第二十五話「終戦」
「敵機撃破! 『やたがらす』は中破!」
「おろち」の小型ミサイルを担当する若い自衛隊員は、大声でそう報告した。「おろち」の艦長であるタケル・ヤマモトは、ブリッジの中心、艦長席に座して声を張り上げた。
「次に対艦大型ミサイル、歩行要塞上部へ向けて一斉射! 同時にAACV全機出撃! それらで目を引き付けている間に、歩兵部隊は灰上車両で接敵、内部の制圧にかかれ! コアには近づくな! 波動にやられるぞ! シンヤ・クロミネの保護も忘れるな!
いいか! ここまで近づいているのに敵がAACVも自動兵器も動かしていないのは、どう考えてもおかしい! 罠を警戒しろ! AACV戦は一対一では勝てないということも肝に命じておけ!」
ジオ・ジャパンの兵士たちは同時に「了解!」と叫んだ。
「おろち」の後部車両から大量のミサイルが発射され、さらにその後方からはAACVが次々と飛び出し、歩行要塞へと飛んでいく。ジャパンの艦隊がついに攻撃を開始したのだ。
歩行要塞内部のハヤタ・ツカサキは、その様子を見て、アンデッドたち全員に「好きにしろ」と指示を出す。歩行要塞からもAACVが飛び出しはじめた。まもなくして、歩行要塞上部で連続した大爆発が起こって、砲台やヘリポート、レーダーなどの施設がまとめて吹き飛ばされた。ジャパンのミサイルが直撃したのだ。
大きく揺れる要塞内で、ツカサキはずっと叩き続けていたノートパソコンを机に置いた。椅子の背もたれに身を預け、大きな仕事をやり終えた後のように、ふかく息をついた。
要塞の外では、AACV同士の戦闘がすでに始まっていた。ひとりひとりが強力な、アンデッドたちのAACVは、数機での連携した攻撃を行うジャパンのAACV部隊に、一機ずつ、確実に潰されていっていた。そしてその度に空中に大きな炎の花が咲き、散った。要塞指令室の大きなモニターには、その様子が映し出されていた。
ツカサキはどこか虚ろな目でそれを眺めていたが、おもむろに席を立った。
「どこへ」
そばに座っていた青年が、椅子ごと体を彼の方に向けて、その背中に問いかけた。
ツカサキは振り向かず答えた。
「最後の仕上げに。お前たちも、簡単には死ぬなよ」
青年は頷く。
「必死の抵抗の末に死んでみせます。そうでなければ、ここまでやった意味がありません」
無言で立ち去ろうとするツカサキの背に、さらに青年は声をかけた。
「ツカサキさん!」
面倒くさそうに振り向いたツカサキは、青年が立ち上がっているのを見た。
いや、立ち上がっているのはその青年だけではなかった。部屋中のアンデッドたちがみな立ち上がって、ツカサキを見ていた。
「ありがとうございました」
青年は深く頭を垂れた。他の人間たちもそれに倣った。ツカサキはすこし恥ずかしそうに、苦笑した。
「まだ早えーよ」
「ですが、言えるのは今が最後です」
「……こっちこそ、ありがと」
ツカサキはポケットに手を突っ込み、爽やかな笑顔でそう言った。
「グッバイさよならまた来世~♪」
それからふたたび彼らに背を向けて、手を振りつつ、指令室を出ていった。
ジャパンの武装兵士たちは灰上車両からワイヤーで歩行要塞にとりつき、入り口を爆破したり、電子ロックを破ったりして施設内へとなだれ込んでいった。組織だったその動きの前には、アンデッドたちの抵抗はほとんど意味を成さなかった。要塞内はアサルトライフルの銃声と共に赤く染められていった。指令室も例外では無かった。入り口から突然催涙ガスを発する手榴弾が飛び込んできたかと思うと、直後にガスマスクの集団が拳銃を構えてなだれこんできた。その集団は素早く、催涙ガスの影響で身動きがとれないでいる中の人間を床や壁に押さえつけ、髪を掴んで顔を確認してから、ナイフで確実にその喉をかき切っていった。それが間に合わないほど遠くに相手が居た場合は、まず拳銃で両足を撃ってから、同じように処理をしていった。
「アルファチーム、指令室クリア。ツカサキは不在」
部隊長は通信機にそう言ってから、隊員を率いて次の部屋へと向かっていった。
兵士たちは廊下を素早く進んでいく。彼らが次に目をつけたのは、立派な両開きの扉の部屋だった。彼らは所定の位置につく。隊員のひとりが通信機に向けて「ブラボーチーム、会議室へ到達。これより突入します」と言った。それを合図にして、隊員たちは素早くドアを開け放ち、それから再び壁際に張り付いて身を隠した。危険が無いことを確認してから、あらためて一瞬だけ顔を出して覗いた室内には、ふたりの人間がいた。
ひとりはツカサキだった。入り口の真正面にある椅子に、楕円の大きなテーブルを挟んで座り、火の点いたタバコをくわえていた。目の前には目覚まし時計が置かれていて、彼はそれを見ているようだった。
もうひとりの人物は彼の隣の席に座っていて、その人物の顔を目にした兵士たちは、ひどく驚き、通信機でアヤカに連絡を入れた。「おろち」の中の一室で作戦指揮を担当しているアヤカ・コンドウも、その名前を聞いて驚愕した。なぜならば、その人物はすでに死んだものと思われていたからだった。
「どうした、入ってきたまえ」その人物は言った。
部隊の隊長は彼に敬礼し「失礼いたします、防衛大臣閣下」と言った。
フミオ・キタザワとハヤタ・ツカサキが並んで座っていた。ふたりはともに、片手に拳銃を持ち、それぞれの銃口を互いの頭にむけていた。
兵士たちはふたりをとり囲んだが、逮捕にはかかれなかった。ツカサキはキタザワを、キタザワはツカサキを人質にとっていたからだった。互いが互いを人質にとるという奇妙な状況に、兵士たちは困惑した。
「べつに困るこたねーぜ」ツカサキがそんな兵士たちを見て笑った。
「あと十分だ、十分、待ってくれたら、俺もキタザワさんもつかまってやるよ」
ツカサキの言葉に、キタザワもうなずいた。隊長がふたりの要求をアヤカに伝えると、アヤカは彼らに通信機をよこして、と指示を出した。兵士のひとりが、ふたりに「アヤカ・コンドウ幽霊屋敷長官からです」と言って、テーブルの上をすべらせて通信機を渡した。ツカサキが身を乗り出して通信機を手に取り、キタザワにも聞こえるように音量を調節した。
「ヘロゥ、アヤカさん、ひさしぶりんこ」
「お久しぶりです、キタザワ防衛大臣閣下」
「おい無視すんな」
ツカサキが言ったが、アヤカは無反応だった。キタザワは顎髭を撫でた。
「久しぶりだね、コンドウくん。よくやってくれた」
「恐縮です。キタザワ大臣も、長期の任務、お疲れ様でした。偽装亡命の際は、無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、謝ることはない。秘密にしていたのはこちらだ」
キタザワは微笑んだ。ツカサキは話に入れないので、つまらなそうな顔をしていた。
「それにしても、まさか、このテロ事件もシナリオのうちだったのですか?」
アヤカの質問に、キタザワは首を振った。
「いいや。ツカサキくんが私を殺そうとしたときは、正直、かなり焦ったよ」
そう言ってキタザワは非難するような目でツカサキを見た。ツカサキは「悪かったよ」と言った。
「でもな、ここまで俺を信じてくれた人へのお礼が鉛玉だなんて、そんなの、さすがに俺自身が許せねぇよ」
ツカサキは肩をすくめた。キタザワはすこしだけ笑った。
「そういうことだ。」
「じゃあ、今度はツカサキくんに質問させてもらいましょうか」
アヤカの口調が厳しいものになった。ツカサキはにやりとした。
「なんだかラジオDJになったみたいだ――」
「――きみの本当の目的は何?」
アヤカの言葉に、ツカサキは軽口を途中でつぐんだ。キタザワは無表情だった。ツカサキはおおげさにおどけてみせる。
「そりゃあ最初に言ったっしょ? 世界をアンデッドたちだけにすることさ」
「そんな馬鹿げた理想、本気にする人がいると思うの?」
「そうだな」
笑いながら、ツカサキは寂しげな表情をした。
「でも、アンタにはわかんねーよ。わかりっこない……」
「『ただ死ぬのが嫌だった』んでしょう」
ツカサキは目を丸くし、くわえていたタバコを床に落とした。彼ははじめて動揺していた。
「なんで知って――ああ、そうか、クロミネを押し上げたやつか――」
「ご名答。相変わらず頭の回転だけはいいわね」
「俺の見立てでは、オカモトか、コバヤシか、タナカだと思ってたけど、誰だった?」
ツカサキの質問にアヤカは「オカモトさんよ」と答えた。ツカサキはあー、と声をあげた。
「あいつか。そうだな、末期だったみたいだし、志願してもおかしくないか」
「彼女の志願理由を聞いたとき、ピンときたわ。きみたちが積極的に『悪役』を演じようとしているように見えたのも、これで納得がいった」
アヤカはひと呼吸おいて、力強く言いはなった。
「きみたちはただ死にゆく自分たちに恐怖したのね」
「そうさ――」
ツカサキは口端を吊り上げた。兵士たちは彼の表情に狂気を見てとって、つい銃を構えそうになった。
「俺たち『アンデッド』は、いちど死を宣告され、そこから逃れた人間たちだ。だから、この世の誰よりも、死の恐ろしさを知っている……」
彼は顔をあげた。
「本当に恐ろしいのは肉体的な死じゃない! この世から自分が存在したという痕跡がなくなってしまうことこそが、本当に恐ろしいんだ! だけどな、それは裏をかえせば、自分が存在したという痕跡が永遠に残ることがわかっていれば、自殺すら簡単にできるということなんだぜ。
そうさ! 俺たちの真の目的は『歴史に名前を遺すこと』! 『人類史上はじめての、人類すべてを人質に取った最悪のテロリスト集団、アンデッド』だ! 最高だろ!」
そう言って、ツカサキは腹を抱えて笑った。となりのキタザワは対照的に落ち着いていて、やれやれといった表情をしていた。キタザワは言った。
「彼らの目的を聞いたとき、私は未来ある若者がそのような考えを持っていることが、ひどく悲しくなってね。せめて成就させてやろうと思ったのだ。だから協力したのだ」
「協力、ですか?」アヤカが訊きかえした。キタザワはすこし驚いたような表情をした。
「まさか、この都合がよすぎる状況になにも疑問を抱かなかったのか?」
「申し訳ありません」
「いいかね。ツカサキくんからきみらへの犯行声明は、メッセージボックスで行われたのだろう? 冷静に考えて、挑発の意味があるにしても、そんな不確実な方法で犯行声明をあげると思うかね?」
アヤカは言葉に詰まったようだった。キタザワは小さなため息をついた。
「きみもまだまだだな……あのメッセージボックスは、私の発案なのだ。他国に傍受されない方法でジャパンにメッセージを届け、かつ痕跡を残さないための唯一の方法だったのだよ。あのメッセージには、世界同時に流れているとあったろうが、あれは嘘だ。メッセージボックスはあの一個しか存在しないのだ」
「何個も同じの作るとかマジめんどいしな」ツカサキが茶化した。
「……まさか、そういうことですか」
アヤカがうちのめされたような声で言った。キタザワは頷いた。
「この歩行要塞でこのようなことが起こっているだなんて、ジャパンと北米生存同盟本国しか知らないのだ。他国は北米生存同盟が『コア』の入手を宣言するのを、今か今かと待っているよ」
「……では、妙に長い期限の設定は、まさか」
「うむ、北米生存同盟本国はアメリカ大陸だ、陸上戦艦の部隊がここにつくまでは、最低一週間はかかる。五日間というタイムリミットの設定は、北米生存同盟の艦隊がここにやってくる前に、『コア』をジャパンが入手するための、制限時間だったというわけだ」
「感服いたしました」
アヤカが感心した声をあげた。
「それほどでもないぜ」返事をしたのはツカサキだった。
「きみじゃないわよ」
「いいや、俺だ。最後に笑うのは、俺たちアンデッドだ」
するとアヤカは声をあげて笑った。ツカサキは眉をひそめた。
「なにがおかしいんだ」
「きみがあんまり間抜けだから」
「どこがどう間抜けなんだよ、説明してみろ」
「きみのテロが失敗だからよ」
アヤカはそう言った。ツカサキはわかっていないようだった。
「きみは重大なことを忘れている」
「だからそれはなんだよ」ツカサキの声はいらだっていた。
「簡単なこと。きみは忘れているようだけど、この地上で起こっている無数の戦争行為は、そのすべてが極秘なの。AACVも、P物質も、陸上戦艦も、歩行要塞も、みんな、地下都市の人々はそれを知らない。ましてや、頭のおかしいテロリストのことなんて――」
「ははははははははは!」
今度はツカサキが声をあげて笑った。キタザワすら静かに笑っていた。アヤカは毅然とした口調で言った。
「なにがおかしいの?」
「いやさ、そんな初歩的なミス、俺がするわけねーじゃんってハナシよ」
ツカサキの言葉に、アヤカはいらだった。
「どういうこと?」
「ご説明いたしましょう」
ツカサキは気取ったポーズをとった。
「いいですか、アヤカさん。たしかにあんたの言っているとおり、この地上で行なわれていることは、その全てが極秘だ。じゃあどうすればいいのか? 簡単さ。暴露すればいいんだ。好都合なことに、ここには世界各国から集まった、いろんな国の国家機密情報がたくさんあるから、スキャンダラスなネタには事欠かないぜ」
「それが不可能だと言っているのだけれど」
「どうして不可能なんだ?」
「その歩行要塞はネットワークから完全に分断されているから。北米生存同盟本国も、そこに国家機密があることは知っているから、暴露されるのを避けるためにデータ通信のための暗号変換キーはすでに変更されているはず。そうなってしまえばネットワークにアクセスできない。それはジャパンも同じ。よって、歩行要塞には機密データを地下都市に流すための経路が存在しない」
アヤカの説明にツカサキは大仰にうなずいた。
「せやな。だけどアヤカさん、ひとついいか?」
「なに?」
「暗号変換キーがわからなければ、教えてもらえばいいだけじゃね?」
「何を言って――」
「あれあれ? まだわかんないんですか?」
ツカサキはにやにやとした表情でそう言った。アヤカは黙り込んだ。
「じゃあ、ヒントあげようか」
ツカサキは机の上の目覚まし時計を見やって言った。
「『集団亡命のときに、どうしても俺はリョウゴを欲しかった』それはなーんでだ?」
その言葉を聞いた瞬間、アヤカは自分が取り返しのつかない過ちを犯したことを知った。それでも彼女はすばやく別の通信機のマイクを引き寄せ、「今すぐ『やたがらす』を破壊して!」と悲痛な声をあげた。
「もうおせぇ!」ツカサキが言った。同時に、机の上の目覚ましが鳴った。
歩行要塞の司令室の床に転がる、ツカサキがリョウゴとシンヤの一騎打ちのあいだ、ずっといじっていたノートパソコンの画面に「送信完了」の文字が出た。
ツカサキは賭けに勝ったのだ。ツカサキがまだタクヤ・タカハシだったころ、彼は「やたがらす」の改造と整備を担当していた。そのときに彼は、「やたがらす」の内部に、ジャパンが通信に使用する暗号変換キーを転送するためのプログラムを仕込んでおいたのだった。ツカサキはノートパソコンでその暗号変換キーを受信していた。そしてそれを用いて、ジャパンの艦隊のネットワークに侵入し、ジャパン本国に至ったところで拡散するようにプログラムした、大量の機密情報を仕込んである、一種のコンピュータウィルスを作成していたのだった。そして今、そのウィルスは、目覚ましの音とともに、地下都市内で爆発していた。
ツカサキは、歩行要塞にリョウゴがいれば、シンヤが「やたがらす」に乗ってやってくると踏んでいたのだった。もちろんほかの誰かがやってくる可能性もあったが、その可能性を低くするために、ツカサキはアンデッドではない、ギフテッドたちも亡命に誘っていたのだ。そして実際、亡命の結果、幽霊屋敷にはほとんどギフテッドがいなくなってしまっていた。今のこの状況は、そのときにはほぼ決していたといっても過言ではなかったのかもしれなかった。
アヤカは頭を抱えていた。くちびるはぶるぶると震え、顔は青ざめていた。ツカサキは通信機越しにその様子を感じ取って、椅子から立ち上がり、手にしていた銃を机においた。そして言った。
「大丈夫だよ、アヤカさん。すべての責任はここのキタザワさんがとってくれる」
「ああ、そのとおりだ」
キタザワも立ち上がり、銃をおいた。
「半年もしないうちに、責任を苦にしたということで、私は自殺することになるだろう。そうなればすべてが闇の中だ。そのために私はここにいるのだ」
アヤカの返事はなかった。キタザワはツカサキに向きなおって笑いかけた。
「ツカサキくん、ありがとう。なかなか楽しかったよ」
ツカサキも笑った。
「こちらこそ、いろいろありがとうございました」
ふたりは固く握手を交わして、それから、自ら兵士たちに両腕を突き出した。ふたりに手錠がかかったのは同時だった。
こうして、P物質を巡る国家間の生存競争は、世界に大きな爪跡を遺して、終結した。




