表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/40

30話 イキな演出

20××年11月10日


 北海道の気温はすでにもう氷点下。

 積雪はまだそれほどでもないが、防寒せずには外出もできない時期。

 そんな中、旭ワインドーム球場では熱いセレモニーが行われていた。しかも極秘で。


 この球場はドームのため、空調設備も万端。温度も一定が保たれているので、一歩中に入るとまるで別世界。

 草野球球団がプロ並みのホーム球場を持つことは異例。市のバックアップもあって成り立っている球場でもある。

 当初は“旭市民球場”と仮名が決められていたが、市の特産物を全国にアピールする方向で話が進み、現在の名称になっている。 


 高藤雄一は、感動と込み上げる思いでいっぱいだった。

 田安の粋な計らいで、非公式に行われている高藤の引退試合。

 すでにプロを引退している高藤は、本日一日限定で、旭ワイン・スノーフレークスに入団し、ユニフォームに袖を通していたのだ。

 しかも対戦相手は、羽柴監督率いる奄美あまみコバルトオーシャンズ。

 田安の呼びかけに一つ返事で対戦を快諾した羽柴。

 彼は紛れもなく、高藤の高校時代からのライバルであった人物。


 今から26年前、青春台高校と美徳館学園で、地区予選ながら球史に残る激戦があった。その試合を制したときのエースが羽柴監督である。

 彼はその年、北・北海道代表校として甲子園に出場し、見事全国制覇を成し遂げた。

 高校卒業後は、ドラフト1位指名でプロ入りし、同じくプロ入りした高藤と何度となく死闘を繰り広げている。

 だが彼はプロ生活11年目に、致命的となる利き腕の肘の故障が悪化し、引退を余儀なくされたのである。

 そして今は、社会人野球の監督として奄美コバルトオーシャンズに招かれ、チームの指揮をとっている。


 今日の高藤のための引退試合も、すでに9回裏。4−3で奄美が1点リード。

 旭ワインの攻撃もすでに二死ランナーなし。

 だが、あと一人塁に出れば、4番の高藤まで打順がまわる状況。

 ここで羽柴監督はマウンドのピッチャーに3番敬遠のサインを送った。

 キャッチャーが立ち上がってミットを構えるのを見てピンと来た高藤は、相手ベンチの羽柴に一礼した。

「ありがとう。。本当にありがとう」

 羽柴監督の思いやりに胸がジーンとなる高藤。

 そんな時、後ろからポンと彼の肩を叩く田安監督。

「高藤。泣くのはまだ早いぞ。最後の打席、思いきり打ってから泣け」

「あ、あぁ…(゜ーÅ)ホロリ」


 まさに最大の見せ場になる場面がこの引退試合に訪れた。

 1点差の二死1塁で4番の高藤。ホームランで逆転サヨナラになる。

 最後の最後にこんな状況になるのも、高藤の強運なのかもしれない。



 奄美ベンチの羽柴監督はここで動いた。ピッチャーの交代である。

藤吉郎とうきちろう、行け!」

「はいっ!」

 監督に言われて駆け足でマウンドに行く若者がひとり。

 何を隠そう、この若者は羽柴藤吉郎。監督の実の息子なのである。


 羽柴監督はベンチ前で腕組みをしながら心で呟いていた。

『高藤、敬遠は特別サービスだ。だが勝負は手加減しないぞ。真剣勝負だ!お前だってそれを望んでいるはず』


 マウンドに上がった藤吉郎が投球練習を始めた。

“バシーン!!”

“ビシッ!!”

“ズバーン!!”


 剛速球がうなりをあげる。唖然とする高藤。

「こいつはすごいや…しかも球が重そうだ」


 まだ19歳の羽柴藤吉郎。これほどの実力の若者がなぜプロ入りしていないのか?

 その理由として、彼は野球経験がほとんどない。

 なぜなら彼は、中学、高校時代と陸上で砲丸投げをしていたからである。

 ドラフト候補にもならないのは当然の話。

 こうして羽柴監督は、自分の息子を我がチームへ入れ、プロ入りへの養成も兼ねようとしていたのである。

 砲丸投げで培ったパワーが、そのまま野球のボールに乗り移ったかのような、球質の重い剛速球がミットの快音を叩きだす。


 ───どうだ高藤。俺の息子の球が打てるか?


 世代を超えて、羽柴対高藤の一騎打ちが行われようとしていた。

                   (続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ