2話 敵エース・羽柴登板の謎
●19××年7月
シード校の強豪・美徳館が、地区予選の3回戦程度でエースを登場させることなど前例がなかった。
いくら先発投手の北条に疲れ見えてるとはいえ、余裕の10点差でプロ級の羽柴をリリーフさせるのは、まさにイジメのようなもの。
だが、これにはちゃんとした理由があった。
それは羽柴が、全国でも屈指のスラッガーと目される青春台高校の4番・高藤雄一との対戦を熱望していたからだ。
3年生の高藤は、2年生の去年まで、関東地区の強豪校に在籍。
甲子園でも常連の名門校。昨年の夏の選手権では、チームはベスト8で敗退したが、彼は4試合でホームラン9本。打率8割5分という驚異的な数字を残した。
そんな高藤が、親の仕事の都合という理由で、3年の1学期からこの北海道に転校して来たのである。
しかし、なぜ彼がこんな無名の高校を選んで野球部に入部したのか、その理由は誰も知らない。
しかもこの高校は、毎年受験生が定員割れする郡部に位置し、来年より隣町の高校と統合が決まっていた。
そして新設校として、名前も変わり新たに生まれ変わる。
だから現在、この学校には1年生と2年生はもういない
つまり、今の生徒が青春台高校最後の卒業生ということになる。
全員3年生の部員にとっては、まさに最後の夏。ラストゲームとなるのだ。
だが、美徳館のエース・羽柴にとってはそんなことはどうでもいい話。
自分と同じようにプロから注目されている高藤と対戦できる絶好のチャンスが巡って来ただけのこと。
北・北海道代表として、2年連続甲子園出場を果たしている美徳館のエース・羽柴純一郎。
彼のプライドとして、この高藤と勝負して勝たねば、甲子園に行く意味などないと思えるほど、執念を燃やしていた。
そして羽柴は、蜂須賀監督も驚くほどの熱心さで登板を直訴し、マウンドへ上ることになったのである。
だが、気になることがひとつ。
9回裏の打順は8番から。このままでは4番の高藤には打席が巡って来ることはない。
羽柴にはある思惑があった。高藤と勝負するためには仕方のないことだと自分に言い聞かせて。
しかし、それが自分自身の過剰なオゴリによる大誤算だと、後になって気づかされることになる。
(続く)