プロローグ
グラウンド・ゼロ
遠い昔、地球は死んだ。
おそろしい破滅が地上を席巻してからすでに長い時間が経っていた。
大地は荒れ果て、生き物の姿は絶えていた。
地球では広大な生命のスープの片すみに最初の生命が産まれたときから、死はつねに生とともにあった。生は死のはじまりであり、死は次の生のための供物だった。生は死を、死は生を育み、絶えることなく循環していた。だが永遠に続くかと思われたそのいとなみはある日突然に絶たれた。
はるか遠い宇宙のかなた、幾万光年の果てからやってきた小惑星が地球に追突してから、暗く濃い黒雲は青と緑の惑星をすっぽりと包み隠し、それまで地上へ降り注いでいた陽光を完全にさえぎった。暗黒の闇に支配された地表は、空から絶え間なく振り続ける火山灰のかけらと、細かい塵に蹂躙されて、そこで繁栄を謳歌していた文明の建造物を無数の瓦礫へと変えた。広獏な海原もすべてが塵に覆われてどす黒く染まり、その中に暮らしていた無数の生き物たちがおびただしい数の死骸となって、海面を隙間なく埋め尽くした。死骸の臓物が腐食して吹き出したガスは大気を悪臭に満たした。空から降り落ち、何十メートルもの厚さで堆積した灰と塵は、ときおりどこからか吹き抜ける突風にのって地表を走り、大地の果て、すさまじい熱と光を放つ溶岩の噴出によってまた空へと押しあげられ、長い時間ののちに再び地表にふりそそいだ。降灰がやむにはあとどれほどの時を重ねればいいのか、はっきりとしたことは誰にもわからなかったが、ただひとつ言えるのは、それは気の遠くなるような未来の話であろうということだけだった。
かつて生命の輝きに満ちていた地上は、いまや静寂と暗闇と灰塵の世界だった。そこは海の底にも似ていた。動くものの影は無く、またそういった存在を予感させるようなものも見当たらなかった。生は死に駆逐されていた。
――深い闇の果てから何かが聞こえる――
音は無明の闇を切り裂いて力強いたしかさでこちらにせまっていた。大気を震わすそれはエンジンの内部で燃料がその身を爆熱の推進力に変えたときのおそろしい轟音だった。怪物の慟哭のようなその音は、この死の世界においても、いまだしぶとく生きているものが存在することの証明だった。
音はせまり、光の輪郭を得て、影となった。地表からはるか高みを圧倒的な存在感で飛行する影は、二本並んだ炎の尾を引いていて、その灯りが影をふち取っていた。炎の尾はそれが内部に抱える莫大なエネルギーのあらわれだった。影は人のかたちをしていた。炎の尾は人型の両肩からさらに突き出している二本の腕に繋がれた、円筒形の金属の塊から噴き出していた。影の、炎に照らされた部分は金属的な光沢をはなっていた。そして周囲に比較になるようなものがないので一見してはわからないが、それは人間より何倍も巨大だった。
火を噴く巨人が暗黒の空を飛んでいた。
金属の巨人は暗闇を切り裂いてあらわれ、爆音と残光を残してまた暗闇の果てへと消えていった。あとには再び凍えるほどの無音がやってきた。
――金属の巨人たちはどこから来てどこへいくのか。
その答えはまだわからない。