第4話
高校から徒歩10分、家からも5.6分程度で着くこのカラオケ店は紫苑はよく活用していた。
俗に言う一人カラオケというやつだが..紫苑はそれが寂しいことだなんて思ったことはない。むしろ5人とかでカラオケに行くやつらの気が知れなかった。
「2人で、フリータイムドリンクバー付きで」
いつもとは違う2人という注文。平日フリータイムドリンクバー込で600円はかなり魅力的だ。
防音もしっかり施されているので、紫苑は試験勉強などに活用することもあった。
そういえば、紅と2人でカラオケに来たのは久しぶりなきがする。昔はよく来たものだった。紅の母親に連れられて3人で来たことも多かった。
「よっし!歌うぜっ!」
部屋に入るなり突如ハイテンションになる紅。なぜか自然と紫苑もテンションが高まっていた。
「毎週通って鍛え上げられた俺の音程とロングトーンにかてるかな?」
柄にもなく挑発的なことを口走る。
「ふっふーん、私の美声で紫苑ちゃんを虜にさせてあげるんだからねー☆」
「そりゃ楽しみだ」
お前の声は美声じゃなくてロリボだけどな、と心の中で付け加えておく。
最初は紅に譲った。選曲をじっくりしたいがためである。
紅の一曲目の選曲。
《メル○》
ええええええ
まて、紅はボカロ厨か!!?いやメルトは有名な曲だ、ボカロ厨と決めつけるのは早い。だが一曲目に入れてくるのは何故だっ!?前、紅にボカロを勧めたことがあったが、その時は興味なさそうだったのに。
考えてもどうしようもないので、紫苑はうたをきくとにした。
絶対うまくないと思っていたに、なかなかやりやがる。これは相当聴き込んでやがる。やっぱボカロ厨かも.....。
「意外に上手いじゃないか。この採点機械で89点はかなり上手い方だぞ。」
嘘じゃない、実際、紅のロリボとメルトが妙にマッチしていて聞き惚れてしまった。だが、俺には勝てないがな。
紫苑の一曲目《ローリンガー○》
ボカロの中でも音域の広さは最高ランクだ。紫苑が長い年月をかけて極めてきた一曲である。
この歌を裏声なしで歌うのにどれだけ苦労したことか...結果は94点。まずまずといったところだろう。
「すげぇー!紫苑ちゃんすげぇー上手すぎ」
「だろぅ?もっと褒めても良いんだゼェー?」
いつになくテンションたけぇ俺。
「うん!紫苑ちゃんさっすがぁー!私の幼なじみだけはあるっ!」
うーん、紅はどうも正直すぎる。そこは普通「うぜー、褒めねーよ」
とかいうとこだろ?
まぁ、ね?お前のその純粋さが中学時代男どもにはウケたんだろうけどね?素直過ぎて変な男についていないかおじさん、心配だよ。
その後も紅はボカロをかましまくっていた。紫苑ですら知らない再生数の少なさそうな歌を沢山歌っていた。完全に厨の域に達している。へたしたらニコ動プレミアム会員かもしれない。なぜか紫苑は負けた気分になってしまった。
2人でプリキュアの歌も歌った。小学校低学年の頃、紅がやたらとはまっていて、よく一緒に見させられたものだ。アニメの内容自体はよく覚えていないが、あの強烈なOPよく覚えている。今日歌ったのはその頃の歌だった。
中学校1年だか2年の頃、紅がネットでその歌のパート分けバージョンを見つけて、強制的な歌わされたのだ。
中学生にもなって恥ずかしいことこの上なかったが、今では好きな歌の一つになってしまっている。慣れとは怖いものだ。
とても他の誰かの前では歌えそうにないが、紅の前ではもう吹っ切れている。こんなに自分を晒け出せるのも紅の前だけだった。
そんなこんなで3時間、歌いまくった。紅の最高点は結局《メル○》の89点、紫苑の最高点は《天○弱》の95点だった。まぁ、紅に格の違いは見せつけられただろう。楽しい時間だった。
普段、学校では他人に対して負の感情を抱きまくって、精神をすり減らしているだけに紅と2人だけの時間はポ○モンセンターで回復するみたいな感じだ。あの回復の早さ、遠い未来から技術を持ってきてそうだがな。
思えば、久しぶりに2人で長い時間過ごした気がする。小学校の頃は2人で同じベッドに寝たり、一緒に風呂に入ったりしたものだが。今度風呂に誘ってみるかな、怒るに決まっているが。
紅の顔を赤くして怒っている姿をが容易に想像できて、紫苑は吹き出しそうになっていた。
帰り道唐突に紅が言い出した。
「紫苑ちゃんは誰かと付き合ったりしたことないのー?」
「それはお前が一番よく知ってるだろ。中学の時、恋愛脳共に2、3回告白されたが当然、全部蹴った。」
「ううん、正しくは5回だけどねー。」
なぜ紅が覚えているのか。俺でさえ覚えていないのに。もともと、紫苑は恋愛を毛嫌いしていた。
紫苑がまだ幼いとき、紫苑の父は浮気をして家を出て行った。そして2年後、紫苑の母はそのことで自殺。その頃、母が夜な夜な泣いていたのを紫苑は覚えているが、その頃はなぜ母が泣いているのか分からなかった。
そのせいで紫苑は恋愛は人を壊すもの、としか思えなくなった。両親の恋愛から生まれた家庭が、浮気という恋愛によって壊された。このことは今の紫苑の心に深く、爪痕を残している。
そのせいだろう。紫苑が恋愛を嫌い、告白された人数もその人の名前も覚えていないのは。
「お前も、誰とも付き合ったことないんだろ。沢山告られたくせに。お互い様だな。」
「ううん..そうじゃなくてね、紫苑ちゃんがそのことで苦しんできたのに、私だけ誰かと付き合うなんてできないよ...」
「別にお前が気にすることじゃあないだろう。これは俺だけの問題なんだ。」
「ううん、それでも私は誰かとなんて付き合わないよ。少しでも紫苑ちゃんと一緒に背負っていくんだから。」
紅は優しい。幼なじみという立場を抜きにして客観的にみても、紅は本当に優しいと思う。
けど、その優しさ故に紅が悲しい思いをするのは紫苑は願わない。このことは紫苑が背負っていかなけらばならない問題だからだ。逃げることも、目を背けることも許されない。
今も、当時のことを知っている近所の人からは、差別的な目を向けられる。
しかし、そのことで紅に同情を求めたりは絶対にしたくない。紅には幸せになってほしいと思う。幸せになる権利があるのだ。そんな会話をしつつ、紫苑は紅を家の前まで送り、家のへ向かった。
カラオケ店から家までは5分程度で着く。たいした会話もしなかった。