27話 深まる引退の謎
20××年10月
引退会見を終えた高藤は、タクシーを拾って家路に向かっていた。
座席の窓から外を眺めていても、目に映っているのは風景ではなく遠い過去の記憶。
そう…彼の脳裏から映し出されているのは、あの夏の日のフラッシュバック映像。
高藤が不意に笑う。
『( ̄ー ̄)フフッ、おかしなもんだ…引退するってときに、プロ入りを決めたときのことを思い出すなんて…』
無理もなかった。彼にとってそれは野球への未練がもたらしたものではなく、逆にケジメをつけることを意味していたからである。
高藤の引退記者会見を聞き、首を傾げる記者たちが若干数名。
ただ、その理由を本気で探ろうとしている者は誰もいなかった。一人を除いて。
その記者の名は東郷淳平。34歳。
彼は子供の頃から高藤の大ファンで、まさに憧れの存在でもあった。
それゆえ、尚更彼の引退を惜しむ気持ちが強いのは確か。
そんな東郷が高藤の会見を聞き、どこか妙で納得しかねた理由はこれ。
●代打と言えど、3割のアベレージ。体力の限界とは思えない。
●派手な引退試合はしたくないので、シーズンオフに会見を開いたこと。
●本当はひっそりやめたかったこと。
これほど日本を沸かせたスター選手がなぜこんなことを言うのだろうか?
きっと真実は別にあるに違いない!
そう睨んだ東郷は、単独で調査を開始する決意をしたのである。
ヒントは高校時代。それは高藤自身が会見で語ったこと。
今までの野球人生の中で一番印象深い試合は何かと尋ねた質問に対する答え。
───高3の最後の夏の試合
プロ野球の公式試合を例に挙げなかったのは異例中の異例。
直感的にこれがヒントだと思った東郷。
ネット検索で知り得た事実は試合結果のみ。
美徳館学園 VS 青春台高校。
結果から観れば確かに壮絶な試合だったようだ。
14対4から、9回裏の奇跡的な猛反撃で14対13まで追い付いている。
だがこれだけでは何もわからない。
東郷は通常の仕事をこなしながら、自分の休暇を利用して北海道へ飛んだ。
すでに青春台高校は統合されていて、もうその名は残っていない。
その後、新たに新設校として造られた学校名は、サロマ台高校。
北海道最大であるサロマ湖の見える高台に面した高校だ。
東郷はサロマ台高校を訪ね、身分証明を提出し、青春台高校から引き継いだ資料を見せてもらう許可を願い出た。
根気のいる作業が数時間、ついに東郷は1冊のアルバムを見つけた。
青春台高校、最後の卒業生のアルバムを。
そしてその中に若かりし日の高藤雄一を発見したのである。
東郷が真剣にアルバムを見ていると、事務長がお茶を持って現れた。
青春台高校の時代からずっと事務をしているベテラン55歳の事務長である。
「外は寒いから、これで温まりなさい」
「あ、すみません。どうぞおかまいなく…」
恐縮する東郷。
「で、どうです?探し物は見つかりましたか?」
「ええ、ありました。高藤選手の写真や、その当時の野球部の写真も載ってますね」
「おー、あったのかい。よく見つけたねぇ」
「ええ、なんとか」
「本来なら、うちらがしっかり管理してなければならないんだが、今は、サロマ台の資料を主体に整理してるから、どうしても昔の学校の物は目立たない場所に片付けられてしまうんだよ」
「いえいえ、そんなこと気にしないで下さい」
食い入るようにアルバムを見る東郷。
そんな中、彼は事務長の口から出た言葉に、驚きの新事実を知る。
「今の高校も含めて、後にも先にもウチの学校から有名人が出たのは、その年の卒業生の高藤と田安だけだったなぁ」
一瞬耳を疑った東郷。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「ん?」
「田安って…誰ですか?」
今度は事務長が驚いた。
「おいおい、記者さんがそんなこと知らないのかい?その野球部のメンバー写真の中にも写ってるよ。面影は今でもあると思うが…」
目を皿のように凝らして観る東郷。すると───
「あっ!!!」
事務長がニヤッとする。
「どうやらわかったようだね」
「え、ええ…そうか、そうだったのかぁ…田安ってあの…」
東郷は気づいた。確かに面影はある。アルバムに写っている田安というこの少年。
ノンプロ(草野球)リーグで、北海道最強軍団、旭ワイン・スノーフレークスを率い、3年連続日本一にチームを導いている名監督。
田安基、その人であった。
(続く)