24話 運命の大飛球
高藤選手へ
突然の手紙ですみません。私、今とても反省しています。
去年、左目を失明してからというもの、全てのことに嫌気が差していました。
高藤選手が何度も病院や自宅に来てくれたのに、いつもそっけなくしたこと。
今思えば、なんて私はひどいことをしたんだろうって思います。
決して高藤さんを憎んでいたわけではないのです。
・・・いえ、正直に言いますと、少しは憎んだ時期もありました。
あの打球さえ飛んで来なければ、こんなことにはならなかったって。
なぜあんな打球を私に目掛けて打ったのかって。
そんな思いから、私はやり場のない気持ちを高藤選手へぶつけていました。
でもそれは間違いでした。私が球場に行かなければ良かったのです。
私は高藤選手の大ファンでした。去年の夏、甲子園での活躍をテレビで観て、とても感動したのです。
そんなスター選手が北海道に遠征に来ると聞き、私は試合を観に行かずにはいられなかったのです。
そしてその大好きな選手からあの打球を受け、失明し、私の精神はパニック状態になり、それが幾日も続きました。
あのときは思考回路がメチャクチャだったのです。どう考えたらいいか、誰が何をしゃべっているのかすら、わからなくなっていました。
それから月日が流れ、私が少し落ち着いたある日、田安さんという男の人がうちに来て、私の知らないことをいろいろ教えてくれました。
高藤選手は私のために、大好きな野球を捨てたと。
そしてこの北海道に転校してまで、私のことを気にかけてくれたこと。ずっと支えてくれようとしていること。
私はとてもショックでした。
苦しいのは私だけだと思っていた自分が恥ずかしくなりました。
高藤選手も同じ苦しみを抱いて今日まで耐えてきたんだと。
本当にごめんなさい。本当にごめんなさい。。
高藤選手は悪くありません。あれは事故です。そう、事故なんです。
クヨクヨするのも、もう終わり。涙が枯れるまで泣きました。泣き疲れました。
そしてこれからの私は変わります。
世の中には盲目で頑張ってる人たちがたくさんいます。
私がこんなことでくじけてしまっては、その人たちに対して失礼すぎます。
私決めました。今まで登校拒否していた学校へも行ってみようと思います。
そして最後にこの手紙で1番言いたかったこと。
高藤選手に私からのお願いです。
どうか野球を続けて下さい。大好きな野球を捨てないで下さい。
高校生活最後の年と聞きました。私のためにと思うなら、今年最後の夏も打って打って、打ちまくって下さい。
今は心からそう思っています。
そして、このことを知らせて下さった田安さんにも心から感謝しています。
PS 約束します。いつか必ず、球場に応援に行きたいと思います。
クルミ
今、高藤はバックネット裏に座るクルミを見て、あのときの手紙を思い出していた。
『クルミちゃん…君はすごい。とても13歳とは思えない強い精神力がある』
次第に集中力が高まってゆく高藤。
グリップの位置を確かめて、ゆっくりと構えに入る。
『クルミちゃんは約束を守った。次は俺の番だ!』
実況:ピッチャー・羽柴。次が本当のラストボールになるのか、その第6球目っ!!
クイックモーションから投げましたーー!
───絶対に打つ!!
左打席の高藤は大きく右足を踏み込んだ。
テイクバックしたバットが渾身の力で振り下ろされる。
羽柴は瞬時に思った。
───よしっ!打ちに来たら俺の勝ちだっ!!
高藤のスイングはもう止まらない。
その時、ボールはバッターボックスの手前でストーンと沈んだ。
───勝った!
そう確信する羽柴。
「なんのっ!!」
天才高藤、本能的か技術的か、バットの軌道を修正した。
“カッキイィィ――――ン!”
実況:行ったあああぁぁぁーーー!
なんというバッティング!バットでボールを救ったぁぁぁーー!!
「よしっ!手応えあり!」
確信する高藤。
球はセンターバックスクリーンへ一直線!
青春台高校の逆転サヨナラの夢を乗せて、大飛球がグングン伸びてゆく。
(続く)