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第十三話「ハヤタ・ツカサキ」

 さらに二日が経った。

 パソコンの前のアヤカ・コンドウは、けわしい顔をして画面を見つめていた。

 画面には好ましくないものが映っていた。

 北米生存同盟の歩行要塞が移動しているのだった。歩行要塞は先週、新生ロシアの基地を襲い、そのときにP物質の位置を土壌から探るメソッドを手に入れたのではないか、という疑いがかかっていた。歩行要塞はシベリアからゆっくりと南下をしていた。そして世界中の国々が欲してやまない小惑星の「コア」は、ユーラシア大陸のどこかにあるというのが定説だった。アヤカは、奴らはさっそく行動を起こしたのだ、と思った。

 今まで新生ロシアがメソッドを持ちながらも大きな行動を起こさなかったのは、軍事力で完全な優位ではなかったからで、もし「コア」を手に入れようと行動を起こせば、たちまち周囲の国がハイエナのように群がって、獲物を横取りされてしまう恐れがあったからだった。しかし軍事力において現在ナンバーワンの北米生存同盟ならば、そんなことはないはずだった。これで、この長い生存競争の決着は時間の問題になったな、とアヤカは思った。

 ついにきたのだ、決着の時が。はたしてジャパンはどう立ち回るべきか。あの老人はどうするのだろう。

 アヤカは自分の非力さが歯がゆかった。



「『アンデッド』?」

 タクヤがいぶかしげに聞き返すと、リョウゴはうなずいた。

 ふたりはラウンジでジュースとスナック菓子をぼりぼりと食べていた。今日はふたりとも全休で、とくにすることがないので、談笑していたのだった。ラウンジにほかに人はおらず、タクヤとリョウゴだけが、椅子に座ってだらけていた。

「そいつについて、何か知りませんか? タカハシさんは情報通だから」

 リョウゴのその言葉を聞いて、タクヤは腕を組みつつ苦笑した。

「そんな頼りにされても困るんだけどなー」

 彼はまんざらでもなさそうにはにかんだ。

 リョウゴはタクヤから目をそらさない。タクヤはちらとその目を見返して、諦めた風に頭をかいた。

「わかった。教えるからさ、んな目で見んなよ」

「ありがとうございます」

 タクヤは真剣な表情になって、テーブルの上に身を乗り出し、声をひそめた。

「まず『アンデッド』っていうのは、個人のアダ名じゃない。『アンデッド』っていうのは、P物質の波動への完全な耐性を獲得した人間全員を指す言葉なのさ」

「だから三年後も死なない?」

「ああ」タクヤは頷いた。

「見分ける方法は?」

「無いな。どうやらそれは後天的みたいで、耐性を獲得する以前に、そうだ、と見分ける方法は無い。唯一の特徴は――」

 言いかけて、タクヤは「あー」とうめいた。リョウゴはどうしたのかと訊いた。タクヤはその質問には答えず、逆にリョウゴに訊いた。

「リョウゴ、おまえさ、シンヤのことをどう思ってる?」

「え?」

 リョウゴは予想していなかった返しに言葉が詰まった。どう答えればいいのかリョウゴはわかっていたし、そう答えたかったが、なぜか言葉が出てこなかった。タクヤはそんなリョウゴの様子を見て、静かにうなずいた。

「リョウゴ、『アンデッド』の特徴を教えてやるよ」

 タクヤはにやりと口端を吊り上げた。その笑顔がなんだか邪悪なものに見えて、リョウゴは身震いした。

「『アンデッド』はな、その全員が『ギフテッド』なんだ」

 リョウゴは彼の言わんとすることを理解してはっとした。

「じゃあ――」

「――もちろん『ギフテッド』が全員『アンデッド』になるわけじゃない。ただ『アンデッド』になれるのは、『ギフテッド』だけだ。理由は解明されていないけど、全員がそうだ」

 リョウゴはタクヤの言葉を頭の中でくりかえした。何度も何度もくりかえすうちに、奇妙な激しい感情が胸のうちに湧いてくるのを、リョウゴは感じた。その正体がわからずに、すがるような気持ちでタクヤを見ると、彼の茶色の瞳と目があった。彼はまばたきもせず、まっすぐにリョウゴを見ていた。その視線は吸い込まれるようでもあり、つらぬかれるようでもあった。リョウゴは絶句し、固まってしまった。

「いま、お前が感じている気持ちの名前を教えてやるよ」

 静かに、タクヤが言った。リョウゴはなんだか息苦しくなってきていたが、それでも目をそらすことはできなかった。

「それは『憎悪』だ。お前はあいつを憎んでいる。唯一無二の親友であるシンヤ・クロミネを、憎んでいる」

 タクヤはそう言った。リョウゴは何も言い返せなかった。タクヤは続けた。

「お前は『アンデッド』になる条件を聞いたとき、こう思ったんだ。

『シンヤには死をまぬがれる可能性があるのに、自分にはない』

 シンヤは間違いなく『ギフテッド』で、お前は『ギフテッド』じゃない。つまり三年後、おまえの体がおかしくなって、血反吐を吐きながらのたうち回るのを、シンヤはどこも痛くない体で見下ろしているわけだ。あいつはお前が死んだあとも、のうのうと生き続ける。大人になって、老人になり、みんなに見送られながら、幸福のうちに、死ぬ。そのときには、医務室のベッドでひとりみじめに死んでいったおまえのことなんて、これっぽっちも覚えていない」

「あいつはっ!」

 リョウゴは悲痛な声で叫んで、椅子から立ち上がった。しかし依然としてその視線はタクヤの目に貼りついたままで、手足はぶるぶると震えていた。目は見開かれ、唇は青ざめていた。

「『あいつはそんなやつじゃない』か?」

 タクヤはますます邪悪な笑みを浮かべて言った。その表情はどこか楽しんでいるようにも見え、リョウゴは恐怖した。

「リョウゴ、お前はあいつの何を知っているんだ? シンヤから聞いたけど、たかだか一年ちょっとぐらいの付き合いだそうじゃねぇか。お互いに幻想を抱いている可能性は考えないのか? あいつが『ギフテッド』に認定されて、専用の機体を受け取ったとき、なんて言ったか教えてやろうか。『これでリョウゴを守ってやれる』だ。おまえはシンヤの足手まといなんだよ!」

 タクヤの言葉が胸に刺さって、リョウゴは足から床に崩れ落ちた。彼は深く頭を垂れ、両肩を震わせていた。タクヤはやさしい声色になって言った。

「だがリョウゴ、冷静に考えてみろ。おまえがシンヤに憎悪を抱いたのは、全然非難されることじゃないだろう。むしろ当然のことなんだ。誰だってそうさ、自分が大切な人だと思っていた相手なのに、相手にとって自分がそうじゃなかったなんてショックだし、そりゃあ憎むさ。まっとうな反応さ」

 タクヤは椅子からたって床にしゃがみ込み、リョウゴと視線の高さをあわせると、その肩をやさしく叩いた。リョウゴは顔を上げた。その顔は涙と体液でぐちゃぐちゃだった。タクヤは微笑んだ。

「だがちょっとここで考えてみようぜ。そもそも『大切な人』ってなんなんだろうな?」

 リョウゴの目に疑問の色が浮かんだ。タクヤは微笑んだまま続けた。

「『大切な人』ってのはさまざまだ。親友、家族、恋人……いろんなかたちがあるけれど、じゃあ、それらに共通することってなんだろうか。わかるか?」

 リョウゴは首を振った。まともにものを考えられる状態じゃなかった。タクヤは言い聞かせるように語りかける。

「いいか、それはな、『利害関係』だ。およそすべての人間関係はこのひと言に集約されるんだ。

親友なんてものはな、自分にとって、なにか有益なものを提供してくれる人間のことを指す言葉にすぎない。それはカネやモノじゃなく、『居心地の良さ』だとか『面白いこと言ってくれる』だとか、そういうものだ。つまりテレビやベッドと同じようなもんさ。

 家族もそうだ。お前の家族はお前を愛してくれただろうが、はたして『家庭』という社会的なシステムと、生物としての本能がなければ、きっと愛してはくれなかったぜ。しかもお前はもう十七才だろう、立派な大人の男だ。『子供を守る』という親の本能はとっくに停止してるさ。じゃあなぜお前は家族の一員たりえていたのか? それはな、たんに社会的な責任と自分たちの老後の世話のためにすぎない。そうでなくちゃ、お前は家計を圧迫するだけのガン細胞さ。

 恋人にいたってはもう完全に本能だ。おまえの脳味噌のもっとも原始的な部分――カエルやヘビと同じ部分が反応して、快楽物質を出しているだけさ。おまえはその快楽物質のために異性を求めているにすぎない。愛情だとか、そんなものは、あとから無理やり理由付けしたハリボテにすぎないのさ。

 愛や友情なんてものは、すべて、動物的な本能と、利害関係の露骨さをごまかすために、誰かが言いだした幻想さ。映画や小説でそういうものを扱ったものが商品として成立するのは、それが希少で、普通ならまずありえないものだからさ! 人と人との関係はすべてが利害関係だ。ということは、なにかで代用できたりもするし、状況が変化すれば簡単に崩壊する。そう、ちょうど、おまえと、シンヤの関係のようにな」

「もうやめてくれ!」

 リョウゴは悲鳴をあげた。タクヤは言葉を次ぐのをやめて、肩をすくめた。

「俺に……どうしろっていうんだ……」

 リョウゴは嗚咽しながら言った。タクヤは立ち上がり、リョウゴを見下ろした。

「『ハヤタ・ツカサキ』を待て」

 リョウゴ聞き覚えのある名前に目を瞬かせた。

「やがて『ハヤタ・ツカサキ』が幽霊屋敷にやってくる。やつは『アンデッド』だが、おまえを導いてくれる人間だ。おまえのあらゆる望みを叶えてくれる」

「その人はいつ来るんですか」

「なぁに、すぐさ。本当に、すぐだ」

 タクヤ・タカハシはにやりと笑った。その表情はなによりも頼もしくリョウゴの目に映った。



 デスクの上の電話が鳴った。

 老人は事務処理を中断して、個人認証後、素早く受話器をとって耳に当てた。この電話にかけられる相手は限られている。そしてその相手は他国の要人しかありえなかった。

 老人の心は決まっていた。しかし望む結果を得るには慎重に立ち回らなければならないこともわかっていた。それは剃刀の上を滑るような行為だった。そういう時、老人は不敵に笑うことにしていた。相手を笑い、見下すことで、何事にも動じない精神を一時的に得るのだった。彼はこうして、ジオ・ジャパン政府の防衛省の大臣の地位へとのぼりつめたのだった。

 老人は受話器を握ったまま、革の背もたれへ身を埋めた。不敵に笑った。

「こちらはジオ・ジャパン政府、防衛省大臣、フミオ・キタザワです。そちらは?」

「失礼、申し遅れました。こちらはジオ・東中国、中軍委主席、タクトウ・トウです」

 筋の通った男の声が返ってきた。キタザワは素早く考えをめぐらせた。

「直通回線でお電話くださったということは、重要な用件と考えて構いませんね」

「もちろんその通りです。ですがその前に」

「承知しております。では、確認いたします」

 キタザワは息を吸った。

「この直通回線は秘匿回線であり、いっさいの通信内容の記録、及び第三者による内容の把握を認めておりません。これらに反しますと、相手方からの信頼に対する重大な裏切り行為となることを、ここに確認いたします」

「確認しました。ジオ・東中国と、私、タクトウ・トウはこの通信において、貴国からの信頼を決して裏切らないことをここに誓います」

「深く感謝いたします。こちらジオ・ジャパンも、貴国からの信頼に決して背かないことを誓います。では、用件をどうぞ」

「では、早速用件を述べさせていただきます。貴国は、北米生存同盟の歩行要塞が新生ロシアの施設を襲撃し、そこで得られたある技術によって示された地上の地点へ向かって、昨日から移動していることは、ご存知でしょうか」

「存じております。その『ある技術』というものがどういったものかも、こちらは既に把握しております」

「おお、でしたら話が早い」

「と、言いますと?」

「北米生存同盟の実力は貴国も既に十分に承知していらっしゃるでしょう。彼らが本気になれば、我々などはひとたまりもない。これは我が国のみではなく、西中国、インド、統一EU、その他の多くの国々も同じく抱いている意見です。貴国はどう思われますか」

「まったくもって正しい意見だと考えます」

「ええ。そこで我々は軍事的な連合を結成し、歩行要塞、ひいては北米生存同盟に対抗しようと計画しております。つきましては、貴国の連合への参加をお願いしたく、ご連絡いたしました」

 やはりか、と思ってキタザワはニヤリとした。

「ありがたいお話です」

 キタザワは言った。

「連合参加の代償は、歩行要塞の到達阻止と『技術』と考えてよろしいですね?」

「ええ。もし仮に理想的な形で歩行要塞を止められたならば、即座にその技術とデータを分配し、連合は即時解散します」

「その後は、いつもの通り早い者勝ちで?」

「もちろん。しかしご心配無く。我が国は公平ですので」

 トウの含み笑いが聞こえた。

「他の参加国は――」

「その件につきましては、二時間ののちに、正式な連合参加の依頼書と共に、リストを送付させていただきます。参加するかどうかの決定もその時にお願いします。今回のこの電話は、そちらが決定をスムーズに行えるようにするためのものですから」

「わかりました。検討いたします」

「用件は以上です。良い回答を期待しております。お忙しい中ありがとうございました」

「こちらこそ、お声かけくださってありがとうございます。では、失礼いたします」

 キタザワは静かに電話を切った。緊張が解けて、長く息を吐いた。それからキタザワはすこし考えて、再び受話器を耳に当て、内線のボタンを押した。ダイヤル音がしばらく続いた。

「はい?」

 間の抜けた青年の声が受話器の向こうから飛び出した。キタザワは幾分か柔らかい表情で言った。

「私だ。そろそろ例の計画を実行する時だ」

 キタザワが言うと、相手は嬉しそうな声を上げた。

「状況は想定したとおりになった。あとはコイントスだけだ。詳しく話し合いたいから、後で私の部屋に来い。頼むぞ、ツカサキ」

「合点承知だぜ」

 ハヤタ・ツカサキは受話器の向こうで口元をゆがめた。


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