31話 ラスト勝負
羽田発千歳行きの飛行機がエンジントラブルのため、1便出遅れた東郷。
彼が旭ワイン球場に辿り着いた時には、試合はすでに9回裏を迎えていた。
詳しい事情のわからない東郷ではあったが、おおよその予感はしていた。
そう、球場に呼ばれるということは、おそらく田安監督は高藤の引退試合を企画しているのではないかと。
そしてそれは見事に的中した。
だが、さすがに高藤が、旭ワインのユニフォームでバッターボックスに立っている予想外の姿を見たときは正直驚いた。
しかも対戦相手が奄美で、しかも監督が元プロ野球選手で一世を風靡した羽柴だということに気づくと、その驚きも倍増。
「すげぇ!こいつはまさにプレミアな試合だ!ちくしょう、最初から観たかった…」
自分の頭をコツンと叩いて悔やむ東郷であった。
田安監督は、高藤がバッターボックスに立つ直前にアドバイスをしていた。
「羽柴の息子はまだ変化球は未熟だ。ストレートに的を絞っていいだろう」
そう耳打ちされた高藤。
「それにしても速いな」
「あぁ、しかも重い。じっくり様子を見て行ったらいい」
フフっと高藤が笑う。
「ん?どうした?」
「あぁすまんすまん。お前がじっくりなんて言うもんだからさ」
不思議に首をかしげる田安。
「それがおかしいのか?」
「だって俺はもう引退してるしな。せっかくお前に用意してもらった舞台を楽しみたいんだ。神経とがらせるのはもういい」
「でも打ちたいだろ?」
「そりゃ打ちたいよ。だから何も考えずに初球から行く」
「様子も見ないでか?」
「お前が教えてくれたじゃないか。ストレートだって。俺もそう思うんだ。自信のある球を1番最初に投げるのが当然だ」
今度は田安がフフっと笑う。
「高藤らしいな。よし、じゃあ俺もベンチから初球に注目してる。思いきり最後のバッティングして来い」
「おう、さんきゅ」
高藤の表情はリラックスそのもの。むしろ笑顔。とてもこれから9回裏ツーアウトで打席に立つバッターとは思えないほどだ。
そして彼は正真正銘、最後のバッターボックスに入り、静かにバットを構えた。
「プレイ!」
主審の声がかかり、ピッチャーの羽柴藤吉郎がセットに入る。
それをジッと見つめる高藤。さすがに打つ直前になると表情が引き締まる。
ピッチャーの足が上がって投球が始まった。グーンと後ろに引かれた腕。
そこから渾身の力を込めたボールが放たれようとしていた。
「うおおおぉぉぉ!」
19歳とはとても思えぬ気迫の雄たけびの羽柴藤吉郎。
しなる腕。体全身のバネで振り下ろされたボールは、明らかに羽柴の全体重が圧し掛かった重いボールになって高藤に迫る。
───よしっ!この1球で決める!
右足を踏み込んだ高藤。バットがしなるように振り下ろされる。球は150キロ超。
────カッッッ……キイイィィィン!!!
手首が押し戻されるような物凄い振動。だが高藤も渾身の力で弾き返した。
ボールはセンターバックスクリーンへ一直線に伸びて行く。
と、その瞬間、高藤の脳裏にあの日の9回ウラが蘇り、この場面の映像と重なった。
(続く)