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32話 ひっそりと華々しく

「やった!逆転ツーランだ!」

 旭ワインの選手たちがベントから身を乗り出して打球の行方を追う。

 あらかじめ深い守備位置のセンターも、更にバックしてフェンスに背中がついた。

「入るぞ入るぞ!」

 こういったナインの声をよそに、高藤自身は結果を悟っていた。


 ───いやダメだ…届かない


 真上を見上げたセンターが、一度しゃがんでから反動をつけ、思い切りジャンプして手を伸ばした。

 

 ───パシッ!


 タイミングビンゴのジャンピングキャッチ。

 ボールはしっかりそのグラブの中に収まった。

「あ〜ぁ…高藤さん惜しい!」

 ベンチから身を乗り出していたナインが口ぐちに言う。

 

 もう一歩伸びが足りないセンターフライ。

 こうして高藤の野球生活はここに幕を閉じたのである。



 ベンチまで小走りに戻って来る高藤の表情には一片の曇もない。

 むしろほころんだ口元からは笑顔がこぼれ、白い歯が見えている。

 ナインに拍手で迎えられると、照れ笑いしながら頭をかいた。

「いやー、噂通り重い球だったなぁ。まだ手がしびれてるよ」

 手首をブラブラさせて言う高藤。

 そんな彼に肩をポンと叩いてフォローする田安監督。

「あの球をあそこまで持って行くのはお前だけさ。引退するには惜しいくらいだ」

 その言葉を受けて高藤がフッと笑う。

「いや、違うな。もう限界さ。5年前の俺だったらスタンドまで届いてる」

「それにしても…」

「もう潮どきなんだよ田安。俺がここで打ったら引退撤回しなきゃなんないじゃんか」

「アハハ、そりゃそうだな。じゃそうするか?」

「よせよ。そりゃ冗談だ。いいんだよもう。気遣いサンキュ。どれ、向こうのチームにも挨拶してこよう」


 再び小走りでマウンド方向へ行く高藤。

 コバルトオーシャンズのナインもマウンド中央に集まり拍手で彼を迎える。

 その中には高校時代からのライバルでもあった羽柴監督が、花束を持って出迎えていた。

「お疲れさん。すまんな。打ちとらせてもらって」

「いや、最後にいい真剣勝負をさせてもらったよ。ありがとう」


 次にスノーフレークスベンチも動いた。

「さぁ、お前たちもマウンドに行って、高藤を胴上げして来い!」

「は、はいっ!」

 一斉にマウンドへ走るナイン。腕組みしながらそれを見ている田安監督。

 その背後から、ゾロゾロと彼の見慣れた顔の面々が現れた。

「田安、俺達もマウンドに行っていいだろ?」

 そこには彼をはじめ、言わずと知れた青春台高校野球部OBの面々がズラリと揃っていたのである。

「おう、岩倉!弁当屋の方は大丈夫だったのか?」

「アハハ。何言ってんだよ。もう俺は管理職だぞ。毎日チェーン店まわりのチェックさ。時間は自由だ」

「へぇ、偉くなったなぁ」

 そこに割って入ったのが木戸。

「偉くなったのは田安の方じゃないか。あの時の補欠が今はノンプロ界の3年連続優勝監督なんだからな」

「まぁまぁ、こんなとこで褒め合っても仕方ない。今日の主役は高藤だからな」

「あぁ、そうだそうだ。じゃ行って来る」


 高藤が胴上げで宙を舞っているさ中、一人一人花束を持った同級生たちが思い思いにマウンドに向かった。

 松平、近衛、木戸、大久保、高杉、一橋、岩倉、小松、そして島津まで。


「監督は行かないんですか?」

と、次に背後から田安に声をかけたのは記者の東郷だった。

「おう、君か。もう来ないのかと思ったぞ」

「すいません。飛行機のトラブルでちょっと遅れまして…」

「そうだったのか。君こそあの高藤の胴上げ写真を撮らなくていいのか?」

「僕はカメラマンじゃないので…それよりお話を聞きたいと思いまして」

「バカだな。写真があればスクープ記事になったのに」

 東郷は不思議に思った。

「でも監督。今日の試合はマスコミに知られたくないから、極秘で決めたことじゃなかったんですか?」

「まぁそうだ」

「なのに監督は僕を招待してくれました。これを記事にしても構わないんですか?」

 田安は東郷の肩をポンと叩き、にこやかな笑顔で言った。

「君は子供の頃から高藤のファンだって言ったじゃないか」

「え、ええ…言いましたけど。。」

「高藤のファンは彼を裏切らないと信じてるからだ」

 東郷は、この言葉の裏には必ず何かが隠されていると確信した。

「監督。僕にとってはわからないことづくめなので教えてもらえませんか?」

「あまりしゃべりすぎると高藤に怒られるからな」

「まぁそう言わずに^_^; あの人たちは高校時代の野球部員のようですね?」

「あぁそうだ。俺が招待して、この試合も最初から内野席で観ていたんだ」

「そうだったんですか……でもそれでけでは僕にはまだわかりません」

「ん?何がだ?」

「監督は僕に言われました。ここに来ればわかると。でもさっぱり…」


 そのとき、ベンチ横から田安に呼びかける声がした。

「監督、こちらにお連れしました」

「おぉ、そうか。じゃあそのままグランドへご案内してあげなさい。ゆっくりとな」

「はい」

 益々わけのわからない表情になる東郷。

 彼が入口方向に目をやると、そこから腕を引かれて入って来たのは、一人の細身な女性だった。

 やや、たどたどしい歩き方ではあるが、歩く方向は一点を見据えている。

 不意にこちらに振り向き、彼女が一礼した。

 でもそれは東郷にではなく、となりにいる田安への挨拶だった。

 そして彼女は花束を抱えながら、一歩一歩スタッフらしい男に誘導されながらマウンドへ向かったのである。

「監督、あの人はどうやら目が不自由のようですね?」

「ん?うん……まぁ元々あの人は弱視だったみたいなんだが、ある事故で片目を失ってね。もう片方の目もここ最近、状態が悪いようなんだ」

「…それはお気の毒で。。でもあの人は一体誰……(゜〇゜;)ハッ!も、もしや?」



 マウンド上では胴上げの終わった高藤が、青春台高校OBから花束を受け取り、意気揚揚とベンチに戻ろうとしていた。

が、その先にいる女性を見るとすぐに足が止まって驚きの表情に変わった。

 それを見ていた東郷が田安に小声で問いかける。

「監督、彼女はひょっとして高藤選手が高校時代に起こした…その…」

「あの人は高藤の奥さんだよ」

「えっ…?」



 高藤の驚きの表情は一瞬だけで、すぐに笑顔に変わった。

「クルミ…来てくれたんだ。。」

 同じ笑顔で花束を渡すクルミ。

「バカね。こんな大事なこと黙ってるなんて」

「……うん。。ごめん。。ごめんな」

                          (続く)

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