17話 島津の願い
「田安…気おくれするな。思いっきり行くんだ。。」
ここに、自宅から野球中継を観ているひとりの少年がいた。
彼は島津光。青春台高校野球部のレギュラーだった男。
だが交通事故で足を複雑骨折してからは、退院後も自宅でリハビリ生活をしていた。
そんな彼に代ってレギュラーの座が舞い込んで来たのが田安ということになる。
むろん島津としては、3年生最後の年に野球ができない悔しさは感じてはいたが、田安に恨みや憎しみなど毛頭ない。
なのに田安は、島津が入院したばかりの頃、見舞いに来るなり頭を下げた。
「ごめん島津」
ベッドから上半身だけ身を起してキョトンとする島津。
「何でお前が謝るんだよ?お前は俺の事故と関係ないだろ」
「それはそうだけど…俺が島津からレギュラーを奪ってしまうことになるから…」
「おいおい。そんなこと気にしてんのか?」
「あぁ…ちょっと」
島津はベッドの脇に立っていた田安の肩をポンと叩く。
「バカだな。それは見当違いさ。確かに今度の大会を棒に振る悔しさはあるけど、だからってお前が憎たらしいなんて、これっぽっちも思ってないぞ」
それでも田安は浮かない顔をしていた。
「田安。お前が気にすることじゃない。それでさえ、うちの野球は人数がギリギリなんだ。お前がレギュラーにならなきゃ誰がするんだ?」
「…そうかもしれないけど…自分で勝ち取ったレギュラーじゃないし…単なる棚ボタに過ぎないと思うと。。」
「だったらこれから猛練習すればいい。レギュラーにふさわしくなればいいんだ」
「……」
「事故ったのは俺の不注意。レギュラーになれたのはお前の運。決して無駄にするな」
「島津…」
こうした出来事があってから一月後、再び田安は島津のいる病院へやって来た。
「すまん島津…」
「なんだよ。また謝るのか?(⌒-⌒;今度は何だ?」
まるで目上の人にするような深々としたお辞儀をする田安。
「実は…レギュラーを高藤に譲ったんだ」
「Σ( ̄□ ̄;ええっ?あいつがうちの弱小野球部に入ったのか?」
「あぁ」
「でも、俺が事故る前にあいつに聞いたら、野球はもうやらないって言ってたぞ?」
「うん。最初はそう言われた。でも交渉したんだ。ずっと今までかかって」
「なんでそんなマネを…?」
「だってよ、最後の夏なんだぞ。俺たちは青春台の最後の卒業生でもあるんだ」
「そりゃわかるさ」
「だから最後に少しでも上を目指したくなったんだ」
「上を?」
「あぁ。いつものメンバーならそんなこと思わない。でも、何の奇跡か知らないけど、高藤っていうスーパースターが転校して来たんだ」
「でもあいつ一人が野球するわけじゃないんだぞ。それにあいつはバッター。ピッチャーならまだしも」
「それもわかってる。でも少しでも上を目指すチャンスがあると思うんだ。マスコミも学校のまわりをチョロチョロしてるんだ」
「高藤を密着してるってことか?」
「たぶん。日の目を見ない俺たち野球部も、全国から注目されるかもしれないし」
「弱くてもか?」
「弱くてもさ。高藤を入部させればうちの野球部は注目される」
「でもそれって、かなりのプレッシャーがついて回るぞ?」
「それは覚悟の上さ。メンバーもみんな納得してる」
島津はふと首をかしげた。
「田安、お前自身は本当にそれでいいのか?補欠になるってことだぞ」
「実力から言えば当然のこと。納得してる」
「しかしなぁ…」
「俺は大丈夫。俺は俺なりに自分のやれることを見つけたんだ」
「ん?なんだそりゃ?」
ちょっとだけ照れくさそうに頭をかく田安。
「カッコ良く言えば、先のりスコアラーみたいなことさ」
「ほほう…つまり偵察か?」
「うん。俺なりに相手校を視察して、データを収集しながら少しでもチームの役に立てる努力をするつもりだ」
こんな田安の謙虚な姿勢に、島津は心を打たれた。
「…お前ってやつは…ホントいい奴なんだな」
「アハハ…今頃わかった?」
「(ノ__)ノコケッ!」
自宅のテレビに田安が代打で登場する姿を観ている島津。
胸には何か熱いものが込み上げてくるのを感じる。
「田安…お前ならやれる!」
つい昨日の話。田安は島津の自宅を訪ね、相手校・美徳館の極秘事項をわざわざ教えに来てくれていた。
「俺、エース・羽柴の投球のクセを見つけたんだ」
突然の話に目を丸くした島津。
「もしそれが本当なら、すごい発見だけどなぁ」
「でも問題は、羽柴が登板してくれるかどうかなんだ」
「あぁ…そうだな。あいつは予選ではあまり投げないからな」
「うん…そこなんだよ。まさかこんなに早く当たるとは思ってなかったし」
「こればっかりは、運を天に任せるしかないよな…」
こんな結論の出ない会話をしていた昨日の今日。
その運は9回裏ギリギリにやって来た。
島津は思う。これだけの猛反撃は明らかに田安の手柄。あいつの見えない超ファインプレーだと。万が一勝てたらMVPは田安しかいないと。
「頑張れ田安!」
だが、ピッチャーは3番手の石山。球種の判断などつかない。
この重大な局面、田安の心中やいかに…
そして彼はどんなバッティングをするのか…
(続く)