第十話「ギフテッド」
「整列!」
アヤカの号令が飛んだ。シンヤは他のメンバーと同時に、音を立てて踵を揃えた。
シンヤたちはAACVドックとはべつの、陸上戦艦を収容するための、さらに広大なドックに集合していた。端から端が見えないほどに広大な広さのこのドックには、最大で四隻の陸上戦艦を収容できるらしかったが、今、ドックに停泊しているのは、艦体の側面にひらがなで「おろち」と書かれた一隻だけだった。シンヤは横目でちらりとその艦体を見た。
「おろち」はアヤカの説明によると、地下都市国家ジオ・ジャパンが所有する、最大の陸上戦艦らしかった。独特なのは全体の構造で、完全に役割を分担された車両を、列車のようにつなげたり減らしたりすることで、艦体の旗艦としても、駆逐艦としても運用できるというものだった。またその特徴が名前の由来にもなっているそうだった。小山のように巨大なひとつひとつの車両は、ぶ厚そうな直方体の装甲の下に、無限軌道と長いスキー板をつけたような見た目をしていて、いかにも陸上戦艦らしかった。それを基本として、各車両の役割に応じて砲塔がたくさんついていたり、中からAACVが飛び出すためのシャッターがついていたりした。
「謹聴!」
号令があって、シンヤは視線を前方に戻した。シンヤたちの前に立っているのは、いつもの通りアヤカ・コンドウだったが、今日は彼女の隣にもうひとりいた。
彼は中年の男性で、電動車椅子に腰かけていた。服装はアヤカのようなスーツでも、シンヤたちのような地味な服でもなく、本物の軍服だった。その顔つきは険しく、常に眉間には皺がよっていて、彼の厳しい人格を物語っていた。首回りと腕はおどろくほど太く、彼の日々の鍛錬の激しさをうかがわせた。彼の名前はタケル・ヤマモトといった。彼こそが「おろち」の艦長だった。タケルは太く力強い声でシンヤたちに言った。
「今回の出撃は予備日を入れて四日の予定だ。すでに昨日からホッカイドウの地下都市直上付近に停船し続けている、ジオ・新生ロシアの陸上戦艦を一隻、追い払う。敵はこちらからの度重なる退去命令にもかかわらず停船し続けている。これは我が国の国民の安全を脅かすきわめて重大な侵犯行為であり、我がジオ・ジャパン政府に対する侮辱だ。敵の本国に問い合わせても返答はなし。しかも間の悪いことに、先の同敵国とのP物質を巡る小競り合いによって、周囲の基地の陸上戦艦やAACV部隊は弱体化している。そこで威嚇の意味も込めて『おろち』が出ることになった。到着は今からおよそ十五時間後で、会敵は夜中になる。君たちは各自休息をとって備えておくことだ。おそらく敵の抵抗がある。確認できた限りでは、戦力は大したことがないが、しかし君たちには一切の油断をせず任務にあたってもらいたい。全員揃っての帰還が艦長であるわたし、そして幽霊屋敷全体、ひいては全国民の望みだ。以上だ」
タケルの語り口には風格があり、彼の輝かしい経歴をうかがわせた。
「以上! 総員乗船せよ!」アヤカが叫んだ。
仲間たちは一斉に散っていった。
シンヤも発艦準備に取りかかろうと走り出した。その直後、だれかに背中をぽんと叩かれた。視線を向けると、整備員のツナギを着たタクヤ・タカハシが並んで走っていた。彼は頭をタオルで覆って、長めの髪を邪魔にならないようにしていた。
「俺も一緒だ、よろしくな」
「はい、頼りにしてます」
「生きて帰ってこようぜ」
「ああ」
それから手を軽く上げて挨拶を交わすと、タクヤは足早に他の整備員たちのなかに紛れていった。シンヤはタラップから乗船し、あらかじめ指示されていた作業を終えた。そのとき、艦内スピーカーからタケルの声が響いた。
「準備が完了した。これより十分後に発艦する。地上に出次第、点呼と各種確認を行うので、各員は作戦会議室に集合すること」
轟音と共に巨大な船体が揺れるのが見えた。ドック内は警告灯のオレンジの光とサイレンの音に満たされ、既にだれの姿も無かった。やがてドックのゲートが開いていった。「おろち」の無限軌道が床に歯を立てて、その巨体を動かし始めた。
その様子をモニター越しに眺めていたリョウゴは、ちいさく呟いた。
「もう、死ぬなよ」
そしてリョウゴは何を思ったか、おもむろに自分の頬を殴り付けた。
チューブに入ったペースト状の昼食を胃に流し込みながら、長い休憩をもらって船室に戻ってきたシンヤは、どうやって時間を潰そうかと考えていた。カレー味のペーストは美味しかった。
固く狭い二段ベッドが四つ並ぶ船室では、シンヤの他にシマダが休憩をとっていた。彼はシンヤのベッドの向かいにある、自分のベッドにうつぶせに寝転がって、何やら文庫本を読んでいた。
シンヤは彼の読書の邪魔をするのも悪いかと思って、話しかけることはせず、代わりにずっと自分のベッドの上で音楽を聞いていた。音楽プレイヤーから流れているのはロック・バンドの激しい演奏だった。この曲が最後に家族と会った前日に聴いていたものだということを思い出して、シンヤはすこし気分が沈んだ。そして曲を変えた。家族のことなんか思い出したくもなかった。その気持ちを今はっきりと自覚したシンヤは、自分がいつの間にか家族のところに帰りたいだなんて、もうすっかり思わなくなっていることに気づいた。
悲しくはなかった。むしろ当然のことにようにシンヤには思えた。家族にとって自分はもういない人間であるのだ。そして自分には未来は残されていないのだ。いまさら家族のところへ戻っても、彼らを絶望させるだけなのはわかっていた。
頭を傾けると、ゴキゴキと首が重い音を鳴らした。疲れているのかもしれなかった。シンヤはやがてくる戦いのときまで眠ることにした。
そして戦いのときがきた。
深く鼻から息を吸うと、ヘルメットの緩衝材と、染み込んだ汗の臭いが感覚を奪った。操作レバーに触れて、手袋ごしにもよく馴染むその造形の妙をじっくり味わった。目を閉じた。自分の感覚が身体から溶け出して広がっていき、あたかも自身がAACVになったかのような錯覚に浸った。
操縦席内は静かだった。
シンヤの目の前のモニターには「おろち」のAACV格納車両の、分厚い金属の内壁が大写しにされていた。あと数分も経たない内に、「おろち」の最後尾に連結されているAACVの格納車両のハッチが開き、それと同時に、車両が切り離される予定だった。そうなればついに戦闘開始だった。シンヤはまたあの恐ろしい感覚を味わうことになるのかと思った。しかし彼の胸をざわつかせているのは、恐怖ではなく興奮だった。命が脅かされる感覚は、感じたときはこれ以上ないほどにおそろしく、不快なものだったが、不思議なことに、時間が経って思い返すほどに、まるで遊園地の絶叫マシンの思い出のように感じられるのだった。シンヤはもうすぐそれをまた感じられると思うと、その瞬間が待ち遠しかった。
「こちら艦長」
先頭車両からの通信が入った。シンヤは気を引き締めた。
「あと一分で敵の間合いに入る。AACV各機発進準備」
シンヤはすでに立ち上がっていたシステムを再確認した。モードが戦闘モードに移行しているのを何度も確認した。右腕に握られているアサルトライフルに徹甲弾が装填されていることを確認し、動作に異常がないかを確認した。エンジンの出力が上昇し、重い振動がシンヤの寝そべるシートの下から伝わってきた。シンヤは長く息を吸い、吐き、それから止めて、そのときに備えた。
通信機から、船員の落ち着いた声が飛び出した。
「AACV部隊、出撃カウント開始します。カウントは十から。十、九、八……」
目の前のハッチは一瞬で上へと開いた。その向こうで、無明の闇が大口を開けてシンヤを待ち構えていた。
「五、四……」
唇を舐めた。
「二、一、発進!」
その言葉を合図に、シンヤはペダルをめいっぱい踏み込んで、他の五機の味方とともに格納車両の左右から一斉に飛び出した。同時に、前の車両から分離した格納車両を置いてきぼりにして、AACV達はすでにレーダーに映っている敵艦にむかって飛行を始めた。シンヤは出力を上げ、スピードで劣る中量型AACVである、他の四機の味方たちをひき離していった。唯一シンヤ機と並んでいるのは、シマダの乗る、シンヤの乗機と同じ高機動型のAACVだけだった。
シンヤは遠方からの殺気を感じ、素早く操作レバーを倒して機体を空中で踊らせた。シンヤとシマダの間を火の玉がすり抜けていった。
シンヤが落ち着いてAACVの軌道を戻しつつ、アサルトライフルを構えると、遠方に敵の陸上戦艦が小さく見えた。さらにそれから空へ向けて放たれる、真っ直ぐなミサイルの白煙も見えた。そしてそれとは別に接近してくる大きな影もシンヤは察知した。シンヤは数発、その影に向けてアサルトライフルを撃った。影は機体を空中でクルリと回転させて、見事にそれを避けた。どうやらあの影――新生ロシアのAACV――の運動性はかなりのものらしかった。
シンヤは敵のライフルの弾を、自機の高度を少し上げることで避けてみせた。その直後、シンヤ機のすぐ下を、ジャパンの高機動型と似ている、敵のAACVがすり抜けていった。
シンヤは素早く機体を翻らせ、ロックオンも完了しないまま、その敵を後ろから追ってアサルトライフルを撃った。当たったかはわからなかった。
シンヤはさらにすぐさま機体を反転させ、もとの進行方向に機体の正面を向けた。それからすぐ直感にしたがって高度を下げ、敵艦の機銃からシンヤに向けて放たれた弾丸のシャワーを潜り抜けた。
敵艦はもうすっかり近くなっていた。
シンヤは速度を落とさずに、灰煙をあげつつ、地上スレスレから一気に、敵艦の上方へと回り込むコースをとった。そうしてカーリングのストーンのような外見の敵艦を見下ろした直後だった。機体のすぐ横を火の玉が掠めて、画面の映像を一瞬揺らめかせる!
まるで実際に側頭部を弾丸が掠めたかのような感覚に、シンヤは髪の毛を逆立たせながら、発射元に視線を飛ばした。そこに居たのは、長い砲身の大砲を構えた、敵の重装型AACVだった。その敵は自分たちの戦艦を守るべく、その上で、近づく敵を撃ち落そうと待ち構えていたようだった。敵は艦の上を滑るような回避軌道をとったが、シンヤが放った弾丸は命中した。しかし厚い装甲には効果が薄いように見えた。そのとき、シンヤは自身の側面から接近する新たな敵意の存在を直観した。シンヤは素早くそっちを振り向いた。
艦の上の敵に気を取られているあいだに、すぐそばに敵の中量型AACVが近づいていたのだった。その敵は超高熱剣をすでに抜きはなっていて、シンヤに対して必殺の一撃を放とうとしていた。シンヤはぞっとした。なんとか避けようとペダルを踏み込んだが、間に合いそうになかった。
そのとき、その敵AACVの肩スラスターが爆発し、空中で姿勢を崩した。思いがけず大きなチャンスを得たシンヤは、素早くその敵に銃口を向けて引き金をしぼった。相手のAACVは無数の孔を穿たれ、爆散した。直後、シンヤの機体のそばをすり抜けたのは、味方の中量型AACVだった。
シンヤは礼を後回しにして、機体の姿勢を立て直した。真下から放たれる敵艦の対空機銃の攻撃を、高速のジグザグ軌道で振り切った。
シンヤは敵艦から少し離れたところで大きく旋回し、再び敵艦の方向へ向かった。シンヤを撃ち落さんと銃口を向ける、いくつかの敵艦の機銃と、その上で撃破されるの味方の姿が見えた。
敵機銃の攻撃を肩スラスターで素早く避けると、いきなりその機銃の群れが、周りの敵艦の装甲ごと吹き飛ばされて無力化された。
ちらりと視界の端に映ったあの火球は「おろち」の主砲だろうとシンヤは思った。火球が直撃した敵艦の側面には、大きな穴が開いて、その周辺は火にまかれていた。シンヤはそのすさまじい威力に舌を巻いた。そしてそれと同時に、あれで敵艦に死角ができた、とも思った。シンヤはスラスターを吹かし、低空で敵艦の大穴へと飛んでいった。あそこからさらに攻撃をくわえれば、敵艦を落とすことも夢ではないはずだった。どこかを飛んでいたシマダも同じ考えのようで、敵艦を大きく回り込んで、その大穴に向かっているのが見えた。直後、シマダの機体が爆発した。
シンヤは突然のことに少し驚きつつも、敵の居ると思われる方向を見た。なぜか背筋が凍るような感覚があって、反射的に機体を翻らせた。一瞬前までシンヤの居た空間を、無数の弾丸が通りすぎ、地面に着弾して灰の柱をいくつも立てた。
発射元には敵のAACVが居た。その機体はシンヤのものと良く似た高機動型AACVだった。
白地に赤の派手なラインを入れた、特別なカラーリングの装甲だった。持っているのは銃身の短いマシンガンで、鋭角的な装甲が描くシルエットは、巨人というよりも、太古の翼竜の様な印象を受けた。
(なんだアイツは――)
そんな考えが頭をよぎったときには、すでにその敵はシンヤに接近しながらマシンガンを乱射していた。機体が速いので、放たれたマシンガンの弾たちは大きな光の曲線を空中に描いた。その光の線が、薙ぎ払われる刃のように見えて、それを飛び越えるようにシンヤは機体を急上昇させた。だがシンヤの足下をすり抜ける敵は、シンヤの回避軌道を正確に捉えていた。連続した衝撃が尻の下から襲ってきた。シンヤ機の左右どちらかの足が、マシンガンの射撃を受けたのだった。
悠長に損傷を確認できるはずもなく、シンヤはとりあえず敵の姿を追いかけながら機体を翻らせた。そしてシンヤは驚愕した。
あの白い敵は自分とすれ違ったはずだった。普通、いくらAACVといえど、普通は進行方向の真後ろへ方向を転換するときは、空中でいったん速度を落とし、慣性に任せつつ大回りで機体の方向を修正しなければならない。だから普通に考えれば、今すれ違った敵と自分との距離はそれなりに離れていなければならないはずだった。だが、敵はシンヤの目と鼻の先にいたのだ!
シンヤは画面一杯に広がった敵影から逃れたい一心で操作レバーを倒し、わざと自機のバランスを崩した。そのおかげで敵が横ざまに薙いだ高熱ナタは、シンヤの機体の左腕を両断しただけだった。
シンヤはでたらめな姿勢のまま空中を舞い、ライフルを握る右腕が無事だったことと、地面に墜落する前に高度を持ち直すことができた幸運に感謝しつつ、敵からなんとか距離をとろうと考えた。
敵は高熱ナタを再び腰に収め、肩のスラスターの推力のみで強引に機体の正面をこちらに向けていた。シンヤはその動きを見て、数秒前の敵の不可解な動きを理解した。
敵は中距離を保ったまま、シンヤにマシンガンの射撃を浴びせようとしてきた。なんとかそのまえに機体を立て直したシンヤは、右方向に飛びつつライフルを撃ち返した。お互いにかすりもしなかった。敵の回避は的確だった。だがその回避の動きのために一瞬、射撃が止まった。シンヤはそれに乗じて、背中を見せないように距離を離すことに成功した。
「――こえているのか! クロミネ!」
タケルの怒声にハッとした。いつのまにか通信が入っていた。
「目的は達した、撤退しろ!」
シンヤは思わずえっ、と声をあげた。
「今回は敵を撤退させるに十分な損害を与えることが目的だ!」
タケルの言葉の怒気にシンヤはすこしたじろいだが、それでもシンヤの昂った神経を鎮めることはできなかった。シンヤは敵艦を見た。敵艦は方向を転換し、たしかに撤退しようとしていた。
さっきの白い敵は艦に空いた大きな穴を守るように、その前に移動して空中で静止していた。襲ってくる様子はなかった。シンヤの両目はその敵に吸い付いて離れなかった。
「あの野郎」
シンヤの心は煮えたぎっていた。どこの誰だか知らないが、あの余裕たっぷりな佇まいが気に入らなかった。今、ここで墜としてやる! とシンヤは思った。
ペダルを強く踏みつけて、シンヤは敵に向かって飛んだ。タケルが何か叫んだが、耳に入らなかった。シンヤの顔は熱かった。
アサルトライフルを構えて突進してくるシンヤを見て、敵はマシンガンを構えた。二機は同時に発砲したが、共に相手を傷つけることは出来なかった。
シンヤは肩スラスターによって自機の軌道を無理やりねじ曲げ、弾丸の刃を確実に避けつつ、敵との距離を詰めていった。敵は距離を保ちたいらしく、後退しつつも銃を乱射してきた。シンヤはまた方向転換してそれを避けた。
シンヤは舌打ちした。これではとても近づけそうになかった。おまけに敵はしっかりと戦艦の大穴にシンヤを近づけさせないように牽制もしていた。つまり全力じゃないのだ。実力の差は明らかだった。だが大きな実力の差がはっきりわかるということが、かえってシンヤの闘志を燃え上がらせた。
そのとき、シンヤは危険を感じて肩スラスターを吹かし、空中で機体を側転させた。シンヤのいた場所を弾丸が通り過ぎた。別の方向からさらに一機、敵の中量型AACVが襲いかかってきていたのだった。その敵はすでにかなりのダメージを受けていて、機体のところどころから火花を散らし、剥げた装甲をこぼれおちた臓物のように脇腹からぶら下げていた。その敵を見たシンヤの頭に、ある考えがひらめいた。
シンヤはその中量型にあえて狙われるように前を横切って、いったん白いAACVから距離をとった。中量型が自分を追いかけられるよう、シンヤはあえて速度効率の悪い軌道をとった。空中を踊りつつ、しかし速度は控えめに大きく旋回して、それからタイミングを見計らって、シンヤは再びさっきの白いAACVに向かって突撃した。
白い敵、シンヤ、弱った中量型が空中で一直線に並んだ。
その瞬間、シンヤは肩スラスターで強引に、しかし一瞬で、満身創痍の中量型の背後に回り込み、そのエンジン部分に弾丸を撃ち込んだ。見事に全弾直撃した敵は大きく爆散した。その光景を見ていた白い敵は、てっきり相手は自分たちを同士討ちさせようとしているのかと思っていたので、予想を裏切られたために、シンヤの次の行動への対応がほんの少しだけ遅れた。それでもこのAACVのパイロットなら、問題無いレベルの遅れだった。予想外の出来事がこれだけだったならば。
爆発の炎の中を突っ切って、何かが白い敵に向かって飛んできた。
白い敵は反射的にマシンガンを向けて乱射した。当たった――しかしそれはシンヤの機体ではなかった。それはシンヤ機の持っていたはずの、AACV用アサルトライフルだった。相手はライフルを炎越しに投げつけてきたのだと、白い敵はそのタイミングでやっと敵の策を理解した。しかし遅かった。シンヤは、そのときにはすでに白い敵の真下から肉薄していた。
シンヤは雄たけびをあげた。
「あぁっ!」
シンヤのAACVの右腕には高熱ナタが握られていた。
シンヤの目眩ましは三段階あったのだ。まず一段目、敵中量型AACV撃破の爆発による、単純な光の目眩まし。そして二段目、爆散した敵機の破片による白い敵のレーダーへの目眩まし。最後に三段目、投げたアサルトライフルへマシンガンを撃たせることによる、パイロットの意識への目眩まし。この三つの目眩ましによって、三手、相手の先をとったシンヤは、敵の真下にまわりこむことができ、高熱ナタを敵機の足に食い込ませることができたのだった。
シンヤの高熱ナタは敵の機体を溶解させながら、素早く腰、背中の順にさかのぼり、最後に肩口から飛び出した。逆袈裟に両断された白い敵は爆発、炎上して地面に堕ちた。シンヤはその爆風に煽られて危うくバランスを崩しかけたが、飛行しつつ立て直した。そしてシンヤは、敵艦からの追撃を受けないうちに、飛び去った。
頬に重い痛みが走った。
目の前に立つタケルの補佐官は、振り切った手を後ろに戻して、そのまま電動車椅子に座すタケルの傍らに移動して、そこに佇んだ。舌に鉄の味が感じられて、口の中が切れたのだな、とシンヤは思った。
タケルはシンヤに直立不動を指示しながら、艦長の証である帽子を被り直した。
「シンヤ・クロミネ」
彼の語調は重々しかった。
「なぜ命令を無視した」
シンヤは沈黙したままタケルを見た。その瞳からどんな感情を読み取ったのか、タケルは深く、あきれたような息を吐き、顎を引いてシンヤの目を覗き込んだ。
「いいか、お前の命はお前のものだ。何に使おうがお前の勝手だ。だがな、俺たちの命は俺たちの命だ。お前に勝手にされるいわれは無い。わかるか」
「はい」
シンヤはただ返事をした。悪かったとは思っているが、素直に謝る気にはなれなかった。タケルは続けた。
「お前の馬鹿な行動のせいで四分、戦闘領域からの離脱が遅れた。四分だ。お前は四分も余計に全員の命を危険にさらしたんだ」
「……はい」
「……本当にわかっているのか!」
シンヤの単調な受け答えに、タケルはとうとう怒鳴り声をあげた。しかしそれでもシンヤは、なぜここまで叱られなければならないのか、わからなかった。幽霊屋敷のために敵を殺したのだから、ほめられてしかるべきだとシンヤは思っていた。少なくともアヤカならきっとそうしてくれると思っていた。シンヤは彼の怒りに燃える瞳から顔をそむけ、小さく「はい」と答えた。
しばらくの間、タケルは無言でシンヤの横顔を睨んでいたが、やがて舌打ちをして、追い払うように手をひらひらさせた。
「もういい、行け」
「はい」
シンヤは静かにタケルに背を向け、艦長室を出ていった。
シンヤは「おろち」の廊下を船室に向かって歩いた。なぜか途中で全然、ほかの人間とすれ違わなかったが、それは今のシンヤにはむしろありがたかった。しばらくひとりになりたかった。疲れていたのもあったし、なによりもはじめて殺人を犯したにもかかわらず、少しも心が痛まないのはなぜかをじっくり考えたかった。シンヤは船室の扉を開けた。
すると、その向こうから複数人による大きな拍手が飛び出して、シンヤは呆気にとられた。
「おめでとう!」
そばにいたパイロットらしき青年がシンヤの背中をばんと叩いた。シンヤはよろけて、整備員の女性に腕を掴まれる形で支えられた。
「大丈夫?」
「はぁ、まぁ」
「いやーお前マジスゲーよ!」
そう言っていきなり前から両肩をつかんできたのはタクヤだった。その目はぎらぎらと輝いていて、シンヤはちょっと気持ち悪いと思った。
「あのすいません、ちょっと」
シンヤは申し訳なさそうに周囲を見渡した。
「ん? 体調悪いか?」タクヤが言った。
「いや、じゃなくて」
シンヤはタクヤの手を払い、二段ベッドの下の段に腰かけ、頭を抱えながら周りに訊いた。
「その、なんでこんなことされてるか、わかんないんですけど」
シンヤがそう言うと、部屋の中の空気が妙な具合になった。タクヤがえっ、という顔をして、おそるおそるシンヤに訊いた。
「あの白に赤のラインのAACVを墜としたの、お前だよな?」
シンヤは頷いた。
「やっぱそうじゃねーか!」
タクヤはそう大声を上げて、シンヤの隣に腰かけ、その背中をバンバンと叩いた。けっこう痛かった。
「そうですけど、それがどうかしたんですか」
「お前、自分がどんなやつと戦ってたのか知らなかったのか?」
シンヤを取り巻く中のひとりがそう投げかけた。シンヤは頷いた。
「マジかよ……」
船室内はどよめいた。タクヤがシンヤの顔を覗き込んで言った。
「お前が墜としたあの機体は『雷帝』だよ」
「はい?」シンヤは訊きかえした。タクヤは熱のこもった声で説明した。
「雷帝は新生ロシアのエースパイロットのひとりなんだよ。出てきたのはちょうど一年前で、撃墜数はどんなに少なく見積もってもすでに十五だ。そいつを、まだAACVに乗りはじめて一週間ちょいのお前が、墜としたんだ」
念入りに説明されても、シンヤにはいまいち実感が欠けていて、「はぁ」としか言えなかった。
タクヤがあきれるような表情を見せた。
「『はぁ』ってお前……たとえるなら、先週初めてボールに触ったようなド素人が、本気の野球選手から空振り三振とるようなもんだぞ?」
「はぁ」
「オイオイ……」こりゃだめだ、とでも言いたげな仕草をタクヤはしたが、彼はさらに続けた。
「しかもお前は雷帝だけじゃなく、他に二機のAACVを墜としてる。これはマジにスゲーことなんだぜ! あっという間に撃墜数三だ!」
「そうなん、ですか」
「そうなん、だよ」
ふと見渡すと、部屋に集まった仲間たちは皆シンヤに向けて、宝物でも見るようなきらきらとした熱っぽい眼差しを送っていた。シンヤは恥ずかしくなって顔を伏せた。
本来なら祝福してくれる彼らに感謝して礼を述べなければならないのだろうが、どうにも素直にそうする気分にはなれなかった。タケルに頬を叩かれたせいかも知れなかった。目の前で雷帝に撃ち落とされたシマダの機体が、まだ脳裏にちらつくせいかもしれなかった。撃墜数の三という、消せない数字のせいかもしれなかった。仲間の殺人行為を心から祝っている、この集団の静かな狂気に恐怖したからかもしれなかった。はたまた単純にAACV酔いのせいかもしれなかった。それでもざわつく胸を手で押さえつつ、シンヤはなんとか笑顔を浮かべて顔を上げ、仲間たちに丁寧な礼を述べた。
「はじめて人を殺した気分はどう?」
「おろち」が幽霊屋敷ホッカイドウ第五ブロックのドックに入り、各種補給や修理を受けている間の休憩時間に、船室で寝ていたシンヤを叩き起こした電話の第一声がそれだった。
「コンドウさん……ですよね」
シンヤは誰もいない向かいのベッド眺めつつ、額に手の甲を置いた。
「べつに、特に無いです」
「君、殺し屋の素質があるわね」
笑えねーよ、とシンヤは思った。
「それで、何ですか?」
シンヤはこの電話をはやく終わらせて、また眠りたかった。
「『おめでとう』って言いたかっただけよ」
その言葉にシンヤの口元は緩みかけたが、すぐ引き締めた。
「……雷帝ですか」
「意外、知ってたの?」
「他の人に教えてもらいました」
「そう。掘り出し物を見つけたみたいで嬉しいわ」
「掘り出し物?」
「君のことよ」
「そうですか」
「君は嬉しくない?」
「あまり」
「でしょうね」
「それだけですか」
「いいえ、本題はこれから」
やっぱり、とシンヤは思った。
「君は『ギフテッド』に認定されるかもしれません」
アヤカの口調は事務的だった。
「なんですか、それ」
シンヤは訊きかえした。彼女は少し間を置いた。
「『ギフテッド』とは、『直感的・無意識的にその状況における危機回避のために最善の行動を選択し、実現することができる能力のある人間』のこと。ひらたく言えば……そう、『天才』、もしくは『生きることにひときわ執着する人間』のこと」
シンヤは彼女の説明が難しくて理解できなかった。その様子を察したのか、アヤカはまた少し考えて言った。
「たとえば君が横断歩道を歩いていて、そこに居眠り運転のトラックがつっこんできたとするじゃない? 普通の人ならそのままはねられて終わり。だけど『ギフテッド』ならそこで身を限界まで低くしてトラックの下をすりぬけたり、とっさに飛びのいたり、そういった判断ができる。そういった『とっさの判断』が異常に上手い人間というものが、少ないけれど、いるのよ」
「それはどうしてですか?」
「さぁね。学説では、『自分の命への執着心が強いために、無意識のうちに周囲から危険の兆候を読み取って備えているからだ』とか、『人類が危機にさらされたことで進化が促されたから』だとか、『オカルト的な第六感によるものだ』とか、いろいろあるけれど、はっきりとしたことはわかっていないわ。
過去の話では、第二次世界大戦のころのハンス・ウルリッヒ・ルーデルや、シモ・ヘイへなどの著名な軍人も、この素質があったと言われている。そして『ギフテッド』と、個人で操る機動兵器――戦闘機とか、AACVがあわさったならば、その戦果はすさまじいものになる」
どこか苦々しげに彼女は言った。
「ギフテッドに認定されれば、専用にAACVを割り当てられます。君が倒した雷帝も、新生ロシアのギフテッドだった可能性があるわ」
そう言われてシンヤは雷帝の動きを思い返した。そういえば、雷帝は最後の自分からの一撃以外、装甲にダメージを負っている様子は無かった。シンヤは単純に操縦テクニックの差かと思っていたが、あれはギフテッドという要素が為せるわざだったのかもしれなかった。
そしてアヤカは、シンヤにもそれが出来る可能性があるという。シンヤはなんだか信じられなかった。
「俺はそんなんじゃないですよ」
「そうあるべきだと思うわ。それじゃ」
いきなり電話は切られた。
「もういっかぁい!」
AACVの操縦席でリョウゴは叫んだ。ヘルメットの中の顔は汗だくで、目は血走り、ぎらぎらとした輝きを放っていた。
模擬戦の相手である水色のAACVは、その声を受けて、再びスラスターで高速接近した。迫る相手を見て、後退しつつ左へ旋回すべきと判断したリョウゴは、素早くペダルを踏んだ。だがリョウゴの操る重装型AACVの反応は鈍すぎた。すでに機体に塗りたくられた模擬弾のピンク色の塗料がさらに重なっていった。
彼はいらだって操作パネルを殴り付けた。
「っくしょおッ!」
また叫んだ。その声はがらがらで、枯れかけていた。水色のAACVのパイロットであるユイは、機体の足を止めて、休憩を提案してきたが、リョウゴはなおも再戦を要求した。
「どうしてそこまで! もうやめましょう!」
ユイの声は悲痛なものだった。その言葉を聞いてリョウゴは奥歯を噛みしめた。
「アイツは一日で乗りこなしたんだ! 俺だって……もういっかいだ! かかってこい!」
「でもこんなに長時間の戦闘じゃナカムラさんの体が――」
「かかってこいって言ってんだよ!」
リョウゴの怒声に、ユイは縮み上がった。そんな彼らの様子を、テストルームを監視するモニター室のなかで、ディスプレイの画面ごしに見ている人影があった。
「――面白いわね」
アヤカ・コンドウは妖しげな笑みを浮かべた。
「クロミネ君への対抗心から、かな」
幽霊屋敷では、今まで交友関係のある人間同士を手に入れたことはなかった。だからパイロットに激しい競争心が芽生えることはあまりなかった。しかしナカムラくんは、クロミネくんへのライバル心から、人一倍の努力を重ねている。いいパイロットになるだろうな、そう彼女は思った。アヤカはマイクを引き寄せてリョウゴに言った。
「ナカムラくん、クロミネくんのことでいい情報が入ったわ」
すると、リョウゴの乗る重装型AACVの足が止まった。アヤカは言った。
「彼はすでに撃墜数が三になったそうよ。しかも、その内ひとりは敵のエースらしいわ」
「なっ……」
彼は衝撃を受けたようだった。アヤカは微笑んだ。
「きみも負けていられないわね」
リョウゴは黙り込んだ。アヤカは「すこし休憩しなさい」と言って、リョウゴとユイにAACVから降りるよう促した。ユイはすぐに降りてきたが、リョウゴは操縦席のハッチを開けただけで、降りてくる様子はなかった。彼はテストルームの高い天井を、焦点の定まっていない目で眺めながら、ぶつぶつと小さくつぶやいていた。
「おかしい……だって、あいつはいつだって……」
リョウゴの機体に近づいたユイだけが、彼のつぶやきを聞いていた。彼女はその様子に尋常ではない心理を感じ取って、声もかけられず、逃げるようにテストルームを出ていった。




