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第一話「グラウンド・ゼロへようこそ」

 街は死んでいた。少年はそこにいた。

 中東の乾燥地帯、砂埃にまみれた崩れかけの廃墟のあいだを熱風が吹き抜ける。かつて多くの人々が出入りしていたであろう背の高い鈍色の建物群は、みな半ばで崩れ折れて原型をとどめていなかった。瓦礫の破片や建物の折れ口からは、中を通っていた鉄骨が枯れ枝のように飛び出して、破滅と死の色をいっそう濃くしていた。瓦礫の街に生物の気配は感じられず、雲ひとつない蒼穹の真ん中に燦然と輝く太陽だけがアスファルトを焦がし、そこから立ちのぼる陽炎が、この街をまるでまぼろしのように見せているのを、少年は巨人の内にある操縦席から、液晶画面を通じて眺めていた。

 街の中心を南北に分断する幅の広い道路から南の空を見上げると、遮るもののない直射日光が少年の目を眩ませた。そのとき、やや遠くからの連続した破裂音が耳にとどいて、少年の身は緊張にこわばった。直後、なにか大きなものが太陽の光を遮って地面に影を落としたかと思うと、炎にまかれた鉄塊が、下腹に響く爆発音をともなって、空から道路に堕ちてきた。 

 鉄塊はヒトのかたちをしていた。少年の味方が乗っていた巨人だった。金属の装甲に鎧われた胸には大きな銃創がいくつもあいていて、炎はそこから噴き出していた。

 アイツのしたことだ、と少年は瞬時に察して、手もとの操作レバーを操り、自分自身が搭乗している巨人の腕を持ち上げた。巨人の操縦席は、巨人の前方に大きくはりだした胸部装甲の内側にあって、少年の眼前にある大きなモニターに映っている視点も、その高さにあった。巨人の右腕にはふさわしいサイズのアサルトライフルが握られていて、金属の部品が光を反射してほんの一瞬、モニター越しに少年の目を刺した。そして運が悪いことに、敵はそれと同時に現れた。

 建物の影から少年の上方に飛び出してきたのは、太いシルエットの巨人だった。それは少年が搭乗する巨人よりふたまわりも大きく、いかにも頑丈そうなまるっこい胸部装甲の表面は、黒光りしていた。巨人はその金属の巨体を、両肩からのびた金属の腕の先に付いた円筒形のジェットエンジンのようなものでむりやりに浮き上がらせ、肥満体のような見た目からは想像もつかないスピードで空を駆けた。またさらに特徴的なのは、巨人の左右非対称な見た目だった。巨人の丸い胴体からのびた左腕は、体と同じようにまるっこい輪郭の黒光りする装甲に覆われていて、太く、力強かった。その腕には巨人サイズのバズーカ砲が握られている。対して反対がわの腕は人間のそれとは大きく異なったシルエットだった。右腕自体は骨のように細く、まるで申し訳程度にくっつけただけのように見える。だがそこに一体化しているのは、巨人の体と比較してもなお巨大な、一本の剣の刃だった。それは他の巨人が纏う鋼鉄の装甲や、砲弾が直撃してもびくともしないはずの陸上戦艦の外壁をすらやすやすと貫通し、引き裂くことのできるほどの破壊力を秘めた「超振動剣」と呼ばれる兵器だった。使用時以外はコンパクト――それでもなお巨大だったが――に折りたたまれていて、その様はまるで今にも獲物に飛びかかろうとする肉食獣に似ていた。

 少年は敵がバズーカ砲の銃口をこちらに向けたことをみとめると、すばやく足元のペダルを踏みこんだ。少年の乗る巨人の両肩にも、敵の巨人と同じジェットエンジンのようなものがついていて、少年がペダルを踏み込むと、即座にその内部から爆熱の炎が噴出した。その肩スラスターからの噴出を推進力として、巨人は道路の表面を滑るように後退した。

 敵のバズーカ砲が発射された。砲弾は少年の巨人が退いたすぐ下の道路に直撃して、轟音とともにそのすさまじい破壊力を見せつけた。火柱があがって、視界を覆うほどの砂煙とアスファルトの破片が舞い上がった。少年は、その砂煙がいまだ空中にいる敵と自分とを遮る前に、敵に巨人のアサルトライフルの銃口を向け、引き金を引いた。銃口から飛び出した連続した小さな火の玉は、しかし敵にかすりもせずに背景の青空のかなたへと消えた。避けられたのだ。

 敵はさらにもう一度肩のスラスターを吹かして飛行し、少年の頭上からバズーカ砲を向けた。少年はとても反撃できない、と判断して、またペダルを踏み込もうとした。だが敵はそれよりもはやく砲弾を発射した。回避しようとした少年は、焦りのために一瞬、自分がどちらを向いているのかわからなくなってしまった。それでもなんとかペダルを踏んでバズーカ砲の爆発を避けることができた。だがそれまでだった。

 少年の目の前のモニターには敵の巨人が大映しになっていた。先回りされたのだ、と少年が理解したときには、すでに敵は異形の右腕に繋がれた巨大な剣を展開していた。今から巨人の方向転換はとても間に合わない――少年と彼の操る巨人は、なすすべもなく敵の大剣に貫かれた。



「だーっ! リョウゴ、お前強すぎだよ」

 薄暗いゲームセンター最奥の、いちばん目立つ場所にいくつも並んだ、白く巨大な球体のカプセルから悔しそうな様子で這い出てきた少年は、膝に手をついて、同じく隣のカプセルから出てきた友人にわめいた。友人はポケットに手を突っ込んだまま、いたずらっぽく笑った。

「お前はペダルを踏むのが遅いんだよ。もっとこう肩スラスターを有効にだな」

「俺はアクションゲーム苦手なの」

 少年は友人にそう反駁して傍らを一瞥した。少年の視線の先には「超本格3Dリアルロボットアクションゲーム」を謳う「グラウンド・ゼロ」の筐体である、白く丸い大きなカプセルが並んでいた。少年にいちばん近いカプセルの側面についているドアは、大きく開け放たれたままになっていて、その隙間からは、中のシートと操作レバー、そしてそれらの前にあって、今はデモ画面を流している大きなディスプレイが覗かれた。

 「グラウンド・ゼロ」は二十年以上前からシリーズが続いている、ヒト型戦闘ロボット「AACV(次世代装甲戦闘機の略)」を操って戦う人気ロボットアクションゲームで、プレイヤーはAACVの操縦席をイメージしたカプセルの中に入り、コンピュータから与えられる様々な任務を遂行したり、国内ネット回線や店内のネットワークを通して他のプレイヤーと対戦をしたりして楽しむのだった。このゲームが人気である理由は、まるで本当に巨大ロボットを操縦しているかのような臨場感と、操作の難しさのためにかえって個々のプレイヤーの実力がよくわかり、プレイヤー同士の対戦がいつも白熱したものになるためだった。プレイヤーたちはその実力順に上から「A」「B」「C」「D」とクラス分けされていて、自分の所属するクラスがそのまま実力の証明だった。

「ま、向き不向きはあるわな」

 そして少年の目の前で鼻の頭を掻きながらそう言った青年は、グラウンド・ゼロのAクラスプレイヤー――全国のプレイヤーのなかでも上位の実力が集まるクラスのプレイヤー――であるリョウゴ・ナカムラだった。彼は長めの髪を赤茶色に染めていた。顔つきは引き締まっていて、いかにも活発そうだった。ややたれ目気味なのが本人のコンプレックスらしかったが、それがまた人懐っこそうな印象も与えていた。少年と同じ高校の制服である、ワイシャツに濃いグレーのジャケットとスラックスを着ていたが、ベルトの位置を下げ、青いネクタイを緩めていた。彼の背は高く、がっしりとした体格だった。また彼は運動も勉強もできるほうで、クラスの女子はもとより、男子からの人気も高かった。

「だけどそれでも俺の勝ちー」

 リョウゴは屈託のない笑顔を浮かべた。

「たはー」

 リョウゴの笑顔を見た少年は、ひどく疲れた気分になって、おおげさに息を吐いた。それからまっすぐに立ちあがって頭の後ろをポリポリと掻いた。少年もリョウゴと同じように制服のネクタイを緩め、それから周囲を見渡して順番待ちの人が居ないことを確認すると、リョウゴの顔を見上げて言った。

「なぁ、もいっかいやんね?」

「また対戦?」

「いや、今度は協力任務で」

「オッケー、んじゃあやるか」

 そう言うとリョウゴは嬉しそうにカプセルの中へと戻っていった。少年も財布からロボットのイラストが描かれたICカードを一枚と、硬貨を一枚取り出してから、さっき自分が出てきたカプセルの中へと戻った。カプセルの入口のドアを閉めると、ゲームセンター独特の騒音はほとんど聞こえなくなった。少年はシートに座って硬貨とICカードを入れ、スタートボタンを押した。すると目の前にパノラマ状に設置されている画面が、光を発して真っ白になり、メニュー画面が表示された。同時に、少年が座るシートと一体化している、頭部側面のスピーカーから女性の声でアナウンスが聞こえてきた。

「『グラウンド・ゼロ』へようこそ。ICカードの認証を行います。パスワードをお手元のテンキーで入力してください」

 少年は入力した。

「パスワードオーケー、プレイヤー名『シンヤ・クロミネ』で確認。あなたは現在Cクラスです」

 シンヤはこのアナウンスを聞く度に少し恥ずかしい気持ちになるのだった。初めてICカードを作るときに、勝手がわからず、普通ならハンドルネームで登録するところを、誤って本名で入力してしまったのだ。ときどきそのことをリョウゴにからかわれる他にはとくに不都合は無いし、本名で登録しているプレイヤーもけっこういるのでそのままにしているが、やはり少し後悔もしていた。しかしもう一度作り直すためには新たに専用のICカードを購入しなければならず、またそこまでする価値があるとも思えないので、シンヤは放置したままだった。

「プレイヤー名『メテオ』から協力任務の要請がきています、受諾しますか?」

 アナウンスとともに画面に表示された「はい」のボタンにカーソルをあわせ、シンヤは左右それぞれの手元に並んだ操作レバーのボタンを押した。メテオはリョウゴのプレイヤー名だった。

「確認。協力任務モードでプレイを開始します。では、無事に生還されることをお祈りします」

 アナウンスが切れて画面が出撃準備画面に変わった。プレイヤーはこの画面で、自分が操る巨大ヒト型ロボット兵器「AACV」と、持っていく武器を選ぶのだった。

「よーうシンヤ」

 今度はリョウゴの声がスピーカーから飛び出してきた。

「聞こえてんなら返事しろー」

「はいはい聞こえてますよ」

 カプセルの天井からシートの頭上に垂れ下がっているマイクに向かって、シンヤはそう返事をした。それを聴いてリョウゴは楽しそうな声で言った。

「マイクの感度もいい感じだな、このゲーセンのマイク時々いかれるからなー」

「んなことより、お前装備何にすんの?」

 手元のレバーを軽く動かして自分のAACVの武装を選択しつつ、シンヤは訊ねた。武装や機体の選択には制限時間があって、あんまりのんびりはしていられないのだった。

「俺か? そうだな、今度もバズーカで行くか」

「マジか、雑魚相手には向かないんじゃないのか?」

「お前が先に出て、俺が後から従う感じで良くない?」

「そうか、わかった」

 シンヤは、リョウゴは自分の方が上手いことをわかっているから、シンヤが気持ちよくプレイできるように、サポートにまわるつもりなのだと直感した。シンヤはその配慮に甘えることにして、武装を前回のプレイと同じ、使い勝手のいいアサルトライフルにした。

「こっちはオーケーだぜ」シンヤは言った。

「おっし、じゃあ任務は俺が選ぶわ」

 モニターの画面が任務選択画面に切り替わり、リョウゴのカーソルがその上を横切った。

「これなんかどうよ?」

 彼のカーソルが指したのはBクラス任務の「ゲリラ掃討」だった。ステージは木々が生い茂るジャングルで、視界が悪いために機体の機動性も落ちる。だが正面から撃ち合うのが苦手なシンヤには向いている任務だった。

「ん、いいんじゃね」

「じゃあこれだな」

 「任務開始」のボタンが押された。すると画面が読み込み画面へと切り替わった。

読み込み画面にはシンヤとリョウゴが操作するAACVが並んで大写しになっていた。シンヤはその画面を眺めた。シンヤの機体は全高約七メートル、平均時速約七百キロメートルの「高機動型」と呼ばれるAACVだった。空気を割くためにデザインされた装甲板は、ふちの尖った鋭角的なデザインで、ほかのタイプの装甲と比較すると、薄く、脆かった。頭部は被弾面積を少なくするために平べったいものになっていたが、操縦席がおさめられている(という設定)の胸部の装甲は逆に前方に出っ張っていて、全体として見るとプロペラのないヘリコプターに手足をくっつけたようにも見えた。シンヤはこの機体の特長である、飛びぬけた素早さが気に入ったので愛用しているのだが、扱うに必要なテクニックはまだまだ身に付いていなかった。

 それに対してリョウゴの機体は、敵の攻撃をものともせずに突撃し、とにかく大火力の武器を当てることに重点を置いた「重装型AACV」とよばれる機体だった。黒く分厚い、丸っこい輪郭の装甲が、今にもはち切れそうな中身を押さえ込んでいるように見えて、まるで火薬庫か爆弾のような危険を感じさせるデザインだった。全高は九メートル程度で、シンヤの機体よりふたまわりほど大きい。攻撃力の高い専用の武器を扱えるが、反面、機動力は低く、平均時速も五百キロメートル程だった。しかしリョウゴはそれでも高機動型のシンヤの攻撃を確実に避け、右腕に装備された超振動剣でシンヤを真正面から貫けるほどの腕前の持ち主だった。

 そしてすべての機体に共通しているデザインで、AACVというロボット兵器の特徴とも言えるものが、それぞれの両肩からはりだす金属の腕の先につながった「高出力・全方向スラスター」だった。高出力・全方向スラスターはAACVの重い機体を時速数百キロメートルというとてつもない速度で飛行させ、またたとえ空中であっても、それ自体が立体的に回転して噴出口の方向を変えることで、前後左右上下、三百六十度のどの方向にも自由自在に飛行方向を変えることができるという代物だった。この肩スラスターに引っ張られて巨人が宙を舞う姿は、さながら水槽で泳ぐ熱帯魚のようで、荒々しくも、どこか優雅さを感じさせるものだった。

 読み込みが完了して再び画面が切り替わると、映像は騒音に満ちた大型輸送機の内部へと変わった。シンヤたちの視点はAACVの操縦席の位置に固定されているので、床からはかなり高かった。眼下ではCGの整備兵たちが慌ただしく走りまわり、シンヤたちの出撃のサポートをしてくれていた。アナウンスが流れた。

「シートベルトを着用してください」

 シンヤはそう言われて、シートベルトをしていなかったことに気づいた。慌ててシートベルトをシートの横から引っ張り出し、体の前でパチリと金具を留めた。グラウンド・ゼロはリアリティを追及するために、ゲームの状況に合わせてプレイヤーの座るシートが激しく振動するのだった。シンヤは以前にシートベルトをしないままゲームをプレイして、その振動で舌をひどく噛んでしまったことがあり、それからはちゃんとシートベルトをするようにしていた。

「気圧調整、おわりー! 作業員、撤収ー! 後部ハッチ、開けー! 」

 画面の向こうから作業員の呼びかけが聞こえた。顔を上げて視線を画面に戻すと、目の前のハッチが左右に開いていくところだった。その向こうには真っ白な雲海が広がっていて、地面は見えない。

「カタパルトオーケー、『シンヤ・クロミネ』射出、どうぞ!」

 女性オペレーターの声とともにカプセル全体が振動した。周りの風景が高速で後ろに吹き飛び、機体は輸送機から投下され、雲を突き抜け、下降していった。機体の後方でパラシュートが開く音がスピーカーから飛び出した。地面はあっという間に迫り、やがてカプセルの下から突き上げるような大きな衝撃があった。ゲームなのに、本当に着地したかのようなリアリティだった。シンヤは興奮して、ぶるりと体を震わせた。少し遅れて、後方でリョウゴの機体が着地する音がした。すると画面の中央に「作戦開始」の文字が表示され、すぐに消えた。

「さて、どうする?」

 シンヤはそう訊きながら周囲を見渡した。ふたりの機体は木々が鬱蒼と生い茂るジャングルの真ん中の、少しひらけた場所に投下されたらしい。シンヤたちの機体よりも背の高い木々がまわりをとりかこんでいて、視界を遮っていた。高機動型のシンヤにはその特性を活かしづらい地形だったが、立ち回りの練習にはもってこいの場所でもあった。

 シンヤはなんとなく天を仰いだ。天候は曇りで、画面全体は灰色がかっていた。

「まずはお前が先行するんだろ?」

 リョウゴの返事があった。ああそうだった、とシンヤは思い出した。アサルトライフルを構えた。

「じゃ、行こう」

 操作レバーを倒してペダルを踏み、肩以外にも各部についているサブのスラスターを点火すると、シートの軽い振動と共に機体が地面を滑り出した。木々に衝突する前に、シンヤは地面を蹴った。そのまま両肩のスラスターを吹かして一気に高度を上げると、画面の端に、敵にロックオンされたことを示す警告が表示された。しかしそれこそシンヤの狙いだった。素早い操作で敵のセンサーを逆探知し、自機のレーダーに結果を反映させた。レーダーの情報はリョウゴと共有しているので、必然的にリョウゴのレーダーにも敵機の位置が表示されるはずだった。

 ならば、とシンヤは視点を下方へ向けた。シンヤの機体と同型の巨人がこちらに向けてライフルを構えていた。

 シンヤは肩のスラスターを一瞬だけ噴射して、敵の射線上から外れつつ、アサルトライフルを乱射した。相手もスラスターで木々の上を軽く横に跳び、攻撃を避けようとしたが、その隙にスラスターの出力を全開にして高速接近していたリョウゴの機体に行く手を阻まれた。無反動バズーカを至近距離から撃ち込まれた敵機はのけ反りながら空中でコントロールを失い、そのまま側面からシンヤのアサルトライフルで腕を吹き飛ばされ、装甲を剥がされ、大きな音をたてて爆発し、墜落した。

「ナイスキル」リョウゴの声がした。

「ナイスサポート」

 少し開けたところに着地してから、シンヤはそう返した。

「油断すんな、後ろ!」

 いきなりリョウゴが叫んだ。シンヤはびっくりしつつも反射的にレーダーを見た。シンヤの機体のすぐ後方に敵の反応があった。慌ててペダルを踏んでスラスターを吹かすが、間に合わなかった。シンヤは射撃され、シートが激しく横揺れしてその衝撃を再現した。

「くそっ!」

 シンヤは操作レバーを思い切り倒しつつ、ペダルを踏み込み、急速旋回した。そうしてアサルトライフルを敵機に向けるが、そのときには敵の機体はすでにリョウゴの剣によって分断されていた。

「あぶねー。サンキュー、リョウゴ」シンヤは礼を言った。

「いいよ。それより、どんだけ喰らった?」

「ちょっと待って」

 シンヤは機体ステータスを確認した。機体の耐久力を示す数値はまだかなり残っていた。

「大丈夫、いける」

「当たりどころが良かったみたいだな」

 リョウゴがどこか冗談めかして言った。

「ああ、だな」

 シンヤはうなずいて機体をひねり、あたりを見渡した。さらなる敵機の姿は見えなかった。

 そのとき、周囲を埋め尽くす鬱蒼としたジャングルを見たシンヤの胸に、ふ、と疑問がわいた。

「なぁ、地上ってどこもこんな感じだったのかな」

 その言葉に、リョウゴが機体の動きを止めて返事をした。

「なんだって?」

「いやちょっと気になったんだけどさ、たとえば地上の……その、都市じゃなかった部分って、どこもこんなだったのかなって」

 シンヤはマイクに向けてそう言った。リョウゴは少し考えてから答えた。

「ジャパンの話だったら、このステージは、たしか今のジオ・統一南アメリカの、アマゾン地域だったかな? をモデルにしてるらしいから、たぶん全然違うと思うぜ。聞いた話じゃあ、ジャパンの都市部以外は山がほとんどだったらしいから、もっと高低差があったんじゃないかな」

「じゃあ自然保護区をもっと縦に険しくした感じ?」

 シンヤは中学のころの修学旅行で行った、自然保護区の風景を思い返しながら言った。自然保護区は地下都市ジオ・ジャパンを構成するブロックのひとつで、そこではその区域丸ごとが動植物の保護のために用いられていた。ブロック内では木と植物が密度の高い森を作っていて、多くの動物や昆虫が放し飼いにされていた。それらの動植物は、いつか地上の環境が生き物の棲めるまでに回復したときのために備えられているものだった。見学者用の遊歩道は、保護区内の木々の合間を縫うように細長く敷かれていて、引率の教師にしたがってそこを歩いていたシンヤは、むっとするほど高い湿度と、息の詰まるような生き物の悪臭、そして不可解なまでの植物の青臭さと、周囲をとりまく土の臭いに気分が悪くなった覚えがあった。

「ろくなもんじゃないな」

 シンヤはそのときのことを思い出して胸がむかむかした。リョウゴはハハと笑った。

「おれは好きだぜ、自然保護区」

 リョウゴはそう言った。シンヤは理解できなかった。

「それはなんで?」

「なんでだろうな、なんかこう、たとえば虫とかさ、あんな小さいのにちゃんと生きてるんだぜ。それってすごくない?」

「かもな」

 やっぱり理解できそうになかったので、シンヤは適当に会話を切り上げることにした。

「ところで」

 リョウゴの機体が目の前を横切る。押された木々が音を立ててへし折れた。

「向こうに敵機見つけたんだけど」

 レーダーを見ると確かに反応があった。

「わかった」

 シンヤはリョウゴの指す方向に機体を向け、跳躍の体勢をとった。

「今度は油断すんなよ」

「わかってるって。ゲームなんだから、楽しくやろうぜ」

「いやまあ、そうなんだけどさ」

「んじゃ、行くわ」

 シンヤは再び跳んだ。

 作り物のジャングルを飛び回り、作り物の弾丸を撃ち込み、作り物の敵を撃破していく。全てが嘘っぱち。その中でリョウゴの呟きが小さく聞こえた。

「次はどうやって殺そうか……」

 それはスピーカー越しの何気ないひと言だったが、強烈にシンヤの耳の奥底にこびりついた。


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