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短編

ゆきまち

作者: 譚月遊生季

「ユキマチーユキマチー」


 アナウンスを聞いて、思わずはね起きた。ユキマチ。ずっと昔、まだ僕が幼いころに聞いた場所の名前だった。


 おそるおそる降りると、真っ白な景色が広がる。名前の通り、雪が降ったような白い町。寒さや冷たさはない。祖母が言っていた通りの風景だった。


「ユキマチ、きっと見ないほうが幸せだけど、あれのおかげで幸せになれたのかもねぇ」


 今でも思い出せる、祖母の言葉。行かない方が幸せなのに、行ったら幸せになれる、ふしぎな場所。不安はあったけれど、僕の足は自然と町のあるほうへ向かっていた。誰もいない。どこを見ても、人っ子ひとり見つからない。どこかで見たことがあるような景色なのに、真っ白なせいかよく分からない。


 やがて、広場に出た。中央に噴水がある。水がやけに透明で、周りから浮いて見えた。休憩がてら噴水のふちに座り、ほっと息をつく。ふと、思った。もう、一ヶ月も経つのだな。


 なんとなく、噴水に呼ばれた気がした。のぞき込むと、鏡のように僕の顔が映る。たまった涙がぽろっと落ち、波紋が情けない顔を消して……真っ白な世界が色づいた。


「久しぶり」


 うれしそうな声。

 ぽかんと口を開けて、隣を見た。ほほえんだきれいな横顔。……僕の、奥さん。

 どうして。話したかった。帰ってきてよ。……すべて、言葉にならない。涙がぼろぼろ溢れて、かっこ悪いのに、止まってくれない。


「そう言えば、昔から泣き虫だったね」


 僕の涙を指で拭って、茶目っ気たっぷりにウインク。変わらない姿にまた涙が込み上げてきて……ぐっと飲み込んだ。


 僕たちは幼なじみ。昔から図体だけでかくて泣き虫な僕と、小さくて細いのに強がりな彼女。いつから好きだったのかは覚えていなくて、告白したのが僕だったことはよく覚えている。あの時は心臓が痛いくらい高鳴っていて、プロポーズの時はそれ以上にドキドキして、こじんまりした結婚式場で泣いて……。


 喧嘩もしたし、そのたびにすぐ仲直りした。彼女との時間は、とにかく幸せだった。

 痛みの中でも、苦しみの中でも彼女は笑った。医者から「難しい」とか、「危険」とか恐ろしい言葉を聞かされても、彼女は動じなかった。赤ん坊は無事に生まれたけれど……


「久しぶりにデートしない?」


 彼女の声で、はっと我に返る。差し出された手を、そっと握った。白かった街は、すっかり色づいている。僕と彼女が過ごした、見慣れた風景として。


 街を巡って、思い出話に花を咲かせた。あの場所であんな風に遊んだとか、あの店であんな買い物をしたとか……。僕と語らう姿は、どことなく前よりも元気そうだ。楽になれたのかな、と、少しだけ寂しくなった。


「あの子は元気?」


 不意に投げかけられた言葉に頷くと、安心したように「そう」と返ってきた。……ちゃんと母親の表情だった。生まれた子は男の子。名前も義母さん義父さんとたくさん考えて、子育ても母や父に怒られつつ頑張っている。


「そっか」


 涙を飲み込んだような声。……彼女は、きっと、もう、


 時間はあっという間に過ぎていき、やがて、僕たちはバス停に来ていた。


「もうすぐ迎えが来るから、それで、お別れ」


 彼女は、言い聞かせるようにそう言ってうつむいた。……嫌だ。もっとそばにいたい。


「こら」


 僕の思いを見透かしたのか、彼女は顔を上げて、僕の額をコツンと叩いた。涙をためた瞳が、まっすぐ僕を見つめる。


「優先順位。何度も言ったでしょ?」


 彼女に少し似た赤ん坊の顔が浮かぶ。


「私ね、赤ちゃん産めてよかった。本当に、ありがとう。……さよなら」


 彼女をぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと、その手を離す。遠ざかる姿を見送りながら、頑張って笑顔を作り、大きく手を振った。……彼女も、同じようにしてくれた。


 マナーモードと、電車の揺れで目を覚ます。義父さんから、仕事終わりなら電話が欲しいとのメール。要件は、……もう、わかっていた。


「一ヶ月頑張ったけど……さっき、静かに……




 ***




「『逝き待ち』どうでしたか?」

「……はい。とても、素敵でした」

「そりゃよかった。なんせ、特別な大サービスですからねぇ」


 安全運転の真っ白なバスに揺られながら、宣告より三年長く生きた女性は、穏やかな顔で眠りについた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルとその伏線回収が上手と感じました [気になる点] ……や句読点、行頭あける改行がされてないところが気になりました。
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