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自由不自由な生き方死に方

作者: 純G

 俺は中西蛍ナカニシホタル、25歳、会社員だ。高校を卒業して4年間のニート生活の後、ついに親をキレさせて家を追い出され、就職させられた。幸いにも親はそこそこの地位にいたようでコネで難なく入社できたのだが、一度も働いたことのない俺には右も左もわからず、毎日毎日つまらないミスをして上司に叱られるのがいつものスケジュールとなっていた。

「はい…。すみませんでした…」

 今日も絶賛上司に叱られ中だ。

「すみませんでしたって君さ…。先週も同じ間違いしてたよね?」

 わかっている。そんなことはわかっている。自分自身の不甲斐なさと、それから逃げようとする思考で頭がぐちゃぐちゃになる。

「君、もう入社して3年目だろう?そろそろこういうミスもなくして行ってほしいんだけどさ」

 延々と上司の説教が続く。俺はただ頭を下げ、繰り返すだけだ。「すみません」と。

 そもそも入りたくもなかった会社で、そんなにやる気が出る訳がないんだよな。なんてことを考えながら上司の説教を聞き流していた。

「ふぅ…。もういい」

「…はい」

 ようやく終わったらしい。上司はため息をつきながら、自分の仕事にとりかかっていた。さて、俺もとっとと(見た目だけでも)終わらせないと。そう思い、自分の席に戻るや否や

「あなた、やる気あるの?だいたいあなたは…」

 …来た。俺が上司に叱られているのを見てここぞとばかりに追い打ちをかけてきたこの女性は五木亜里沙イツキアリサ、一応俺と同期ということになる。顔立ちはきつそうな感じ、性格もそのまま他人に厳しい。というよりは多分いわゆる「意識高い系」だろう。よくわからないカタカナの言葉やらやる気だの、向上心だの人の心の中を見透かしたような言葉で、説教の終わった俺を毎回また説教してくる。まぁ俺の場合、五木の言葉通りやる気はないんだが。

「はいはい、ワカッテイマスヨー」

 俺は適当に返事をしたあと、五木を無視してイヤホンをつけつつ仕事に戻る。五木はそんな俺の様子を見てあきれたのか仕事に戻っていった。イヤホンから流れてくるのは人通りの多い道や、電車内で録音した人の雑談など。ほとんど集中なんてできないが、自分がその雑踏の中にいるような錯覚に陥る。それがなぜかとても落ち着く。世間から離れて暮らしてきたからだろうか。まぁ、いずれにせよやっていることは盗聴と同じなんだし、ばれないようにしないとな。なんてことを思いながら、心と体を分離しつつ仕事に取り組んでいった。

―――――◇―――――

「…しくん。…か西君。中西君!」

 俺を呼ぶ上司の声にイヤホンを外し、顔を上げる。

「はい?」

「はい?じゃないよ君は。とっくに退社時間すぎているよ!」

「あ」

 周りを見渡すと電気がついているのは自分のデスク辺りだけだった。時刻は22:00、どうやら他の人たちはもう帰ってしまったようだ。

「まったく、忘れ物を取りに戻ってみれば一人で残業しているとは…。他の奴らは何をやっているんだ」

 別に残業している意識はなかったんだけどな。珍しく集中して、というより自分の世界に入り込んでいたようだ。だから他の人の帰る様子などが目に入らず、PCとずっとにらめっこしていたらしい。

「ちょうどいい。今日はこの辺りまでにして、私と飲みに行かんか?」

 え?

「まぁ遠慮するな、毎日叱られてばかりじゃつまらんだろう。今日は私がおごってやろう」

 ここでいらないです。と言える元ニートのコミュ障がいたら、弟子にしてくれ。

「あ、はい。ありがとうございます…」

 沈んだ気分のまま俺は資料を保存し、PCの電源を落とした。

――――◇――――

「だからお前は~…」

「あ~はいはい、じゃあまた明日会いましょうね~。お疲れさまでしたー」

「すみません…。後でこの人にはきつく言っておくんで…」

「ははは…」

 結局あの後何軒も居酒屋をはしごして、酔いつぶれた上司を家が近くだと言うので肩を貸して送り届けてきた。(ちなみに俺はビールを2,3杯しか飲んでいない。)玄関から出てきたおそらく奥さんであろう女性に上司を任せるとそそくさと逃げ出した。

「ふぅ…。結局こんな時間か…」

 なんてことをつぶやきながら歩いていると、

 ガスっ。

「いてぇ!」

 何かに躓いた。そのまま俺はヘッドスライディングのようにアスファルトに顔を滑らせる。

「いってぇぇぇ!」

 思わず深夜0時を回っているというのにも関わらず、大声をあげてしまう。

「ててて…。おいおいにぃちゃん、俺のせっかくの安眠をどうしてくれんだよ?あぁん?…ってにぃちゃん大丈夫か?おーい」

 その何かはむくりと起き上がり、俺の顔を覗き込んでくる。どうやら道で寝ていた浮浪者に躓いてしまったらしい。というか道のど真ん中で寝ている方がおかしいんだが…。

「大丈夫に…見えるか?これが…」

 ひりひりと痛む鼻を押さえて何とか悪態をつく。街灯に照らされた浮浪者の顔は真っ黒になっており、しかも口元はマフラーのような布で隠れていて顔はあまり見えなかった。

「おーおー血ィ出てんじゃねぇか…。大丈夫じゃなさそうだなこりゃ」

 他人事のように言いやがってこいつ。

「くそ…。お前寝るならもうちょっと通りの少ない所で寝ろよ…」

「あぁ、そのつもりだったんだけどなぁ。…あれ、そういやなんで俺こんなとこで寝てたんだっけ?」

 浮浪者がぽりぽりと浅黒くなった頬を掻く。その後、ぽんと手を叩き、

「あ、そうか。俺、倒れてたんだった」

 と思い出したかのように言うや否や、浮浪者は地面に無抵抗で倒れていった。

「えぇえ…。ええええええ」

 余りの衝撃にえ以外の言葉を発することが出来ない。

「マジか…。とりあえず看病しないとな」

 正直いつもの俺なら、見捨ててそのまま帰って積みゲーの消化でもしていただろう。なぜそうしなかったのかと問われれば、まぁビール一杯で酔っていたのかも知れないし、いつも叱られている上司に優しくされたからかもしれない。というか冷静に考えればその場で救急車が最善の選択だったろうに、あろうことか俺はその浮浪者を自分の部屋で看病するという奇行に走ってしまった。

「…どうしてこうなった」

 完全にいいことをしたつもりで自分にも酒にも酔っていたが、完全に誘拐だ。犯罪者だ。

「どうしてこうなったじゃねぇよなぁ…。全部俺のやったことだよなぁ…」

 っていうかもっと冷静になれば、クッソきたねぇ浮浪者なんかを部屋にあげたらどうなるかぐらい想像出来ただろうに…。

 そんな後悔がソファの上に浮浪者を寝かせた後で押し寄せてくる。

「はぁ、もうなんかどうでもいいや。明日考えよう」

 酔いもすっかり覚め、考えることから逃げた俺はそのまま床で深い眠りに落ちて行った。

――――◇――――

「ん…。ん?」

 じゅうという何か肉を焼くような音と、フローラルなシャンプーの香りと、そして何より自分がベッドで寝ているという違和感に目が覚める。

「あれ?確か昨日は床で寝落ちしたような…」

「お、起きたか、にぃちゃん。待ってろ今出来るから」

 …えーっと…。こいつ誰だっけ?A、その辺に倒れていた浮浪者。

 おーけーおーけー、そいつは最高にクールだ。で、なんで連れてきたんだっけ?A、勝手に拉致って来ました。

「HAHAHA!なんてこった!そりゃまるで俺が犯罪者みたいじゃないか!あぁ、そうだよ!普通に犯罪者だよ!」

「朝からテンションたっけぇなにぃちゃん…。ほら飯出来たからこれ食って落ち着け」

 台所から聞こえてきたその声は間違いなく昨日聞いた浮浪者のものだった。が、しかし姿を見せたのは…

「誰だ、お前…」

「いやー冗談きついぜにぃちゃん、俺だよ。昨日たすけてもらったばっかりじゃねぇか」

「おっおま、お前…!」

 プルプルと手が震える。

「なんだにぃちゃん、顔が真っ青だぜ?」

「お前ッ、女だったのかよ!!!」

――――◇――――

「た、ただいま…」

「おうにぃちゃん、おかえり!早かったな」

 ぐったりとした俺を満面の笑みで元浮浪者、現居候が出迎えてくれる。どうやら彼女の名前は、楠心くすのきこころというらしい。歳は俺と同じ25歳。もっとも素性が知れないので全てが嘘という可能性も十分に髙いが…。運んできたときはまったくそんな風には見えなかったが、どうやら元の顔立ちはとても整っていたようだ。勝手にシャワーを使ったからよくわかる、勝手に使ったからな。もう少し身なりを整えたらどこかのお嬢様と言われてもすぐ信じてしまいそうだ。ちなみに今の楠の恰好は上下ジャージだ。見た目はニートもしくはヒモへとジョブチェンジしてしまっていた。

「早かったなって…。あぁそうだよまだ15時だよ」

 楠が女性だったという衝撃の事実を知ってから、女性を誘拐してしまったというさらなる罪悪感と焦りにより、そもそもの起きた時間が大幅に遅い事に後々気付き、息も絶え絶えに会社に到着するも、いつも以上にミスを連発する&なぜか傷だらけの俺へ上司の「もう帰れ」が炸裂し今に至る。

「…はぁ…。っていうかあんたいつまで俺んちにいんだよ」

 美女と一つ屋根の下とかいう普通の人なら泣いて喜ぶ様なシチュエーションだが、楠は元浮浪者で俺は現在進行形で犯罪者なわけだ。もしこいつが警察にでも駆け込もうものなら即ブタ箱だ。気分がアガるわけがない。

「んー…。ゆーて俺に帰るとこなんてないしなぁ」

 まぁそうだろうな、ホームレスだし。

「はぁ分かった…。楠が居たいだけ居ればいい…。ただ、ここから出ていくときとここにいるときは、頼むから警察にだけは通報しないでくれ」

 今まで親のスネ齧りまくってきたクズの俺だけれど、人生でこんなクズみたいなセリフ言うとは思わなかった。

「ケーサツぅ?んなもん行くわけねーだろ」

 良かった…。本当に良かった…。

「というかにぃちゃんにはこれでも感謝しているんだぜ?一応命の恩人だしな」

 そう言って楠はにかっと八重歯を見せて笑う。

 う~ん…。なにやらおかしな方向に進んでしまっているような気がするが、この先どうなるのか…。全くもって前途多難である。

――――◇――――

「そういえば中西君、最近明るくなったねぇ」

 楠との同居が始まってから二週間弱ほどのある日、ふと上司からそんなことを言われた。俺はコーヒーをすすりながら、「はぁ」と適当に聞き流していた。自分としては全く自覚もないし、仕事に対するやる気ってのもそんなに変わっていない。

「うん、明るくなった。仕事のミスは…まぁ相変わらずだけど…。どうしたの?彼女でもできた?」

 ブーーーーッッッ!!!

 吹いた。盛大に吹いた。

「ゲホッゲホッゲホッ…」

「うわっ、きたねぇなこいつ!」

 吹き出したコーヒーでPCを汚された五木がなにやら叫ぶんでいるが、無視して上司のほうへと顔を向ける。

「えっ?なに、図星?」

「図星も何も、そんなこと考えた相手なんて一人もいないですよ…」

「う~ん、そう?まぁ今の中西君の顔は完全に誰かを好きになっている顔だけどなぁ…」

 俺は「ははは」と笑いつつイヤホンをつけ仕事に取り掛かる。横で五木がなにやら「え?私?私のことなの?」とかよく分からないことを口走っているがそれも無視だ。

 はぁ今日の俺の調子だとまたミスを連発してしまいそうだ。

――――◇――――

「ただいま…」

「おう、にぃちゃんおかえり」

 何とか残業をしない程度のミスで帰宅することができた俺を、楠がきょうも厳寒で迎えてくれる。昼のこともあり、どうにも直視できない。が、何か今日は少しおしとやかな気がする。

「ん~?どしたどした?今日は目が合わねぇぞ?」

「~っ…。さて今日のご飯はっと…」

 覗き込んできた楠を若干振り払うかのようにリビングへ向かう。

「…」

「お、さんまか」

「にぃちゃんはさ…」

「ん?」

 珍しく落ち着いたトーンで楠が話しかけてくる。

「にぃちゃんは、何のために生きているとか、何のために死ぬとか考えたことあるか?」

「どうした急に?」

「答えて」

「…」

 真剣な楠の表情に思わず考え込んでしまう。

「じゃ質問変えようか。にぃちゃんは何のために働いてんの?」

「そ、そりゃ生きるためだ」

「だよな。もしかしてにぃちゃん仕事するために生きていないか?」

「…」

 再び何も言えなくなってしまう。

「ま、いいか。ごめん今日言ったことは忘れてくれ。さ、飯食おうぜ飯」

 何か様子がおかしい楠だったがその理由は翌日身をもって知ることになる。

――――◇――――

「ん?おはよう楠。…あれ?楠?」

 翌日、目を覚ました俺はいつものように楠を呼んでみる。しかし、その日はいつまでたっても返答がなかった。

「散歩にでも出かけたのかな…」

 なんて楽観的な思想を口に出しながら自分の部屋を探索してみるが、一向に姿を現す気配すらない。それどころか楠がいた形跡、使っていた日用品までもがなくなっていた。

 まさか、出ていった?

 確かにいつか居たいだけ居てくれと言ったが、もしかしたら昨日俺が受け答えしたあの奇妙な応答に、何か楠の癇に障る居たくなくなる様なことがあったのかもしれない。

 ピンポーン

 そんな中インターホンが鳴りひびく。とてつもなくいやな予感がする。

 震える手を押さえつつ応答のボタンを押した。

「…はい…」

『あー、もしもし中西さんのお宅でしょうか?こちら○○警察署の斉藤と申しますが…』

 真冬だというのに全身からぶわと汗があふれ出す。

『楠心さん、という女性はご存知ですか?』

「いいえ、知りません!すみません急いでいるんで失礼します」

『あ、ちょ』

 ドアの向こうでは何か言いたそうにしていたが、俺は即座に切った。そして着の身着のままベランダから外へ飛び出した。幸いにも自分の部屋は二階、飛び降りても大事には至らないだろう。何か靴を履いていれば…。

「いってぇ!」

 裸足で二階から着地した俺の両足に激痛が走る。さらに先ほど思わず叫んでしまったせいで、

「中西さん!?ちょっと!」

「しまった」

 痛む足で全力疾走を試みるもニート生活でなまり、さらに二階から着地した衝撃でうまく力が入らずその場で盛大にこけてしまう。

「ちょっと中西さん!逃げようとしないでください!」

「い、いやだーつかまりたくない!!はなせぇ!」

 情けない声を上げて抵抗するが二人、三人と徐々に人数が増えていき俺の抵抗も無駄になってしまった。

――――◇――――

「え?」

 パトカーで連れられた先で待ち受けていたのは完全に予想外のものだった。

「…ちっ。本当に連れてきたのかよ」

 ピッピッと一定間隔で音を立てる機械につながれ、ベッドで横たわる衰弱しきった楠の姿だった。

「あー?なんだよそのぼろぼろの姿は」

「お、おいこれは何だ。新手のドッキリか」

 掠れた声でなお茶化してくるような楠を無視して、俺は目の前の事実を信じまいと大声を上げる。

「ドッキリでも何でも…ねぇよ。ここで死に掛けてる女は正真正銘楠心だ。あぁ別に事故にあったとかじゃねぇ。この歳にこうなることは生まれたときからもうすでに決まっていたんだ。わかり易く言やあ、脳の中にある時限爆弾だ。それが爆発するまでは仕事とか社会に囚われずに自由に暮らしていこうって決めていたんだよ。で爆発したのが偶然、にぃちゃんに会ったタイミングだった、それだけだ」

「それなら…なんで?」

「教えてくれなかったのかってか?教えたところで何になる?にぃちゃんがこの病気をもらってってくれんのか?」

「それは…」

「それに本当なら一人でしれっと死ぬつもりだったんだぜ?両親も死んでるしほかの親戚も居ないし…。それが警察のクソどもが無駄なことしやがって。俺の最期を看取ってくれる人を片っ端から探し回ったんだろうよ」

 そう語る楠は本当に心の底から悔しそうだった。

「誰の心にも残らないように死ぬつもりだったんだけどな、まぁ元はといえばにぃちゃんの家に長居しすぎた俺が悪いんだ…。すまねぇないやなもん見せちまって。俺のことはもう忘れて、とっとと帰ってくれ」

「そんなこと…そんなことできるわけないだろ!」

 まるで俺の気持ちは完全無視という楠の態度に俺は大声で叫ぶ。

「俺の中で楠、お前は…」

「おっとそれ以上はやめてくれ。今から死ぬやつに言っても後悔しか残らねぇしな。仮に、もし仮にだ俺に好意を持ってくれてるなら、次を見つけてくれ。それがお前のことが大好きな俺の願いだ」

 楠は弱弱しく俺に微笑みかける。そしてそのまま瞼を閉じた。

「楠!」

「うるせぇな、勘違いすんじゃねぇ。少し眠くなっただけだ」

「…」

「おう、分かったなら出て行け。少し疲れた」

「あぁ…」 

 俺は言われたとおり病室を後にする。

「じゃあな、中西」

「おうまた60年後くらいにな」

 俺たちは扉を閉める間際のその短い言葉で、別れた。まるで明日も会う親友同士のように。


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