29話 何かある!
田安監督の反応の大きさに、正直東郷も驚いた。
小さな数行の記事。見逃してしまってもおかしくないような記事。
●北・北海道スポーツ新聞より抜粋
“この日の招待試合で、5回表、高藤選手の打ったファールボールがスタンドで観戦中の少女に当たり、救急車で運ばれた。命に別状はない模様”
ただし、今回の引退とは何の関係もない過去の出来事。結びつける根拠も全くない。
ただ、当時の高藤選手が一時期、野球から遠ざかっていた理由と関係してはいないのか、それが聞きたくて田安監督にこの記事を見せたまでの事。
「君は過去を探って何を書こうとしてるんだ?」
と、逆質問される東郷。明らかに機嫌が急に悪くなった田安。
「すみません。本題とはズレてしまったかもしれませんが、一つ一つ過去から調べることで、わかって来ることがあるんじゃないかと思いまして…」
「そんな過去の出来事をほじくり出して、何の得があるんだ?」
「別に得はないですけど…」
田安は少し声を荒げる口調になった。
「人には誰でも触れられたくない部分ってのがあるもんだ。君だってあるだろう?」
根が真面目な田安は感情が顔に現れやすい。隠し事が下手なタイプと言える。
さりげなく東郷の質問を交わすことができず、逆に何か裏事情があることを東郷に悟られてしまう。
「そりゃまぁそうですけど…ってことはやっぱり何か知ってらっしゃるんですね?」
一瞬、言葉に詰まる田安。
「わかってどうなるものでもない事は、わからない方がいい場合もある」
と、苦し紛れに出た言葉。
「それは高藤選手にとって、何か不名誉なことだからでしょうか?」
矢継ぎ早に出た東郷の問いに、田安がいきなりテーブルを“バンッ!”と叩いた。
「君たちはすぐ何でもそういう見方をするから、何もしゃべる気はしないんだ!もう帰ってくれないか」
しかし東郷は、田安の荒声にたじろぎもせず、凛とした態度で対応する。
「僕の伺い方が気に障ったのなら申し訳ありません。でもこれだけはわかって欲しいのです。僕は単なる興味本意で調べているのではありません」
「興味じゃなかったら何だと言うんだ?」
東郷は田安の目を見てきっぱりと言った。
「僕は子供の頃からずっと高藤選手の大ファンだからです。憧れの選手です。今でも」
「むぅ……」
「監督わかりますか?自分の大好きな選手が突然引退を発表したショックを」
「・・・・・」
「僕はですね、高藤選手はまだまだ野球ができると思ってたんですよ。いや、もっとやって欲しかったんです」
「それは私だって同じ気持ちだ」
「でも監督はその理由を知っているから納得できた。そうじゃありませんか?」
「それは…」
「でも僕は何ひとつ知らないんです。納得できないんです。高藤選手がそう決断したからには、よほどの理由があるのでしょう。それは尊重するつもりです。ただ一ファンとして、納得する理由が知りたいだけなんです」
数分間、沈黙が続いた。
やがて感情の落ち着いた田安が口を開く。
「君の言い分はよくわかった。私はこれからうちの選手たちとディナーの予定だから、もうそろそろ行かなくてはならないんだ」
「わかりました。どうも突然お邪魔して申し訳ありませんでした。良ければまた後日、僕の名刺に書いてある連絡先に電話下さればすぐに伺います」
「うむ…」
こうしてこの日の単独取材はこれで終わった。
次の日、また次の日も田安監督からの連絡は来なかった。
更にその後1週間が経過し、時間の都合のついた東郷が、再び田安にアポイントメントをとろうとしていたとき、彼のケータイに着信があった。
「スノーフレークスの田安だ」
「ど、どうも、ご無沙汰してます」
「簡単に用件を言う。11月10日午後2時、旭ワイン球場に来なさい」
「えっ?球場ですか?北海道の?」
「極秘事項だ。マスコミ関係者は君にしか言ってない」
「はぁ…でも一体何が…?」
「来たらわかる。来なきゃわからん。それでは」
用件を言い終えた田安は唐突に電話を切った。
しばし唖然とする東郷。だが行動する意思は固まった。
「来週か…よし行こう。また北海道へ」
(続く)