3話 控え選手・田安 基(たやす はじめ)
青春台高校ナインは、土方監督のもと、円陣を組んでいた。
攻撃はこの9回裏のみ。
敵チームのマウンド上には、超高校級のエース羽柴。ナインは意気消沈する一方。
だが土方は指導者として、このまま凹んでるわけにはいかない。
生徒たちの最後の夏。青春台の最後の歴史。負けても最後の意地を見せたい。
そんな思いから彼は選手たちにハッパをかける。
「いいかお前たち、もっとプラス思考になれ!こんな全国屈指のピッチャーと対戦することなんて、一生のうちあるかどうかわからんのだぞ!」
「は、はいっ!」
ナイン全員、返事も戸惑っている。
「いずれ羽柴はプロに入って活躍するだろう。そうなったらお前たちの記念にもなるんだぞ。そう思えば気分が楽にならないか?三振して当然だ」
監督の顔から目をそむけないナイン。戸惑いの中にも真剣な眼差し。
その言葉に選手たち全員から、開き直りが生まれた瞬間でもあった。
「お前たちは自分のバッティングをして来ればいいだけだ!思い切って振って来い!」
「は、はいっ!」
明らかに選手たちの声はさっきよりも気合が入っていた。
「ちょ…ちょっと待って下さい」
その時、一人の補欠選手がノートを携えてベンチから円陣に加わった。
「どうした田安?用件は急げ。審判にせかされる」
監督に促され、素早くノートを開く田安。
青春台高校野球部員は、元々10人しかいなかった。
来年の廃校決定の余波もあって、新入部員もいない。
かつて“さわやかイレブン”で全国的に有名になった徳島の池田高校よりもギリギリの人数。
その中でも田安はずっと補欠選手で雑用係だった。
気が小さい点を除けば、真面目でよく気がつき、雑用も黙々とこなす選手。
ところが大会の2か月前に、レギュラー選手の島津が交通事故で足を複雑骨折。
必然的に、田安にレギュラーの座が舞い降りて来たのである。
だが、田安はそれを喜んだりはしなかった。
その理由として、彼には前々から思うことがあったからだ。
───僕よりもレギュラーにふさわしい奴がいる!
そう、それが高藤雄一。
3年生になった4月から転校して来たものの、野球部への入部希望はなかった。
その理由は誰にもわからない。
田安は積極的に高藤と交渉をした。
理由はどうであれ、どうかメンバーギリギリの野球部を救ってくれと。
その結果、約1か月間に渡る交渉の末、ついに高藤は田安に心を開いたのである。
そして高藤の入部と同時に、自らレギュラーの座から身を引いた田安。
その田安が今、ベンチ前の円陣の中で、驚異的な縁の下の力持ち的存在になる。
「みんな、ちょっと僕の話を聞いてくれ。実は僕、あの羽柴のクセを見つけたんだ」
一瞬黙るナインたち。
「ん?クセってなんだ?鼻クソほじるとか?」
「違うって^^; 投球のクセだよ。僕は今までずっと羽柴を偵察してたんだ」
「ほう…それで?」
「で、あいつが投げる球種を見破った気がするんだ。おそらく間違いない」
オオーw(*゜o゜*)wオオーw(*゜o゜*)w
一同から声が上がる。
「たとえ剛速球でも、変化球でも、投げる前に球種がわかれば、対応できるんじゃないかと思って…やってみる価値はあると思うんだ」
この言葉に監督の土方も賛同する。
「よしっ!どうせダメもとだ。やれるだけのことはやり尽くして悔いを残すな!」
「オオーッ!」
ナインの士気が高まりつつあった。
(続く)