11話 6番キャッチャー・高杉辰巳(右投げ右打)
「よしっ!来いやっ!」
気合一発、バッターボックスの高杉は、ピッチャーの羽柴を睨んだ。
徐々に高まる押せ押せムード。高潮する高杉の頬。
彼自身、前の8回裏が自分の最後の打席だと思っていた。
その前打席も打ちとられ、ついに俺の夏も終わったと感じていたのが正直なところ。
それがこうして、チームの反撃によりもう一度チャンスがめぐって来たのである。
しかもこの9回に羽柴との対決。いやがおうにも力が入る。
───これは天がくれたチャンスかもしれない。屈辱を晴らすための…
信心深い高杉はそう思った。
というのも、彼と羽柴は出身中学が同じで共に野球部に所属。一応チームメイトでもあったのだ。
だが、同級生でありながら、当時の立場は全くの天と地の差。
羽柴はズバ抜けた才能を持つエースで、すでに特待生として進学が決まっていた。
一方、高杉は補欠のキャッチャーで、試合経験もほとんどない。
たまに羽柴の投球練習に付き合う程度だった。
そんな二人がこの試合の始まる前、球場内のトイレでばったり出くわすことに。
先に声をかけたのが高杉から。
「よぉ、羽柴久しぶり」
小便をしながら振り向いた羽柴が「はぁ?」というような高杉の顔を見る。
「ん〜ごめん。思い出せない。誰だっけ?」
少し憤慨したが、まだ平気なレベル。
「ほら、中学んとき、お前の球捕ったこともある…」
「あ〜、はいはい。お前、あの時の補欠か。名前は…そう、なんとか杉」
「高杉だ( ̄ー ̄; 」
「そうそう、その杉。え?ひょっとしてお前は今日の対戦相手?」
「あぁ。よろしく頼むな」
「なんだ。そうだったのか。でもお前、試合出れるのか?」
「俺は青春台の正捕手だからな」
「へぇー、補欠のキャッチャーでも青春台に行けば、レギュラーになれるんだ」
この一言にカチンときた高杉。だが彼はその怒りを黙って胸にしまった。
「今日は先発じゃないのか?」と話題をそらして尋ねる高杉。
「知ってるだろ。俺が投げるのは準決勝あたりからさ。今日は2年の北条に肩慣らしさせるって監督も言ってたし」
自信過剰なのは羽柴だけじゃなく、美徳館の蜂須賀監督もそうだった。
共に用を足した二人は手を洗ってトイレを出た。
別れ際に羽柴が口に手を当て、小声で高杉につぶやいた。
「あのさ、俺な、いっぺん高藤と勝負してみたかったんだわ。だからうちの監督に直訴して後半リリーフするかもしれんわ」
「なんだよそれ?^^;」
「高藤を三振に切って取れば、俺の株もグンと更に上がるっちゅうもんじゃねぇか」
「・・・・」
「あぁ、ついでに万が一、お前と対決するときがあったとしたら、ひとつ約束してやるわ」
「ついでの約束かよ」
「まぁまぁ。とにかく俺はストレートしか投げない」
「絶対だな?絶対ストレートだぞ!」
「俺は弱い者いじめは嫌いなんだ。お前に変化球投げていじめたりしないさ。ハハハ」
そしてこうして今、羽柴と高杉の対決が現実のものになっている。
この打席に怒りも含めた全神経を向ける高杉。
実況:ピッチャー第1球投げました!外角に流れるスライダー!
「ストライーーック!!」
カウント1−0.
高杉はすかざずマウンド上の羽柴に大声で一言。
「このウソつき野郎!」
この言葉に主審が高杉に警告する。
「君っ、相手を挑発する言動は慎むように!」
すぐに帽子を取って審判に詫びる高杉。
だが羽柴に対しては、再び睨み返していた。
───これでストレートが来る。さっき木戸にインコースを打たれたから、俺には外角で勝負するはず…
と、コースの大ヤマを張った高杉。
一方、まだかろうじて強気の羽柴。
───この補欠に俺のストレートが打てるはずがないっ!
羽柴が渾身の力で2球目を投げる。
コースは高杉の狙いにドンピシャの外角へ。
───きたっ!
“カキィィィン”
実況:流し打ちぃぃー!ライン際ファーストが飛びついたー!
ヒットを確信した高杉。
実況:捕れない捕れなー!抜けたーっ!
「よっしゃああ!」
雄たけびと共に全力疾走の高杉。
実況:打球はライト線を転々!セカンドランナー高藤、3塁をまわってホームイン!ファーストランナー大久保はサードストップ!打ったバッター高杉は2塁へー!
球場内が歓声とどよめきでこれまでにない盛り上がりを見せていた。
この回5点目。得点14対9。ランナーは尚も一死2,3塁。
(続く)