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9話 4番ファースト・高藤雄一(右投げ左打)

///|1|2|3|4|5|6|7|8|9|計

美徳館|0|3|2|0|2|0|0|3|4|14

青春台|0|0|0|0|1|0|0|3|3|7


 9回裏、青春台高校の攻撃中。 


 プロも注目するほどの剛腕ピッチャー羽柴。

 その彼が、地区予選の3回戦程度でリリーフ登板している。

 相手は来年の廃校が決定している無名の青春台高校だというのに。

 しかもこのチームは、過去の地区予選も3回戦まで進めばいいところ。

 負けるときはいつもコールド。普通ならどう考えても楽勝のはず。


 だが、今年の夏に限って言えば、それは違っていた。

 去年の甲子園大会で名を馳せた全国屈指のスラッガー・高藤雄一が、なぜかこの弱小高校に転校していて4番を打っている。

 プライドの高い羽柴にとっては願ってもない対決のチャンスが訪れたのである。

 だが、こんな予想外な展開になるとは誰か思っただろうか?

 監督に直訴して、9回から登板した羽柴。なのに、通常ではあり得ない反撃にあっている。高藤どころか他の選手に打ちこまれている始末。

 揺らぎ始める羽柴の精神力。


 一方、高藤はこの打席に対する自分の役割を心に徹底していた。

 ここは絶対に繋いでいかなければならないと。

 高校生活最後の夏。これが最後の打席になるかもしれないと思うと、色々と感慨深いものが込み上げて来る。

 彼は今このとき、この瞬間、この打席に立っていることを、控え選手の田安に心から感謝していた。

 そう、高藤はある事情により、野球からきっぱり身を引いていたのである。

 そしてその意志は固かった。

 そんな彼を、田安は自分のレギュラーを譲ってまで、必死に高藤を説得した。

 田安だって3年生。最後の夏なのだ。自分を犠牲にする必要はない。

 

 転校して来たばかりの頃、勧誘しに来た田安に高藤はハッキリと言った。

「ごめん。俺、野球やめたんだ」

「えっ?何でだよ?君はプロにもなれる素質がある人じゃないか!」

「そんなことないさ。見かけ倒しだよ」

「わかんないなぁ…どうせあと4か月もすりゃ、俺たち3年は部を卒業するんだ」

「だろうね」

「この学校も来年で終わる。あとちょっとだけじゃないか!それなのになんでだよ?」

「いろいろあってね。悪いけどこれ以上は言いたくない」

「頼むよ。ラストイヤーの今年はメンバーも燃えてるんだ。君が入部したらきっと活気が出るし、チームの勢いもつく!」

「よそ者が入ったらチームワークを乱す原因になるさ」

「そんなことないって。うちにはそんな陰湿な人間はいないよ」

「君はその…名前何ていうんだ?」

「俺は田安」

「田安君。悪いけど、諦めてくれ。今の俺は野球する気は全くないんだ」

「どこか持病でもあるのか?それとも誰にも言えないケガでもしてるのか?」


 数秒の間があった。そして思わずポロッと高藤の口から出た一言。

「ケガなんかしてない…ケガをさせてしまったんだ。。」

「えっ?」

「もういいだろ。じゃあな」


 こうしてこの場は終わったが、このあと来る日も来る日も田安は高藤を尋ねて来ては熱心に説得した。

 彼の首を縦に振らすのは容易なことではなかった。

 彼の母親の力も借り、口を閉ざしていたデリケートな問題にも、田安は親身になって協力した。 

その甲斐あってか、決意の固い高藤もついに心を揺り動かされ、再びバットを握るようになったのだ。


 ───あのとき…あそこまでしてくれたあいつの熱意。もしそれがなかったら…


 キュッと唇をかみしめる高藤。気合と集中力が更に高まってゆく。

 バッターボックスで足場を馴らしながらゆっくりとバットを構える。


 ───田安がいなかったら今の俺はここにいない。とんだおせっかい野郎なのに、あいつは…あいつはあの子の気持ちまでも動かしてくれた。。


 高藤はバッターボックスからチラッと田安を見ると、バッタリ目が合った。

 すると、いきなり高藤に向かってヘン顔をする田安。思わず吹き出しそうになるほどのひょっとこ顔。


 ───わかってるって田安。そんなにもう気を遣うなよ。


 高藤は感じていた。田安はああすることで、緊張をほぐしてくれているんだと。

 キメの細かい性格というか、感心するほどの人の良さを痛感させる男。それが田安。


 ───あいつは補欠でも、指導者としては素質があるかもしれない。


 羽柴がセットポジションに入った。

 バットを立てて構える高藤。

 帰りかけていた取材の新聞社や雑誌のカメラマンも一斉に身構える。

 地区予選での一流対決はめったに見られるものではないからだ。

 そんな渦中の高藤の心中は、デカイ一発を狙う気など更々なかった。


 ───ホームラン狙いではダメだ。ランナーが消えては反撃ムードもなくなる。


 彼はチームバッティングに徹しようと決意したのだ。つまりシングルヒット狙い。

 ランナーを溜めた形で盛り上がりを持続させ、後続の集中連打を期待したのだ。


 そんな高藤を、バックネット裏の目立たない席から観戦している一人の少女。

 彼女は帽子を目深にかぶり、サングラスをしている。

 そしてボックスの高藤を切なる思いで見つめていた。


“カーーン!!”


実況:打ったぁぁー!ゴロでセンターに抜けるクリーンヒットーーっ!3塁ランナーホームイーン!またまた1点追加ぁぁー!


 羽柴の初球のスライダーに逆らわず、確実にミートを心掛けたバッティング。

 得点は14−8。一死ランナー1塁。


 ピッチャー羽柴は内心ガッカリしていた。

 打たれたショックではなくて、力と力の勝負をしたかったのが彼の希望。

 だが高藤は小さく当てに来るバッティング。

 彼が思いきりスイングし、それを自分が三振にとるのが目的だったからだ。


「高藤め。お前の高校生活最後の打席は、そんなんで良かったのか…?」

                      (続く)

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