10話 5番ライト・大久保吾朗(左投げ左打)
///|1|2|3|4|5|6|7|8|9|計
美徳館|0|3|2|0|2|0|0|3|4|14
青春台|0|0|0|0|1|0|0|3|4|8
青春台高校職員室では、高藤のヒットでにわかに活気が出て来ていた。
それまでは、高校野球中継など、どの教師も無関心。
テレビの視聴どころか、耳障りだから誰か消してほしいとさえ思っていたほど。
だが、徐々に高まる実況アナウンサーのテンションが気になり始め、教師全員がテレビに視線を移すようになっていた。
我が校はこの最終回に4点取って攻撃中の試合展開。
「すごいな。甲子園に出た羽柴から4点取ってるなんて」
「あぁ、打てるのは高藤くらいしかいないと思ってたけどな」
「高藤はなぜこの最後の打席だけ、小さくまとまったバッティングをしたんだろう?ホームランを狙った方が良かったのに」
それを聞いた体育教師の小栗先生が、高藤の気持ちを代弁する。
「いや、あいつはランナーを残して5番に繋げようとしたんですよ」
一同、ホホゥ( ̄。 ̄*)とした顔で小栗先生を見た。
彼は更に説明する。
「高藤がホームランでも打てば、ランナーが一掃されていなくなってしまうからです」
「なるほど…それよりもシングルヒットの方が、常にチャンスは途切れていない」
「そのとおりです!」
「でも問題はここからだよな。5番の大久保が打てるかどうか…」
「チャンスはあります。高校生は精神力が実力を上回るときが必ずあるんです」
「小栗先生はそれが今だと?」
「ええ。何か画面から彼らのオーラみたいなものを感じます。じゃないとこんな猛反撃なんてできませんよ」
「うむ…」
“ズバーン!”
「ボールッ!」
カウント1−3。5番バッターの大久保はじっくりと球を見極めていた。
彼は体格的には大柄だが、少し神経質っぽいところもある。
そのせいか、わりと縁起を担ぐタイプで、毎日の占いを信じ、その日の運勢が良いとテンションが上がり、悪いと凹む。
今日の朝の情報番組の占いコーナーでは、自分の星座の運勢は4位だった。
良いのか悪いのかビミョーな順位。
そこで大切なのはラッキーアイテム。今日のおとめ座は黒ゴマ。
大久保はしっかりとポケットにそれを忍ばせていた。
だがここまでの3打席は全て凡退。普通なら効き目のないラッキーアイテムに不信感を抱くのも当然。
なのに彼は、そろそろ効き目があっても良さそうな頃だと信じて止まないのである。
それでもこの打席に立つ少し前、一抹の不安を感じた大久保。
ベンチでズボンのポケットから黒ゴマを取り出して仰天した。
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええっ?これは白ゴマじゃないかぁぁっ!」
そう。彼は今朝、黒ゴマの準備を母親に頼んだのだった。
「吾朗、ポケットにゴマ入れといたからねー」
「さんきゅ。母ちゃん」
自分自身は出かけると支度に追われ、母親に任せきりだったのが災いしていた。
ナインたちは大久保の叫びに驚いて振り返る。
「そっか…そう言えば俺、母ちゃんに“ゴマ”としか言わなかった…」
ため息をついて意気消沈してしまった大久保。
「そうか、だから打てなかったのか…」
「いや、そればっかりじゃないと思うぞ?(^_^;)」と土方監督。
苦笑いするナインたち。でもそれは長年の付き合い。彼の性格は全員承知の上。
縁起を担ぐ大久保の性格を小バカにはしない。それどころか、
「誰か黒ゴマ持ってるやつはいないかー?」と協力まで惜しまない。
「ちょっとなぁ…黒ゴマは普通持って歩かないしなぁ」
「さすがにいねぇんじゃないの?」
と、諦めムード。そんな中、田安がにっこり笑いながら言う。
「俺、持ってるから少し分けてやるよ」
これには一同驚愕。
ええぇぇ(゜〇゜ ;)ぇぇええ!?
おおおぉぉ!w(*゜o゜*)w
な、なんとっ!Σ( ̄□ ̄;
「実は俺もおとめ座なんだ。うちの母親が持ってけってうるさくてさ。」
そう言って、田安は自分のポケットから小さなビニール袋に入った黒ゴマを開けて、大久保に取り分ける。
一気にテンションがウソのように上がる大久保。
「ゴロー、これで戦えるな!」
「おっしゃ!羽柴がなんでぇ!美徳館がなんでぇ!」
急な変わりようにまたまたナインも苦笑いするしかない(⌒-⌒;
こうして迎えたこの打席。
”カキッ!!“ガシャーン!”
「ファールっ!」
カウント2−3。粘る大久保。すでに羽柴は彼に8球も投げている。
球種のクセがわからなければ、とっくに三振している。
───どんな形でも絶対塁に出てやる!
彼は更に3球もファールで粘った。
ストレートやスライダー、フォークまでもバットに当てて食い下がる。
その甲斐あって、
「フォアボール!」
羽柴のストレートが高めに大きく外れた。
大久保はついに四球を選んで出塁したのである。
一死、ランナー1.2塁。
「やったぁぁ!やったぜ!黒ゴマ効果はすげぇ!」
打ったわけではないのに、四球で大喜びの大久保。
逆に悔しさを噛みしめる羽柴。
「ちくしょう…なんだよ黒ゴマって?」
美徳館学園のベンチにいる前田部長は、蜂須賀監督に進言した。
「監督。ここはタイムをとった方がいいのでは?」
「うむ…だがまだ6点差あるし、逆転はあり得まい」
「でも…」
「羽柴が乗り越える試練でもある。あと1本ヒットを打たれたらタイムをかける」
「…わかりました」
(続く)