28話 東郷の単独取材
田安監督と接触できたのは、東郷が北海道から帰京して10日後のこと。
旭ワイン・スノーフレークスが優勝旅行から帰国し、都内のホテルでくつろいでいるところを直撃したのだ。
普通、アポも取らずに当日取材の申し込みなど、却下されたらそれでおしまい。
東郷は考えた。引退した高藤にエールの言葉をもらいたいという名目で、取材の許可を得たのである。
「すみません。無理言って時間を作っていただきまして」
部屋に通されて、いささか恐縮していた東郷。
テーブルを挟んで相対する田安。ついに単独取材が実現した。
「しかし驚いたなぁ。私と高藤の繋がりを知ってる者がいたとはね」
ペットボトルのミネラルウォーターを片手に田安が言う。
「あ、君も飲む?水しかないけど」
「いえ、おかまいなく」
「あそう」
田安はそう言うとすぐに水を一気飲みした。
「で、何でわかったんだい?私と高藤の関係を」
「はい。ちょうど取材中に青春台高校の昔のアルバムを見つけたものですから」
「ふう〜ん。そこまで調べて何か意味はあるのかい?」
「ええ、実はですね…」
東郷は本題を切り出した。
「僕は知りたいんです。高藤選手が引退する本当の理由を」
「!!!」
ゆとりの表情だった田安の顔が一変する。
「君は…えと、名前なんてったっけ?」
「東郷です」
「東郷君、今日は高藤にエールを贈る言葉を取材に来たんじゃなかったのかい?」
東郷は再び恐縮しながら謝罪した。
「すみません。ああでも言わないと、取材させてもらえないと思ったものですから」
「困った人だな君は。あいつの引退理由は会見で言った通りだと思うが?」
東郷は、ここでゆっくり間を置き、一度目線を落としてから再び顔を上げ、田安の目を見ながらしっかりした口調で話し出した。
「いいえ。僕にはそう思えません。高藤選手は代打でもまだ3割を打つ選手でした。とても体力の限界が理由とは考えられません」
「ではこう考えたらどうだろう?野球選手にケガはつきものだ。人に言えないケガをずっと今まで我慢してプレイしてたかもしれないじゃないか」
「なぜ人に言えないんです?」
「そりゃ君、プロは厳しい世界だ。ケガで戦列を離れたら、すぐに取って代わられる」
「じゃあ高藤選手はどこか致命的な大ケガか病気でもしていると?」
「私も彼にしばらく会ってないから詳しいことはわからんがね」
「そうですか…じゃあ僕の方が詳しいですね」
そう聞いて驚く田安。
「どういうことだ?」
東郷は手帳を取り出し、自分の書いたメモを眺めた。
「えとですね…ある筋から高藤選手の健康診断と、定期的にされている人間ドックの結果を入手したんですよ」
「そんなバカな!医者には患者の守秘義務がある。そんなプライベートなデータを記者に教えるはずはない」
「いや実はですね。僕、高藤選手のいた球団関係者とちょっと横の繋がりがありましてね」
「ん?それがこれとどう関係があるんだ?」
「あの球団に所属する選手はですね、定期健診の結果を全て報告する義務があるんですよ。これでわかりましたか?」
すぐにピンと来た田安。
「あー、なるほど。そういうことか…さすが記者さんだね」
「まぁそういうことです。で、その結果ですが、高藤選手は健康そのもの。感染症やその他の病気にも一切かかってません」
数秒の間の後、田安が言う。
「そうか…まぁ、健康ならそれでいいことじゃないか」
「ええ、だから田安監督に聞きに来たんです。彼の引退の本当の理由を」
「残念ながら知らないな」
即答した田安の顔はどこか浮かない。東郷はその表情を見て確信した。
───よしっ、ここで切り札だ!
「監督にお尋ねします。高校時代、あなたは転校生だった高藤選手を熱心に野球部に勧誘したそうですね」
田安がさっきよりも更に驚きの表情に変わる。
「どうしてそれを…」
「サロマ台高校の事務長から聞きました。彼は青春台高校が統合される前から働いていた人です」
「・・・・」
「事務長は、あの壮絶な夏の試合を会議室のテレビで観ていたそうです」
「壮絶な試合…」
「ええ。美徳館学園戦です。監督の最後の夏になった試合です」
「あぁ、あの試合は忘れもしないよ。私達の思い出の宝だからな」
「はい。でも本題はその試合と違います。なぜ高藤選手は、あなたが勧誘しないと野球部に入らなかったのか?それよりもなぜ転校したのかです」
「それは親御さんの転勤のせいだよ」
「でもですね、高藤選手のいた関東義塾学園は、当時甲子園に出て旋風を起こしたんですよ。それに寮も完備されていて、親御さんから離れても十分に暮らせます」
「…だからどうだと言うんだ?人にはいろいろ事情というものがあるもんだ」
「それはわかってます。僕も面白半分に取材して来たわけじゃありません。では僕が調べた最後の事実をここに…」
そう言うと、東郷はカバンから新聞記事のコピーを取り出した。
「これは僕がこの10日の間に調べたものです」
彼はテーブルの上にそれを広げた。怪訝そうに覗き込む田安。
「こ…これはっ!!」
(続く)