1話 記者会見
20××年10月
ひとりのベテランプロ野球選手が、まぶしいほどのフラッシュを浴びていた。
けたたましく鳴り続けるシャッター音。というか鳴りやまないシャッター音。
それらがようやく一段落した数分後、記者たちからのインタビューは始まった。
「高藤選手。生涯の現役野球生活の中で、一番印象に残っている試合は何ですか?」
今、高藤雄一は、清々しい気分で引退会見に臨んでいる。
プロ野球生活25年間。高卒からドラフトで入団して現在43歳。
この晩年は、代打専門で一軍にはいたものの、体力の限界を感じ引退を決意した。
───これだけやれたのだからもう悔いはない。
そう思えるようになったとき、彼の気持ちに一片の曇もなくなった。
そんな中でのこの問いに、彼が真っ先に思い出した記憶。
それは高藤が生涯忘れることのできないメイクドラマを蘇らせることになる。
「それは僕の…高3の最後の夏の試合ですね」
躊躇なく答えた高藤の発言に、記者たちは驚きを隠せない。
「あの…高藤選手。プロに入団してからの試合よりも、高校時代の試合の方が印象に残っているということですか?」
「ええ、そうです。あれが今の僕の原点でした」
会場がざわついた。記者は引き続き、その理由を問う。
「高藤選手。あなたはプロ生活でサヨナラホームランを13度、そのうち逆転サヨナラが9度という、とてつもない記録を持ってますよね」
「ええ。お陰様で打たせてもらいました」
「なのに、それらのどのホームランよりも、高校時代の方が印象に残ると?」
高藤は終始穏やかな表情で応える。
「はい。高3の時の試合を経験したからこそ、僕はプロに入ろうと決意したんですよ」
「そう…ですか。。」
記者たちの中で数人、小声で囁きながら頭をかしげる者がいた。
「高藤選手が高3のときって、甲子園に出たっけ?」
「いや…どうだっけ?高2のとき出てたのは知ってるんだけど…」
「あ、そうそう。彼、高3のときに転校したはずだぜ。しかも無名の高校に」
「そっかぁ…昔のことだし覚えてないなぁ。ちょっと調べてみるか」
高藤の発言をすぐに理解できる者はこの会場には一人もいなかった。
理解しているのは、この引退会見をテレビを通して観ている数名のみ。
そう、青春台高校野球部の同期生だけだった。
このかつてのチームメイト全てが、それぞれの立場でこの中継を、テレビの前から感慨深く観ていたのである。
そして全員が心に思い浮かべたことが、あのときの壮絶な試合。
VS 美徳館学園戦。
あのときはチームメイト全てが主人公だった。。
(続く)