表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/26

第九話「実戦」

 耳をつんざく警報が鳴る!

 慌ただしくドックに集合した、シンヤを含めたAACVパイロットたちは、彼らの前方に立つアヤカ・コンドウに注目した。彼女は緊迫した表情をしていて、「急げ!」と周りの人間たちを急かす声にも、いつもとは違う響きがあった。

「パイロット注目! 緊急事態だ」

 アヤカの語調は振り下ろされる剣のようだった。シンヤはその迫力におもわず唾をのみこんだ。

「今から五分前、P物質回収用の陸上戦艦『みのがめ』から救難信号が発せられているのを哨戒機がキャッチした。それによるとジオ・東中国からの襲撃を受けているということだ。確認されている敵戦力は、戦闘用の陸上戦艦一隻と、AACV一機。今から当基地より高機動型AACV三機を援軍として派遣する。志願者は!?」

 パイロットたちの間から次々と手が挙がった。アヤカは手を挙げたパイロットたちの顔をぐるりと見わたして、その中にシンヤがいることに、少し意外そうな表情を見せた。しかし彼女は叫んだ。

「『シンヤ・クロミネ』! 『ヒロキ・シマダ』! 『リュウノスケ・ハナムラ』! 以上三名をパイロットとして指名する! 呼ばれた者はただちに着替えて出撃! 以上、解散!」

 号令を受けて、シンヤは更衣室に走った。自分のロッカーからパイロットスーツを引っ張り出し、とりあえず下半身だけをその中にねじ込み、またドックへ出て、AACVに向かって走った。走りながら上半身もスーツを着て、最後にヘルメットを被った。

 ドックではすでに自分用に用意された高機動型AACVが、エンジンに火を入れられてシンヤを待っていた。操縦席にワイヤーで上がる途中、通信が入った。

「整備班からパイロット各員へ。今回は緊急を要するのでこれからAACVに追加ブースターを取り付ける。戦闘に入ったら切り離せ」

 シンヤは操縦席に滑り込んだ。

「各種システムチェックは一部省略。各機は追加ブースター取り付け後に緊急用地上ゲートへ向かえ。その間のみ、ドック内でのスラスター使用を許可する。ぶつかるなよ、以上」

「了解!」シンヤは言った。

「いい返事だ!」

 後方からの軽い衝撃で操縦席が揺れた。目の前のモニターには「追加ブースター接続完了」の文字が出た。同時にAACVのハンガーが外れた。

「シンヤ・クロミネ出発します」

 シンヤは叫んでペダルを踏んだ。すると各部のスラスターが火を吹いて、AACVは動いた。

 シンヤは他の機体にぶつからないように機体を操縦し、すでに真正面に見え、シャッターが開かれている緊急用地上ゲートへと機体の速度を徐々に上げていった。緊急用地上ゲートは、リフトではなく、長く緩やかなスロープで、リフトと比較して素早く地上に飛び出すことができるのだった。オレンジ色の照明に照らされた、まっすぐなスロープを上がっていく途中、シンヤはまるで銃口から打ち出される弾丸になったような錯覚をおぼえた。スロープの出口にはもうすっかり見慣れた暗黒の闇が待ち構えていた。シンヤは神経のたかぶりを抑えるために、深く長い呼吸をした。

 シンヤは灰の海へ飛び出した。

 徐々に高度を上げる機体の後方で、地上に出たことを感知したセンサーが、追加ブースターの側面に折り畳まれていた翼を広げた。それに連動してAACVの四肢が後方へ伸ばされ、空気抵抗を受けにくくした。さらに肩と腰のスラスターも回転して後ろを向き、脚のスラスターとともに推力を全て前進へと費やすことができるかたちになった。

 地上に出て数秒後、闇の世界を飛んでいたのは、巨人ではなく、奇妙な姿の鳥だった。

 前方にハナムラとシマダの機体の火が見えた。シンヤもかなり急いだつもりだったが、それよりも早く彼らは出ていたのだ。シンヤはすこし悔しくなった。

 AACVの飛行が安定し、速度が音速を超えたころ、いきなり通信が入った。

「本部から新人へ忠告。目的地までは自動操縦だが、攻撃を受けた場合は自分で軌道を調整、回避しろ」

 低く威厳のある声はシンヤに向けられたものだった。シンヤは「はい」と返事をした。

「以上、タクヤ・タカハシでしたー」

 急に聞きなれた声に戻って。危うく吹き出しそうになった。すんでのところで耐えられたのは、加速と方向転換の強烈なGのために歯を食いしばっていたからだった。タクヤからの通信はまだ続いていた。

「それとシンヤへ、コンドウさんからの愛のメッセージが届いてるぜ。『後で志願理由を聞きたいから必ず生還しなさい』だとさ」

 シンヤは返答しようとしたが、その前に通信は突然の雑音の嵐に呑み込まれた。通信可能範囲の外に出たのだった。シンヤはひとり、ちいさく笑った。タクヤはきっと、シンヤが緊張していると思って、こんなおかしなことをしたのだ。あとでお礼を言わなきゃ、とシンヤは強く思った。

 通信のチャンネルが変わって、ともに飛ぶハナムラとシマダとに通信がつながった。シンヤが軽い挨拶のあとに「頼りにしてます」と言うと、「他人に頼ってたらやられるぞ」というシマダの声が返ってきた。その通りかもしれなかった。シンヤは身が引きしまる思いがした。その直後、ハナムラの大声がシンヤの耳を叩いた。

「前からミサイル散らばれ!」

 突然のことにシンヤの体は一瞬、固まりかけた。頭の芯がいっきに冷えて、全身の神経に瞬間的な痺れを走らせた。血液が逆流するような、危険な興奮をシンヤは感じ、反射的に操作レバーを倒していた。シンヤ機は急上昇した。すると、白く細長い影が機体のそばを高速ですり抜けていったのが、チラリと見えて、シンヤは背筋が凍るような思いがした。

 その後、AACVの軌道を水平に戻したときに、シンヤは暗闇の向こうに、素早く飛び交う火の玉の線を発見した。「ブースターを切り離せ」というシマダの声がした。

 シンヤは腕を操作レバーから離して、シートの横に回し、そこにある別のレバーをぐいと引いた。すると背中の追加ブースターが切り離された。AACVの姿勢も再びヒト型へと変形した。全身のスラスターはなおも吹かし続けて、時速三百キロメートル台まで緩やかに減速しながら、地面スレスレまで降下した。切り離された追加ブースターは、シンヤたちを追いかけてきたさっきのミサイルを引き受けて、爆発していた。

 シンヤはAACVのアサルトライフルを構えた。内臓への圧力が一瞬だけ解けて、血液の巡りが良くなるのを感じたら、再び加速を開始した。

 灰塵をスラスターの炎で吹き飛ばしながら、三機のAACVは砲火を交えている二隻の陸上戦艦へ向かっていく。

 守るべき陸上戦艦「みのがめ」は、その名のとおり大きな亀のようなデザインだった。小山のように大きく丸い、ドーム型の堅固そうな艦体を持っていたが、今、その各部からは黒煙が上がっていた。

 その煙の原因である砲弾を打ち込んだ、敵の陸上戦艦は、巨大な毛虫のようにシンヤの目にうつった。無限軌道で灰塵を周囲に巻き上げながら動く、その敵艦のまるっこい巨体からは、何本もの大小さまざまな砲身や機銃が飛び出していて、それらがときどき火を吹いていた。

 そして、シンヤより早く接近していた、ハナムラとシマダのふたりを単独で相手取りながら、自国の戦艦を守るべくその周囲を飛び回っているのが、敵のAACVらしかった。敵のAACVはこっちのものとデザインが大きく異なっていて、シンヤにはどういう機体かはわからなかった。シンヤは陸上戦艦の方を狙うことにした。

 高度を低くし、時速五百キロメートルでシンヤは敵の陸上戦艦へと向かっていった。操縦席内に響く警告音がうるさかった。敵の砲台や機銃にロックオンされているなんて、最初からわかりきっていることだった。シンヤは敵の陸上戦艦の側面から接近していった。敵の機銃が数門、こっちを向いて、シンヤの前方からこちらに逆上るかたちで銃撃を浴びせてきた。

 AACVのコンピュータがそれを感知し、肩のスラスターを横に向けて、ほとんど減速せずに機体の軌道を直角に曲げた。そのせいでシンヤの脳味噌がシェイクされそうだった。シンヤは一瞬眩んだ目でむりやり敵艦を凝視して、接近を続けた。

 敵艦はシンヤの想像以上に大きかった。遠近感が狂いそうだった。

敵艦の砲が一門、こちらを向いたのをコンピュータが感知した。機体がさっきと同じように自動的に回避軌道をとると、直後にシンヤを連続したおそろしい衝撃が襲った。

 シンヤはペダルをめいっぱい踏み込み、わけもわからないまま、とにかく最大速度まで加速して逃れた。それからやっと、砲を避けた先に別の機銃が待ち構えていて、自分はその射撃を浴びせられたのだということを理解した。アナウンスが機体の損傷箇所を報告してくれたが、すっかり興奮しきっているシンヤは聞いてはいなかった。

 気を取り直して、シンヤは敵艦の裏にまわるコースをとった。アサルトライフルの銃身にAACVの左手を添えてかまえると、ロックオンが効かなくなっていることに気がついた。さっきの銃撃による頭部へのダメージのせいで、火気管制の一部に機能障害が起こっているというコンピュータのアナウンスで、シンヤは状況を理解した。

 敵艦の機銃はまだこちらを捉えようとしていた。さらに艦後方の別の機銃もこちらを向いた。とても敵艦に接近なんてできそうになかった。シンヤはじれったく感じた。ロックオンはできていないが、牽制の意味も込めて、とりあえず射撃をしてみた。徹甲弾の列はすべて敵艦の装甲に直撃したが、大きなダメージがあるようには見えなかった。

 続く一手を出せないまま、シンヤがとにかく敵の攻撃を避けることに集中していると、自分を狙っていた機銃のひとつが突然、爆発、炎上した。そのおかげで敵の攻撃範囲に切れ目が生じた。上空に、ハナムラかシマダかは判らないが、黒煙を切り裂いて飛ぶ、こちらのAACVの姿が炎に照らされて確認できた。シンヤはすかさず方向を転換し、その切れ目に自らの機体を捩じ込んだ。シンヤは弾丸の滝の裏に入り込んだ。

 加速し、一直線に敵艦へ向かった。飛びながらライフルを構えて、機銃のひとつをよく狙い、撃った。AACV用の巨大な徹甲弾を撃ち込まれた敵艦の機銃は爆発し、炎と煙とを吹き出した。

 やった――つい、その達成感に浸ってしまった。

 その時間は僅か二秒にも満たなかったが、死神がシンヤの首に鎌をかけるのには充分な時間だった。

 シンヤは強い警告音を聞き逃した。直後、すぐそばからの大きな爆発音と同時に、操縦席が横倒しになった。画面のはじに、右肩のスラスターが破壊されたという警告表示がでた。完全に虚を突かれたために、シンヤは叫び声すらあげられなかった。状況がさっぱりわからず、混乱して、操作レバーをめちゃくちゃに動かした。地面に横倒しになったAACVは、まるで痛みにもがく人間のような動きを見せながら、灰塵をまきあげた。

 とうとうシンヤは絶叫した。絶叫しながらやたらめったらに操作機器を叩いていた。頭の中は真っ白になり、まともな思考は散り散りになった。両目はかっと見開かれて、全身の毛が逆立っていた。シンヤの心は今までに経験したことのない恐怖に支配されていた。いままで義務感と興奮、そして悪い体調にごまかされていた恐怖が爆発していたのだった。シンヤは敵の戦艦の目の前で無防備に、赤子同然に泣き叫んでいた。

 そのときだった。

「しっかりしやがれ!」

 耳鳴りがするほどの大声が通信機から飛び出した。ハナムラの声だった。シンヤは彼にすがりつきたくなって、絶叫しながら、両手で目の前のモニターをバンバンと叩いた。

「嫌だ! 助けてくれ! 出せ! 出せ!」

「黙れ!」

「ひぃっ」

 ハナムラの怒声にシンヤは縮み上がった。

「助けてやるから! さっさと逃げろよ!」

 ハナムラのその言葉を最後に、通信は切られた。

 シンヤはしばらく放心していたが、しばらくしてはっと我にかえると、ゆっくりとAACVを立ち上がらせた。いつの間にか陸上戦艦たちは移動していて、闇のかなたへ遠く離れて行ってしまっていた。シンヤにできることは、彼らの姿が闇に溶け込んでだんだんと見えなくなっていくのを、ただ眺め続けることだけだった。



 シンヤはパイロットスーツから着替えもせずに、「みのがめ」の小さな船室のベッドに腰かけて、ぼんやりと中空を見ていた。

 結局、敵の戦艦はハナムラとシマダがふたりで追い払い、AACVもハナムラが撃墜したらしかった。自らの命と引き換えに。

シンヤの乗っていた機体は、安全を確保されて戻ってきた「みのがめ」によって回収されたが、放心したままのシンヤを操縦席から引きずり出してくれたのは、シマダだけだった。ハナムラは敵のAACVと相討ちになったそうだった。シマダはただそうとだけ言った。彼はシンヤを責めもしなかったし、またシンヤからの質問にも答えなかった。彼の憂うような表情に込められた感情は、まだシンヤには理解できないほどに複雑なものだった。

 シンヤはハナムラの顔を知らなかった。食堂で見かけたこともあったかもしれないが、言葉を交わした記憶は無かった。出撃の時の挨拶が最初の会話だったのだ。

 しかし彼は――

「――それでも『助けてやる』って――」

 ――そう言ってくれた。

 シンヤは天井をあおいだ。不思議な気持ちだった。数十分前に初めて出会った人間が、その数分後には二度と会えなくなっているのだ。シンヤは、悲しくはなかったし、喪失感もなかった。ただその事実だけがぽっかりと空中に浮いていて、別のどす黒い感情が胸のうちに渦巻いていた。シンヤはハナムラの声を思い出そうとしたが、できなかった。まるで電車にたまたま乗り合わせただけの人のようにハナムラのことは思い出された。彼を殺したジオ・東中国にも何の恨みの感情もわかなかった。そんなことを考えていると、シンヤはなんだか自分がとても冷たい人間のように感じられたが、それでも涙の一滴も出なかった。

 シンヤはベッドに身を横たえた。疲労のためにすんなりと眠りにおちた。基地に戻るまで、彼は体を丸め、赤子のような体勢で眠った。

 


 シンヤが幽霊屋敷に戻ると、すぐにアヤカに呼び出された。私服に着替えてから彼女の執務室に行くと、彼女はいつものようにパソコンと向き合っていた。シンヤは部屋に少し入ったところで、立ったまま、彼女の指が止まるのを待った。しかしアヤカは指を止めず、キーボードを打ち続けながら、横目でシンヤをちらりと見て、口を開いた。

「ご苦労様、クロミネくん」

 シンヤは適当に返事をした。

「いくつか訊きたいことがあるんだけれど、いい?」

 シンヤは軽くうなずいた。

「まずひとつめ、何故志願したの?」

 彼女はこちらを見もしなかった。シンヤは答えた。

「強くなりたかったからです」

「へぇ」

 アヤカは意外そうな声をあげた。

「君はそんなに好戦的な性格ではないと思っていたけれど、どうして?」

「リョウゴが、ここに来たから……」

 シンヤは数秒かけて自分の想いをじっくりと言葉にねりあげた。

「きっと、リョウゴなら、すぐにAACV操縦が上手くなって、ここでも活躍できるようになります。そのときに、アイツに迷惑をかけないように、強くなろうと思って」

「なるほど?」

 その言葉を聞いた彼女は指を止め、椅子を回転させて体をこちらに向けた。

「ではふたつめ」

 アヤカは机の上に両肘を突き、指を組んだ。その眼はまっすぐにシンヤを見すえていて、口元はわずかに緩んでいた。

「きみのAACVの右肩を吹き飛ばして、きみを恐慌状態に陥れた敵のパイロットについて、どう思った?」

 シンヤは質問の意味がわからず、きょとんとした。その様子を見たアヤカは、今度ははっきりと微笑み、やさしい声色で言った。

「何でも良いの、思ったことを言ってみて」

 彼女は手でシンヤに発言を促した。シンヤは心臓の鼓動が激しくなっていくのを感じていた。それは緊張のためでもあったが、それ以上に本能が危険を直観したからだった。これを口にしたら戻れなくなる――そうシンヤは確信しつつ、それでも奥歯を噛みしめ、目をつぶり、眉間にシワを寄せ、拳に力を込めながら、絞り出すように、とうとうシンヤは言った。

「『殺してやる』って、思いました」

「ふぅん?」

 彼女はまるでわが子の成長を見守る母親のような目をしていた。彼女は柔らかい表情を浮かべ、椅子の背もたれに身を投げ出した。

「では最後にみっつめ。君を助けて死んだハナムラくんに対して、何か感じることは?」

 シンヤは今ここで暴れだしたい気持ちを抑えることに必死だった。

「……『特に何も』」

「よろしい」

 彼女は背もたれから体を起こし、再びキーボードに手を伸ばした。

「PTSDも心配したけれど、大丈夫そうだし、君の『強くなりたい』という願いを叶えてあげましょう」

 シンヤは意味がわからず彼女を見た。ちょうどそのとき、彼女のパソコンの横にあるプリンターが動き出して、一枚の書類を吐き出した。それをアヤカは指でつまんで、椅子を立ち、自らシンヤに近づいて手渡した。

「明日の午前に『おろち』が出るわ。それに乗りなさい」

「え?」聞きなれない言葉にシンヤは首を傾げた。

「『おろち』は、私たち幽霊屋敷が持つ最大の陸上戦艦よ。いまはここの基地へ停泊してるわ。主な任務としては、敵の勢力圏へ踏み込んでP物質を探すこと。つまり、一番激しい戦闘を行う艦ということよ」

「それに乗れって……」

 シンヤは彼女の言葉の意図を理解して、心臓が縮み上がるような思いをした。

「きみは強くなりたいんでしょう? 大丈夫よ、今回はこっちの勢力圏を侵してきたジオ・新生ロシアの戦艦を一隻追い払うだけだから、五日もかからず戻ってこれるわ」

 アヤカはそう言って、シンヤの肩をポンと軽く叩き、椅子に戻ろうとシンヤに背を向けたが、すぐに「ああ、そうそう」と言いながら足を止め、振り向いた。

「初めての出撃で敵の機銃を潰した成果はとても立派よ。普通なら、最初はただ右往左往しているだけで終わるわ。誇りなさい」

 シンヤの口の中に苦いものが広がった。彼女はなおも言った。

「敵に対する殺意も、ハナムラくんへの無感情も、あなたはなにも恥じることはないわ。むしろそれで正しいの、正常なの。あなたはまちがっていない。あなたは正しい。敵はハナムラくんだけじゃなく、大勢の人間を殺し、破壊をまき散らしたわ。そんな敵から『みのがめ』の乗員たちをあなたは救ったの。いいえ、彼らだけじゃない。彼らが持ち帰ったP物質によって、地下都市の住民たちは、さらにむこう数年分の命を繋ぐことができる。彼らに代わってお礼を言うわ」

 直後のアヤカの行動を見て、シンヤはとても驚いた。アヤカは腰を曲げ、シンヤにむかって深く頭をさげていたのだった。シンヤがどうすればいいのかわからずうろたえていると、彼女は顔をあげ、にっこりと笑った。輝くような笑顔だった。

「ありがとう」

 シンヤは恥ずかしいやらうれしいやら、なんだかよくわからない気持ちになって、とにかくここから去りたくなった。そしてシンヤは「失礼します」と言って、慌ただしく部屋を出た。

 なんだかとても恥ずかしい気分で廊下を歩き、自分の部屋へと向かっていると、その途中で、シンヤはリョウゴとばったり出会った。

 シンヤはいきなりのことになんだかすこし動転してしまって、ぎこちなく挨拶を交わしてすれ違おうとした。そんなシンヤの様子を変に思ったのか、リョウゴはシンヤの腕をつかんで引き留めた。シンヤはリョウゴの気持ちを察して立ち止まり、心配かけてはいけないと、精一杯明るく振る舞ってみせた。しかしその態度がかえってリョウゴをますます心配させ、彼はシンヤに、気分でも悪いのかと尋ねた。シンヤは慌てて首を振った。

「べつに、ちょっと疲れただけだよ。今日がはじめての戦闘でさ」

 シンヤは大袈裟に肩をすくめてみせた。

「へぇ、今日がはじめての」

「ああ。敵艦の機銃を潰してさ、コンドウさんに誉められたよ」

 シンヤはにっかりと笑ってみせた。アヤカに礼を言われたことは、素直に、とてもうれしいことだった。

「そう、か」

 リョウゴの笑顔がかすかにくもった。それを見たシンヤは彼が心配になった。

「どうした?」

 シンヤが訊くと、リョウゴは苦笑しつつ、顔の前で大きく手を振った。

「いや、お前スゲーなって」

「え?」

「お前、まだここに来て一週間も経ってないのに、活躍してんだもん」

「そんな……」

「謙遜すんなよ。羨ましいぜ」

 シンヤは後頭部を固いもので殴られたような気がした。思わず絶句してしまった。ショックだった。リョウゴにだけはそんなこと言われたくなかった。

「……リョウゴは」

 シンヤはすこしうつむいて、力のない声で言った。

「うん?」

「リョウゴは、家に帰りたくないのか」

「……ああ」

 少し迷ったあと、リョウゴはそう言ってうなずいた。シンヤはまた裏切られたような気持ちになった。

「何で」

「べつに、どうでもいいだろ、んなこと」

 リョウゴの投げやりな口調に、シンヤはばっと顔を上げた。

「よくねーよ、おかしいって!」

「何でおかしいと思うんだよ」

 シンヤは息を呑んだ。リョウゴはシンヤを睨み付けていた。シンヤは彼が自分に向けている感情を理解した。体が冷えるこの感覚は、もう何回も経験していた。

 ――敵意だ。リョウゴは敵意を向けていた。しかしそれはほんの一瞬のことで、そのあとすぐにリョウゴは目を閉じ、両手を上げて「ごめん、言い過ぎた」と謝った。

 シンヤはまだ心が落ち着いていなかったが、なんとか彼に微笑みかけた。きっと今のはシンヤの勘違いに違いなかった。シンヤはそう思うことにした。

 リョウゴがふっと浮かべた笑顔は寂しそうだった。

「俺さ、退屈だったんだよ」

 彼はシンヤから目を逸らした。いったいどこを見ているのか、シンヤにはわからなかった。

「毎日まいにち同じことばっかでさ。何かとんでもないことが起きねーかなーって、ずっと思ってた。不謹慎かもしれないけれど、俺は正直、ワクワクしてるぜ。だって、国家の陰謀だぜ? なかなか体験できねーよ、こんなの」

 そう言いながら、彼が目を輝かせるのを、シンヤはたしかに見た。彼の気持ちはシンヤにも理解できた。毎日おなじ時間に起床して、同じ学校で同じような授業を受けて、同じようにゲームをして、同じ時間に眠り込む、変わらない日常を吹き飛ばすような「なにか」が起こらないかと夢想したことは、一度や二度ではなかった。でもそれはあくまで夢想に過ぎなかった。いつだってシンヤは、やっぱりあの退屈な日常こそがもっともすばらしいものだという結論に達していたが、リョウゴは違ったようだった。彼がこんな想いを抱いていたなんて、シンヤはぜんぜん気づいていなかった。

「……そーかも、な」

 シンヤは静かに言った。リョウゴはそんなシンヤを見下ろして、すこし恥ずかしそうにした。

「わかってくれて――ねーよな、やっぱ。まぁいいや、んじゃ、これから講習らしいんで」

リョウゴはそう言い残して立ち去ろうとした。シンヤはすれ違う彼の背に向かって言った。

「講習って、AACVのか?」

「おう」

 底抜けに明るい彼の返事に、シンヤには「AACVには乗るな」とは、とても言えなかった。だがあとで思い返すと、もしかしたら、はじめから彼を引き留める気はなかったのかもしれなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ