仮想彼氏・只今・戦闘中 第1回 わたしの彼氏はパトリック
リレー小説企画の第1回目です。所々・際どい表現があります。ご容赦下さい。それではどうぞ。
満員電車のつり革に手をやり、もたれかかってくる中年オヤジどもを押しのけながら、わたしは今日も通勤している。
この不景気なご時世に大学を卒業したということだけで、大手の広告会社に就職できたことは、幸運いがいのなにものでもないのだが……。
自己紹介がおくれてしまった。わたしの名前は加藤れいこ。広告代理店に勤務する花のOL・只今・二十五歳!といっても最近はこれといって浮いた話題があるわけでもない。毎日・日々の業務と残業のくりかえしで、身も心もボロボロになってしまっている。
断っておくが、わたしは断じて処女ではない。学生時代は、人並みにまわりが見えなくなるほどの恋もしてきた。いつもこれが最後の恋だと心にきめているのに、最後はののしりあって別れてしまうのだから、わたしはきっとおとこを見る目がないのであろう。
そんな平凡と狂気が波のように交差しながらくりかえす日常のなかで、わたしはツイッターでもフェイスブックでもなく、ある一つのソーシャル・ゲームに夢中になってしまっている。
正確に表現してしまうと、恋におちてしまっている。わたしの恋人は現実世界には存在せず、この3Dの二次元空間のなかに存在していて、今日もわたしのことを強くだきしめていくのである。
そのゲームに出会ったのは、三ヶ月前のクライアントとのうちあわせの場であった。広告代理店の仕事というのは、顧客の企業がとり扱う商品をいかにして、一般の消費者にわかりやすくアピールできるかが仕事における生命線で、それが人生のわかれ道になってしまう。
業務のいっかんとして、また商品の完成度をチェックしてクライアントにレスポンスするため、わたしはそのゲームにチャレンジするはめになってしまった。
うえからB85・W58・H88、……どうだナイスなバディだろ。ケイト・アップトンなんか目じゃない、……現実世界ではわたしはこんなに貧乳なのに。
フロントアップが超セクシーなエナメル素材の黒いボンテージ衣装を、わたしはその世界で身体にみにつけている。胸元からへそにかけて大きく開封されたその衣装を、ひもとマジックテープだけで固定し、下にはガーターベルトと黒のストッキングでクールにきめてしまっている。
しかもいろんな所がすけているので、自分でも目のやりどころに困ってしまうほどだ。恥ずかしすぎて、色々とかくしてしまいたい。わたしの心の奥底から、いままでだれにも見せたことのない、こんな羞恥心が否応なくあふれだしてくる。
現実世界であったなら、こんな衣装を身につけることはまったくもってありえないことであろう。
たまの休日に秋葉原を歩いていると、ゲームの世界に頭がとんでいってしまった、セクシーなコスプレをしている女子をみつけることがよくある。恥ずかしさのあまり、わたしはそこから逃げだしてしまう。
けれどもこのゲームをしていると、わたしのなかのなにかスイッチのようなモノが自然に入ってしまって、自分でもコントロールすることができない。
いや、むしろ自分のなかのすべてをさらけだして、カレのことをもっと振りむかせてみたいとさへ考えてしまうのだ。
このゲームは革新的でかつ大胆に設計されている。スマートフォンのアプリをたちあげるだけで、いつどこにいても肉体から精神が分離され、ゲームのキャラクターと感情がシンクロしていくのだから、脅威といったとことでおどろきを表現することはできそうにない。
開発段階であまりにリアルすぎる世界に夢中になりすぎて、死亡した人間がいるというウワサさへ、どこからともなく聞こえてくるほどだ。
にもかかわらずゲームのストーリーは、トンチンカンでまったくもって無茶苦茶だ。舞台の設定は近未来都市であるにもかかわらず、登場するキャラクターは、みな中世ヨーロッパや戦国時代の武将や遊女の格好をしていて、浮世離れしたコスプレーヤーのようにふるまっている。
この世界にモンスターや妖精のたぐいは存在しない。もちろんそのようないでたちで妖怪や物の怪をえんじることは可能ではあるのだが、ゲームのなかに登場するのは全てが人間で、それをコスプレしてしているというよくわからない設定なのだ。
もちろん魔法・呪術・非科学的現象のすべてがサポートされていて、コマンド入力をしなくても、脳がそれを念じるだけで現実的に具現化されていく。ゲームの世界なので論理的に矛盾をかんじたとしても、それが否定されることはまずない。
このゲームは組織的戦闘ゲームだ。敵の味方が入り乱れて殺陣を展開していく。敵陣に切りこんでいき、隠されているアイテムを奪いとることができれば、それがポイントとして加算されていく。
そのポイントで服をかったり、メシをたべたり、病院にいったりするのだから、すこし世知辛い設定にしすぎのような気さへする。
「レイ、きょうもキレイだね」
そんなストレートすぎる表現を、カレはいつものようにわたしにいい聞かせてくる。現実世界ではニヒルにかんじる愛情表現も、この世界では心地よく胸につきささってしまう。
「最近すこし痩せたんじゃない?ちゃんとゴハンたべてる?」
あなたのことで胸がいっぱいで、ゴハンものどを通りません。ふたりの関係はチームのなかでは、内緒のひめごとになっている。
別に不倫をしているわけでもないし、オフィス・ラブをしているわけでもない。ふたりで秘密を共有していることが、なぜだかやけに心地よかったりする。
「オレはいっぱいたべるキミが好きだよ」
そんなの……てれます……うれしいです。カレの前で心のこえをこえにだしてしまいそうになった。ふたりは確実につきあってしまっている。
この前などひとめをさけながら、路地裏にてどちらからというわけでもなく、唇と唇をかさねてしまっていた。それは所謂一つのフレンチキスというやつで、友人同士があいさつ程度にかわすそれとはちがい、恋人達が愛しあうディープな表現手段であった。
「きょうも生きて帰ってこよう。無理しなくていいから」
ふたりの恋はこういう設定だから、余計に盛りあがってしまう。現実社会では草食系男子が増殖して、淡白な愛情表現をくりかえしているが、ときにはカレのようにストレートに表現してもらいたいモノだ。
この前・今年度の新入社員に、一週間・連続で食事にさそわれた。平均的で非のつけどころのないかんじではあったが、ぱっとしたところもなかったので、その誘いをことわりつづけた。
次の日からつき放すかんじで接してきたが、わたしに恋のかけひきのたぐいは通用することはない。けれども後輩のソイツは、まったくそのことをわかっていないようで、自分のなかですべての理屈を完結させているようだ。
「最近ゲームにはまっている女の子、多いみたいだけど。レイはどう思う?オレは正直・理解できない」
「うん、わかんないニャン。レイにはパックンがいるニャン」
こんな風にニャンといってしまっている。いっておくが現実世界で、こんな言葉使いをしたことは一度でもない。カレの前では、ニャンとかキャンとかニューとか、自然と擬音語がふえてカワイイを装ってしまう。別の表現をすると、猫をかぶっているということなのであろうか?
……といいますか。そもそもゲームをしないとカレにあえないわけで……。そこを否定されると、わたしの恋はおわってしまう。もう本当に乙女心がわかってないんだから。
パックン・レイ、ふたりはそう呼びあうなかである。カレの名前はパトリック、この精鋭部隊の隊長で、作戦の戦略をたてる参謀の職務を兼務している。
このチームはカレの力量で、こんにちまで生き延びてこれたといっても過言ではない。そして何度もそれをいうが、カレはわたしの恋人でもある。
夏がすぎさり秋がやってきた。少しまえまで、クールビスでチャラチャラしていた同僚たちも、ゆるめたネクタイを締めなおし、ビジネス・スーツをスリムにきこなしている。
これからが会社の本領はっきといった雰囲気が、社内全体にひろがっていった。わたしはなにか特別なことをするわけでもなく、ただ自分にあたえられた仕事をこなすだけなのだが……。
すこし肌寒いこの季節に、ココアは身体をあたためてくれる。わたしはいくつになっても、コーヒーを飲むことができそうにない。きっと子供のころに、身体がおぼえてしまった感情を、忘れることができないのであろう。
広告会社に勤める人間は高給とりと世間一般にはおもわれている。まあボーナスもいいし、手どりもそこそこいいのは事実である。
けれどもそれは、積みかねられた激務と残業によるもので、なかなかキツイ仕事にはほかならない。げんに退職して辞めていくならまだしも、死亡して辞めていく人間もいるのだから。
わたしは実家から、二時間ほどかけてこの会社に通っている。いつ会社を辞めてもいいように、人生に保険をかけるためだ。給料のほとんどを貯金にあてている。最近では友人からも、守銭奴とよばれてしまっている。
こんな腐ったようなはなしをだれも聞きたくないだろう。頭のなかをよぎっていく、煩悩のような雑念を、宇宙のどこかにほうり投げてしまいたい。いまはただカレに会いにいって、そのままきつよくだきしめられたい。ただそれだけのことしか、いまは考えられない。
午前中にひととおりの業務をやっつけ仕事で終わらしてしまい、わたしはいつもそうするのだが昼の休憩にはいる。この一時間のあいだに、カレはわたしになにを伝えてくるのだろうか?
この会社は日本の企業ではめずらしく、昼寝をするスペースが社内に存在する。わたしはその場所で、アプリをたちあげる。そしてカレに対する恋心とともに、ゲームの世界にとんでいく。
ある薬を二錠とりだし、水と一緒にのどにそれをながしこむ。そうするとやがて、文字通り精神と肉体は切り離され、れいことレイの感覚がシンクロしていく。やがてそれらはリンクをくりかえし、最後にはひとつに溶けあっていく。
わたしの感情はレイそのものだ。むしろ現実世界のなかで、れいこをえんじてしまっているのではないのかと、最近では錯覚してしまうほどなのだから。
さあ楽しいゲームのはじまりだ。わたしはこの世界でなんども・なんども愛しあい、何人ものにんげんと殺しあいの殺陣を展開していく。この感覚はゲームを体感したことのない、一般人には到底・理解できないモノだ。わたしは当分この世界からぬけだせそうにない。
「レイあいたかった」
そういってカレはわたしをだきしめてくる。ほんの数時間あっていなかっただけなのに、まるで何十年ものあいだあうことができなかったようにさへ思えてしまう。
たぶんカレのそんな行動が、わたしにそう思い込ませてしまうのだろう。ソースコードで言動や行動がこまかくプログラミングされていると、いくら自分にいいきかせてみても、わたしのなかの恋の歯車を、カレは乱暴にわしづかみして決してはなそうとはしない。
パトリックという名前は、パトリック・ハーランから安易に、拝借されたモノなのであろう。かれはすこし小柄で、パトリック・ハーランというよりは若いころのマイケル・J・フォックスにすこし似ている。
「レイ、武器をみんなにくばってくれ」
うちのチームには呪術系やサイコキネシスといったもののたぐいに秀でた人間がいない。武器をつかった直接攻撃をこのむ人間がおおい。それだけイカレタ人間がおおいということだ。まあわたしもそのなかのひとりであるのだが。
そのうち魔法使いをスカウトしてくるよと、パックンはいっていた。カレはこの部隊の参謀でもある。
『刀・ライフル・こて・こしあて』
簡易な防具と装備をチームのメンバーにくばり、戦闘前の休息にはいる。わたしは煙草をすわないが、みな・それを一様にすっている。
「もう、……ちょっとーーー!!」
カレは戦闘に突入するまえに、必ずわたしの耳たぶを急にさわってくる。それはおまじないのようなモノで、おんなの耳たぶをきつくさわると戦場からいきてかえれるといった、迷信や都市伝説のたぐいのはなしであった。
他のヤツがそれをしょうとすると、あからさまに嫌なかおで睨みつけて、決してそれをさせようとはしない。不思議なモノで他のヤツには絶対にさわられたくないそれも、カレにだけはもっときつくさわられたいと、心の奥ではそう思ってしまっている。
授業のようにチャイムがなって、きょうも殺しあいのゲームがはじまる。
「うおおおおおーーー。チェスト」
わたしは決して九州男児ではない。けれども日本刀をふりまわすのに、そのかけ声は一番・適しているようにいまはかんじている。
「レイ、うしろにも気をつけろよ」
間一髪のところでパックンが、うしろにまわりこみ相手を斬りつけた。戦場はいつでも死がそばにとなりあわせている。
「ごめん、油断していた」
「おっちょこちょいだな」
戦場でじゃれあっている暇はどこにもない。いまは戦闘に集中する時間帯だ。相手のチームは魑魅魍魎のようなコスプレをしているし、悪趣味でグロデスクな攻撃をこのんでくる。
泥や油や汗にまみれて、こちらはただひたすらに相手をきりきざんでいく。まるでそれが生きている証明のように、ただその快楽をすべての人間が楽しんでいる。
「ギャー・ギャー」
その奇声は危険信号のあいずにほかならない。味方がつぎつきにやられているというそんな証明でもある。
……ラドクリフだ。またあいつがやってきたのだ。ヤツは手強いあいてだ。まるで中世の騎士団のような、重厚なよろいを全身にみにつけ、巨大な斧をちからまかせにふりまわしている。
ヤツの名前も安易にダニエル・ラドクリフから拝借されたにちがいない。ヤツの体格はちょっとした巨人のようで、強固な骨格をもち、見るからに獰猛であり強圧的な恐怖をかんじさせる。
「きみたち、この戦いの意味に、なにか答えはあるのだろうか?」
そんな哲学的なといかけが、この浮世離れしたゲームのなかで、なにか意味をなすのだろうか?もしかしたら、なにかの罠かもしれない。
げんにヤツになんど、うちのチームは皆殺しにされかかったことだろう。パックンを含めて皆が、呆れたかおをしてしまっていた。
「きみたちは世界を変えることができる」
ヤツはそういってきた。なにを考えているのか、わたしにはわからない。
どうでしたが、書生はラノベが苦手でございます。みなさま作風がぴんとこなかったのでは?1回目ですので、展開が遅すぎると感じた方がほとんどでしょう。2回目以降に期待して下さい。それではさようなら・さようなら・さようなら。