あ た し、 ト ウ フ
古い振袖。おかあさんが結婚する前の、古くなった振袖をほどいて
お手玉を作ってくれた。 あたし、疎開しなきゃならなくなって。
お手玉の中には炒った大豆を詰めてくれてる。いざとなったら、いよいよ何も食べるものが
無くなったら、これをほどけば、すぐに食べられるからねって。
戦争中で食物は配給製になっちゃって
ただでさえ、街に住んでいた庶民なあたしの家には余分な食糧なんて無い。
疎開先は田舎で、農家の人とかがたくさんいる場所のはずだけど
よそものには大金をあげるか、なにがしかの物々交換でないと、こころよく
食物を分けてもらえるとかは無いと思う。
余分な食物なんてない。
友達や知人だってみんなおなかをすかせて怒りやすく短気になってる。
食物を持っていることを悟られてはならない。
下手したら殺されるかも。
おかあさんとおとうさんと、これからしばらく、はなればなれだけど 寂しいけど
頑張って生きていくね。
ねえ、いつかまた 三人一緒に幸せに暮らせるよね。あたし、その日が来るのをずうっと
待ってる。
お手玉、大事にするから。おかあさん、おとうさんも元気でいてください。
おなか、減った・・・・・。
今日の配給分のお芋のお粥は、お茶碗1杯だ。
夢中でごくごくって飲みこんだら、それでおしまい。
今日も真夏の炎天下、朝4時すぎから夕方7時近くまで、
毎日過酷な農作業が続く。
アメリカの戦闘機B29が里の近くに来るたびに、山山の間を
田畑の間を空襲警報が鳴りわたる。夜は灯火管制でまっくら。
夏だから虫がいっぱいで肌が痒い。お風呂は無い。
決められた日に決められた場所で、川を、水をなるべく汚さないように
静かにそっと浴びるだけ。
田舎の子達は、魚や肉以外のものだったらそれなりに
おなかいっぱい食べている。
でも、あたしら疎開組がおなかいっぱい穀物や野菜を食べさせてもらえることって
ほとんど無い。ただじゃないもの、作物は。
働いた分、自分達の食い扶持だけしか、食べちゃいけない。
あたしらは子供だから、たくさん作業できていないからたくさん食べてはいけないの。
ああ、おなか減ったなぁ・・・。
こんな時は、おかあさんにもらったお手玉をながめる。
大切なお守り。
きれいな着物の端切れでできたお手玉はあたしの宝物だ。
どうしよう。
お手玉を持ってることがばれた。
食べさせてもらってる農家の家の子が、きれいだから寄こせって。
あたしは泣く泣く、お手玉を2個、その子にあげた。
鋤の棒の部分で胸や顔をひどく突かれたけど、
「もうあげられない!これはおかあさんからもらった大切なお守りだから!」って
そう言ったら、ぶつぶつ文句を言いながら引き下がった。
良かった。とりあえず、残りの2個だけは護りきった。
最低2個ないと、お手玉は遊べない。
苦しい時、悲しい時、お手玉で遊ぶ。歌を歌いながら投げて受け止めて。
それにこのお手玉の中には非常用の食糧になる大事な大豆があるのだ。
精神的にも肉体的にも、あたしにとってはとてもこれらは大事なの。
大切に、大切にしないと・・・。仕事をしていない時は隠しておこう。
手ぬぐいなんかを入れておく疎開者用の小さなタンス。
そのタンスの一番下の引き出しの底が、2重になっていることにこないだ気付いた。
お手玉はいつもここになおすようにしておこう。
お手玉を狙われているような気がする・・・。
こないだあたしのお手玉を持って行った子が、敵地から戻ってきたらしい兵隊さんと
ちらちらをこちらを見ながらなにかを話している。
なんだか嫌な感じ。あの子も兵隊さんも見ないように農作業を頑張る。
今日も暑い。疲労が貯まって体中の筋肉が痛い。
「手伝ってやろうか、おじょうちゃん」
兵隊さんがこちらへやってきた。あたしは俯いてでも作業は止めずに・・・
けっこうです。おきづかい、ありがとうございます、だいじょうぶで…と。
「さあ、その手に持ってるやばそうな農具、鎌だな?よこしな!」
あたしの腕を思い切り殴り飛ばすようにはらって。
兵隊さんがのしかかってくる?!!
兵隊さんが、
疎開先のあたしが農家の方から請け負った 農地の草刈り仕事をした後の 地面
あたしをつかまえて
あたしをぶって、 地面に引き倒して、 足首を握って引きずって 服が。
あたしを。
お手玉をおまもりだと思って、 大事にしている。 あたしは お手玉を おかあさん
住まわせてもらってる農家のせまい「離れ」の小さいタンスの引き出し
2重底になっているのを見つけて。
この小さなタンスは 昔 この家の 娘さんのもので
小物入れにも なっていたらしくて細かい細工が あたしが見つけて
底の中に 大切に おかあさんがくれたお手玉を隠して これはお守りなの
大豆が 煎った大豆を おかあさん が 詰めてくれて だいずはお豆腐になる
汚らしい兵隊が 兵隊 崩れのふろうしゃ が あたしを
何日たった か 覚えてない。 殴られて からだじゅう 傷だらけで 噛まれて
いたい いたかった 吐き気がする
おなか減った。おなかがものすごく減るようになって、でも戦争で食べ物無い。
おなかが減った。あたしのおなか に 何か い る。はく。目がまわる。
大豆をすりつぶして、量を増やして、大切に 飲む。
だいず は とうふ。 だいずはおとうふのもと。
いつもの農作業。暑い。
おなかが痛い。おなかが痛い。重い俵や野菜、精米する前のお米を
肩に食い込む重さの
農産物を毎日かついで、運んで。力を入れる。お腹に力を入れた。
みず。
あかい。 やぶれた でた でた でた でたでたでたでたでた。
どうしよう。おかあさん。
たいせつなものを、誰にもわからないように、隠す。
まだほぐさずに残しておいたお手玉から、大豆を丁寧に取り出して あたしの中からでた
大切かもしれないけどまずなにより秘密にしなきゃいけないそうしないといけない
知られてはいけないモノを 大豆といっしょに引きつぶして とうふ。
あれ? あたし おなかが ものすごく 減ってるみたい。前はなにか・・・?なにかあった
大事なものが?忌わしいものが?どっちだったかな・・・。
深夜の、猫の爪みたいな細い赤い月の下で。秘密の作業をする。
赤いおとうふができたよ。なまぐさくて鉄の匂いがする豆腐。
扉がいきなり開けられて、大人の人達がものすごく怖い表情をして、なにか
わめきながらあたしに向かってくる。あたしを台所から外に連れ出す。
口に布をかまされて、両手を縄で結ばれて、村はずれの病院にあたしを
連れて行った。じめじめした土牢に閉じ込められて。それから、あたしは
あたしのトウフはどうなったんだろうなと思った。土牢の中で獣みたいに暴れまわって
疲れてぐったりしてたら朝になる。白い朝が来た。
白くて蒸し暑くてたくさんのB29が編隊を組んで
村を田を畑をみんなが隠れていた防空壕を絨毯爆撃して去っていった、
それは暑い暑い日のことだった。
あたしのトウフは病院にあるんだろう。
あたしのトウフはどうなったんだろう。
あたしの大切な×ちゃん。
病院はまだあるの? 誰かこの近くにいないのかな。みんなばくげきでしんだ?
だれか ここから 出して。出して。あたし ここから出たい。
さがしにいかなきゃ。トウフはおかあさんからの大切な大切なお守りで
よくわからないけどあたしから出た赤い大切かもしれないなにかを足して
あたしがいっしょうけんめい作った、おなかが減った時に、重宝するはずのものだから。
それからたくさんの時間が過ぎた。座敷牢ってなんだろう。病院の人は座敷牢みたいな場所よね
ここは、って。
爆撃からどのくらいの時間が経ったのか、あたしにはよくわからない。
そうそう。
おかあさん、まちでしんだんだって。
おとうさんもおかあさんをまもってまちでしんだ。
遠い遠い親戚が「面倒なものを残して死におった」って言ってたのを覚えてる。
病院を出ていじわるな親戚のうちに引き取られたあたしは
また今度は病院のじゃない民家の秘密な場所にひそかに作られた座敷牢に閉じ込められて生きた。
服を脱いで、親戚らしい一番優しいおじじをたぶらかして牢から出てそれから。
赤い赤い月が新円を描くその夜に、納屋から農具を持ってきて鋭い長いふぉーくみたいなものを
力いっぱい握って走って飛んで振り回して刺して抉りまくって
その親戚んちの人間を全部×した。皆×しだ。きたないものを消さないといけない。
あたしのじんせいをこわした、よどんだめのおとこたちとそのおとこたちのせわをするやつらは
いかしておけない。きたないきたない。あいつらは、にんげんとして、とても きたない。
あたしは夜な夜な遠い親戚の男衆に無理やりなぐさめられてきて、無理やりなぐさめられさせてきて、
また出来た大切かもしれないよくわからないけど多分大切なものを、汚れた肌襦袢を裂いて作ったお手玉
の中に閉じ込めた。
でも挽いて、少しずつ。大豆はもちろん少しずつ作り続けた。お手玉の数がどんどん増える。
お守りがずんずん増えてうれしいな。
それからまたしばらくして。
あたしには仲間ができた。こどくだったから嬉しかった。
話し相手、欲しかった、ずっと。親戚の家の食べ物がちょうど無くなりそうな時でとても助かった。
病院で知り合ったおかねもちの入院患者さんが、あたしを助けてくれた。
なんか病院長の娘とかいってた。ずっとあの病院の●●病棟の閉鎖●に入れられていて、
あたしが来た時もずっとあたしのことを見ていたらしい。
そしてずっと気にしてくれていたんだって。病院は、なんかね?
この病院長の娘さんっていう人がおやを×しちゃったみたい。
ものごころついた頃からずっと閉じ込められ続けて、ずうっとうらんでいたんだって。
戦争が終わった時、全部の入院患者さんを一旦おうちに戻すことにしたそうで。
その時、とってもひさしぶりに閉じ込めらぱなしだった部屋から出たんだって。
その足でそのまま、廊下においてあった掃除箱からモップやなんかを取り出して折って
みんなを刺してまわったんだって。この娘が出されたのは入院患者さん達の中では最後で
もう病院関係者では院長さんだけしかいない時だったって。もう閉じ込められるのはいやで
「あなたと暮らしたいの」この娘はそう言った。あたしは「そうなの」って了承した。
はなしがとんじゃった。ええと。
そうよね、おんなにはおんなのかんじかたやかんがえかたがある。
せっかく作ったトウフの元は、この前みたいなことにはさせない。おんなには隠す場所があるのよ。
詰めて詰めて。入らない分は大豆みたいに堅くなるまで丸めて日干しして
たくさんの粒にして、お手玉の中に詰めて持ち歩く。お守りだもの。
あたしの中と、病院長の娘さんの中に、
今日もまだ大豆に出来ない分の、あたしのトウフが入っている。
「こおりをたくさん買い置きしておきましょうね」と娘さんがいう。
暑いから、●●が湧かなきゃいいなあ。動くしボロボロ零れるんだもの。
先月戦争が終わって、ぎょくおんほうそうがあった日、いっぱい広場に大豆用のトウフのもとが
ころがっていた。広場は赤かった。
さあ、新しい着物の端切れを捜そう。お手玉のお守りを今日も作ろう。
なにか、とても大事なことを忘れているような気がするけど、もういい。
娘さんが「今夜、そでをひいてきたおとこは、めりけんさんのパイロットよ」だって。
今日が終わったら、また あたし達はお守りを作るの。大豆みたいなの。お守りに詰め込めるもの。
でも、一体何から あたしは守られるのだろう?????
ぐるぐるぐるぐる、終わらない円みたいに、毎日をやりすごしていく。
あたしはなにが不安であたし達はなにを憎んで、これからも生きていかなきゃいけないの?
お手玉はもう数えきれないほど、本当に様々な柄や色やでざいんのものが
たくさんたくさん出来て、あたしはあたし達は、とてもとてもどうしようもないくらいに、
もう、ちょっとやそっとじゃ、しあわせにすごす以外の事が信じられないくらいのお手玉を、
たくさんたくさんたーーくさんっ作ったの。
だから、そろそろかなって。
あたし、しあわせって本当はもう。
おかあさんが、おとうさんがしんじゃったってきかされて、こころがどうにかなっちゃった時に助けてくれるはずの病院の人達がどういう扱いをあたしにするのかっていうのがわかって、血がつながっていても保護者がいないおんなだったら親戚だってひどいことをするんだって、そういうことがわかったから。
しあわせっていうのは、この世には無いんだ。
不安。不安が心にこそこそと忍び寄る・・・。
ぐるぐるを終わらせる日が、そろそろと足音をしのばせて、
ふところに何か良くないものをしのばせて、近付いてくるような。
そんな気がする。