第二十二話「ヒートアップ」
「乾杯!」
食堂の中心に乱雑に積み上げた椅子の上で、酒の入ったグラスを手に、高らかに宣言したのはハヤタ・ツカサキだった。彼の周りには歩行要塞中の人間――リョウゴとアンデッドたち――が全員、集まっていた。食堂に並んだ長いテーブルには、倉庫から持ち出された食料の箱や缶詰めが山積みにされ、今にも崩れそうになっていた。
アンデッドたちは皆、テーブルや床に座り込んだまま、ツカサキの乾杯に応えてグラスを掲げた。パーティーだった。それは彼らがいつも虐殺のあとにきまって開いていたものよりも、いっそう盛大なものだった。
ツカサキはワイシャツの胸元をはだけさせていた。彼は皆に聞こえるように、大声で言った。
「タイムリミットまであと十二時間ちょいだ! あのメッセージが届いていたのなら、もうすぐ、世界中が俺たちを殺しにくる!」
そこでアンデッドたちは沸いた。ツカサキは気取った仕草でその興奮を鎮めてから、ポーズをきめて叫んだ。
「いよいよぉ……クライマックスがやってくる!」
そしてツカサキは椅子から飛び降り、再び興奮に沸くアンデッドたちと、こぶし同士を軽くぶつけ合いはじめた。アンデッドたちはそれから思い思いに談笑を始めた。
ツカサキは食堂内を縦横無尽に移動しながら、次々に拳を交わしていったが、ひとりの少年の前で足をとめた。
「よぅ! リョウゴ」
拳を交わしたのは、赤みがかった髪の、背の高い少年だった。
リョウゴはツカサキの目を真っ直ぐに見、そして微笑んだ。
「いよいよラストですね」
「おぅ!」
「……騒ぎましょう!」
「あったりめーよ!」
ふたりはゲラゲラと笑い合って別れた。
そのときパン! という大きな破裂音がして、直後に火薬の臭いが鼻をついた。場内に緊張が走った。だが杞憂だった。
アンデッドのひとりで、パイロットスーツを着ている青年が、クラッカーを鳴らしただけだった。そうと判ると、食堂内のあちこちでクラッカーが鳴らされた。色とりどりの小さな紙が部屋内を飛び交い、お互いの髪にひっかかった。どこかでどっと笑い声が上がって、それは瞬く間に広がっていった。誰かがどこからか持ち出してきたエレキギターとアンプを、机の上に積み上げて演奏しはじめた。誰かがその流れに乗って歌い始めた。よく振られた瓶ビールが何本もあちらこちらで吹き出して、泡が自分たちの上に降り注いだ。誰かが興奮して奇声をあげた。部屋の隅で男女が交わり始めた。パーティーは徐々に常軌を逸した雰囲気になりはじめた。異様な興奮と笑い声が、食堂内には渦巻いていた。
パーティーが始まってから数時間が経っても、アンデッドたちは楽しげに笑いあいながら、食料の缶を頭からかぶったり、全裸でレスリングをしたり、キッチンから持ち出してきた電子レンジを打ち壊したりして騒いでいた。ツカサキもその中の、長テーブルを組み合わせた即席のステージ上で、エレキギターをかき鳴らしていた。しかし彼は、耳にはめた通信機からの声に突然、その指を止めた。そしておもむろに両手でギターを振りかざし、思い切りアンプに叩きつけた。響いていた音楽が、耳障りな高音とともに奇妙に歪んで、消えた。
食堂内は静まりかえった。
「……テメーら」
ツカサキの声は静かだったが、力強かった。
「そろそろ来るぜ」
彼はネックの部分しか残っていないギターで天井を指した。そして、にやりと笑った。
「クライマックスだ!」
再び彼らは狂喜した。
「出れる奴らは全員AACVで出撃準備! 出るのがダルい奴らは司令室へ! 今回は、俺は要塞の指揮にまわる! この意味がわかるな!? わかんねー奴は訊きに来い!」
「ハイわかりません!」
ツカサキの近くにいた青年が勢いよく手を挙げた。
「誰が教えるかバーカ! 調子に乗るなこの野郎!」
ツカサキの返答に、その場にいる人間は皆またゲラゲラと笑って――
「行くぜオラァッ!」
――ツカサキの号令で散っていった。
ツカサキ自身もテーブルから飛び降り、酒の染み付いた上着を羽織りなおしながら、床に転がる空き缶を蹴飛ばして、歩みはじめた。耳の通信機の位置をなおし、チャンネルを合わせた。
「はい」
通信機から聞こえてきた声はリョウゴ・ナカムラのものだった。ツカサキはパーティーが始まってしばらくしたあと、彼が食堂内から姿を消していたことには、とっくに気づいていた。
「よぅ! お前今どこだ? いや、どこでもいいや。時間だぜ」
「出撃準備ですか?」
「ああ」
「わかりました、すぐに準備します」
「それと、もひとつ」
ツカサキはにやりとして言った。
「お前の望みを叶えてやるよ。シンヤ・クロミネとの一対一だ」
「え……」
「喜んでくれないのか?」
ツカサキは悲しげな声色でわざとらしくそう言った。
「どんなマジックを使ったんですか」
「そいつは企業秘密だな」
冗談めかした口調にリョウゴは少しだけ乾いた笑い声をあげた。
「ツカサキさん……」
リョウゴの声はほんの僅かだがふるえていた。どうやら本人はそれに気づいていないようだったが、ツカサキは指摘しなかった。
「……信用して、いいんですよね?」
ツカサキはそれを聞いて、明快な口調で答えた。
「もち!」
その底抜けに明るい声を聞いて、リョウゴは礼を言い、通信を終わらせた。ツカサキは通信機の電源を切り、上着の胸ポケットから、タバコの箱を引っ張り出す。一本くわえて、火を点けた。
まったく、あいつらは気楽だぜ。何の気兼ねもなく不安を表せられるんだから。
廊下を歩きながらタバコを指で挟んで、煙を吐いた。
どうやら酒を飲んで騒いでも誤魔化しきれなかったようだった。ツカサキは自分の器の小ささを笑った。
……不安なのは俺も同じだっての。
あらかじめ決められた速度で、あらかじめ決められた方位に、あらかじめ決められた時間だけの飛行を終えて辿り着いたポイントに、AACV「やたがらす」は浮いていた。黒い装甲は太陽を背負ってそのときを待っていた。シンヤは操縦席の中で操作レバーを握ってうつむいていた。シンヤは目をつぶって、心を落ち着かせようとつとめていた。
あと少しで、世界の命運を決する戦いが始まるのだ。そう思うと、実際に体験していることであるにも関わらず、自分の周りから現実感が失われていくようだった。
――思い返すと、とても現実とは思えないような出来事の連続だった。
いつも学校帰りに通っていたゲームセンターにあったゲームが、国家の陰謀に関わっていて、その国家にある日突然死んだことにされて、架空だと思っていた兵器のパイロットにされて、きわめつけは、国家の行く末を左右する大作戦の鍵だ。まるでアニメか漫画の主人公だ。いっそ全て夢だった、と言ってくれた方がまだ現実味がある。
もしかして、俺はいつのまにかゲームと現実の区別がつかなくなってしまったんだろうか――「そんな現実逃避はさんざんやった!」
コクピット内で、シンヤは叫んだ。
その叫びとともに力強く握りなおした操縦レバーは、軽いが、しっかりと硬い。踏みしめるペダルも、ブーツ越しに足裏に抵抗してくる。ヘルメットの内側の緩衝材に染み込んだ汗の臭いも、尻とスーツの間のムレの不快感も、背中から身体を揺さぶり続けるエンジンの振動も、全て現実だ。
親友だと思っていた相手が銃を向けてくるであろうことも、自分をここまで押し上げるのに、愛する女性が犠牲になったのも、今から攻撃を仕掛ける相手が、自分より何倍も強いであろうエースパイロットたちの集団であることも、全てが現実。ゲームオーバーなんて無い、「現実」だ。残機は常にゼロ。死にたくなければ、足掻くしかないのだ。
機体の下方を映すカメラを睨む。黒い雲海は変わらずに視界を覆っていた。
腕時計を見る。作戦開始時刻になったらアラームが鳴るように設定されていた。
あと数十秒だ。スラスターの冷却が終わると同時に作戦開始になる。
シンヤは目を閉じ、心を鎮める。静寂がおとずれた……
……
……
……
……アラームが鳴った。
シンヤは目を開け、まずはアラームを止めた。
鼻から深く息を吸い、吐いた。そして指をコンソールに伸ばし、そこにある小さなツマミを捻った。すると、背後からの振動が唐突に止まる。ふぅっと体が浮き上がった直後、「やたがらす」は自由落下を始めた。その姿勢は重心の関係で逆さまになった。
シンヤは目をしっかりとモニターにやり、指はツマミをつまんだままで、機体に抱かれ、落ちていく。雲海に衝突したのはすぐだった。
耳がきかなくなるほどの轟音とともに、ついさっき経験したばかりの、凄まじい暴風と雷が機体を襲う。稲光の閃光に目を細め、横殴りの暴風をAACVの姿勢を変えることでやり過ごしながら、落下を続ける。上昇に比べて、落下の方が速かった。
雲の層を抜ける! 再び開けた視界は、無理矢理に明るく補正がかかった、見慣れたものだった。逆さまの世界の上方、地上には、巨大な人工物が見える。それを視認した直後、シンヤはツマミを再び捻り、エンジンとスラスターを再点火させた。同時に、AACVの姿勢を通常に戻す。
世界がぐるりと回転した。血圧変化の影響で一瞬眩んだ視界に耐えながら、シンヤの両腕は自然と、機体に基本的な回避軌道をとらせていた。
視界が正常に戻る。突入地点を間違えたのか、雲の中で風に煽られたのかはわからないが、歩行要塞直上に出るはずだったシンヤの機体は、少し離れたところに出た。だが大ハズレ、というほどじゃない。シンヤは右前方に歩行要塞をみとめてそう思った。
操縦レバーを素早く倒し、ペダルを力強く踏み、スラスターを下に向けて、再び上昇した。
歩行要塞表面にずらりと並ぶ、自動機銃からの射撃は、どういうわけか、無かった。シンヤはいとも簡単に歩行要塞の間合いの内側、自動機銃の数が少ない歩行要塞直上に潜り込むことができた。シンヤの胸に一抹の疑問がよぎる。
(――いくらなんでも対応が遅すぎないか――?)
だがその直後、自動機銃からのロックオンを感知したAACVのセンサーが、シンヤの乗る機体を自動で回避軌道にのせた。ようやく始まり、あっというまにモニターを覆った弾丸の洪水を避けることにシンヤは集中し、そこから先を考える余裕は無かった。
そのころ、歩行要塞の司令室では、AACVに乗らないことにした数人のアンデッドたちが各々の席の前にあるコンソールをいじっていた。
彼らのひとりが、ちらりと席の後ろを見やった。彼の席から少し離れたそこには、本来、司令官が座る席があったが、それは未だ空席だった。
司令官不在のままでは一切の行動ができない。とりあえず、念のために自動機銃にかかっていたロックは外して、敵機の迎撃は開始したが、歩行要塞直上という驚くべきところから、まさかの単騎で、奇襲を仕掛けてきたあの新型AACVのパイロットの腕は、アンデッドたちから見ても相当なものだった。
あれだけの数の、しかも様々な方向から襲いくる銃撃を回避しつづけるのは、自分たちでも困難だ。しかしあのAACVのパイロットは、それをやってのけていた。最後の相手には申し分ないなと、そのアンデッドは感じていて、それだけにいっそう、司令官役が司令室に来るのを待ち焦がれていた。
直後、入り口の扉が開いた。
「わりぃ、遅くなった」
ノートパソコンをわきに抱え、口にタバコをくわえたツカサキが姿を現した。彼はこの非常時にも動じず、普段通りにダラダラと司令官席へと向かった。
「今まで何を?」アンデッドが訊いた。
「ウンコ」
そう言って、彼は席にどっかと腰かけ、前方を見すえた。
「さて、今どんな感じ?」彼は、あくびをかみ殺しながらそう訊いた。
「ツカサキさんの読み通り、直上から新型AACVが一機、奇襲をしかけてきました。現在自動機銃で迎撃してますが、なかなか墜ちてくれません」
「たった一機かよ?」
「ええ」
「アヤカさんは優しいなぁ。いや、もしかして……」
ツカサキは考えるようなそぶりをみせたが、それも一瞬のことだった。
「メインモニターに出てるのが敵機だな」
彼はノートパソコンを膝の上に乗せ、タバコの火を靴の裏に押し付けて消した。部屋の中央に掲げられたメインモニターには、軽快な軌道で自動機銃の銃弾をかわし続けている敵機の映像が出ていた。ツカサキはそれを確認すると、声を張って言った。
「以後敵機を『クロミネ』と呼称! リョウゴ・ナカムラに『お友達が遊びに来た』と!」
「了解」
「それと、もうひとつリョウゴに伝えてくれ――」




