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第五話「戦闘訓練」

「それじゃAACV 操作の基本を教えるぜー。同じことは二度言わないから死ぬ気で覚えろなー」

 シンヤの目の前に立つ青年は、片足に体重をかけただらしない姿勢で言った。

「説明役はコンドウさんに代わって幽霊屋敷の便利屋、この俺、タクヤ・タカハシでーすってもう知ってるか」

 彼はケラケラと笑った。シンヤも愛想笑いをした。

「じゃあまずざっとパイロットスーツの説明から始めるか」

 タクヤは手にした紙の資料をめくって、説明を読み上げはじめた。シンヤは自分の体を見まわした。

 シンヤたちは明るく広大なAACVのテストルームにいた。シンヤはこの部屋に来る前に、パイロット用のスーツとして渡された服に着替えていた。黒く柔らかい素材のパイロットスーツは、フルフェイス型のヘルメットとブーツ、手袋とセットになっていて、ドライスーツのように体に密着して、すこしきつかった。胸には防弾チョッキのような固く軽い素材の板と、さまざまな機械がついていた。ヘルメットはわきに抱えていた。

「そのスーツには、耐G性能のほかに、体の各部を圧迫して血流を調整したりする機能もあって、昔の戦闘機パイロットを悩ませたレッド・アウトやブラック・アウト――血流とかの関係で視界がきかなくなる現象のことな――を防止してくれるし、出血したときは自動で止血もしてくれる。念のため訊くけど、どこかがやぶれてるとか、そういうことはないよな?」

「あの、やぶれてはいないんですけど、ちょっと気になることが」

「なんだ?」

 タクヤはシンヤの体をじろじろと眺めた。シンヤはなんだか恥ずかしかった。

「その、股の部分が……」

「ああ、それか」

 タクヤは笑った。

 シンヤは赤面しつつ、股間に手をやった。スーツの股間には金具のようなものが付いていて、それがシンヤの大事な部分を固定しているのだった。シンヤはそれが気持ち悪くてしかたがなかったし、落ち着かなかった。

「長時間乗ってるときにトイレ行きたくなっても、そうそう簡単には降りられないからな。そこにチューブつなげるんだよ。大きい方は我慢しろ」

 タクヤはにやにやしながらそう言って、「ほかに質問はないか」と訊いてきた。シンヤは首を振った。

「よし、じゃあさっそく始めるか」

 タクヤが手元の通信機になにか言うと、テストルームの壁の一部が大きく開いて、その向こうから二機のAACV が姿を現した。シンヤが動くAACV を実際に見たのはこのときがはじめてだったが、その歩みの力強さに心が沸き立った。鋼鉄の足は片方ずつ大きく持ち上げられ、テストルームの床を踏みしめた。巨人の装甲の向こう側で動くフレームや、シリンダーがまるで精緻な美術品のようにシンヤの心を震わせた。

 AACVはかすかな地響きと大きな音を立てながら、シンヤたちの前に並んで停まった。二機のAACVはどちらも全高七メートルほどの「高機動型」とよばれるものだったが、その威圧感はシンヤの想像以上のものだった。シンヤはこれからこれを自分が操縦するのかと思うと、小さな子供のようにわくわくした。操縦方法を学ぶ目的が人殺しであることを理解していても、それはとめられなかった。

 高機動型AACVの胸は、その中に操縦席を収めるために、大きく前方にはりだしていた。シンヤが見上げていると、片方のAACVの胸部装甲の上が大きく開いて、中からシンヤと同じパイロットスーツに身を包んだ人物が出てきた。その人物は、操縦席のわきからあぶみのついたワイヤーを引っ張り出し、それをつたって地面に降りてきて、ヘルメットのバイザーを持ち上げた。若い男だった。

「シマダさん、お疲れっす」

 タクヤがそう挨拶した。シマダはタクヤと少し言葉を交わしただけで、すぐに部屋を出ていった。

「よし、じゃあヘルメットして、そのワイヤーで上にあがりな」

 タクヤの指示にしたがって、シンヤはヘルメットをかぶった。それからAACVの下に近づいて、シマダが降りてきたワイヤーにひっぱられて操縦席まで上がった。地上七メートルの不安定な足場はかなり怖く、シンヤは足がすくまないうちに急いで操縦席に滑り込んだ。操縦席のなかは暗いうえに狭苦しく、これじゃまるで棺桶だ、とシンヤは思った。入口のハッチを閉じるとますますそう思えた。

 いきなり目の前が明るくなって、シンヤは反射的に目を細めた。操縦席のハッチの内側には大きなディスプレイがあって、その部分にAACVの各部にあるカメラからの映像が映しだされていた。シンヤはその画面割りや、情報の表示の仕方をすでに見慣れていた。「グラウンド・ゼロ」のプレイ画面とそっくりだった。

 操縦席の座席は地面にほぼ水平で、シンヤは自然と、仰向けに寝そべるような姿勢になった。シンヤは忘れずにシートベルトをして、首回りを保護するための固定具をおろした。両手は無理なく左右の操作レバーを握ることができた。レバーの形状も、やはりあのゲームのものとほぼ同一で、手袋ごしにもよくなじんだ。足元のペダルの位置にも覚えがあった。

 こうしてみると、本当にゲームをプレイしているような感覚で、シンヤはすこし楽しくなってきていることに気がついた。そのとき、いきなり耳元でタクヤの声がした。シンヤは驚いたが、それがヘルメットに内蔵されている通信機からのものだとすぐに理解して、返事をした。

「オーケー、感度良好。んじゃ、俺はモニター室からそっちを見てるからな」

「はい、わかりました」

「まずは適当に動かしてみな。操作方法はゲームと同じだけど、重力の感覚には、少し慣れがいるから」

 シンヤはAACVを操作してしばらくテストルーム内を歩いたり、走ったり、飛んだり、跳ねたりした。そのたびにタクヤの言う通り、重力が内臓をひっぱる感覚があったが、スーツのおかげでかなりマシになっているというのを理解した。次にシンヤはタクヤから、AACVを戦闘モードから精密動作モードに切り替えることによって、手袋に内蔵されたセンサーに連動して、AACVの腕や、指の一本一本を自由自在に動かす方法の説明を受けた。どうしてこんなモードがあるのか訊くと、タクヤは、AACVの役割には戦闘だけでなく、重機を用いて地面を掘ったり、瓦礫を撤去したりすることも含まれているのだと説明した。ついでに彼は、AACVの手足が飛行中の方向転換のときに、バランスをとるために用いられていることも説明してくれた。それからシンヤはAACVの手を動かす感覚をつかむために、ひとりじゃんけんをしたり、親指と中指と人差し指をくっつけて狐のかたちをつくったりした。シンヤははじめてにも関わらず手足のようにAACVを動かすことができたので、自分でも驚いた。そんな一連の動作を見て、タクヤがセンスいいな、とほめてくれた。シンヤはうれしくなった。と同時に、あのゲームがどれほど忠実にAACVの操縦を再現していたのかということを痛感した。

「んじゃあ次は武器の扱いだ」

 タクヤが言った。シンヤは機体を戦闘モードに戻した。

「高機動型に標準装備されているのは、腰についている高熱ナタだ、知ってるだろ?」

 シンヤは彼の言葉が終わらないうちにそれを抜いた。

 「高熱ナタ」は近接戦闘用の武器だった。敵のAACVの装甲を溶断するほどの高熱を放つ、肉厚の刃は、うまく当てることができれば、相手の手や足を吹き飛ばせるほどに強力な武器だった。しかし装甲の厚い重装型AACVや、戦艦の装甲には歯が立たないことがほとんどで、あくまで銃の弾丸が尽きたときの非常用、といった性質のほうが強かった。

「今回は訓練だからゴム刃の安全なやつだ」

 タクヤの言ったとおり、ナタの刃は赤熱してはいなかった。

「それ使って、そいつと戦ってみろ」

 シンヤはさっきから部屋の隅で立ちつくしているもう一体の巨人を見た。それはシンヤと同じ高機動型AACVで、全身の装甲を水色に染めていた。

「そっちにもパイロットが乗ってるんですか」

 シンヤが訊くと、タクヤは「そうだぜ」と言った。

「相手は、パイロット経験は二年ってところだ。操縦技術は高いが、もう第一線からは引いている。こいつくらいには勝ってもらわねぇとな」

 タクヤの挑発的な口調に、シンヤの闘志が燃え上がった。

「やってやる」

「そうこなくっちゃ」

 タクヤの声がヘルメット内の通信機から、部屋内のスピーカーに切り替わった。

「そういうわけだ。準備はいいな? 用意……スタート!」

 タクヤの合図と同時に、敵も高熱ナタを抜き放った。シンヤはペダルを踏み込んだ。シンヤ機の両肩のスラスターが唸りをあげて炎を噴出した。その推力で、シンヤ機は部屋の床を滑り出した。AACVの足元が床と擦れて火花が散った。

 シンヤは敵機の側面にまわりこんだ。高熱ナタを握る腕のわきを締めて、思い切り突き出した。敵機は最小限の動きでそれを避け、同じく突きで反撃してきた。シンヤはさすがに通らないか、と頭の中で毒づいて、炎の噴出の向きを変え、すばやく後退して距離をとった。

 だが敵機はそんなシンヤを逃がさなかった。敵機はシンヤが後退したのと同じ方向へとスラスターを吹かし、高速でシンヤに肉薄した。シンヤはその予想外の動きに、毛が逆立つような気持ちになったが、反射的に片方の足を振り上げて敵を蹴りあげた。敵はシンヤの蹴りを腹に受けて、少しバランスを崩した。やった、とシンヤが思った直後、シンヤは目の前の光景が信じられなくなった。

 敵が消えたのだ。

 いくらなんでもこんなに近く、しかも一対一で敵を見失うはずはない、と思ったシンヤは、画面のすみのレーダーを見た。そのときにはもう遅かった。敵は背後に迫っていた。

 敵は蹴られた勢いを利用してスラスターで高速移動し、背後にまわったのだ。消えたように見えたのは、蹴りが命中したことで自分が勝手に「敵は目の前にいる」と誤認したせいだ、とシンヤが理解した直後、背後から突かれるような強い衝撃があって、シンヤ機は前方につんのめり、無様に倒れた。大きな揺れが操縦席を襲って、シンヤは気分が悪くなった。

「ハイ終りょーう」

 遠くからタクヤの声がした。シンヤはなんとか機体を立ち上がらせたが、さっきの衝撃で脳が揺さぶられたのか、それとも慣れない姿勢で乗り物に乗ったせいで酔ったのか、ひどく気分が悪かった。

「あの、タクヤさん」

 シンヤは通信機に向かって言った。

「ちょっと気分悪いんで、休憩させてください」

「そいつはダメだ」

 タクヤはきっぱりとそう言った。

「気分悪いからタイムだなんて、敵は聞いてくれないぜ? 俺たちがやっているのはゲームじゃなくて戦争なんだから」

「戦争……」

 シンヤはその言葉がどこか知らない国の言葉のように思えて、口の中で転がした。

「そう、戦争だ。いいかシンヤ、くじけそうになったら誰か大切な人の顔を思い出せ。両親でも、彼女でも、友達でも、なんでもいい。今ここで自分がいなくなってしまったら、そいつらがみんなひどい目にあわされると思うんだ。両親が火にまかれる場面を想像しろ。恋人が串刺しにされ、親友の頭が吹き飛ばされる場面を想像しろ。それを防げるのは、自分と幽霊屋敷だけだということを理解するんだ」

 タクヤの声はシンヤの頭蓋の内側に反響した。シンヤには恋人はいなかったが、両親と親友――リョウゴの顔は鮮明に思い描けた。それらが何か恐ろしい力でめちゃくちゃにされる場面を思い描くと、ひどく悲しかったし、それを防ぐ力が自分にあるのならば、少し気分が悪いくらいなんでもないことのように思えた。シンヤは操作レバーを握りしめた。

「タクヤさん」

 シンヤは力強く言った。

「続けましょう」

「その意気だ」

 通信機越しにタクヤが笑ったのがわかった。

 シンヤは機体を敵に向きなおらせた。敵は少し離れたところで静かにこちらを眺めていた。シンヤは目の前の巨人が父親と母親の顔を踏みつぶし、手にした刃物でリョウゴの首をはねる場面を想像した。操作レバーを握る手に力がこもった。

「準備はいいな?」

 タクヤがそう言った。シンヤは返事をした。

「じゃあ第二戦目……スタート!」

 タクヤの合図と同時に、シンヤは敵に向かって突進した。敵は間合いを詰められるのを嫌がったのか、一瞬後退するような動きを見せたが、それはフェイントだった。敵はシンヤ機の左側にまわりこむ軌道をとった。

 シンヤ機は右腕に高熱ナタを握っているので、左側は死角だった。こんどは見失ってたまるか、とシンヤは、機体の左足を軸にして急速旋回をした。内臓が横に引っ張られ、頭に血が上る感覚があったが、歯を食いしばってその不快感に耐えつつ、敵機の姿を追った。敵はシンヤが自分をしっかり見ていることを察知すると、さらに逆方向に転換し、シンヤの視線を大きく左右に揺さぶった。そしていきなり床を蹴って、シンヤの頭上へととびあがった。シンヤはまた反射的に後退しかけたが、そのときみょうな感覚があった。

 シンヤが後退のためにスラスターを吹かそうと、ペダルを踏みかけたとき、それはいけない、という直観がしたのだった。その直観はシンヤの足の筋肉を止め、代わりに操作レバーを動かした。

 敵機はシンヤ機の上半身に蹴りをかまそうとしていた。それは高熱ナタでは足元を攻撃しにくい、ということを考えれば妥当な選択だった。シンヤ機は体をすこし動かして、その蹴りの打点をずらした。直後、蹴りが命中したとき、敵機のパイロットは驚愕した。

 シンヤはAACVを戦闘モードから精密作業モードに切り替えていて、自由な方の片腕で、敵機の蹴りをした足をつかんでいたのだった。そしてそのまま、敵が腕を振り払う前に床に引き落とした。敵機は仰向けに倒され、シンヤ機は逃げ出さないようにその上に素早くまたがった。ふたたびシステムを戦闘モードに戻し、シンヤが高熱ナタの切っ先を敵の胸に突きつけると、タクヤが歓声をあげた。

「マジかよ、信じらんねぇ!」

 彼は興奮して手を叩いていた。シンヤはそれを聞きながら、いまの戦いで一気に悪化した体調不良に、めまいすらおぼえはじめていた。

「スゲーなぁ! シンヤ、お前本当にすげぇよ!」

 タクヤの賞賛の声も頭にガンガンと響いた。

「それよりタクヤさん、ほんともう限界です。休ませて」

「ん、ああ、そうだな。いいぜ、降りてこい」

 シンヤの弱弱しい声色に、これはいけない、とタクヤもさすがに思ったらしく、訓練の中断を宣言した。ワイヤーをつたって床に降り立ったシンヤを、タクヤは駆け足で迎えた。それから内線電話で人を呼んで、シンヤを医務室へやるよう指示し、タクヤはテストルームに残った。

 仰向けに倒れたままの水色のAACVの操縦席から、パイロットが這い出てきた。黒いヘルメットとパイロットスーツを着たその体格は小柄で、四肢は細く、女性であることが容易にわかった。タクヤは彼女に笑いかけた。

「おつかれ、ユイちゃん」

 ユイと呼ばれたパイロットは、ヘルメットをつけたままふるふると首をふった。ちょうどそのとき、部屋の入り口が開いて、アヤカ・コンドウが入ってきた。彼女は足早にタクヤに近づくと、いつも持ち歩いているタブレット端末を起動しながら言った。

「もう終わったの?」

「はい」

 タクヤは頷いた。

「まさかの二回目で勝ちました、今は気分が悪いとかで医務室にやってます」

「二回目? 早いわね、偶然じゃ?」

 アヤカはユイを一瞥した。ユイはヘルメットのバイザーをあげた。その向こうにはさらにゴーグルのような機械が装着されていて、あらわになったのは彼女の口元だけだった。彼女は言った。

「あの動きは偶然じゃありません。模擬戦とはいえ、初心者が、戦っている最中に戦闘モードをやめるなんて発想は、まず出ませんよ」

「それでも二回目なんて。ふつう、オカモトさんに勝つには、高機動型なら平均三日はかかるはず」

「でもアイツはやってのけたぜ」

 タクヤの言葉を聞いて、アヤカはひどく不快そうに顔をしかめた。それから彼女はユイとタクヤの顔を見比べて、ため息をついた。

「これは『アタリ』かもね」

「『ギフテッド』ですか?」 

 タクヤが首を傾げた。アヤカは頷いた。

「その可能性が高い」

「そいつはいい。『ギフテッド』だったら『アンデッド』の可能性もあるわけだ」

 タクヤは二体のAACVを見上げた。その口端はひきつっていて、楽しくてたまらないというような表情だった。

「もしかしたら『ハヤタ・ツカサキ』の再来かも」

「なにをばかな」

 タクヤの出した名前に、アヤカはますます不快感をあらわにした。ユイがつぶやいた。

「彼のような人材はそうそう出ませんよ」

「冗談だよ、ジョーダン」

 タクヤはそう言って肩をすくめた。



 シンヤは医務室のベッドに、仰向けに横たわっていた。パイロットスーツから着替え、医師にもらった薬を飲んではいたが、一時間経ってもまだまだ体調は回復していなかった。シンヤはぼんやりとした頭でAACV操縦の余韻をかみしめていた。

 手のひらにまだ操作レバーの感触が残っていた。足の裏にペダルの抵抗感があった。耳の奥にエンジンの駆動音がこびりつき、スラスターで飛行したときの独特の噴出音が胸を震わせた。

 最高の体験だった。勝利の高揚感はその場面を思い出すたびに強くなって、シンヤを酔わせた。空想の兵器を操って戦い、勝利するなんて、かつて夢想したことはあったが、まさか実際にそれを体験できるとは思わなかったし、それがこんなに気持ちのいいものだとも思わなかった。シンヤは顔が自然に笑顔になるのを止められなかった。

「なーにニヤニヤしてんだ?」

 いきなり近くで声がして、シンヤは小さな悲鳴を上げながら毛布をはねのけた。いつのまにか、タクヤがベッドまわりに引かれたカーテンを越えてシンヤのそばに立っていた。彼はシンヤの悲鳴にひどくびっくりしていた。シンヤとタクヤはお互いに、早鐘のように鳴る心臓が落ち着くまで、目を丸くしたまま顔を見合っていた。

「……お、おう」

 タクヤがなんだか申し訳なさそうな感じで会釈した。シンヤはなんとかごまかそうと、乾いた笑い声を無理やりあげながら、挨拶を返した。

「た、タクヤさん、どうも」

「いやーびっくりしたー」

 タクヤは自身の胸をなでおろす仕草をした。そのとき、カーテンの向こうから、「静かにしてください」と看護師が一瞬だけ顔を出した。シンヤは申し訳ない気持ちになった。

「すいません、びっくりしちゃって」

 シンヤが謝ると、タクヤが笑った。

「こっちこそいきなり声かけて悪かった。体調はどうだ?」

 タクヤは丸椅子をベッドのそばに置いて、そこに腰かけた。シンヤは毛布をふたたび引き寄せてから答えた。

「まだ全快じゃないですけど、そこまでひどくないですね」

「そっか」タクヤはそう言って指を鳴らした。するとそれを合図に、もうひとり、カーテンの向こう側から姿を現した人物があった。シンヤは彼女に見覚えがあった。昨日廊下で出会い、シンヤが話しかけられなかった少女だった。

「はじめまして、ユイ・オカモトです」

 ユイはぺこりと頭を下げた。シンヤも軽く自己紹介をした。タクヤが、さっきまでシンヤが戦っていたAACVのパイロットは彼女だと説明した。シンヤはえっ、と声をあげた。

 シンヤは彼女の目を覗き込んだ。ユイの、眼帯に隠されていない左目の瞳は、やはり白く濁っていた。そして彼女の手には白杖があった。やはり彼女は視力に難があるのだ、とシンヤは思い、そんなハンデがあるにもかかわらず、あんなに見事にAACVを操った彼女の実力に舌を巻いた。シンヤは彼女を讃えたくなったが、もしかしたら彼女は嫌がるかもしれない、と思ってやめにした。タクヤはそんなシンヤを眺めて言った。

「これこれシンヤくん、そんな熱っぽい視線でユイちゃん見ないの」

「なっ」

 シンヤは、そんなつもりはなかったので、うろたえた。タクヤがニヤニヤとしているので、からかわれたのだとシンヤは理解した。ユイは困ったような表情で笑った。シンヤはそれを見て、彼女の血色の悪い肌に赤みがさしたように感じた。

「そ、それより、なにか用ですか」

 シンヤはタクヤを見て言った。タクヤは首を振った。

「うんにゃ、ただお前が心配だったから。でもその様子じゃヘーキそうだな」

 そう笑ってタクヤは立ち上がった。

「ああ、そうそう、連絡があったんだった」

 立ち去りかけたタクヤはシンヤに向きなおった。

「えーと、シンヤ、お前は、明日からさっそく地上に出てもらうことになった」

「えっ」

 シンヤの体にいやな緊張が走った。タクヤは笑って言った。

「安心しろよ、べつに危ないことをさせるわけじゃない。ただこのユイちゃんと一緒に地上に出て、敵がいないか見回ったりするだけさ。戦争だけが仕事じゃないんだぜ、ここは。むしろ戦いはなるべく避けるべきことなんだ」

 そうしてタクヤはユイの背中を叩いた。ユイは「よろしくおねがいします」と頭を下げた。

「んじゃ、そういうこと。それと明日からは射撃武器の訓練だから、期待しとけ」

 タクヤはそう言い残してカーテンの向こうに消えた。ユイはもう一度シンヤに笑いかけてから、タクヤのあとを追った。

 ひとり残されたシンヤは、なんだか心のなかがからっぽになってしまった気がした。

 きっとこれから少しずつ、AACVに乗ることの抵抗感と、地上に出て人を撃ち殺すことへの抵抗感を薄められていくに違いなかった。おそろしい想像だった。自分もまもなく人殺しになってしまうのだと思うと、身震いした。

「俺はゼッテー、人を撃たない」

 言葉にした決意は静かな医務室にぽっかりと浮かんで、薄れて消えた。


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