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青春と惨劇  作者: OTASAN
9/11

9話目

冬の日照時間は短い。すぐに夜がやってくる。

姉妹が待ち合わせに指定した時刻には、既に日光は途絶え、空には星が瞬いていた。

約束した場所である旧校舎の中庭には、一本の街灯が灯されていた。

他にも街灯は立っているのだが、誰も来ない場所を照らしておくのは、エネルギーの無駄である、という理由で電球が外されている。

しかし全くの闇に閉ざしてしまうのは治安上よろしくないということで、一本だけ灯されているのだ。

中庭は四方を旧校舎と、それを繋ぐ廊下で囲まれていて、外からは死角になっている。

たった一本の街灯だけで、中庭をすべて照らし出すのは不可能であり、光の届かぬ隅には暗闇が蟠っている。

夜香が中庭に足を踏み入れた時、夜空は既に待っていた。

中庭の端にある、誰も手入れをしなくなった花壇の傍でしゃがみ込んでいる。夜香の側からでは、夜空の背中しか見ることができない。

「随分と早めに来たのね」

「待ち合わせで、先輩より後輩が先に来るのは礼儀です」

夜空は、すっと立ち上がり、振り向く。

いつものように萎縮した雰囲気は微塵も無い。決然としているようであり、諦観しているようでもあった。

姉妹は中庭の中心に立つ街灯を挟んで対峙している。お互いに親愛の情は感じられず、空気はどこまでも冷たく張り詰めている。

「あなた、私との約束、破ったわね」

話の口火を夜香が切る。不穏な雰囲気に影響されたためか、口調が無意識にきつくなる。

「約束?、なんのことでしょうか?」

「惚けないで、あの能力は使わないという約束よ」

「ああ、あれですか。覚えています。でも姉さんが破っていましたから、もう自然消滅したのかと思っていました」

夜空の言葉に、夜香は息を呑んだ。自分が能力を使用したのがバレている。一体どこで知ったのだろうか。

動揺が顔の出ないように注意して、夜香は会話を続ける。

「なぜ能力を使ったの?」

「答えは言わなくても解っているはずです。私たちは血の繋がった姉妹で、共にあの辛い環境に身を置いた仲です。ですから、私の考えは、姉さんの考えと同じです」

「・・・・」

「あの男が脱獄したことを私が知らないとでもお思いですか?、あの男の事を、私が忘れられるとお思いですか?、私たちの受けた心の傷は、そんな浅いものではありません。今度こそ、あの男を殺します。あの時、出来なかったことをやります。私自身の手で殺してやります」

「止しなさい、そんなことをしては駄目。私は知っているわ。あなたは本当に心の優しい子。生まれたばかりの時から、私はあなたを見てきたんだもの。あなたは人を殺めて平然としていられる人間じゃない。ずっと心の苦悶を味わい続けることになるわ」

夜香は、はっとした。自ら口にしたセリフに気付かされるものがあったのだ。

これは先日、音咲が夜香に向けて言ったセリフと同義であった。音咲が夜香に対して抱いた想いと、夜香が妹に対して抱いた想いは、全く同じだったのである。

にも関わらず、夜行は音咲の心情を踏み躙った。自分はつくづく愚かである。そんな自分の気持ちが、果たして夜空に届くであろうか。

答えは・・・・否であった。

「・・・・だったらまた、姉さんがやるというのですか、昔のように・・・」

過去を思い出しているのか、夜空は口惜しそうに歯を食い縛る。

「もう、あんなことはさせないです。私の罪を姉さんが被るような真似は絶対にさせないです。姉さんは、すべてを自分が背負えば、私が幸せになれると思っているのですか!。そんなの大間違いです!」

昂ぶった感情を吐き出すように夜空は声を荒げる。

「すべての不幸を姉さんが引き受けてしまう事、それこそが何よりも私を苛むのです!」

夜空の言葉は夜香の気持ちを激しく揺さぶった。痛いほど魂に響いた。

だがしかし、それでもこれだけは、譲るわけにはいかなかった。

「聞きなさい、あなたも解っているでしょう。あの力は危険なの。我を忘れ、怒りと憎しみと破壊衝動に支配され、それらを満たす愉悦に囚われるのよ」

「そのようですね、抑えが効かなくなってきている自覚はあります」

自嘲気味に夜空は嘆息する。その言葉に、夜香の体はピクリと震えた。

「まさかあなた、・・・・力を無関係な人に向けて使ったの?」

「無関係という言葉には語弊があります。先にちょっかいを出してきたのは彼らです」

「ああ・・・なんてことなの」

夜香は顔を両手で覆い、呻いた。これで確定してしまった。

菊本の証言が真実であったということが。

夜空が殺人を犯していたということが。

血を分けた姉妹がお互いを思い遣った結果、辿り着いたのが、こんな悲劇だなんて、あまりにも遣り切れない。

「姉さん、私を哀れまないでください」

溢れ出る悲嘆の感情を、夜空は堪えるようにしている。

「本当に哀れで、危ういのは姉さんです。私、見てしまったんです。姉さんが音咲先輩まで、殺そうとしてしまっているところを」

夜空は目撃していたのだ。能力に溺れ、廃工場でギャングだけでなく音咲までも、その手に掛けようとしてしまったことを。

しかし、今の夜香にとって、そのような事実は、もはやどうでもいいことであった。

「もう、十分よ。もう十分」

夜香は夜空を見据えた。夜空も視線を逸らさず、夜香を正面から見詰め返す。

「私たち、取り返しのつかない所まで来てしまった。どこで間違えたのかしら。いえ、どこで狂ってしまったのかという表現の方が適切かもね」

「姉さん」

「元凶はあの男、すべてはあの男の所為、あいつさえいなければ、こんなことにはならなかった」

夜香は夜空に向けてやさしく訴えかける。

「あなたはここまでよ、もう退きなさい。これは私の失敗、あの時、あの男を殺さなかった私に責任があるわ」

「・・・・またですか。また私の気持ちを裏切るのですか。私を騙して家を追い出し、海凪家に一人で養子にやったように・・・・二人で行くって言っていたのに・・・・」

夜空の表情が、見る見るうちに翳っていく。

「私の胸の内を、打ち明けたというのに。それでも、そうやって一人で済ませてしまうつもりなのですか。私は、その姉さんの独り善がりの思い遣りが、大っ嫌いなのです!。そんなものはいらないんです!。欲しくないんです!。私は姉さんが欲しいんです。望むのはただ姉さんの幸せなんです!。どうしてわかってくれないのですか!?」

夜空の気配が一変する。相手に親しみを覚えさせると好評の温和な瞳が、瞬く間にきつくなっていく。

「私がやります。姉さんには絶対にやらせません!」

夜空は能力を発動させてしまった。

「ありがとう、夜空。でもね、あなたは私の言うことを聞いて、大人しくしていればいいのよ。これ以上、罪を犯さないで。すぐにすべてを終らせてあげるから」

夜香もまた、力を使用する。

放出される力によって、周囲の空間がぐにゃりと歪む。人間的な感情が鳴りを潜め、変わりに凶暴な本能が騒ぎ始める。

二人の血の繋がった能力者による闘争が始まろうとしている。

お互いの身を案じ、お互いの幸せを願い、そしてお互いの想いを貫き徹すための戦いが。

両者の能力は共に、サイコキネシスである。

示し合わせるようにして、二人は同時に衝撃を放った。衝撃は二人の中間で衝突し、傍の街灯をびりびりと振るわせる。

二撃目も、ほぼ同じタイミングで放つ。今度は衝突することなく交差して、互いの体へと到達しそうになる。

しかし衝撃は不可視の壁に阻まれて、飛散してしまった。

二人とも能力によって、相手の攻撃を防ぐ、防壁を展開していたのだ。これを突破しなければ、目標にダメージを与えることが出来ない。

防壁を破るために、攻撃の出力が徐々に上げられていく。次々と繰り出される衝撃は空中でぶつかり合うか、防壁に当って、爆風を巻き起こしていく。

時間の経過と共に、衝撃の持つ破壊力が、尋常でない水準へ達していく。

夜香も夜空も最初は、相手を昏倒させる程度に力をセーブしていた。無力化するのが目的だったからである。

しかし、防壁を打ち破るため、出力を上げるに伴って、能力に支配されていく事となり、愛情が希薄になっていく。

目標を殺傷するという衝動が頭の中をじわりじわりと占めていった。

終いには、相手が自分にとって、どのような存在であるのかも、不覚になっていく。

その生死すら、知ったことではなくなる。

互いのことを想って初めて戦いが、いつの間にか単なる無慈悲な殺し合いに成り果てていた。

強烈な爆圧が街灯を根元から傾ける。防壁に弾かれ、軌道の反れた衝撃が旧校舎の外壁に当り、粉々に粉砕する。

戦いを始めてから、二人はほとんど、その場を動いていない。

回避行動は共に皆無。

防壁による防御と、衝撃による攻撃だけの、戦艦同士の砲撃戦のような、真正面からの撃ち合いであった。

そのシチュエーションがまた、どこまでやりあえるのかと闘争本能を煽り立てる。

二人の間近は防壁により難を逃れているが、それ以外は無残に荒れ果てていた。

衝撃の応酬が唐突に止んだ。

二人が我を取り戻して、矛を収めたのではない。

相手の防壁を打ち破る、必殺の一撃を繰り出すために、力を溜め込んでいるのである。

次に放たれる衝撃は致死的といっても生易しい、まともに喰らえば、人間など粉々に吹き飛んでしまうであろう。

先に射出体勢に入ったのは夜空であった。

目標を凝視する。

もはや壊してしまいたいという衝動だけしか、抱けなくなってしまった目標を。

その時、夜空は視界の中に異物を感じた。思わず注意がそちらへと向く。

異物は攻撃目標である夜香のすぐ後にいた。腕を組み、仁王立ちをしている。

夜行も、ようやく気配に気付いて背後を振り向いた。

そこに毅然と屹立していたのは、なんと音咲なずなであった。

「なにしてんねん!!」

音咲は夜香の襟と袖を引っ掴み、足を掃い上げて、投げ飛ばした。

一瞬の出来事だったので夜香は自分が何をされたのか把握出来ない。

ただ、世界が逆様になっていることだけは認識した。

夜香の体は一回転して頭から地面に叩きつけられそうになる。寸前で音咲が腕を引いたので、頭からの落下は免れた。

しかし、その代わりお尻が激烈な勢いで地面と激突した。しかも落とされた場所は地面の、土壌ではなく、コンクリートで固められた部分であった。

音咲が態と、そうしたのである。

「きゃひぃぃぃぃん!」

夜の旧校舎に夜香の悲鳴が響き渡る。

音咲は夜香に、例の宣誓を破らせ、一度ならず二度までも、『きゃひん』、と言わしめたのであった。

あまりの勢いに夜香の体はバウンドした。そして不恰好な姿勢で突っ伏す。

女座りの形から上体を前に倒し、顔を地面に這い蹲らせているが臀部だけは持ち上がっており、その臀部を両手で押さえている。

長い黒髪が地面に散らばり同心円を描いているのは雅であるが、それ以外は実にみっともない姿である。

嗚咽を漏らしながら小刻みに震えていて、その体勢のまま動こうとしない。お尻を強打した激痛により身動きが取れないのであった。

音咲は女性に暴力を振るわない主義であるが、肉親を殺そうとする輩は、その限りではないのだ。

「柔道は!、地球を武器にする格闘技ですから!」

夜香を片付けた音咲は、おかしな発言をしながら、次に夜空の下へと向う。

肩を怒らせ、無防備に大股で歩いていく。

夜空は呆然としていた。意外な第三者の乱入に、どう対処すればよいのかわからず、困惑している。

そうこうしている内に、音咲は夜空に組み付き、引き倒した。

「きゃっ!?」

両手を極めて自由を奪い、そこから体を逆にひっくり返して足を絡め、そして一気に夜空の股を開かせる。秘技・恥ずかし固めである。

身体的ダメージは絶無であるが、精神は恥辱で汚染されることとなる。

夜空は必死に逃れようとするが技は完全に極まっており、身動きが取れない。しかも夜空は本日スカートであったため、とんでもないことになっていた。

無駄な抵抗を続けること五分間、終に夜空がさめざめと泣き始める。

しかし、流された涙は音咲の同情でなく、サドッ気を誘ってしまった。音咲は力を強め、より一層、股を開かせる。

無体な仕打ちに夜空はとうとう大声で泣き叫んだ。しかしそれでも音咲は力を緩めようとはせず、惨状は悪化していく。

あと少しで、夜空の体面が大惨事になろうとした、その刹那、

「止めて!、音咲君、お願い。それ以上、妹を辱めないで!」

悲痛な叫びが投げかけられた。見ると、まだお尻が痛くて立てず、四つん這いの夜香が、こちらに這い寄ってきている。

その懸命な姿に音咲は、ようやく夜空を開放する。

「おね~ちゃ~~ん!」

夜空は、おいおいと泣きながら姉の胸に飛び込んだ。夜空を受け止めた拍子に尻餅をついてしまい、痛みがぶり返して、夜香は、ひん、と呻き、青ざめる。

さんざん乱暴狼藉を働いた音咲であったが、怒りはまだ収まっていないようで、傲然としながら二人を見下ろしている。その姿は姉妹を震え上がらせた。

「お前ら!、そこへ直れ!」

先輩である夜香まで、お前呼ばわりして、音咲は叱咤する。

「姉妹が仲良くしている微笑ましい場面が見れるんじゃないかと期待して来てみれば、なんだ、このザマは!。能力フルパワーで殺し合いだと!?、馬鹿か!?、馬鹿なのか!?」

音咲の詰問に夜香が沈痛な表情となる。

夜香に抱き付いていた夜空も身を離して俯いてしまう。

「・・・取り返しのつかないことになってしまったの」

夜香が重い口調で呟いた。姉妹の間に漂う、暗澹たる雰囲気を感じ取って、音咲も怒気を沈め、冷静さを取り戻す。

「取り返しのつかないことって、何なのですか?」

「たくさんの人間を殺めてしまったの」

その言葉に、音咲は目を丸くする。

「!、一体誰がそんなことを?」

夜香は夜空を見た。夜空は夜香を見た。

互いの視線が、互いを指している。姉妹は、貴方が犯人なのでしょ?、という表情を見合わせている。

まるで時間が止まったように姉妹は硬直し、不思議な空気が流れた。

「世間で騒がれている連続殺人って、姉さんがやったんじゃないんですか?」

「ちっ、違うわよ。あなたが犯人じゃないの?」

「えっ?、私は姉さんが音咲先輩を殺そうとしたのを目撃して、親しい人まで手にかけてしまうほど、能力の所為で見境が無くなっていると思って。さっきの会話でも、それらしき事を言っていたから」

「それらしき事を言っていたのは、あなたの方よ。ちょっかいを出してきた人に力を使ったって。それに私、あなたが力で人殺しをしているのを見たっていう話を聞いたの」

「そんな!、誤解です!。確かに、夜外出して、あいつを捜していたら変な男の人達に絡まれて。刃物をチラつかせて脅してくるものだから、力で撃退したんです。少し暴走して怪我を負わせましたが、命までは取っていません。その人達の車を潰したぐらいです。信じてください」

「あ~、はいはい。わかりました。事情はすべて呑み込めました」

音咲は、戸惑い、言い合っている姉妹の気を静めるようにして、二人の肩に軽く手を乗せる。

「安心してください。あなたたち二人が殺人犯でないことは自分が保証できますから」

「?、音咲君に、なぜそんなことが断言できるの?」

音咲は胸を張り、自信を込めて言い切った。

「それは自分が犯人を知っているからです。犯行中に会いました」

「「ええっ!」」

夜香と夜空の驚きの声が重なる。

「其の場凌ぎの出任せじゃあないですよ。これは真実です。ですから自分は明言できます。会長と夜空ちゃんは殺人犯ではありません」

姉妹は唖然としてしまった。こんな身近に事件の真相に通じる人物がいるなんて。

「そもそも導入部分からして、二人ともおかしいですよ。なんでお互いを犯人ではないのか、という疑いの視点で入るんですか。それこそが、この悲劇の原因です。あなた達、血の繋がった姉妹でしょうに。どうして人殺しなんてしない、と信じてやらないのですか。あまりにも、すれ違い過ぎですって。自分が来なかったら、勘違いで姉妹殺しになっていましたよ。一人っ子の自分が、こんなことを言うのはおこがましいですが、血が繋がっていることで油断しているんじゃないですか。血縁であればテレパシーで心が通じ合う訳ではないでしょうに。分かり合おうという努力を怠っているんです!」

音咲から語気荒く、懇々と説教されて、夜香と夜空は項垂れる。

「いつもは変態だけど優しい先輩が、今日は怖いです・・・・」

「うう・・・私、年下から本気で怒られている」

音咲は夜香をキッと睨む。夜香はお尻を押さえて、身を竦ませる。

「特に会長が悪い。年長者なのだから、もっとしっかりしないと。どうかしていますよ。どうしてあの男の狂言に惑わされたりするんですか。いつもの会長なら一蹴してます。お姉ちゃんは妹のことになると、本当に駄目になっちゃうんだから!」

「・・・・面目ない」

眦を吊り上げていた音咲は、体の力を抜くようにして嘆息し、表情を朗らかなものへと変える。

「根本的な問題は残っていますが、これで姉妹の蟠りは一件落着です。姉は妹を想い、妹は姉を想って行動した。擦った揉んだあって、旧校舎が業者に頼まなくても倒壊しそうになっていますが、どうせ壊す予定だったんだから問題ないでしょ。随分と長い時間を費やしましたが、やっと姉妹の気持ちは通じ合いましたね」

安堵の感情からだろう。肩を震わせて、噎び泣きを始めていた夜空が、これまで胸中に溜めていたものを爆発させるように夜香の胸に抱き付いた。

「よかった~、よかったよ~、おね~ちゃ~~ん、やこ~おね~ちゃ~~ん」

しがみつかれた夜香は、どうしてよいのか判らず、戸惑いを浮かべたまま、呆然と成すがままになっている。

夜香の反応を見兼ねた音咲が、つつっと近づき、耳元でアドバイスを囁く。

「会長、抱くんです。抱き返してあげるんです。ぎゅっと力一杯に抱すくめるのです」

音咲に従い、夜香はおずおずと両手を夜空の背中に回した。そして力を込める。

腕の中にある妹の感触に、夜香の頬が紅潮する。胸元にある夜空の髪に顔を埋めて、夜香は幸せそうに表情を緩めた。

自分が理想とした姉妹の光景を目にして、音咲は深く頷く。

音咲は大満足であった。姉妹の仲がとうとう戻ったのだから。

しかし、それだけが嬉しいのではない。夜香と夜空の恥辱的な姿を脳内ギャラリーに追加できたことも欣快の至りであった。

特に夜空の、恥ずかし固め画像は大変貴重である。高確率でマゾの夜空は、何気ない仕草で、ちょくちょく音咲のサドッ気を刺激してきていた。

しかし夜空はとてもいい子なので、過激なことをする訳にはいかなかった。やったら夜空が可哀想だし、警察に捕まるし、なによりお姉ちゃんに殺されてしまう。

故に、あんな真似を出来る機会は一生ないであろうと、音咲は考えていたのだが。

まさに棚牡丹であった。

その時、急にマナーモードにしていた音咲の携帯が着信で震えた。取り出して液晶を見ると、音咲の自宅番号が表示されている。

幸福なオーラに包まれている姉妹から離れ、音咲は電話に出た。

「もしもし、婆ちゃん?、えっ?、違う違う、俺、なずなだよ、爺ちゃんじゃないよ。爺ちゃんはもういないよ。えっ、冗談だって?。止めてよ婆ちゃん、婆ちゃんが、その手の冗談をするのって洒落にならないから。不安になるって。えっ、もうやるべきことは終ったのかって?。それがまだなんだよ婆ちゃん。寄り道したら意外と時間食っちゃってさ。出来るだけ早めに戻ろうとしているんだけど。えっ、警察から・・・・それ本当!、詳しく聞かせてよ婆ちゃん」

音咲は一度、姉妹を見遣り、声を潜める。

婆ちゃんの話は姉妹に聞かれると不味い内容であった。

菊本祥二に関することである。

警察から緊急連絡が入り、脱獄囚である菊本が近辺で発見され、現在捕まえようと包囲網を展開しているとのことであった。

民家に逃げ込む危険性がるので、戸締りを固め、何かあればすぐに警察に一報を、と言われたそうである。

その情報は、正に今、音咲が求めていたものであった。

「脱獄囚が包囲されている地域を教えてもらっていいかな、婆ちゃん。大丈夫だよ、危険なことはしないからさ。・・・・うん、ありがとう婆ちゃん、すぐに帰るからね」

通話を切った携帯に向けて、婆ちゃんごめん、と音咲は謝る。

音咲は婆ちゃんに嘘を吐いた。音咲がこれからやろうとしていることは、実に危険なことであったのだ。

音咲はもう一度だけ、姉妹を見る。そして気付かれないよう、音も無くその場を離れた。

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