30話 イキな演出
20××年11月10日
北海道の気温はすでにもう氷点下。
積雪はまだそれほどでもないが、防寒せずには外出もできない時期。
そんな中、旭ワインドーム球場では熱いセレモニーが行われていた。しかも極秘で。
この球場はドームのため、空調設備も万端。温度も一定が保たれているので、一歩中に入るとまるで別世界。
草野球球団がプロ並みのホーム球場を持つことは異例。市のバックアップもあって成り立っている球場でもある。
当初は“旭市民球場”と仮名が決められていたが、市の特産物を全国にアピールする方向で話が進み、現在の名称になっている。
高藤雄一は、感動と込み上げる思いでいっぱいだった。
田安の粋な計らいで、非公式に行われている高藤の引退試合。
すでにプロを引退している高藤は、本日一日限定で、旭ワイン・スノーフレークスに入団し、ユニフォームに袖を通していたのだ。
しかも対戦相手は、羽柴監督率いる奄美コバルトオーシャンズ。
田安の呼びかけに一つ返事で対戦を快諾した羽柴。
彼は紛れもなく、高藤の高校時代からのライバルであった人物。
今から26年前、青春台高校と美徳館学園で、地区予選ながら球史に残る激戦があった。その試合を制したときのエースが羽柴監督である。
彼はその年、北・北海道代表校として甲子園に出場し、見事全国制覇を成し遂げた。
高校卒業後は、ドラフト1位指名でプロ入りし、同じくプロ入りした高藤と何度となく死闘を繰り広げている。
だが彼はプロ生活11年目に、致命的となる利き腕の肘の故障が悪化し、引退を余儀なくされたのである。
そして今は、社会人野球の監督として奄美コバルトオーシャンズに招かれ、チームの指揮をとっている。
今日の高藤のための引退試合も、すでに9回裏。4−3で奄美が1点リード。
旭ワインの攻撃もすでに二死ランナーなし。
だが、あと一人塁に出れば、4番の高藤まで打順がまわる状況。
ここで羽柴監督はマウンドのピッチャーに3番敬遠のサインを送った。
キャッチャーが立ち上がってミットを構えるのを見てピンと来た高藤は、相手ベンチの羽柴に一礼した。
「ありがとう。。本当にありがとう」
羽柴監督の思いやりに胸がジーンとなる高藤。
そんな時、後ろからポンと彼の肩を叩く田安監督。
「高藤。泣くのはまだ早いぞ。最後の打席、思いきり打ってから泣け」
「あ、あぁ…(゜ーÅ)ホロリ」
まさに最大の見せ場になる場面がこの引退試合に訪れた。
1点差の二死1塁で4番の高藤。ホームランで逆転サヨナラになる。
最後の最後にこんな状況になるのも、高藤の強運なのかもしれない。
奄美ベンチの羽柴監督はここで動いた。ピッチャーの交代である。
「藤吉郎、行け!」
「はいっ!」
監督に言われて駆け足でマウンドに行く若者がひとり。
何を隠そう、この若者は羽柴藤吉郎。監督の実の息子なのである。
羽柴監督はベンチ前で腕組みをしながら心で呟いていた。
『高藤、敬遠は特別サービスだ。だが勝負は手加減しないぞ。真剣勝負だ!お前だってそれを望んでいるはず』
マウンドに上がった藤吉郎が投球練習を始めた。
“バシーン!!”
“ビシッ!!”
“ズバーン!!”
剛速球がうなりをあげる。唖然とする高藤。
「こいつはすごいや…しかも球が重そうだ」
まだ19歳の羽柴藤吉郎。これほどの実力の若者がなぜプロ入りしていないのか?
その理由として、彼は野球経験がほとんどない。
なぜなら彼は、中学、高校時代と陸上で砲丸投げをしていたからである。
ドラフト候補にもならないのは当然の話。
こうして羽柴監督は、自分の息子を我がチームへ入れ、プロ入りへの養成も兼ねようとしていたのである。
砲丸投げで培ったパワーが、そのまま野球のボールに乗り移ったかのような、球質の重い剛速球がミットの快音を叩きだす。
───どうだ高藤。俺の息子の球が打てるか?
世代を超えて、羽柴対高藤の一騎打ちが行われようとしていた。
(続く)