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青春と惨劇  作者: OTASAN
6/11

6話目

体育館には全校生徒と全教職員が集まっている。現生徒会の信任不信任を問う全校集会が終に行われようとしているのだ。

幕で仕切られた壇上には左右に分かれて、現生徒会役員と大野一派が相対する形で着席していた。

壇の中心にはマイクとプロジェクターが設置されており、これを使って討論を行う形式になっている。

現生徒会側の役割は既に決定済みで、弁論は音咲が行い、それを補佐する役目を荒城が担っている。他の三人は、何もしないで見ていてくれればいい、と音咲から言われていた。荒城が時計を見遣る。

「そろそろ時間だな」

音咲は体を解すため、首と両腕をぐるぐると回した。

「さてやってやるぜ、今日の俺は攻撃的だ。俳句で読むなら

泣かぬなら、おめぇやっちゃうよ?、ホトトギス」

気合を入れている音咲の横に座っていた夜香が、彼の袖をちょいちょいと引張った。

「なんですか会長?、心配は無用ですよ。大船に乗った気持ちでいてください。細工は流々、後は仕上げを御覧じろです」

夜香は顔を近づけてきて、小声で話す。

「その点は安心しているわ。けれどもそのことではないの。こんな時に聞くべき事ではないと理解しているのだけど、音咲君が余りにもいつも通りの日常を送っているので。もしかしたら私の幻覚なのかもって思って・・・。どうしても確かめずにはいられなくて」

夜香は一度言葉を区切り、意を決して言った。

「音咲君・・・・私、あなたを殺しかけたわよね?」

「ええ、まあ」

拍子抜けするほど呆気なく、音咲は肯定した。

思わず夜香は数秒間固まってしまう。眉間に皺を寄せて、夜香はさらに尋ねる。

「じゃあなぜ音咲君は、朝私に挨拶して、休み時間に雑談して、生徒会室でミーティングして、今私の隣に座って、こうして普通に会話しているのかしら?。私は君に、とんでもない場面を見せた挙句、とんでもないことをしたのよ」

普通なら自分を殺そうとした人間を相手にして、何事も無かったかのように平然と接することなど有り得ない。

音咲は、うーむ、と唸った。

「会長を避けたり、会長とびくびくしながら話をしろというのですか?。それでは折角の学校生活がつまらなくなってしまうではないですか。そんなの嫌です。自分は面白おかしく生きたいのです。それこそが、自分にとってもっとも重要なことなのです。確かに死にそうな目には会いましたが、まあ、それはそれ、これはこれですよ」

音咲のあっけらかんとした言い方に、夜香は目を丸くした後、唇の端を少しだけ吊り上げ、苦笑する。

「それはそれ、これはこれか、便利な言葉ね。後でお侘びさせて。謝って許されることではないでしょうけど」

「別に怒ってはいませんて、会長にも色々と事情があったのでしょうから」

夜香は音咲をまじまじと見詰める。

「・・・君は本当に変な人ね」

「そうですか?、そう言う会長も、相当なものだと思いますよ」

進行役が現れて集会の開始を告げた。体育館は静寂に包まれる。幕が上がって生徒たちの注目が壇上に集中した。

先行は大野一派であった。弁論を行うのは勿論、大野友春本人である。

大野は現生徒会の問題点を次々と提示していく。

権力の独占・職権乱用・役員の横暴・組織の不条理、そして生徒会の強引なやり口によって被害を被った生徒達の実情なども公表していく。

大野の弁論は現生徒会の非難に終始するだけでなく、自分たちが作る新たな生徒会であれば、別の解決策を提示し、もっと不平不満の声を起こさせず、平和的にことを勧めることが出来ると訴える。

大野の演説に耳を傾けながら、荒城が音咲に囁く。

「なかなかのものだ。内容が一方的に偏って、相手に不快感を与えないように気を使っているし、冗長になって聴衆が飽きないように要点を抑え、具体例も出して分かりやすくまとめてある。流石は大野だ」

大野の弁論が終盤に差し掛かる。

「それでは最後に、現生徒会はその体制だけでなく、その構成員、特に中心人物である本堂会長に問題があることを私はこの場で主張したい」

「来たな」

音咲は奥歯を噛み締める。

「本堂会長は素晴らしい人物である。それは私も認める。生徒諸君の中にもファンがいるくらいだ。だがしかし!、本堂会長は八重高の代表として、全校生徒の模範として相応しい人物ではない!」

大野は断言した。途端に全校生徒がざわつき始める。

「その理由は本堂会長が同性愛者であるという部分にある」

大野の言葉に、ざわめきは刹那静まった後、より一層大きくなり体育館内を満たしていく。教師陣はというと、唖然としている。

「念のために言っておくが、同性愛が悪いという訳ではない。人にはそれぞれ好みというものがある。私が悪いと感じているのは、同性愛者である本堂会長が以前女子生徒に対して、関係を強要したということだ」

女子生徒の間から、きゃあ~、と黄色い悲鳴が上がった。

男子生徒の間からも、うお~、と野太い悲鳴が上がる。

「これは厳然たる事実である。実際に被害に合った女子生徒の証言も取ってある。音声データとして保存もしてあるので、必要ならば提出も可能である。では、プライバシー保護のため個人名は伏せさせてもらうが、その証言を私がこの場で読み上げさせてもらう」

証言内容は高校生の風紀を著しく乱すものであった。

女子生徒の証言があるという所まで音咲は把握していたが、仔細の情報までは手に入らなかった。よってその内容を聞いたのは今回が始めてである。

音咲は一応、内容の真偽を夜香に尋ねた。

「これってもちろん大野の脚色が多分に含まれていますよね?」

「ええと・・・・ここまで酷くはなかったと記憶しているのだけど。ただあの時は興奮していたから・・・・。その子の事は、結構私も本気だったし、ひょっとすると・・・・」

大野の読み上げが終ると集会は異様な興奮状態に包まれていた。無論、議論が白熱しての興奮ではない。ショッキングピンク色の興奮であった。

そんな中で教員達のいる場所からだけは不穏な空気が流れ出ている。

大野の暴露によって生徒たちから夜香に対しての人気は、むしろ高まったかと思われるぐらいである。

しかし教師陣からの心証は最悪なものとなっていた。

大野のスキャンダルという個人攻撃の間、夜香は全校生徒からの好奇の視線と、全教員からの非難の視線を一心に浴びていたが、まったくの不動であった。

動揺することなく、むしろ誇らしげでさえある。

「このような破廉恥な行為に及んでしまう本堂会長の人格には難があると私は考える。現生徒会は、その体制及び、構成役員共に大きな問題点がある。以上のことから、私は早期に解散を要求する」

弁論を終えた大野が、勝利を確信した様子で自分の席へと戻っていく。その背中に音咲は嘲弄を浴びせかけた。

「くくっ、勝ったつもりでいやがる、愚か者めが、これからの奈落の底に落ちるとも知らずに。では行ってまいります、破廉恥会長」

「おや?、もしかして私、音咲君からの信用失った?」

進行役が生徒達を静めるのを待ってから、音咲は壇上の中心へと進み、マイクの前に立った。息を深く吸い込み、弁論を開始する。

「大野君の主張では、我が生徒会は、八重高の自治を恣にしようとした悪の組織であると謳いたいようだが、それは大きな間違いである。今の生徒会を作ったのは権力の独占が狙いではなく、八重高の停滞した澱みのような空気を一掃したいと我々が強く願ったからである。しかし高校生活はたったの三年かしかない。その限られて時間内で改革を実現するためには、君主制と揶揄される今の体制がどうしても必要だったのである。我々が引き起こした激動の荒波は多くの者を苦しめた。しかし与えたのは決して苦難だけではなかったはずだ。クラブ活動は活発になり、大会で優秀な成績を収める部も出てきた。文化祭では外部からの来客者数が倍増した。そして抽象的な表現になってしまうが、生徒諸君は学校生活が楽しくなったはずである」

生徒達の間から音咲の主張に対して同意の意を示す囁きが、幾つか聞こえる。

「そして我が生徒会の功績として最も述べておきたいのは、生徒諸君の自治に対する関心を著しく高めたという点である。昔は、酷い有様であった。皆、病的と言えるほど無関心であった。しかし現在はどうか、我々は非常に活性化していると認識している。今、このような集会が行われていること自体がその証明となろう」

熱っぽい語り口であった音咲が、急に声のトーンを落とした。

「会長はおっしゃられた。我が生徒会の役目は済んだのではないかと、新たな世代に譲るべきではないかと。私も、私以外の役員も、会長と同意見である。はっきりと宣言しよう。我が生徒会はいつでも退く準備があると」

音咲は大野の方を見た。その目には大野に対しての期待が満ちていた。後のことは任せたぞ、と言っているようである。

「しかーし!」

音咲の眦が急に釣り上がった。

「それは飽く迄、相応しい人物が現れた場合である。大野友春は該当しない!」

両手を振り払い、音咲は激しいモーションを繰り出した。

「先ほど大野君は、我らの会長を不適格であるといった。人格に難があると。だがそれは、大野友春もまた然り!。これより私がその事実を証明する」

プロジェクターに大きく手書きの文面が映し出された。

「そっ、それは!」

瞬く間に顔色を変えた大野が、席から立ち上がった。

「これは大野君が中学時代に執筆した論文である。確かな筋から入手しているので本物であることは保障する」

音咲は論文を大野の中学時代の担任から借り受けてきた。担任は、大野の論文が余りに突飛であったため処分せず、面白半分で保管していたのである。

「さてこの論文のテーマであるが、『メガネ種による人類劣化論』となっている」

「止めろ!、止めてくれ!。それは違うんだ!」

大野が叫び騒ぐが、音咲は止めようとしない。音咲は朗々と論文を読み上げていく。

「視力の強弱は遺伝と環境が絡み合って決まるが、この論文では視力はすべて遺伝で決まるという観点に立って論じている」

メガネをかけるということは、その人物の視力が弱いということを示している。

視力が弱いということは、生物として弱いということに他ならない。

このことは人類がこのまま発展していけば何等問題とはならない。技術によって、その弱さは克服されるからだ。しかし人類が衰退した場合には決定的な悪影響を齎す。

人類が凋落し文明が失われ、メガネを作る技術が失われたとすればどうなるだろうか。

メガネ種は、その生物としての弱さを曝け出すこととなる。過酷な生存競争において、弱き者は消えていくのみである。

つまり、メガネ=視力弱い=弱者=滅びやすい、という図式が成立するのである。

視力は遺伝する。メガネの子はメガネということになる。

メガネがメガネを生み、人類の中のメガネ比率を高めていけばどうなるか。

人類は窮地に耐えることの出来ない、滅びやすい種となってしまうのである。

メガネ種は人類を劣化させるのである。

「なんと酷い論法か!、ノーメガネが人類を導くとでも言いたいのか!、裸眼至上主義か!、大野友春はメガネ差別主義者なのだ!。差別かっこ悪い!。以上の理由により、大野友春は生徒会役員として相応しくないと主張する」

音咲は声を荒げて説明を締めくくった。

途端に生徒達から大ブーイングが巻き起こる。

八重高は進学校である。熱心に勉強をしたことによって、視力を落とした者が多く、メガネ率が高いのだ。

また授業時だけメガネをかける者もおり、メガネに対する愛着はひとしおなのであった。

それを否定され、貶され、人類に悪影響を与えるとまで言われては、黙っていられる訳も無かった。

非難の集中砲火を浴びながら、がっくり大野が席に崩れ落ちる。

「生徒諸君、予定ではこの後、投票が行われることになっているが、結果は明白であると私は考える。よって投票ではなく、拍手によって諸君らの意思を示してもらおうではないか」

音咲は集会の流れを勝手に変えてしまった。

多くの生徒が賛同したため、音咲の提案どおりになる。

「では、現生徒会を不信任とし、大野君による新たな生徒会を信任する方は拍手を」

まばらな拍車が起こった。おそらく現生徒会に辛酸を舐めさせられた者達だろう。

しかし、すぐに周囲の圧力に押し潰されて消えてしまった。

「現生徒会の継続を信任する方は拍手を」

体育館は割れんばかりの拍手と歓声に満たされる。

生徒たちが、どちらを指示しているのか一目瞭然である。

教師陣の見解はというと、同性愛を認めることは出来ないが、差別は確実な悪である。よって大野ではなく、夜香を支持する、というものであった。

結果は現生徒会の完全勝利であった。

「お見事よ、音咲君」

「ありがとうございます、会長。大野もスキャンダルに頼ったのが運の尽きです。あんなものにさえ頼らなければ、自分たちもこんなネタ、使わなかったというのに」

「でも、大野君の今後は大丈夫なのかしら」

「敵の身を案ずるとは、会長も人が善い。心配には及びません。ちゃんとフォローは考えていますから、っと、言っている側から、その機会が来たようです」

大野は震えながら自分の膝を握り拳で思い切り叩いた。そして、嗚咽を漏らしながら何かを呟いている。

音咲の指示により、進行役がマイクを持って行って、音声を拾った。大野の呟きがスピーカーによって体育館内に流れる。

「ワイは・・・ワイは・・・」

大野は関西圏の生まれであり、追い詰められると地が出てしまう性分であった。

今でこそノーメガネであるが、大野友春は小学校時代メガネをかけていた。

度の強いメガネをしていたために、心無い同級生からからかわれ、虐められていた。

しかし大野は挫けることはなかった。彼は一人ではなかったのである。クラスにもう一人、度の強いメガネをしている子がいたのである。

共通点を持つ二人はすぐに友となり、互いに支え合って、虐めに対抗した。

大野はその子を親友だと思っていた。しかし大野の想いは脆くも裏切られてしまう。

夏休みの開けた始業式の日、登校してきたその子は、なんとメガネをしていなかった。

夏休み中に視力回復手術を受けたのである。

その日から、その子もまたメガネを虐める側に回ってしまった。

メガネの友に裏切られたこと、メガネ虐めが自分一人に集中するようになってしまったこと、大野はダブルパンチを受けて心に深い傷を負った。

大野も親に手術を希望したのだが、

「成長途中なのに、手術だなんてとんでもない」

と却下されてしまった。

大野は諦めず、手術を希望し続けた。そして中学三年になった時、とうとう念願叶って手術を受け、メガネを不要とする体になった。

その時、これまでのメガネに対する鬱積していた思いをぶつけるようにして書き上げたのが、メガネ種による人類劣化論なのであった。

「メガネが憎かったんやー!」

咽び泣く大野に、音咲が近づき、殴る振りをした。エア打撃だ。

「ばっきゃろー!」

大野はエアで床に投げ出される。

「大野、『人を憎んでメガネ憎まず』という言葉を知っているか、これは中ツ国の格言だ」

「・・・人を憎んで・・・メガネ憎まず」

大野はよろよろと身を起こす。

「メガネが原因で虐められたとしても、悪いのはメガネじゃない。メガネをしていたお前の、心の弱さが悪いのだ」

「ワイの・・・心の弱さ・・・」

「そうだ、思い出してみろ。メガネをかけている偉人はたくさんいるぞ。愚地独歩、渋川剛気、そして花山薫」

「なんでグラップラー関係の人ばかりなんや・・・、でもあんさんの教えてくれたその言葉、ワイの心に響いたで、こりゃ一から出直しや」

大野は口元を手の甲で拭いながら壇上から去っていた。

ここに音咲の手によって、オオノトモハルの乱は平定されたのであった。

因みに、その後、大野がメガネ差別の件で周囲からいじめられるようなことは無かった。体育館で独白によって、全校生徒に大野の裏事情が伝わったので、彼を責める者は誰もいなかったのである。

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