23話 バックネット裏の少女(後編)
世の中には単身赴任の父親も多い。
だが、高藤雄一の父親は全くの家事オンチのため、母親と共に引っ越すことになった。
高校3年に進級する雄一は、通常なら学校の男子寮に入り、卒業まで不自由なく生活することもできる。
しかし、野球を捨てた彼の希望は、両親と共に北海道へ移住し、地元の高校に転校することだった。
その理由は明らかにひとつだけ。
まだ13歳の少女・クルミを、自分が失明させてしまった事に他ならない。
彼女の母親との電話で、クルミは今だ学校へは通学していないとのこと。
自分に何ができるかわからいけれど、ほっとくわけにはいかない。
社会的には責任を問われない高藤。
だがそれゆえに、益々自分の中で罪悪感が募っていったのも事実。
彼女が笑顔を取り戻すまで、どんな形であれ、支えてあげようと決意したのである。
北海道はデカい。
引っ越した高藤家からクルミの住む町までは汽車で2時間はかかる。
それでも高藤は週末になると汽車に乗り、少女の元へと毎週欠かさず駆け付けた。
必ず最初の一言は“ごめんね”から始まる。
が、相変わらず、クルミは口を閉ざしたまま、訪問に来る高藤を無視し続けた。
高藤はそれほど鞭撻でもない。むしろ無口なタイプ。しゃべってくれないことには会話も進めることができない。
せっかく毎回2時間かけてクルミの家まで行っても、結局は15分ほどで退出していたのだった。
そんな時期と並行するように、高藤は田安から野球部に勧誘されることになる。
野球を捨てた高藤にとっては、当然そんな話など聞く耳も持たずに断り続けた。
だがここで簡単に引かないのが田安基である。
良い返事が得られないのは想定済み。要はその理由とは一体何なのかということ。
それについては何度訊ねても口が重い高藤。このままでは一向にラチがあかない。
その理由を知るべく、ついに田安は高藤の母親を訪ね、事実の全てを聞く事になる。
数日後、下校途中の高藤に田安が呼びかけた。
「高藤君、待ってくれ」
その声にうんざりして振り向く高藤。
「しつこいなお前も。俺はもう野球はしないって何度言ったら…」
「まぁまぁ、今日はちょっだけだからさ」
と、唐突に言葉を遮られた高藤。
「今日は君に渡したいものがあるんだ」
田安はカバンから一通の手紙を取り出し、高藤に手渡した。
「それを預かって来たんだ。今日の用はそれだけさ。確かに渡したぞ」
そう言うと、田安は足早に去って行った。
「預かった?どういうことだ?」
手渡された手紙を確認すべく、ウラ面の名前見る高藤。
その名前を見た瞬間、彼は驚きを隠せなかった。
「───クルミちゃん!!」
(続く)