第二十三話「これは戦争なんかじゃなかった」
シンヤはすでに限界近かった。
この機体の優秀な自動回避機能と、素早く複雑な操作への高いレスポンスのおかげで、なんとか今まで被弾しないでいられているが、急激な方向転換を繰り返していたシンヤは、すでにかなり疲労していた。このままでは操作を誤るのも時間の問題だった。
やはり無謀だったのだ。たった一機で歩行要塞の相手をするなどできるわけなかったのだ。
アヤカも、自分も、己惚れていたのだ。作戦は失敗し、俺は死ぬのだ。もう駄目だ――そう思ったときだった。
いきなり銃撃がやんだ。
シンヤは予想していなかった展開に、思わずAACVの動きを止めてしまった。
(なんだ、何かの罠か?)
そう思って素早く四方に視線を飛ばすが、とくに変わった様子は無い。もしかしたら要塞内部でのトラブルだろうか。なんにせよ、チャンスは今だ。
シンヤはAACVのスラスターを後方へ向け、グンと加速した。一直線にシンヤの本来のターゲットである、歩行要塞の主砲のひとつへと接近した。
シンヤに与えられた任務は『歩行要塞の主砲を破壊し、他の部隊が近づける死角を生み出すこと』だった。
歩行要塞の主砲は六門あり、各々が別々の方向を向いている。故に、ひとつでも主砲を破壊することができれば、そこに大きな死角が生まれるはずだった。シンヤは狙いを定めて、主砲の基部を撃った。しかしAACVの徹甲弾では大破させるまでには至らなかった。ならば、とシンヤは腕と一体化したライフルの銃身下部から、超高熱を放つブレードを飛び出させ、それで主砲の砲身をすれちがいざまに切りつけた。
根元に近い位置で傷を負った超長砲身は、自重で歪み、『へ』の字に曲がった。それを確認したシンヤは、心の中でガッツポーズをした。
(よし、あの砲は使い物にならない)
そうして次の砲へと狙いを変えようとしたときだった。
ゾッとした。
それは理屈では説明できない、直感的なものではあったが、シンヤの体を硬直させるのには充分な恐怖だった。だがそうして身体が強ばってくれたおかげで、機体も一瞬、空中で停止し、直後にシンヤの目の前を横切った銃弾の直撃を食らわずに済んだのだった。
シンヤは機体をその発射元へ向けた。
(なんだあの機体は?)視線の先には巨大な鷲がいた。
それは今まで見たこともないようなシルエットのAACVで、両肩から、左右それぞれ三枚のプレートで構成された翼と、スラスターと一体化した両足を持つ機体だった。その背中には、巨大な砲が背負われているが、さらに右腕にも短銃を一丁持ち、その銃口はこちらに向いていた。さっきの銃撃はあれだったらしい。
(アンデッドの新型だろうか?)
シンヤは空中で静止しているその相手に、ライフルを向け、発砲した。
ろくに狙いをつけなかったので、予想通り弾丸は全てが外れたが、相手はそれをわかっていたようで、微動だにしなかった。このことから、敵パイロットはかなり腕のたつ相手だということが、シンヤには判った。
シンヤはその機体を睨んだ。
敵機は動かない。その様子を不審に思って、シンヤも機体の高度をそのAACVと同じにあわせた。
歩行要塞の上空で二羽の巨鳥が対峙する。
シンヤは指先で陸上戦艦に暗号通信を送りつつ、敵機を見ていた。
不気味だった。あの機体には、攻撃を仕掛けてくる気配が無かった。ただそこに浮いているだけだった。
それからさらに数秒が経った。
突然、シンヤのチャンネルに通信が入った。シンヤは周波数を合わせて応えた。
「よぅ」
聞こえてきた声には聞き覚えがあった。
「お前っ……!」
「俺がわかるか」
「リョウゴか」
シンヤが答えると、目の前の機体は銃を下ろした。
「良い機体に乗ってるな」
「『フレスベルク』だ。ツカサキさんが作ってくれた」
「リョウゴ、投降しろ」
シンヤは言った。
「俺は、できることならお前を撃ちたくない」
「それはできない相談だ。俺はお前を撃ちたくてたまらない」
「そんな気がしてた」
「お前はどうだ」
シンヤには「フレスベルク」の頭部の丸いセンサーが、リョウゴの瞳と重なって見えた。シンヤはそれをまっすぐに見つめ返した。
「お前を撃つ用意はある」
「俺に撃たれる用意は?」
「無い」
「上等!」
そう言うと、「フレスベルク」はスラスターを吹かし、再び銃をこちらに向けた。それ以上の言葉は要らなかった。ただ相手を撃つ覚悟があって、撃たれる用意は無い。お互いにそれだけを確認したかった。もしもここでどちらかの覚悟か用意の一方でも欠けていたら、ふたりは互いに背を向けるだけだっただろう。だが条件は揃っていた。もはや避けられないことだった。そして避けるつもりも、ふたりには無かった。
「他のアンデッドは待機させてある」リョウゴが言った。
「一騎討ちだ」
大地の果てからやってきた突風が、歩行要塞の施設群の間を吹き抜け、おおん、と、亡者の呼び声のような、おそろしい音をたてた。大きな灰の煙がまきおこってふたりの視界を遮った。
先に引き金を引いたのはリョウゴだった。「フレスベルク」は灰煙の向こうから、シンヤに突撃しつつ、手にした銃を乱射した。シンヤも後退しながら迎え撃つが、放った銃弾は「フレスベルク」の翼のようなものに防がれた。
シンヤが後退する速度より、リョウゴが接近する速度の方が速かった。再びシンヤはライフル下部からブレードを飛び出させ、牽制のために目の前を薙いだ。
「フレスベルク」はしかし動じず、至近距離より短銃を二発撃った。だがブレードを薙いだ時点で、すでにリョウゴのその行動を読んでいたシンヤが、回避のために機体を捻らせたせいで一発は外れ、残った一発は「やたがらす」の左脇腹をかすめただけだった。小さな装甲の破片が飛んだ。
冷や汗がシンヤの額を横切った。
リョウゴは舌打ちをして、なおも引き金を引き続けるが、シンヤのライフルの銃口が自分を睨んだので、追い打ちをやめて回避軌道をとった。
自分から離れていく「フレスベルク」を見て、逃がしてなるものかと、シンヤはライフルを発砲した。
これは当たった――シンヤがそう思った瞬間だった。「フレスベルク」は素早く体勢を変更し、再びあの翼のような部位で機体を隠し、攻撃を防いだのだった。シンヤは驚嘆した。それほどまでに信じられない姿勢変更だったのだ。
ならば、とシンヤはでたらめにライフルを乱射してみた。下手な鉄砲でも数を撃てば当たるはず――しかし、銃弾はことごとく翼によって防がれた。その反応を目にして、シンヤは「フレスベルク」のあの翼は、ロックオンに反応して自動防御を行うのか、と理解した。と同時に、翼が目まぐるしく動くにも関わらず、見事に空中でバランスを保ったままの飛行をやってのける、リョウゴの機体制御の腕にも舌を巻く思いがした。
(さすがはAクラスプレイヤー)
かつてふたりで通った、あのゲームセンターの光景が、シンヤの脳裏にちらついた。
大きく距離を離した「フレスベルク」は、機体を立て直し、背中のカノンを構えようとしていた。
シンヤはそれを察知すると、一気に大きく高度を下げて、歩行要塞の足、人間で言えば太ももの裏から、歩行要塞の下へと潜り込んだ。歩行要塞は一枚の、両面にいくつもの建物が生えた大きな円盤を、外周に並んだ十本の太い足で支える構造をしていて、下には大きな空間があった。そこに入り込んだシンヤが頭上を見上げると、いくつもの施設がさかさまにぶら下がっているのが見えた。下の地面に目をむけると、歩行要塞とほぼ同等の直径の、巨大なすり鉢状の穴があった。さらにその中心には、青く輝いて見える、山のような大きさのP物質の結晶体があった。
(あれがコアか。攻撃を当てないように注意しないと)シンヤはそう感じて、コアからなるべく離れた軌道で、歩行要塞の下を飛んでいった。
シンヤは頭上の歩行要塞の施設が途切れる直前に機体を反転させ、背泳ぎのようにして要塞の陰から飛び出した。ライフルを構えつつ高度を上げ、要塞の上部に出ると、再び視界が開けた。シンヤは驚愕した。
「フレスベルク」はシンヤの軌道を完璧に予測していた。そのカノンはこちらを真っ直ぐに睨んでいたのだ。
シンヤはとっさにライフルを乱射しつつ、急いで自機の位置をぶらした。当たってもいい、致命傷にならなければ。しかしシンヤを襲ったのは全く未知の攻撃だった。
突然、警告音が操縦席内に鳴りひびいた。それは複数種類が重なっていた。
(この警告音は、ロックオンだけじゃない!)
シンヤは反対方向にスラスターを吹かし、施設の陰に隠れた。
「フレスベルク」は追っては来なかった。要塞中央上空の、いちばん見晴らしのいい位置を保ったまま、ほとんど姿勢を変えずに背中のカノンを構えている。
シンヤは追撃が来ないことを願いつつ、素早く機体ステータスをチェックした。そしてまた驚いた。「やたがらす」の右肩正面の装甲表面が融解していた。
原因は熱だった。さっきの二つ目の警告音は、熱暴走のときの音だったのだ。だとしたら、なぜ熱暴走が起こったのだろうか。AACVの武装でここまでの高熱を発生させるものなんて、超高熱の刃を持つ近接武器くらいしか無いはず――ハッとした。
(そうか、さっきの――)
「フレスベルク」が構えていたカノンは、どこかおかしかった。あのカノンには弾倉にあたるべき部分が見当たらなかったのだ。弾倉の無いカノン――
「――レーザー兵器か」
シンヤは舌打ちした。
厄介だ。
この世に光より速いものは無い。通常、AACVは相手のロックオンを感知してから、機体が自動で回避をするが、それが通用するのは、相手が実弾を発射する兵器だからだ。レーザー兵器では、ロックオンをされたときにはターゲットはすでに射撃を受けている。熱が危険域に達するまでに、僅かなタイムラグはあっても、それも数秒以下の話だ。
この建物の陰から出たら、即死だ。あと、ほかに残された手は――シンヤは考えようとして、中断された。
建物の横から「フレスベルク」がいきなり回り込んできたのだ。シンヤはひどく驚きつつも、反射的にペダルを踏んでいた。「やたがらす」は急上昇し、「フレスベルク」の短銃から放たれた銃弾を、紙一重で避けた。避けながらも、シンヤは下方の敵になんとかライフルを撃ち返すが、それもやはり相手の鋼鉄の翼に防がれた。シンヤはしかしそれでも、機体を空中で逆立ちさせて、歯を食いしばり、血圧の変化に眩む目を凝らして、さらにライフルを乱射した。
「フレスベルク」は翼で機体の前面を覆って防御した。そのせいで両腕が塞がれたが、背中のレーザーカノンには問題なかった。カノンはシンヤを狙った。
「やたがらす」の背部スラスターが熱を帯びて、表面が解けはじめた。シンヤはとっさに機体をぶらして、ダメージを最小限に抑えたが、その部分のセンサーがダメになったのを知ると、頭の中でちくしょう、と毒づいた。シンヤは引き金から指を離し、「フレスベルク」に背を向け、ペダルを目一杯に踏んだ。距離をとるのだ。
「フレスベルク」は、体を覆っていた翼を広げるのと、レーザーカノンを背負いなおしてバランスをとるのに時間をとられ、シンヤに遅れた。それはほんの一瞬の差だったが、大きかった。
「やたがらす」は「フレスベルク」を徐々にひき離していく。単純な軌道での飛行速度では、どうやらシンヤに分があるようだった。
その様子を見て、シンヤは気づいた。
シンヤは機体の飛行方向を急転換させ、ふたたび要塞の下へもぐった。「フレスベルク」もそれを追って要塞下に入り込もうとしたが、それと同時に、今しがた入り込んだばかりのはずの「やたがらす」が、「フレスベルク」の目の前に飛び出してきて、阻まれた。
二機の巨鳥は空中ですれ違う。「フレスベルク」の翼の端に、白熱して融ける切り傷が刻まれた。
大きく機体を捻り、「フレスベルク」は「やたがらす」に銃を向けようとするが、追いつかなかった。すでに「やたがらす」は、「フレスベルク」の背後にまわっていた。リョウゴは危険を感じ、翼を畳んでの急上昇で、ライフルの銃撃を回避した。
逃がすか、とシンヤは自機も上昇させて追撃を行おうとしたが、そうしようとしたときにはすでに「フレスベルク」はこちらに向きなおって、翼に体を隠していた。
再びレーザーがシンヤをにらんだ。「やたがらす」の右太腿部分の装甲が白熱して融けだした。だがシンヤは止まらず、機体を回転させながら、再び「フレスベルク」の背後をとろうとした。それは「フレスベルク」の牽制攻撃により成功しなかったが、シンヤにある確信を抱かせた。
(あの機体――「フレスベルク」は、重装備と、スラスターを脚と一体化させるという無茶な構造のせいで、小回りがきかないんだ。防御力と攻撃力では敗けているが、機動力ではこちらが勝っている。こうして背後をとるような軌道をとり続ければ、いずれ墜とせる)シンヤはそう確信した。
執拗に背後をとろうとする「やたがらす」から逃れようと、つい不自然な姿勢で飛行したために、大きくバランスを崩した「フレスベルク」は、なんとか体勢を立て直そうとしていた。
それを見たシンヤの頭の中に、勝利の光がちらついた。
今、たたみかければ――シンヤは強く引き金を引いた。銃弾は「フレスベルク」の翼のあいだをすり抜け、機体に命中した。しかしあれでは致命傷じゃない。もっと近づいてよく狙わないと――そうしてまた指に力を込めた直後、シンヤの血の気が引いた。いつもなら引き金を引くと、すぐに連続した振動が左右からくるのだが、今回はそれが無い。正面モニターの端には、『両腕 残弾ゼロ』の表示が点滅している――弾切れだった。
シンヤは気が遠くなりそうなのをこらえて、やむを得ず操縦レバーを倒した。シンヤは方向を転換し、再び、要塞の下へ向かって飛んだ。
かなりマズい状況だった。シンヤは今までの戦闘では一度も弾切れに陥ったことがなかった。仮に陥ったとしても、以前の機体では、ライフルを予備弾倉に切り替えればよかった。しかし、今乗っているこの機体は違う。この機体、「AACV やたがらす」は、戦闘に特化させるために、腕に直接ライフルを繋げたせいで、弾倉の入れ替えを行うための手が無いのだ。これが機動性を追求した結果、新たに生まれてしまったこの機体の弱点だった。対処法は教えられている。母艦まで戻ればいいのだ。しかし今は光速の兵器を持つ強敵との一騎討ちの最中だ。母艦まで戻る前に、背後から撃たれるのはほぼ確実だろう。他の武器はライフル下部の超高熱ブレードがあるが、敵機が容易に近づけさせてくれるわけはないし、不意討ちをかけるのも、すでに一度やってしまっているので、引っかかってくれる可能性は低いだろう、そうシンヤは考えた。
引き金を引きすぎたことを悔やんでいるヒマは無い。シンヤは舌打ちだけに留めて、また要塞の下へと潜りこんだ。頭上から垂れ下がる要塞下部の施設群にぶつからないように飛行する。
このまま背後に回り込むことができれば、ひと太刀くらいは入れられるかもしれない。そう期待して、敵機の居場所を予想しながら、飛び出すべき位置を探った。
飛び出した時に素早く対応できるように、機体の前後を反転、背面飛行で要塞下部から飛び出した。
ぎょっとした。
リョウゴはまたもやこちらの動きを完璧に読んでいた。
「やたがらす」の操縦席のある、胸部装甲表面の温度が、一瞬で危険域に達した。シンヤは慌てて機体をぶらしつつ、また要塞下へと逃げ込んだ。
(おかしい。いくらなんでも正確すぎる)
一度ならまだ偶然ということもあるが、今のは二度目だ。
シンヤは自機のレーダーを確認した。要塞の巨大な体に遮られ、一定高度以上は感知できていなかった。目視不可能で、レーダーも効かない位置を飛ぶAACVの軌道を完璧に予測するなんて、いくら付き合いが長かったからといっても――いや、もしかしたらリョウゴには見えているのかも。
(歩行要塞のレーダーと、「フレスベルク」のレーダーで、データを共有させておけば、シンヤが要塞下へ潜り込んでも、位置が分かるはずだ)
「クソッ」とシンヤは悪態をついた。
今の自分は袋の鼠みたいなものだ。こちらに遠距離攻撃手段は無く、出入口には、強力な銃器を構えた敵が待ち構えている。「フレスベルク」が要塞下まで追ってこないのは、必要が無いからだったのだ。ならば自分にとって最良の方法は、このまま要塞下に隠れ続け、こちらに向かっていて、間もなく到着するであろう、ジャパンの艦隊が到着するまで待つことだった。
だけど……
「それじゃあつまんねーよなぁ?」
ハヤタ・ツカサキは口元を歪めて、コンソールのスイッチを押した。
突然、周りの自動機銃が鎌首をもたげてきたので、シンヤは驚き、恐怖した。銃口が向けられたことを感知した「やたがらす」が、自動で回避軌道をとるが、今はマズイ、とシンヤはあせった。AACVのコンピュータには、今、自分が置かれている状況が解っていない。このままの軌道では要塞の下から飛び出してしまう。そうなったら上からレーザーが狙い撃ちだ。
シンヤは衝動のままに操縦レバーを倒した。一気に機体の高度が下がって、最適な回避軌道からはずれた。そのせいで数発、自動機銃の弾丸が機体をかすめることになった。だがシンヤはもう焦ってはいなかった。彼には己の無意識の衝動が意図したことがわかっていたからだった。ギフテッドの持つ、ある種の神がかり的な直感力を、理性で意識することができたのは、これが初めてだった。
「やたがらす」はライフル下部からブレードを伸ばし、灰塵の大地に引っかけた。そのまま腕を振り上げながら急上昇するとともに、スラスターから噴射されている強烈な風も利用して、空中に大きな灰の煙を巻き上げた。シンヤはその煙幕に隠れて要塞下から逃れ出た。
「やたがらす」が要塞下から飛び出したのを察知して、「フレスベルク」は一瞬、レーザーカノンを構えようとしたが、すぐに短銃に切り換えて、ジグザグの接近軌道をとった。だがそれはシンヤの狙い通りだった。灰の煙を盾にすれば、「フレスベルク」のレーザービームは拡散し、威力は著しく落ちてしまう。ならば、射程距離の短い短銃で攻撃するしかなくなり、接近せざるを得なくなる。それならまだ戦いようがあるはず――シンヤはそう考えたのだった。
「フレスベルク」は煙幕の向こうから短銃を撃ってくる。シンヤは速度を上げて回避しつつ、同時に接敵する軌道をとった。さらにシンヤは加速した。機体を捻りつつ、ブレードを突き出すと、赤熱した刃が「フレスベルク」の突き出した短銃の横腹に刺さり、真っ二つにした。
直後、「フレスベルク」は、壊れた短銃から手を放して、翼の裏から素早く超高熱剣を抜きはなち、横に大きく薙いだ。その刃は「やたがらす」の右脚の、膝から下を分断した。「やたがらす」は制御を失って、数回、きりもみ回転したが、すぐにシンヤが安定飛行に導いた。だがしかし、その間に「フレスベルク」は「やたがらす」の背後に迫っていた。
全脳細胞を敵機撃墜のために注いでいたシンヤは、半ば無意識のうちに機体の向きを反転させると同時に、さらにブレードを振った。手応えはあったが、それは無意味なものだった。シンヤの攻撃はまたもやあの翼に阻まれたのだ。しかし、「フレスベルク」も自らの翼が邪魔で剣を振れなかった。二機はお互いに何もできなかった。
「逃がすかぁ!」リョウゴが絶叫した。
「フレスベルク」は翼を盾にしたまま、「やたがらす」に突進した。「やたがらす」は「フレスベルク」のタックルをもろにうけ、大きく姿勢を崩し、高度を下げた。「フレスベルク」は大きく翼を広げ、レーザーカノンをかまえた。「やたがらす」はまだ姿勢を崩していて、避けられる可能性は残っていなかった。リョウゴは勝利を確信し、引き金を引いた。
レーザーカノンはしかし沈黙したままだった。リョウゴは画面の隅に、頭部センサーが破壊されたことを示す警告表示が出ているのを見て、毒づいた。さっきのタックルのときに、「やたがらす」のブレードは、「フレスベルク」の翼をすり抜けて、頭部のセンサーを破壊していたのだった。こうなってはレーザーカノンはただの重石だった。リョウゴはレーザーカノンを機体から切り離した。
「やたがらす」は体勢を立て直していた。シンヤは「フレスベルク」がレーザーカノンを切り離したのを見て、自分の狙いがうまくいったことを知った。それから左右のブレードを前に突き出して、「フレスベルク」に突撃した。「フレスベルク」は超高熱剣をかまえて迎え撃った。
「リョウゴォッ!」
「シンヤァッ!」ふたりは同時に叫んだ。
「フレスベルク」は「やたがらす」に向かって剣をふりおろした。「やたがらす」は、「フレスベルク」を貫こうと、両方のブレードをともに前に突き出していた。「フレスベルク」の剣はその片方を叩き落とし、「やたがらす」のもう片方のブレードは、「フレスベルク」の肩口に突き刺さった。「フレスベルク」の操縦席の右がわが、ブレードの熱で融解しだした。リョウゴはすばやくレバーを操作し、「フレスベルク」の翼で「やたがらす」を抱きすくめた。シンヤは、このままでは「フレスベルク」のエンジンの爆発に、自分もまきこまれると直感して、機体の電源を切った。赤熱していたブレードは一瞬で輝きを失った。二機のエンジンは同時に停止し、「フレスベルク」は「やたがらす」を抱いたまま、地面に墜落した。二機はともに下半身を灰塵の大地に突き刺した。
「やたがらす」と「フレスベルク」の操縦席のハッチが同時に開いた。中から這い出てきたリョウゴとシンヤは、同じパイロットスーツを着ていた。リョウゴは「フレスベルク」の胸部装甲から、「やたがらす」の、前につき出たかたちの胸部装甲の上に飛び移った。シンヤもそこに立っていた。
リョウゴはこぶしを振りかぶり、シンヤの胸を殴りつけた。シンヤは衝撃によろけ、地面に落ちた。リョウゴはヘルメットのライトをつけ、灰煙がたったところを目指して下に降りた。降り立った直後、機体の陰に隠れていたシンヤが、リョウゴの顎を狙って殴りつけた。リョウゴのヘルメットがずれて、地面に落ちた。リョウゴはシンヤを見た。シンヤはすでにヘルメットを脱いでいて、額から血を流しているのが、地面に転がったヘルメットの灯りに照らされていた。シンヤはよろけたリョウゴに蹴りをしたが、リョウゴは肘でそれを防いだ。そして一歩踏み込み、シンヤの頬を殴りつけた。シンヤは口の中に血の味が広がるのを感じた。そして蹴りをかまそうと体をひねったリョウゴの頬を、それより早く殴りつけた。
暗闇の中、二羽の鋼鉄の巨鳥の傍らで、ふたりの、同じ格好をした少年たちが、なぐり合っていた。ふたりの顔は腫れ、切れ、血で汚れていた。ときどき灰塵を吸い込んでふたりは大きくむせかえった。やがてふたりとも、体力の限界に達し、同時に地面に手をついた。ふたりはなんとかAACVのところまでもどり、その装甲に、並んで背中をあずけ、大きく息を吐いた。
「なぁ、シンヤぁ!」
リョウゴが大きな声で呼びかけた。すぐ横のシンヤが「なんだ」と答えた。
「俺は知らなかったよ!」
「なにがだ!」シンヤも大声で返した。
「人って、殴ると、自分も痛いんだなぁ!」
そう言って、リョウゴは自分の手の甲を見た。手袋の、指の付け根の部分がやぶれ、その下の皮膚が裂けていた。流れ出た血は黒く固まりはじめていた。
「俺も知らなかった! あんなに、人を殺してきたのに!」シンヤも手の甲を眺めて言った。
「なぁ、リョウゴォ!」
今度はシンヤが叫んだ。リョウゴが「なんだ」と答えた。
「悪かった! いやな思いをさせて!」
「こっちこそ悪かった!」リョウゴが言った。
「お前は悪くないのに、勝手に恨んで、悪かった!」
「じゃあ両方悪かったんだ!」シンヤが言った。
「ケンカ両成敗だ!」リョウゴが笑った。
そしてふたりは大声で笑いあった。その笑い声は、かつて学校の教室で談笑していたときのような、心からの哄笑だった。底抜けに明るい笑い声が、暗闇に響き渡った。ふたりはもうお互いへの憎悪なんてこれっぽっちも感じてはいなかった。今、友達がとなりにいることで、すべては満たされていた。コアだとか、歩行要塞だとか、幽霊屋敷、世界の命運なんてものは、もう、どうだってよかった。ふたりの心は晴れやかだった。
やがてシンヤが立ち上がろうとして、腹の痛みにうずくまった。リョウゴはシンヤに「大丈夫か?」と訊いた。シンヤは「痛くて立てない」と笑った。
「ちょっと待ってろ」と、リョウゴは言って立ち上がり、自分のヘルメットを拾い上げ、かぶった。それから通信機のスイッチを入れた。
「ツカサキさん」
通信機の向こうのハヤタ・ツカサキは返事をした。
「シンヤを助けたい。手伝ってください」
リョウゴは返答を待った。ツカサキの退屈そうな声がした。
「……なんだ、リョウゴ。さっきまで殺そうとしてたやつを助けるのか」
「はい」
「友情パワーに目覚めちゃったか? こんな結末、面白くねーよ」
「ツカサキさん、お願いします」
リョウゴはなんとか食い下がろうとした。シンヤは、ぼぅとした頭のまま、彼を眺めていた。
ツカサキは言う。
「ま、お前がそれでいいなら協力するけどさ」
「ありがとう。じゃあ――」
「その前に、いいこと教えてやるよ」
「え?」
「『フレスベルク』から見て九時の方向」
リョウゴは顔を上げた。「フレスベルク」から見た左方向に視線をやるが、そこに広がっているのはいつもの真暗闇で、何もわからなかった。ヘルメットについているライトでは、それを照らすにはあまりに非力すぎた。
リョウゴが、いったい何だ、と思った瞬間――
白熱する何かが、目にも留まらないスピードで、一直線に闇の向こうから飛んできて、主の居ない「フレスベルク」の体を横に貫いた。リョウゴがそのことを理解する前に、すでに「フレスベルク」内のP物質は反応を起こし、大爆発していた。
爆風が「やたがらす」とシンヤを吹き飛ばした。数メートルもの距離を熱風に吹き飛ばされて、シンヤは内臓を痛めて吐血した。それでもシンヤがなんとか生きていられたのは、シンヤが装甲によりかかったまま吹き飛ばされたためだった。よりかかっていた装甲が防護壁になり、巻き起こる炎を防ぎ、爆風をやわらげたからだった。
シンヤは灰塵の大地に仰向けに倒れ、意識がもうろうとしていた。それでもシンヤがなんとか繋いだ思考は、親友に関することだった。
(――どこだ、リョウゴ――)
頭をもちあげることはできなかったので、なんとか目玉を動かして周囲を見た。彼の姿は見当たらなかった。そしてシンヤは思い出した。そうだ、爆発のときに――
爆風を身体全体で受けて、吹き飛ばされるアイツを、俺は見ているじゃないか。
腕時計は止まっていた。




