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第7話

夕食の買い物を終えた紫苑はある場所へと歩みを進める。バイトに行くためだ。


そこには《ゲームセンター》と明るい装飾で書かれていた。何か店名とかもっと表に出すものがあるだろうといつも思うが、《ゲームセンター》としか書かれていない。なんとも宣伝効果の期待できない外装だ。


店内に客はそう多くない。学校へ行っていない不良、手に職をつけてなさそうな男、友達同士で来てるっぽい数人の女性グループがいるだけである。


紫苑は店内に入るとすぐ、カウンターの裏の控え室へと向かった。

「やぁ、紫苑くん、早かったねー。」

「こんにちは、店長。今日もよろしくお願いします。」

「やだなぁ紫苑くん、僕のことは『ガッちゃん』って呼ぶように言ったじゃないか。」

「そのニックネームの由来も、意味も分からないので遠慮させていただきます。」

「そりゃ残念だ。このニックネームは中学の時に僕の好きだった子がつけてくれたんだけどな。ハハ、まだ時間あるからゆっくりしてていいよー。高校の話とかも聞かせてくれよ。」


そう言って店長、武田さんは控え室を出て行った。まだ中学生時代の出来事を引きずっているのか、それはソロソロやばいんじゃないだろうか、いい歳こいて。35歳、独身、彼女はいない(と、考えられる)、友達がいるのかも不明。


紫苑は武田さんの過去についてほとんど知らなかった。喋るのが好きなくせに、過去については語らない。なにか隠したいことがあるのだろうか、とにかく謎な人だった。


紫苑は中学2年からここでバイトをしているが、普通、中学生を雇ってくれるとこなんてあるはずもない。個人経営だとしても、何か縁がない限り不可能に近いだろう。

しかし、ここは違った。店長の武田さんは低スペック(ごめんなさい)だが、とても人情深い人なのだろう。紫苑が初めてここを訪れて、バイトをしたい理由を話すとあっさり採用してくれた。


そのことについては今でもすごく感謝している。母親が自殺した際、保険に加入していて、その金が今紫苑の手元に降りてきている状態だが、それだけでは家計は厳しい。ここで採用してくれなかったら、今頃どうなっていただろうか。

想像するだけで恐ろしい。


スマホでニュースなどを見て、紫苑は控え室を出て行った。バイトの時間である。バイトの内容は簡単。並んでいるUFOキャッチャーの商品整理、定期的にメダルの回収,補充、床の掃除など。

客からのクレームへの対応や態度の悪い客を注意したりという行動にも最近、慣れてきた。


この日もいつもと同じくコイン販売機の前でタバコを吸っていた不良グループに注意をした。あういう連中も、言葉を選んで話せば案外いうことを聞くのだ。所詮、低学歴の無能ばかりだ。警察の名を出せば一発だった。警察に頼るというのが少し カンに触るが仕方がない。


しかし、たまに何を言っても聞かない奴らがいる。店内にある自販機に寄りかかって、ガンガンと背中をぶつけていたDQNに対して、

「他のお客様に迷惑ですので、そのような迷惑な行為はやめていただきたいのですが」

と言っても、

「ああん?こっちは客だぞコラァ!接客がなってねぇなぁ。ちと、教えたろかぁ?」

と返事が返ってくることがある。確実にクスリやってるとしか思えない。救いようがない奴らだといつも思う。

だが良かった、今日のDQNたちは聞き分けが良かったようだ。特筆するようなこともなく、4時間後、業務は終了。

紫苑は先ほど買った食材を手に帰路へ着いた。


時刻は午後6時。家には電気がついていた。妹が帰っているのだろう。

「兄さん〜〜〜♥︎お帰り〜♥︎」

紫苑は沙愛の周りにハートマークが飛んでいるのを確かに見た。

「ああ、ただいま。すぐに飯作るから待っててくれ。」

「うん!わかった。実はね私、今プリキュア見てるの!」

プリキュア?今までそんな言葉1回も発したことがなかった沙愛が?紫苑は何か不穏なものを感じた。

「へへへ〜♥︎兄さん、これ」

そう言って沙愛が見せてきたのはなんと、CD。表紙には《プリキュア 2006〜2008 OP》と書かれてい...

「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!それは誤解!!それは俺のじゃなくて!!えっとえっと友達....」

「いいのいいの、兄さん。私は兄さんの趣味にケチつけたりしないから。」


完全にバレていた。迂闊だった。聴いたCDを机の上に出しっ放しにしておくとは。死にたい、今すぐ死にたい。言い訳のしようがない。友達から借りたなんて言い訳無茶振りすぎた。


沙愛に嫌われただろうか、口ではああ言ってても高1でプリキュアのOPを同学年に聴いてるやつがいたら俺でも引く。

もう死ぬしかない。そう思い紫苑が死に方を考えていると..

「なーんちゃって。知ってるよ、この歌、紅ちゃんとの思い出の曲なんでしょ?」

「お、おう」

なぜ沙愛が知っているのか。

「兄さんのことなんてみーんな知ってるんだからっ♥︎」

こう言って沙愛は居間に入っていった。

何が起きたかわからないが、とりあえず誤解は解けたらしい。まぁ良かった。一時は死に方を本気で考えたが。


その後は夕食の準備。紫苑は慣れた手つきで次々と食材を入れていく。紫苑が厳選したスパイスでの味付けも忘れない。そして、サラダを作って出来上がりだ。

「沙愛ーできたぞー」

「ハーイ」

今更だがかなり家庭的な妹だと思う。今時の女子なんてのは、友達や彼氏などと連絡を取り合うことばかり専念して家の手伝いなんてしないんじゃないか。

その点、沙愛に面倒臭さを感じたことはない。むしろ、感謝したいくらいだ。

「兄さん、今日ねーすごいことがあったんだー」

「おう、なんだ」

「男子に、告られたの」

またそれか。月1くらいのペースで言ってないか?それ。どんだけモテるんだよ。

「おう、でどうしたんだ?」

「ふった♥︎」

お、おう、そうか。しかしなんで嬉しそうなんだよ。語尾にハートマークついちゃってるぞ。

「おお、こりゃまたなんで?」

「わたしは、兄さん一筋だ・か・ら」

「そりゃたいそうなことで」

いつも沙愛はこう答える。沙愛が今紫苑にしてるような笑顔を男子に見せたりしたら一発でおちるだろう。

紫苑でさえグラッとくるものがあるのだ。しかし、兄としてそんなことは許されない。


「なんでっ!反応が薄いっ!」

「悪かったな。じゃあやり直す。俺も、沙愛一筋だ。」

言ってやった。普段紫苑がやられてることをやり返してやった。たまにはいいだろう反撃することも。

どうせ何も言い返せないんだろう。今までの言動を謝ってくれてももいいくらいなんだが....沙愛は、固まっていた。


何も言わずにただ口をパクパクと動かしているだけだった。おい、なんとか言えよ。ネタなのに恥ずかしいじゃねぇか。

「ほ、ほほ本当に!兄さん!?じゃあ今すぐ一緒にお風呂入ろう!お風呂!!!!!!!!!」

なぜそうなった。できるか、アホ。

「むり」

一蹴。


いつも思うがこの『むり』という言葉はなんと汎用性が高いのだろうか。否定するとき、不可能を示すとき、この『むり』という言葉にはたくさんの意味が詰まっている気がする。

ちなみに今の『むり』には『中学生と高校生の兄妹が一緒に風呂に入るというのは倫理的、社会的、道徳的、に考えて危険であり、非常識的、かつOUT!!!なので不可能だ』という意味を含んでいる。


「えーっ!!なんでよぉー!!いいじゃん!」

しかし、沙愛には紫苑が言った『むり』の意味は伝わっていないようだった。

「あーはいはい、わかったから食べ終わったら台所に食器置いといて。今日俺が洗うから。」

「ぶーーー」

そう言って沙愛は食器をかたずけて自室に入っていった。

「はぁぁぁ、沙愛もどうにかならんかね。いい加減兄貴離れしてもいい頃だと思うんだが」

そう言って紫苑は沙愛と出会ったときのことを思い出していた。


2002年11月16日、沙愛の両親が亡くなったのはその日だと記憶していた。しかし、紫苑もも詳しくは知らなかったので、中1の頃、図書館でその日の新聞を探して読んだ。

《○○市の国道沿いでダンプ居眠り運転 男女2人が即死》

その日の新聞にはこう書いてあった。沙愛の両親は祖母に沙愛を預けていたのを引き取りに行く途中だったという。

全く不幸な話だと当時の紫苑少年は思った。そしてもっと沙愛を大事にしようと思ったのもその時だった。


2003年春、両親がいなくなった沙愛は祖母におせっかいになっていた。

しかし、祖母は病気により死亡。両親が 亡くなった翌年に祖母をも失ったのだ。こんな不幸があるものかと紫苑は思ったが、全ては事実。そして、孤児院に預けられていた沙愛を経済的に余裕のあった桐藤家が引き取ったらしい。


どういう経緯で桐藤家が引き取るに至ったのかはわからない。そんなことは当然、新聞にも書いてなかった。しかし当時4歳だった紫苑は初めて沙愛と会ったときのことを覚えていた。幼少期、人見知りの激しかった紫苑に対して積極的に話しかけてきたのだ。

「しおん、にぃ..」

だの

「ばぶー、にいたん!」

だのいわゆる2語言葉というやつだが、当時の紫苑にはその言葉が、他の誰の言葉よりも紫苑には温かく感じられた。

その頃からずっと変わらず沙愛はこんな性格だ。


常に笑っていいてつかみどころがなく、けどやることはきっちりやるしっかり者の女の子だった。それもあるからこそ、中学生から男女での2人暮らしなんてものができたのだろう。

紫苑はフッと笑みがこぼれた。あのとき沙愛に会っていなかったら俺の人見知りは治っていなかっただろうな。


そんなことを考えながら紫苑は立ち上がった。食器を洗って自室に戻り着替えをとって風呂に向かう。いつも風呂に入るのは紫苑が最初だ。風呂の湯はすでに沙愛が張っている。


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