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見知らぬ駅

作者: 水域 色

寝過ごしてしまった。

 揺れる車内で、溜息混じりに携帯を操作しながら周りを見渡すと真っ暗。夏の長い日も落ちて、景色は既に夜のそれだった。

 愛用している呟きサイトに陽気な雰囲気で書き込みながら、軽く自己嫌悪に陥る。うたた寝してしまう事は今まで何度かあったけれど、最寄駅ではちゃんと目を覚ましていたのに今日に限っては随分乗り過ごしてしまったようだった。

 電車の窓を流れる景色は暗い。今どのへんを走っているのかわからなかったけれど、その原因は外が暗いからだけではなかった。

 車内も暗いのである。

 電車内が暗いなんて聞いた事もないし、そんな電車になんて一度も乗ったことがない。

 僅かに灯るのは手元の携帯電話と、車掌が居るのであろう部屋のボタン等の灯りのみである。これはどう考えても尋常ではない事態だと、不安に駆られて立ち上がるけれど何をしたらいいかわからない。

 そうしているうちに電車は徐々に減速を始め、レールや車輪からは甲高い叫び声に似たブレーキ音が鼓膜を不快に揺らす。

 まるで当然かのようにアナウンスはない。そして停車した電車のドアは、ゆっくりと開いた。外から入ってくる風の生暖かさが台風前のようで、暑いはずなのに寒気がした。

 完全に停止したのか、エンジン音は無くなってしまった。周りを見渡しても僕の他に降りる客はいなかったし、このまま黙ってても逆に何か嫌な事が起こりそうで、逃げるように外に出た。

 すると、僕が外に出るのを待っていたかのように電車が急に微振動しだして、ゆっくりと徐行し始めた。

 唖然となって見ていると、そのまま徐々に加速していってあっという間にその姿は見えなくなってしまった。電車の向かった先には暗くてよく見えないけれどトンネルがあるようだった。 


外には誰も居ない。それどころか物音一つすらしないし、人工的な光も感じられない。

 人の生活している気配というのは、どんな田舎でも感じられるものなのに、此処には其れが全くないのだ。

 この状況が何かの間違いであって欲しいと願う僕の眼球は、底知れない恐怖を感じ取って忙しなく動いている。

 錆びた鉄の様な匂いが鼻腔を這っていき、震えた呼吸が駅のホームで不気味に響く。

 暑さのせいか、それとも冷や汗なのか。額や頬をを伝っていく汗がとにかく気持ちが悪く、何度拭っても不快感が消えない。

「こりゃもう流石に携帯で誰かに連絡するしかないかな……」

 まず、この場所を知りたい。一体どれほど眠ってしまえばこんな知らない場所に辿り着いてしまうのか、改めて自分に呆れながらこの駅の名前を調べるべく看板を探す。

 夏の暴力的な日差しの熱を吸ってるはずのアスファルトからは、むしろひんやりとした冷たささえ感じる。自分でも焦っているのがわかる。

 少し歩くと、線路の向こう側に古ぼけた木製の看板が立っているのがわかる。その背には木々が生い茂っていて、青い匂いがほんの少し不安に思っていた心を和ませる。

「なんて読むんだ……如月? 如月駅……?」

 その木製の看板は酷い状態だった。危ないと思いつつも線路に降りて渡り、段々暗闇にも慣れた目で凝らして見てようやくわかるレベルに腐敗していた。

 こんな風に古く手入れされていない駅なんて、僕の使っている路線に果たしてあるのだろうか。

 携帯を操作して、ネット上で仲の良い友人に向けて現在状況をサイトを通して伝えようと思ったのだけれど、よく考えると二度手間だ。今は少しでも早く情報が欲しいので直接メールすることにした。 


『なんか、如月って場所まで寝過ごしちゃったみたい。なんか暗くて、薄気味悪いわ』

『如月? いや……今調べてみたけど、君が使ってる路線にそんな駅ないよ。本当にそう書いてるの?』

 ホームに戻りながら友人からの返信を見て、心臓が口から飛び出るような気持ちがした。余りにも不安を煽る内容で、悪ふざけにも程がある。ただでさえ今、見慣れない土地で焦っているのに。

『こんな時に冗談はよせって。でもさ、正直他にも気味悪い事いっぱいあってさ……。こっちは最高に不安なのでなんとか助けてくれ』

『いや冗談じゃなくほんとにない。君、本当に今何処に居るの? 他に目印になるようなものとかない?』

 段々と自分の置かれた状況を、毛細管現象のようにじわじわと理解していく。理解するのを拒むように友人の返信にすがろうと思っても、むしろ最悪な状況を想像してしまう。

『まじか……ちょっと泣きそうだ。他には……この駅本当、殺風景なんだよな。周りには山とか林ばっか、線路沿いにトンネル。あとは駅前に道が二本ある。あと近くに鉄柱が錆だらけの時計があるな。ってかもう十二時過ぎてたのか、気付かなかった』

 自分の携帯電話のディスプレイに表示されている時間も大体同じ十二時を少し過ぎたところだった。一体何時間寝過ごせばこんな時間になるというのか。

『ちょっと待った、今八時半になったところだぞ?』

『嘘だろ? どうなってんだ……』

友人から与えられる情報と、自分の今の情報に齟齬がありすぎる。僕は今いる駅は存在しないだの、時間がずれているだの……そう簡単に受け入れられない。

 勿論心の奥底から湧き上がってくる恐怖は、過ぎる時間に比例して大きくなっていき、自分でも焦燥感に煽られて憔悴してきているのがわかる。

 さっきまでテンポよく友人から来ていたメールの返信が途切れ、不安になりながらも現状を少し整理しながら考えてみる。

 如月駅。確かに僕も聞いた事がない。けれど、寝過ごしてしまっている間に何かが起きて、今では使っていない駅に到着したという可能性はないだろうか。調べても無い駅っていうのは、要するに今では使ってない駅という解釈にはならないだろうか。

 ……あまりに希望的観測すぎるけれど、今はこういう思考で少しでも安心したい。 

 時間の事に関しては、いくら頭を捻っても仮説すら出なかった。考えるという行動は、ただただ怖いという感情の上塗りとなってしまっていた。

 携帯のバイブの振動が手の平に響く。慌てて操作しようとすると、いつの間にか手汗が酷かった為に落としそうになった。今この携帯を失くしてしまったらと思うと、気が狂いそうになる。

 メールは先程からやりとりしている友人からだった。

『落ち着いて読んでね。今、改めて如月駅について調べてみたんだけど……そこちょっとヤバイみたい。というか私も聞いた事あるなーって思ってたけれど、その如月駅って有名な場所だった。

 そこに行って帰ってこれた人は、ネットの情報だし不明瞭だけれど約二人。帰ってこれなかった人も居るみたい……君の言ってるその駅の情報とほぼ完全に一致してる。まさかとは思うけど、私をからかってるんじゃないよね?』

 携帯電話を握り締めたまま、腕の力が抜けてしまってだらんと降ろす。その衝撃で肩や肘に鈍痛が走ったがそんなことはもう、どうでもよくなっていた。

 決定的な文章だった。くすぶっていた不安が爆発したように嗚咽が漏れてくるし、目からは涙が止まらない。理解の出来ない現象に巻き込まれていると、自覚してしまった。

『どうすればいい』

『嘘じゃ、ないんだね……元々の発祥は巨大掲示板のオカルト板らしいの。中には人に出会ったり、どこかから鈴や太鼓の音が聴こえるって書き込みもあったみたい。あと、トンネル? の方には行かないほうがいいみたい。そこから消息不明になった人いるらしいの』

 文字をぼんやりと見つめていると、そういえば先程からなにか音が聴こえると思っていた、これは……?

「鈴の音と……太鼓の音だ……」

 深い溜息をつく。本格的にパニックに陥りそうになって、携帯を思いっきり投げ飛ばしたくなる衝動に駆られたけれど、自分の頬を両手で叩いてなんとか気を取り戻す。

 これからどうするか。

 真っ先に思いついたのが110番に電話することだった。が、

「繋がらない……のか」

 正確には一応電話には出たようなのだけれど、気味が悪い事に僕がいくら話しかけても無言なのだ。

 しばらくそうしていると、受話器からなにか聴こえてくる。しかし、男のやけに太い声で理解できない言葉の羅列が聞こえてきて、思わず吐き気がしてすぐに切ってしまった。

「なんなんだよもう一体……本当……勘弁してくれよ……」

 そうしていると、友人から再度メールが届いた。

『とにかく、助かった人もいるから諦めないで』

『でも正直もう、怖くてどうしようもない。このまま寝て、朝まで待ってみようかな』

 そうしたら辺りも明るくなって、ちゃんと見渡せば民家もあるかもしれない。そこで人に事情を離して帰る方法を探すのもいい。

 それにまた電車だって来るかもしれないのだ。無理に歩いたら事態を悪化させる事にもなりかねない。

 手の中の携帯の震えを感じながら、駅に設置されているらしきベンチに座る。これも酷く古びてて所々割れている。ずっと使われていなかったのか汚れも酷く、座ったら壊れてしまいそうだ。

『ネットで調べたら一応みんな朝まで待とうとしてるみたいだけど、なんでかな。何故か何かしらみんな行動してるみたい。……それより大丈夫? 私もこんな悠長にメールしてるけれど凄く心配だよ』

 汗が画面に落ちる。それが汗なのか涙なのかわからないくらい汗も涙も流していた。タイムループ系の作品の主人公や、異世界に迷い込んだ作品のキャラの気持ちが嫌なほどよくわかる。

 そして友人からのメールに返事を打とうしたその瞬間、身体が小刻みに揺れた。最初は怖くて震えてるのかもしくはベンチがガタガタいってるのかと思ったが違った。

「えっ、地震……うわっ、強い!」

 震度が高いと人は立っていられないし、地面に手を付いても揺れが大きいとバランスを崩して転んでしまいそうになる。僕はベンチから立ち上がったものの揺れの強さに、アスファルトに座り込んだ。

 三十秒くらいだろうか。咄嗟にみた駅に設置された錆びた時計の針は大体その位動いている。ただ体感時間はもうちょっと長かった。

『今、地震あったよね。結構強かったから速報でてない? 地域によっては此処の特定とか出来るかもしれない』

 友人からの返事は直ぐに来た。

『えっ、ちょっととごめん……私の所は揺れてないし、むしろ地震は今現在、どこでも起こってないみたいだよ。本当一体、君は何処にいるの……』

 また再確認する事となってしまった。友人の居るところならまだしも、日本のどの場所でも地震が無かったなんてありえない。こんなに揺れて、未だに微振動さえ感じる程強い揺れだったのに。

 そして先程の強い揺れはこの駅にも影響していた。

 駅というか、周辺だろうか。鈴の音と太鼓の音が地震の前と後じゃ全然音量が違う。今ではその奏でる音がはっきりわかる。祭のようにも感じるけれど、例えば仏事やオカルトの雰囲気さえ醸し出すような絶妙に人の生理的な部分が、畏怖して拒否したくなる音の羅列。

 神経が磨り減っていく。どうしようもない怖さを制御する事が、どうしても出来ない。

 いっそどこか客観視してさえいた。現実に起こっている訳ではないのではという望みだけが、僕の思考に一握りの冷静さを留めていた。

 朝を待つ。それも良い。こういった場合、ゲームでもアニメでも小説でも漫画でもだけれど、現在地から不用意に動き出して悪い事に巻き込まれているようにも思える。

 しかし、現在自分が体験してわかったことがある。それは、何もしていないで待つなんてそれこそ気が狂いそうになりそう、だということだ。

 なにもしないでじっと待つという選択で得られる、漠然とした不安というシンプルな感情に押しつぶされてしまいそうになる。

 不安を噛み潰して、駅周辺を調べてみる決心がついた。その事を友人に連絡しようと携帯電話をみたら、バイブが鳴っていないのに一件のメールの着信履歴が表示されていた。

 差出人はやはり先程から連絡をとっていた友人だった。……のだが。

『puヲ2mj,////ou視8gud:tr;..行k91!hoe&4%w呪ケtoi/??/ofhi6#"koコ-=~ヒ6_エo_』

「ひ……ひぃっっっ」

 携帯が手元からアスファルトに落ちていく。あまり気味悪さに、拾う気になれないでいると、表示されている意味不明の文字の羅列が、出来るわけが無いのに更に追加されてどんどん羅列が増えていく。

 僕は泣いていたと思う。気付いてた時には携帯電話を修復不可能なまでに踏み潰していた。

 息は切れて喉がぜえぜえ鳴っている。今の僕の姿をみたら、きっと相当なキチガイのように映っただろうという位、自分でも驚く程荒げていた。

 ふと思うと、唯一の連絡手段を失くしたのだと気付いた。自分で勝手に更に窮地へち追い込んだようなものだ。

「はぁ、はぁ…………とに、かく。もう、行くしかない……黙って待つなんてもう、絶対に無理だ」

 何も知らない土地を無防備で歩くなんて馬鹿か、と本当なら思うのだろうけど、今はもうそうは言ってられなかった。

 あまりにも重い一歩を踏み込む。本当は嫌なのに、足は前に出さなければそれこそ精神が崩壊しそうになっている。もうなにがなんだかわからない状態だった。

 そんな中、駅のホームを歩き、無人の改札を通過する。勿論真っ暗だったし、切符を入れるような機械も見当たらなかった。

 昔のバスの待合室の様な部屋を抜けると、目の前には舗装されていない道路が線路に沿うように伸びてた。その直角にもう一本細い道があるのもみえる。月も出ていないし、街灯もないはずなのに何故だか良く見えるのが気味悪かった。

 やはり誰もいない。気配もない。しかしホームからでは何故か気付かなかった建物が幾つか立っていた。

 恐怖に感じながらも、人がいるならば助けを請うべきだ。そう思って近づいてみると、どうも様子がおかしい。

 僕が最初に見つけた建物は木造のさほど大きくもない家、それも多分個人でやっている商店の様なものだと思う。思う、というのは掲げられている看板が見るからに読めない記号の羅列だったのだ。

 記号だというのは、解る。さっきのメールの様に文字化けしたようなものなので、見たことの無い文字という訳ではないのが逆に気持ちが悪かった。

 その看板を見上げて立ち尽くしていると、唐突に背後から人の気配がした。それも、あまり良い気配ではなく、まだなにも見てないし人が居ると確認もしていないのに、腕には鳥肌が立っていた。

「……やっぱり誰も、いないか」

 恐る恐る振り返る。内心誰かに居て欲しいと思いながらも、居て欲しくないという変な矛盾を抱きながら辺りを見渡してもやはり、誰も居ない。

 再度奇怪な看板を眺めてみようと向き直そうとそたところで、視界の端にほんの少し異変を感じた。

 もう一度よく見てみる。視線の先には勿論、僕が先程まで立ち尽くしていた駅がある。古ぼけた外観で、本当に今でも電車が止まるのか怪しい程に、人が使っている形跡の無い駅。その駅のホームで、何かが動いている。

 よく見えない。よく見えないけれど、なにか動いているのだけは、解る。その情報の少なさは貪欲に更なる情報を求めるのだけれど、本能では警報を鳴らしている。

 目を向けてはならない。認知してはならない。解っていても凝視してしまった視線はもう離すことが出来ない。

 ……そして。

「ひ……えっ……うあ、う……ああああああああああああああああああっっっ、うわああああああ!」  ただただ怖かった。特別足が無いとか、血だらけだとかそういうんじゃない。幽霊だ、とか殺人鬼と出くわしたとかそういう恐怖とも違う。

 だらしなく伸び散らした長い髪を垂らして、女が僕の方をみて口を歪めて笑っていたのだ。

 ただ、それだけの事だった。それだけで、全身の毛穴から汗は噴出し、喉を潰す勢いで叫んだ。その存在が異質な存在なのは一目両全だった。

 ゆっくりとした動作で駅の線路に降り、線路を渡って此方へ歩いてくる。足は覚束無く、しかし笑い声はこびりつくように鼓膜を不快に揺らす。 

 逃げなければ。とうとう尋常じゃない事になっている。パニックに陥りながらも、逃げなければという判断は出来た。

 先程まで眺めていた、文字化けしたような看板を掲げた商店に助けを求めようと振り返ったその時、

「タ……ス…………ケ…………テェェェェェェエエエエエッッ」

 目の前には何故か既に、先程まで線路を渡っていた女が血走った目を見開いて叫んだ。

 その顔面の皮膚は爛れて酷い有様。よく観察しているような暇もなく、その恐ろしい形相の女はまた気が狂ったかの様に笑い出した。

 恐怖。本当に恐怖した時、人は何も口から発する事ができず、身動きも取れないのだ。そんな話を昔雑誌かなにかで読んだ時、それはありえないと思ったのをこんなときに思い出した。訂正する、本当に何も出来ない。

 それでも、膝が笑っていてもとにかくこの場から逃げなければ。その思いを拳に託して自分の膝を殴る。そして全力で、とにかく力の限り走った。

 走った方は何処なのかは検討も付くはずも無い。必死なのだ。走り方も危なっかしく、地面につま先をぶつけてしまい何度も転びそうになった。それでも、今はあの女と駅から一ミリでも離れたかった。

 心臓の鼓動は早くなるばかりで、全く呼吸が追いつかない。喉も痛みで焼けてきた。視界は時々涙や汗でゆがみ、ちゃんと真っ直ぐ歩けていなかったと思う。

 思い切って振り返る。すると、あの女は僕のことを追いかけてきていなかった。今ではすっかり遠くなった商店のような建物の前にも、人影は無い。

「はあっ、はあっ……はぁっ……」

 息を整える。いきなりの全力疾走に吐き気がずっと治まらない。膝に手を当てて楽な体勢を模索しながら、肺に無理矢理に空気を送り込む。

 いくらか落ち着いてくると、また異変に気付く。

 鈴と太鼓の音が、駅で聴いた時よりも更に大きくなっていたのだ。

 辺りを見渡すと、線路沿いを走っていたらしく、この先には友人が警戒していたあの線路のトンネルがある。

 気が付かない間に近づいてしまっていたのだ。

「でも……はあっ、此処まで……きたら、鈴と太鼓の音を確かめたいかも……」

 少なからず、人が居るという希望があるのなら、縋りたいのだ。

 もう、一人きりで孤独に怯えるのは限界だった。 

 怖い、不安という感情が冷静を欠いている気がしなくもないが、本当に限界を感じていた。無意味に叫びたい衝動を飲み込み、トンネルのほうを目指して歩く。

 トンネルの先へ行くには線路に入らなければいけない。最早当たり前のように線路に侵入してから、ふと思う。今電車がきたら僕はばらばらの肉塊になるのだろうな、と。

 しかし磨り減った精神は、それをも良しとしてしまう。この恐怖から解放されるのならば、それも有りかと思ってしまうのだ。これは誰にも責められる覚えはない。

 トンネルを正面から見据えると、抜けた先には沢山の光が揺れていた。提灯のような、小さな灯りが無数に見えた。

 その灯りに人間味を感じ、そこに望みをかけて無我夢中で走っていた。トンネルの中は真っ暗で入るのも躊躇する程怖い雰囲気を醸し出しているのに、そんなものはお構いなしで走り続けた。

 これで、解放されるかもしれない。人がいたら、全てを話して助けてもらおう。そう願いながらトンネルを抜けて、その無数の灯りを見た時。

 唐突に立ち眩みがした。視界が揺れて、その灯りの正体を認知するより早く僕は線路に倒れこんでいた。

 足にガタがきたのだろうか、身体が少しも動かない。もう鈴や太鼓の音は目と鼻の距離という程に近い。しかしもう、視線をそちらに向けるだけの力さえ、この身体には残っていないようだった。

 諦めに似た気持ちを抱きながら目を閉じると、驚くほど強い睡魔に襲われた。

 この睡魔を耐える理由は僕にはなかった。闇に飛び込むような感覚の中、意識はすーっと消えていったのだった。



 


 


瞼の裏の闇が振り払われ、光を感じる。むしろそれは段々光量を増していき、僕は思わず呻き声をもらしながら静かに目を開ける。

「………………えっ? ……あれ?」

 電車に乗っていた。先程まで知らない駅で不思議な体験ばかりして、更には恐ろしい女に追いかけられたばかりだ。

 夢だろうか? しかし、身体を湿らす大量の汗や、顔をぐちゃぐちゃにしている涙、まだ荒い呼吸は、嫌に現実じみていて、この状況に混乱するばかりだ。

「夢……ってことで、いいのかな……?」

 ほっと胸を撫で下ろす。なにはともあれ、今はこうして電車に乗っている。腕をつねっても痛みはしっかり感じるし、あれは夢ということにした。

「はぁああああああ……嫌な夢だったな……」

 思い出すのも嫌な、とてもリアルな夢。未だにその熱が冷めず、身体は震えている。

 電車に乗客は居ない。目の前に広がるのは暗闇の景色だけれど、車内はちゃんと電気がついている。その事実に凄く安堵した。

 しかし僕やっぱり寝過ごしているらしく、現在地がわからない。

 携帯電話を使って友人に連絡しようと思ってポケットを探すと、なんと携帯電話がない。

「あれ……どっかで落としちゃったかな」

 ズボンの左右のポケットを探してみるも、やはり有る気配はない。そしてそうしている内に車内が急に眩しくなったと思ったら、窓から外の明かりが車内に差し込んできた。

「…………こんな場所、あったか?」

 電車の窓から見えるのは摩天楼。東京、いやもっといえばニューヨークの建物を思わせる摩天楼が姿を現したのだ。それも一つではなく、窓から見える景色全部が巨大なビル群と珍妙な外観の建物だった。  一言でいえば絶景。綺麗な光が沢山灯るこの摩天楼は、僕の視線を一瞬で掻っ攫う。携帯電話など、どうでもよくなる位に絶景だ。

 その摩天楼に目を奪われていると、電車と電車の連結扉から、車掌さんがやってきた。

 切符の確認だろうと思って、財布から切符を取り出そうとした、その時だった。




「コノ……ママ、ニゲ……ラレル……ト……オモウナ……ヨ」 
















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[良い点] 一人称で共感を呼びやすく、吹き出しの中の表示演出も怖かったです メジャーな題材に対して文章のオリジナリティも在ったと思います! [気になる点] 特になし [一言] 完全には暴かれ切らない不…
[一言] こんにちは。タイトルでなんとなく好みのジャンルだな~と思ったので拝見させていただきました。 ネット上の怖い話『如月駅』をモチーフにしているんですね! 主人公の心境が良い感じで描かれていて面白…
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