第十五話「最後に笑うのは」
「では緊急連絡会を始める。まず、フミオ・キタザワ大臣と、こちらの職員たちの北米生存同盟への集団亡命について」
会議室の中心で、アヤカ・コンドウは資料を手にしたまま言った。彼女の視線は以前にも増してするどくなり、声には力があった。
シンヤは大勢の職員たちとともに、会議室の椅子に座ってアヤカを見ていた。キタザワたちが幽霊屋敷を去ってから、すでに一時間が経過していた。シンヤの目もとはまだひりひりしていたし、リョウゴのことを考えると、叫びだしたい衝動に駆られてしまいそうだったが、それでもなんとか、まともにものが考えられるようになってきたところだった。
会議室にぎゅうぎゅうに押し込められた幽霊屋敷の全職員たちは、皆、少なからずこの事件にショックを受けているようだった。会議室にはシンヤが今までに経験したことないほどの重苦しい緊張感が漂っていた。
「監視カメラと皆の証言から判断するに、この基地から亡命した人数は十六。そのうちふたりがギフテッド――もしくはアンデッド――として認定されていたが、キタザワ大臣の言ったことが正しければ、彼らを含めた半数以上がアンデッドだ。そしてべつの基地からも、ここと同様に何人かのパイロットが逃亡したという報告があった。それらをすべて合わせると、亡命者の合計人数は三十八人で、どんなに少なく見積もっても、二十一人以上のアンデッドとギフテッドが、北米生存同盟に向かったということがわかった。
奪われた兵器は陸上戦艦五隻、AACV十八機と、その他国際条約に触れるものがいくつか、といったところだ。最後のものに関しては、機密情報と同じで、物的証拠にするつもりだろう」
言いながら、彼女は苦々しく顔をゆがめた。
シンヤはその説明を聞きながら、きっとキタザワとツカサキはギフテッドを選んで声をかけていたのだろうな、と考え、この日のために何年もの歳月をかけて準備してきたに違いない、ふたりの執念をおそろしく思った。そして、ツカサキが正体を明かしたときに彼が発した、「またせたな」という言葉を思い出し、もしかして彼は、リョウゴにも事前に声をかけていたんじゃないか、と予想した。この予想が正しかったとして、アンデッドでも、ギフテッドでもないリョウゴになぜツカサキは声をかけたのだろうか、と、シンヤはすこし考えたが、答えは出なかった。
「さらに各国のスパイからの報告を合わせると、最低八十人以上のアンデッドたちが歩行要塞に向かったということが、すでにわかっている」
アヤカの言葉に、部屋の空気が重くなったのが感じられた。
「アンデッドたちは皆一騎当千の強者たち――いわゆる『ギフテッド』。今回の亡命者たちの中心人物、ハヤタ・ツカサキのAACVパイロット時代の戦績は、撃墜数百二十という凄まじいものだった。これは幽霊屋敷の歴代最高記録と同じ数字だ。他のアンデッドたちも、彼ほどではないにしろ、強力な敵と考えていいだろう」
「百二十!?」
途方もない数字に、誰かがすっとんきょうな声を上げた。アヤカはうなずいた。
シンヤは戦慄した。そのレベルのAACVパイロットが八十人以上も歩行要塞にいるのかと思うと、悪い冗談としか思えなかった。
「連合と歩行要塞、ぶつかった場合にどちらが勝つかはそれでもわからないが、これをきっかけに連合側は開戦を早めると予想される」
「質問があります」
ニット帽を被った、髪の無い、若い女性パイロットが手を上げた。アヤカはどうぞ、と発言を促した。
「そのハヤタ・ツカサキという男の人について詳しく教えて下さい」
「彼について?」
アヤカは別の資料を引っ張り出した。
「ハヤタ・ツカサキは今から七年前、ゲームのグラウンド・ゼロのランキングでトップに居た男で、当時彼は十七歳だった。彼は幽霊屋敷に入ったあと、初陣で戦艦一隻、AACV五機を撃墜し、わずか五日目でギフテッドに認定される。その後、三年経っても障害の兆候があらわれないことから、アンデッド認定されるが、直後、幽霊屋敷を脱走し、二年の潜伏期間をおいて、二年前、タクヤ・タカハシとしてふたたびここに戻ってきた。唯一わからないのは――」
アヤカは資料から目を離し、ぐるりと職員たちの顔を見渡した。
「――彼が何故幽霊屋敷に戻ってきたのかということ、それだけが空白のままだ。おそらくこればっかりは、本人から直接聞かないとダメだろう」
彼女は書類を置いた。
「ハヤタ・ツカサキに関しては以上。ほかに質問は?」
質問した女性パイロットが礼を言った。アヤカはもういちど全員の顔を見た。
「ほかには無い? では次に、我々の今後の方針について」
アヤカは片手を腰にやり、勇ましく立った。
「皆知ってのとおり、現在世界は『北米生存同盟』対『対北米連合』の図式にある。我々は以後、『対北米連合』がわに立つことになる」
室内の人間たちはどよめいた。アヤカは声を少し大きくした。
「静粛に。我々が連合側に立てば、連合が勝利した場合に他国から責められることは無くなり、同盟側が勝利した場合は、亡命したキタザワ大臣らを利用して、国体は維持できる可能性がある。これが国益を考えた結論だ」
(そんなの中途半端だ)シンヤは胸に熱いものがこみ上げるのを感じたが、言葉に出すことはしなかった。
「もちろん今後のことを考えて、連合への協力は、言い訳がたつ程度にしかしない」
シンヤに政治のことはよくわからないが、アヤカの考えは理解できた。だがそんなに上手くいくのか? ギャンブルをしないのは安心できるが、慎重になりすぎている気もする。
「どの程度の戦力を提供するかは、これから上と相談して決めるが、どうなるかはハッキリとは分からない。決定したらまた伝える」
連絡会は解散した。
「見えてきた」
誰かがこぼした。
リョウゴは椅子から立ち上がって、陸上戦艦の進行方向を映すディスプレイのひとつに歩みよった。無理矢理に明るく修正された、絵画のような風景の、ぼやけた地平線の向こうから、それが姿を見せはじめていた。
最初は山かと思った。それは余りにも巨大すぎた。しかし近づくにつれ、その山が太く短い十本の力強い足と、超長砲身の六つの主砲、さらにその周りに数えきれない程の機銃と砲を携えた、巨大な要塞であることが判った。その圧倒的な脅威と異様さに、見たものはみな無意識のうちに息をひそめた。
あれが『歩行要塞』か――リョウゴは興奮と、かすかな恐怖に身震いした。
北米生存同盟の所有する、核兵器を除いた世界最強の兵器にして、幽霊屋敷的な位置付けの組織の本部。
そして、俺の新しい家。
陸上戦艦は歩行要塞の真下に開いたタラップを上がっていく。巨大な機動兵器であるはずの陸上戦艦がおもちゃにしか見えないサイズ比に、物のスケール感覚が狂いそうだった。馬鹿げた大きさだ。フミオ・キタザワ『元』ジオ・ジャパン防衛大臣はそう思った。
「大鑑巨砲主義の極みだな。時代遅れだ」
「だけど、いまだに最強の座を譲ってない」
独り言をすぐ横でひろったのはハヤタ・ツカサキだった。彼は作業着からキタザワと同じブラックスーツに着替えていて、高級ブランドもののネクタイを締めていた。長めの髪は後ろで結んでいる。手首や耳にはシルバーアクセサリをじゃらじゃらと付けていて、キタザワにはそれが気に食わなかったが、彼は、これがキタザワのボディーガード兼補佐役として行動を共にする条件だ、と言って外そうとしなかった。キタザワはあきらめた。
キタザワが彼のネクタイが曲がっていることを指摘した直後、低速走行していた陸上戦艦がついに停止した。キタザワは髭を撫で、緊張した面持ちで息を長く吐いた。
「万が一のときは頼む」
「任せとけって」
ふたりは降車口へ向かう。ツカサキがボタンを押し、扉を開けた。
同じ陸上戦艦があと一ダースは入りそうなほど広大なドックへ、ふたりは降りた。目の前では正装の白人男性が数人、背筋をのばした姿勢のまま、並んで彼らを待っていた。
彼らのひとりが前に進み出て、敬礼をしてから言った。
「お待ちしておりました」
キタザワは頷いた。
「司令官殿は?」
「会議室にてお待ちです」
白人男性は一歩引き、キタザワの歩みを促した。キタザワたちは彼についていった。案内されながら、広く明るい廊下をしばらく歩くと、やがてある部屋の前にたどり着いた。
案内役の男性が、両開きの大きな木製の扉に手をかけた。
「ロックなどは無いのですね」
ツカサキが言うと、案内役が「この要塞に居るのは信用に足る者だけですから」と答えた。
「誠実に生きてきたかいがあったぜ」
「口を閉じろ」
ツカサキの軽口にキタザワが鋭く言った。ツカサキは肩をすくめた。
扉が開かれた。
そこは広い会議室だった。大きい楕円形のテーブルが中心に据えられ、それを囲む席にはすでに幾人かの、別の国からやってきた、キタザワと同じ目的でここにいる人間たちが座っていた。そして上座でやさしげな笑みを浮かべながら、机の上で指を組んでいる、スーツの男が、歩行要塞の司令官だった。彼はキタザワの姿を認めると、すばやく立ち上がり、満面の笑顔で近づいてきた。彼はキタザワの目の前に立つと、まず自己紹介をした。キタザワも名乗り返し、握手を交わした。
「ここには記者は居ませんよ」
男が冗談めかして言うと、キタザワは「信頼の証です」と微笑んだ。男は深くうなずいた。
「そう、信頼。この世で最も尊いものですね。では、お名前の札のある席へどうぞ」
キタザワはもういちど恭しく頭を下げて、席についた。それからしばらくのあいだ、目の前に置かれた書類を読んだり、水を飲んだりしていると、次々と部屋に人が集まってきた。彼らもキタザワと同じだった。国家を売って自らを生かそうとしているものたちだった。彼らは非難されるべきだろうか、とキタザワは考えた。
三十分も経たないうちに席は全て埋まった。キタザワは揃った面々をざっと見渡した。ジオ・統一南アメリカの上院議員、ジオ・新生ロシアの第一党党首など、そうそうたる顔ぶれが揃っていた。
「時間です」
中心の席の男が言った。彼は立ち上がり、まずは深々と頭を下げた。
「大変お待たせしました。お集まりくださった皆様に、あらためてご挨拶いたします。私が、北米生存同盟国防軍所属、歩行要塞最高司令官のジェイムズ・ウィルソン少将です。皆様の安全を保証し、勝利をもたらす者です。では早速ですが、皆さまの今後に関わるいくつかのことがらについて確認いたします」
ひと通りジェイムズが喋り、それから彼によって、集まった顔ぶれが紹介された。次に、現状の説明がなされ、ギフテッドたちだけのAACV部隊の編成をすることを確認した。それから数十分、さらに説明がされ、質疑応答の時間になって、とうとう、誰かからこの質問が出た。
「グラウンド・ゼロはどこにあるのですか」
この質問にジェイムズは笑顔で答えた。
「現時点でははっきりとは申し上げられません。実は、我々もまだ正確な位置は探し当てられていないのです。ですがこれだけは断言できます」
彼は息を吸い、言い放った。
「私たちはそこに最も近い」
あらゆる反論をゆるさないその断言ぶりに室内は沈黙した。ジェイムズはにっこり笑った。
「現在、世界中で地質調査を繰り返しながら、そのデータを基に要塞の進路を修正しつつ、進んでおります。そう遠くないうちに『グラウンド・ゼロ』は我々のものになるでしょう。いや――」
ジェイムズは両腕を広げ、確信に満ちた声色で言った。
「――我々のものになります」
「――彼らのものにだけは、させません」
同じころ、『対北米連合』の代表、東中国のタクトウ・トウは大部屋に集まった各国の代表たちに向かってそう言い放った。
「グラウンド・ゼロにあるであろう小惑星の『コア』は、全世界で共有すべきものです。彼らはそこをわかっていない」
トウはコップの水を飲んだ。
「皆様の惜しみない協力により、我々連合は、ついにあの歩行要塞を倒せるだけの力を得ました」
彼は諸手を広げ、熱のこもった目で言った。
「時は来ました。来る××日の現地時間午前零時、我々は歩行要塞に攻撃を開始します。世界の未来をかけた、負けられない戦いです。正義の力を結集し、勝ちましょう」
「とうとう来たか」
車椅子に座す「おろち」艦長タケル・ヤマモトはそう言った。
「ええ」
うなずいたのはアヤカ・コンドウだった。彼女は自分の机に座ったまま、指先で机をこつこつと叩いている。それが、彼女が考え事をするときの癖であることを、タケルは知っていた。
「予想より早い。まだキタザワ元大臣とコンタクトがとれていないのに」
「北米本国が妨害を?」
「どういう風な攻め方をしても、のらりくらりとかわしてくる」
アヤカはあからさまに不機嫌そうに眉間に寄せた。タケルは腕をくみ、唸った。
「こうなったら連合側の勝利を願うしかありませんか」
「願って物事がその通りに進むなら、猿から人間への進化はありえなかったわ。願いは裏切られるためにある」
「コンドウさんは、どっちが勝つと思っていますか?」
アヤカはちらとタケルを見た。彼はまっすぐにアヤカを見つめ返していた。アヤカは目をふせ、苦々しげに、言った。
「……本当に、わからない」
「そうですか?」
「君は?」
「私は連合が勝つと思っています」
ヤマモトは両手を頭の後ろにやって胸を張った。
「やはり戦いは数ですよ。歩行要塞は確かに単騎では最強かもしれませんが、内包する弾薬にも食料にも限りがある。不利です、間違いなく」
「長期戦になればね。その点は向こうも分かっているでしょう。だから彼らは短期決戦で臨むはず」
「短期決戦? 連合相手に?」
「実際に倒せなくてもいい。ただ相手に敗けを予感させられるほどの、圧倒的な結果を残せば、単なる利害関係のみで結ばれた連合は自壊するわ。私が北米生存同盟の作戦司令官なら、そこを狙う」
「それは北米側も同じでは?」
「歩行要塞はそんな結果にはならないわ。彼らには逃げ道がないのだから、死ぬまで一緒……」
アヤカは眉間をおさえた。
「しかし――」
「――最後に笑うのは我々、ですね」
タケルの言葉に、アヤカは冷たく笑った。




