22話 バックネット裏の少女(前編)
渾身の力を込めたボールが唸りをあげて高藤の元へ───
───ストレートに間違いない!
踏み込んで打ちに行く高藤。
“キンッ!”“ガシャーン!”
実況:バックネット裏へのファール!なんとスピード155キロ〜〜!!
「高藤め、当てやがった…」
羽柴は悔しそうな表情を隠しきれない。
高藤にしても、今のボールはかろうじて当てるのが精いっぱい。
ストレートにタイミングは合っていたが、剛速球のため、予想以上にボールが手元でホップしたのだった。
「まだあんな速い球が投げれるなんて…」
ファールチップのボールがバックネットに食い込む。その行方を何気に見た高藤。
「あっΣ( ̄□ ̄;!!!」
彼の表情が突然驚きに変わった。
それは食い込んだボールではなく、その後ろに見えた人物。
「ク…クルミちゃん。。」
高藤の目にしたバックネット裏には、目深に帽子をかぶり、サングラスをした少女が座っていた。
一見変装に見える姿も、高藤にはそれがクルミという少女だとすぐにわかった。
───来てくれたんだ。。
高藤とこの少女との繋がり。
それはまさに、彼が今まで野球をやめていた直接の原因に関わることだった。
遡ること約1年前───
当時、高2の高藤は、関東代表校として甲子園に出場。
しかもホームラン9本を含めた20打数17安打の大活躍で、チームもベスト8まで進出し、一躍脚光を浴びる選手となっていた。
チーム自体も、全国各地の強豪校から招待試合の申し込みが相次いだ。
そんな中での北海道遠征中、高藤にとって悪夢のような出来事が起きたのである。
それは試合中の彼の打席でのことだった。
高藤が思いきり引っ張った強烈な打球が、1塁側スタンドの観客席へと飛び込んだ。
有名選手を観るために、公式戦でもないのにスタンドは満員。
そのときは気にも止めずにいた高藤だったが、試合が終わった直後にベンチに届いた情報を聞いて愕然となった。
「高藤の打った打球が、中学生の女の子に直撃して病院に運ばれたらしい」
凍りつく高藤。しばらく直立不動のまま動くことができない。
取り急ぎ、少女の搬送先を確かめるとすぐに、ユニフォームのままの姿で病院へ向かった。
到着するや否や、彼の目に映った光景は、手術中のライトが点灯している状況。
母親らしき女性が泣きながら通路の長いすに座っていた。
言葉も出ない高藤。。彼はただそこに立ち尽くすしかなかったのである。
術後の結果、クルミという名の少女は片目の視力を失った。
頭を撃ち抜かれたような衝撃の高藤。
翌日、病室に通されても、少女からは一言の口もきいてもらえない。
涙にくれていた表情が一目でわかる。
遠征から帰宅しても、そのことが頭から離れない。
少女の未来や人生を変えてしまった自分の罪に、毎晩悪夢にうなされるようになる。
電話すら出てくれない少女。対応はいつも母親。
だが高藤は、毎日のように電話をかけ、クルミの様子を聞きながら、何度も何度も母親に謝った。
決して許しを乞うためではない。彼女の視力が戻らない以上、自分が許されることなどあり得ないのだ。
こうしてついに高藤は、野球をやめることを決意したのである。
そうした中で月日は流れ、年も明けた。
すると、偶然にも高藤の父親の北海道転勤話が持ち上がる。
少女の住む町と、近いんだろうか?
そう真っ先に考えた高藤であった。
(続く)