
先頭バッターの岩倉は、田安の言葉を信じてバッターボックスへ向かう。
マウンド上の羽柴の投球練習は、もうすでに終わっている。
田安の言う“球種のわかるクセ”が事実かどうかを確かめるには、まさにぶっつけ本番に限られた。
頭の中を整理しながらボックスに立つ岩倉。
『とりあえず、1球目は見逃して確認だ…』
ランナーがいなくても、セットポジションから投げる羽柴。いつものことだ。
その様子を食い入るように見る岩倉。
岩倉貴雄…彼の実家は弁当屋。家族だけで細々と営業している。
フランチャイズの弁当屋に苦戦しながらも、地元の地盤を固め、家族総出で必死にサービスに務めている。
たとえまだ高校生の貴雄と言えども、例外ではない。
この日も朝4時から、注文の仕出し弁当作りに追われていた。
そんな真面目な彼は野球への情熱も強く、この強豪・美徳館に一矢報いてやろうという思いでいっぱいだった。
セットの構えに入る羽柴。それを目を凝らして見る岩倉。
マウンド上のピッチャーの足が上がった。
岩倉の脳裏に田安の言葉が蘇る。
───まず、構えに入ったときの羽柴の顔をよく見るんだ。投げる寸前に口元がキュッと締まったらストレート。
そしてまさに今、羽柴の口が締まった瞬間を岩倉は見逃さなかった。
“ズバーン!!”
「ストライークッ!」
予定通り初球は見逃す。
羽柴の剛速球・150Kmストレート。
キャッチャーミットにボールの収まる音が凄まじい。
岩倉は思う。
『田安の言うとおりだ…』
そう納得した岩倉だったが、新たなる不安も…
『たとえ田安のおかげで球種がわかっても、これほどの球が俺に打てるだろうか…』
続いて2球目。羽柴のモーションが始まる。
岩倉が瞬時に球種を判断する。
───スライダーだっ!
球は真ん中から外角へ逃げるスライダー。これも岩倉は見逃した。
判定はボール。カウント1ー1。
これも田安の言う通り。
羽柴は変化球を投げるときには、口が半開き。
ただ、それがスライダーかフォークかを見分けるのには、彼がモーションに入ってからの見極めになる。
そしてそれが完全に確かめられる瞬間が、3球目に訪れた。
───これがフォークか?
ど真ん中からストーンと低めに落ちるフォーク。
3球目も見逃す岩倉。
判定はボール。カウント1−2。
岩倉は思う。
『ドンピシャだ。よーし』
スライダーとフォークの見極めは、ピッチャーの足が上がった瞬間に訪れる。
田安曰く、
「足が上がると同時に両腕の上がる位置を確認するんだ。フォークなら胸の位置。スライダーなら顔の位置まで上がる」
『田安サンキュ。今すげぇ役に立ってるぜ』
一方、ピッチャーの羽柴には充分な余裕があった。
『なかなかだな。普通なら三球三振になるところだが…まぁよく見たもんだ。というより手が出なかったというべきかな…フフフ( ̄ー ̄)』
続いて羽柴の4球目。
───これはストレート!
“ガキッ!”
「ファール!」
外角への力のあるストレート。かろうじてバットに当ててファール。
カウント2−2。
バッターの岩倉は冷静だった。
『打ち返せなくても、ファールで粘ればきっとチャンスがあるはず…』
それが功を奏したのか、5球目のスライダーもカットし、6球目のフォークはバットを振らずに見極めた。
「ボール!」
審判がコールする。カウント2−3.
フォークは大抵、ストライクゾーンから落ちてボールになる。
その見極めができないと大抵空振りしてしまうもの。
補欠・田安の緻密な偵察のおかげで、岩倉が空振りする必要がなくなったことは極めて大きい。
「ボール!フォアボール!」
結局、その後3球ファールで粘った岩倉が、ついに四球で出塁したのである。
青春台高校、ノーアウト1塁。
それでもピッチャー羽柴は、悔しがりもせずに、しきりに感心していた。
『8番バッターのわりに目のいい野郎だ。最後のあがきってやつか。フン( ̄ー ̄)』
いよいよ9回裏が動き始めた。
(続く)