13話 弁当屋の意地・岩倉
///|1|2|3|4|5|6|7|8|9|計
美徳館|0|3|2|0|2|0|0|3|4|14
青春台|0|0|0|0|1|0|0|3|6|10
9回裏、怒涛の攻撃。
10点という大差から、4点差まで詰め寄った青春台高校。
更に一死1,3塁にランナーが二人。
打者はついに一巡して、8番の岩倉がこの回二度目のバッターボックスに入る。
前打席は粘りに粘って選んだフォアボール。これが猛反撃のきっかけを作った。
岩倉貴雄が予想だにしなかった自分の打席。
まさかもう1回巡って来るとは正直思わなかった。しかもここは大事な局面。
前の打席の心構えとは全然違い、緊張感が体中を駆け巡る。
前回は開き直りの打席。いわゆるダメ元で挑戦したハングリー精神だった。
しかし、こうして点差が縮まった今、自分のバッティング次第で勝敗にも影響が及ぼすとなると、緊張せざるを得なかったのである。
───俺の高校生活最後の打席かもしれない。野球ともこれでオサラバ。最後に悔いのないバッティングをしなければ…
一人っ子の岩倉は学校卒業後、実家の弁当屋を担うことに決まっている。
両親二人だけで切り盛りしている弁当屋は、他に人手がないだけに重労働。
おまけに父親は腱鞘炎。母親も最近になってわかったメニエール病。
店を存続するためにも、彼の卒業後の選択肢はひとつしかなかった。
また、貴雄自身もそれは充分承知している。
親思いの貴雄は、今朝も4時から仕事の手伝い。試合当日だろうが関係ない。
だが、今日はいつもと少し勝手が違っていた。
貴雄が起きて仕事場に顔を出したときには、すでに両親が仕事の仕込みを半分以上終わらせていたのである。
不思議に思った貴雄だが、起床まもないせいもあって、頭もフル回転していない。
無言のまま、数百個分はある弁当箱の中に、おかずの盛り付け作業に取り掛かる。
1時間ほど経つと、父親が不意に貴雄にこう言った。
「貴雄、おまえはもういい。ここまで仕上がったらもう大丈夫だ。もう少し寝てろ」
今まで言われたことのないセリフに驚く貴雄。
「本当にいいのか?」
「お前、今日は大事な試合だろ?」
「…まぁそうだけど、たぶん負けるよ」
「わかってる。相手が美徳館じゃ無理もない。だからこそ、今日が最後の試合になるかもしれないだろうが」
「…うん」
「行く時間になるまで体を休めておけ」
母親も父の横から微笑みながら大きく頷いている。
貴雄はハッと気がついた。今朝自分が起きて仕事場に来たとき、なぜこんなに準備が先に進んでいたのかを。
全ては自分を試合に集中させるため。作業をなるべくさせないため。
段取りの進み具合から予想すると、両親はおそらく午前2時にはすでに作業を始めていたと思われる。
貴雄は胸が熱くなった。そして誓った。
たとえ、負け試合でも気を抜くことなく、最後まで全力で戦うと。
───ズバーン!!
「ボールッ!」
カウント2−2.きわどいコースを冷静に見送った岩倉貴雄。
バットのグリップを握り直して大きく息を吸い込んだ。
───父さん、母さん。俺、絶対に打つから!!
弁当屋の作業場に置かれている小さなワンセグケータイ。
画面を観る余裕はないものの、仕事に追われながらも耳を傾けている両親がいた。
追い込まれたカウントに、作業の手も思わず止まってしまう二人。
「貴雄。。。」
───ガキッ!!
実況:当たりそこねだが高いバウンドーー!これはおもしろい!
内角のストレートに詰まった打球。
ワンバウンドして高く跳ね上がったボールはサード前へ。
実況:サード前進前進!
懸命に突っ込むサード。
実況:サードがツーバウンド目に捕った捕った!そのままファーストへ送球ーーっ!きわどいタイミングだーーっ!」
ゴクっと生つばを呑む岩倉両親。
実況:塁審の判定はーーっ?セーフだセーフだーーっ!
「よしっ!でかした貴雄!よくやった!」
ワンセグケータイの前でガッツポーズの父。胸をなで下ろす母。
実況:岩倉のタイムリー内野安打っ!なんとこの回7点目。14対11の3点差!!
収まらないどよめきと大盛り上がりの球場内。それは青春台高校内でも同じだった。
すでに教員たちは職員室から大画面テレビが設置されている会議室へ移動。
噂を聞きつけた他の部活の生徒も加わり、テレビの前で興奮のるつぼと化していた。
(続く)