5話目
「会長!、終に大野の切り札に関する情報を手に入れました!」
音咲は資料片手に生徒会室に飛び込んだ。中には夜香と荒城の二人がいた。
「そう、では早速拝見しましょう」
音咲はあらかじめ人数分コピーしておいた資料を二人に配った。
夜香と荒城はしばらくの間黙って資料に目を通していく。
やがて夜香が大きな反応もなく、静かに資料を机に置き、目を閉じた。
荒城も資料を読み終えると、気まずそうに視線を彷徨わせ、躊躇いがちに口を開いた。
「これは・・・・スキャンダルですね」
スキャンダル、名誉を汚すような不祥事。
大野が切り札として準備しているスキャンダルは、なんと夜香会長のものであった。
「会長、まずこれに記載されていることが事実であるのか確認させてください。ずばり聞きます。会長は同性愛者なのですか?」
音咲の質問に、躊躇いと遠慮は一切無い、じっと夜香を見つめている。
閉じられていた夜香の瞳が、すっと開く。
「自覚は無かったけれど、昔はそうだったのだと思う。でも今は違うわ。私が好きなのは年下の女子と音咲君よ、だから正確に言えば女性も男性も恋愛対象にする両性愛者ということになるわね」
夜香の返答に荒城は唸った。ちっとも好ましい答えではなかったからだ。
しかし音咲は安堵した風に胸を撫で下ろしている。
「ありがとうございます。自分も会長のことを女として好いと感じております」
「あら、いい女と言われるより、そっちの言い方の方が嬉しいわね」
急に二人が惚気だしたので荒城は呆れてしまった。
因みに学校で音咲と夜香が付き合っていることを知る者は誰もいない。
時々、今のようにいちゃついたりするのだが、周囲の人々は皆、単なる悪ふざけだろうと思っている。
夜香はきつめの冗談を嗜む人間だし、音咲に関しては冗談を食べて生きているような奴だからだ。
話を元に戻すため荒城は咳払いをする。
「となるとこの資料に記載されていることは偽りでないということですね。では被害者の女子生徒の証言があるとのことですが、このような女子生徒は実在しているのですか?」
大野は夜香から迫られた女子生徒を取材し、その証言を音声データとして保存しているようである。
「被害者とは随分な言い草ね。最後の一線を越えた子はいないわ。ただ悪ノリし過ぎて危機感を与えてしまった子はいるかもしれないけど」
「となると、これも真実ということになるんですね。ふむう、音咲、どう思う?」
「今の時世を鑑みれば、このネタは生徒達からの印象を悪くするには足らないと思う。女性同士の同性愛、しかも会長クラスともなれば、男女共に幻滅するどころか、むしろ興奮して人気を博するくらいだと思う。あっ、失礼、同性愛じゃなくて両性愛でした」
「確かに音咲の言う通りだな、けれどもあの大野も現代っ子だ。その辺りの風潮は理解しているはず。その上でこのネタを切り札としているのだから、何か別の狙いがあるはずだ」
「・・・おそらく、狙いは先生方ね」
荒城の提示した疑問に、夜香が形の良い顎に指を添えて回答を出す。
「なるほど!」
音咲が表情を輝かせて頷いた。
「女性同士が愛し合うというネタは生徒達から受けがよくても、道徳の虜である教師からしてみれば嫌悪すべきものでしかない。八重高の教員は皆、特に保守的だから尚更だ。大野は我々から教員の信頼を奪い、失墜させるつもりなんだ」
生徒会役員の信任は生徒によって行われているのだが、教員は全くの無力という訳ではない。
不適任と思われる人物が選ばれてしまった場合には、強制的に解任させることができる。
「これは、思いもよらぬ場所から攻めてきたわね」
我が事にも関わらず夜香はどこか楽しそうだ。
「けしからん!」
音咲は持っていた資料を勢いよく机に叩きつけた。
しかし資料は軽く枚数も少なかったので、あまり音も立てず、ふぁさっと机に広がっただけだった。
バチン!、とやりたかった音咲は少し不満気だ。
「このやり方は感心できん。国の政治の場ならともかく、生徒会という場で、個人攻撃に等しいスキャンダルを用いて追い落とすなんてあってはならないことだ。しかも、この程度のネタは騒ぐに値しない。現体制を攻めるという正攻法で敗れるならまだしも、こんなやり方で滅ぶのは我慢ならん。現体制に問題があるのは確かだが、会長と我々が懸命に努力してこの学校に新しい風を吹かせたのも、また確かなことだ。それを醜聞で汚されて退場など酷過ぎる。これは何が何でも負けられなくなった」
音咲は俄然やる気を出して燃え上がる。
「荒城、例の物がどうしても必要になる。在処は判ったか?」
「ああ、突き止めてあるとも。後は貸してもらえるかどうかだな」
「よし、じゃあ場所を教えてくれ。俺が行ってくる」
夜香は音咲と荒城の遣り取りを聞いて、わくわくと心弾ませている。
「元凶である私がこんなこと言うのは不謹慎だけど、なんだか面白いことになりそうね」
「スキャンダルにはスキャンダルを。お任せください、会長。この私めが見事オオノトモハルの乱を平定して御覧にいれましょう」
音咲は夜香に恭しく礼をするのであった。
事件を求めて散策を続けること数日間、音咲はとうとう惨劇の場に遭遇した。
以前も見掛けた面識があると思しき人物がいたので、追跡した所、現場へと辿り着いたのである。
場所は人通りの無い裏手に面した廃倉庫であった。
中から呻き声が聞こえたので扉に手をかけて開けてみる。
鍵はかかっておらず、扉はあっさりと横に滑った。
内部から明かりが漏れ出す。車が停車していた。
ライトは点灯したままの状態となっており、それが光源となっている。
ワゴン車であると思われるのだが、形が奇妙になっている。
車体上部が、爆発にでもあったように吹き飛んでおり、オープンカーになってしまっていた。
周囲には残骸が散乱しており、その残骸に交じって人間が転がっていた。
全部で三人、全員男だ。呻いているので死んではいない。
その内の一人は跪かされている。そしてその前に音咲の見知った人物が立っていた。
最初に見た、あの惨憺たる光景の再現であった。
再現は続いていく。跪く男の左腕が持ち上がった。
そして非現実的な現象もスタートする。
男の左手が背中側を向いた。左腕もストレッチをするように反れた。弓のように曲がり左腕が撓む。
意識を失っていた男は痛みで覚醒した。
途端に男の左手首が気味の悪い音を発して折れ、手の甲が腕の外側と密着した。
男はそれを呆然と見詰める。
激痛が襲ってきたのだろう。男は悲鳴を上げて暴れだした。
しかし左腕だけは固定でもされているように微動だにしない。
また音がした。
今度は手首と肘の中間辺りが後ろ側に折れていた。
男の悲鳴がより一層大きくなる。
次は肘関節が逆側に曲がった。そして次は肘と肩の中間が折れた。
男の左腕は巻き取られているのだった。
耳を劈く男の叫び声は裏返っていた。腕は肩まで巻かれた。
そこで急に静かになる。男は痛みに耐え切れず、白目を剥いて気絶していた。
しかし巻き込む作業は止まろうとしない。
腕を終えたので今度は胴体に取り掛かっている。
このままでは、またしても人死にが出てしまう、止めさせなければ、そう思った音咲は取り敢えず挨拶をしてみることにした。
「どうも、会長。お晩です」
巻かれいく男の前に立っていた人物、本堂夜香が振り向いた。
音咲はまた、あの目を目撃する。
感情の篭っていない作り物のような瞳、しかしその奥には尋常で無い、激しい衝動の炎が燃え盛っている。
そして顔には笑みが張り付いていた。
いつもと違う、まったく好感を持てない笑みであった。
「あら、奇遇ね。こんな所で何をしているの?」
聞き慣れた声色で、にっこりとしたまま、夜香はそう言った。
男にかかっていた力が解けて、弾けるように腕が戻る。
力なく床に倒れた男の左腕は原形を失い、古着のように、よれよれになっていた。
音咲は男の無残な姿を視界の端に捉えながら夜香の質問に答える。
「散歩の途中で、ふらりと立ち寄ったんです。会長こそ、どうしてこんな場所に?」
「私はこの人達に連れて来られたの。まあ、正確に言えば拉致されたの」
夜道を一人で歩いていた所、急にスモークフィルムを貼ったワゴン車に横付けされて、中に引きずり込まれたそうである。
「この人たちが巷を騒がしているストリートギャングってやつよね。こんな人気の無い場所に連れ込んで、私に何をしようとしたのか・・・・、なんて言うまでもないわ」
夜香はじっと男たちを見下ろしている。
「そうですか、とにかく無事でなによりです。ささ、では帰りましょう。自分が会長をご自宅までエスコートします故に」
音咲は、つつっと夜香に近づき、その手を取ろうとした。
「そう、でも少しだけ待ってもらえるかしら。すぐに終らせるから」
夜香は倒れた男を無理矢理起き上がらせる。
「あのー、会長。一体何を?」
「始末するの」
さも楽しそうに夜香は言い放った。
「この人達、随分と手馴れていたわ。これが初犯じゃないわね。おそらくこの手の犯罪の常習犯よ。殺しておかないと、後々の犠牲者が増えてしまうわ」
「殺すって・・・そんな物騒な」
そう言っている間にも男の首が不気味な角度で傾き出す。圧し折るつもりだ。
「たんまたんま、ちょっとたんまです、会長。警察に逮捕してもらえばいいじゃないですか」
「この手の輩は刑務所に入っても、出所すればどうせ同じことを繰り返す。殺してしまうのが一番なのよ。それにね、私はこういった悪漢が大っ嫌いなの。こういうのが生きているという事実だけで虫唾が走るの。だから、抹殺してしまいたい。邪魔をしないで音咲君、これは本番のための大事な予行演習でもあるのよ」
音咲は夜香の言う本番という単語が気になったが、今はそれどころではない。
とにかく夜香を止めなければ。
「一先ず、止めましょうよ」
「どうしても邪魔をするのね、困ったわ。だったらあなたも排除しないと」
宣言してから行動に移すまでの時間は極めて短かった。
危険を察知し、反射的に身をずらす。
一瞬前まで音咲の立っていた位置を不可視の衝撃が駆け抜けた。
衝撃は倉庫の内壁に当り、炸裂する。内から外へ壁は爆ぜ、人一人余裕で通れるほどの大穴が開く。
いくらボロボロの倉庫でも壁は金属製で厚みもある。それを粉砕したのだから、その威力は並大抵のものではない。まともに喰らえば骨は砕け、内蔵は潰れ、即死するだろう。
「外れたわ」
音咲を殺そうとした夜香の口から出た言葉はそれだけだった。
笑みも崩れておらず、何の感慨も抱いていない、音咲の生死などに興味は無いという風であった。
殺されかけた音咲は嘆息し、冷や汗を拭う。
夜香の視線が音咲を追いかけ、そして捉えた。
「やるんだろうなと分かっていましたけど、少しくらい躊躇して欲しかったなぁ」
参った参ったと音咲は後頭部を撫でてみせる。
もはや障害になることはないだろうと判断したのか、夜香は男の方に向き直ってしまう。
「だから駄目ですって、会長」
音咲は再び無造作に夜香へと近づいていく。
まるでもう一発くださいとでも言わんばかりの無防備さである。
ぐるりと身を捻って、夜香の目線が音咲に合う。
その時、外から人の声が聞こえた。一人ではない、多数の声が、徐々にこちらへと近づいてきている。
先ほどの爆発音を聞きつけたのだろう。いくら人気のない場所でも、あれだけ大きな音を出せば誰かの耳に届く。
人々の喧騒に混じってパトカーのサイレンも聞こえてきた。
夜香によって強引に立たされていた男が、糸が切れるようにして床に崩れた。夜香が男を解放したのである。
音咲は、夜香が諦めてくれたのだと思い、ほっと安堵の溜め息を吐いた。
しかし、それは違っていた。
夜香の目線が音咲に貼り付いたままである。既に微笑んでいない。
背筋が怖気立つのを感じて、音咲は後方に飛び退き、夜香との距離を開ける。
男達に向けられていた夜香の害意がすべて音咲に集まっている。
興を削がれたのが、よほど気に食わなかったのだろう。
「会長、状況的にお開きにすべきだと進言します。懸命な決断を!」
ホールドアップして音咲は夜香に訴えた。
しばし夜香は音咲のことを凝視していたが、何も語らず、その艶やかな黒髪を手で一撫でして、倉庫から出て行ってしまった。
ホールドアップのまま、その姿が視界から消えるまで音咲は見送る。
夜香の姿が見えなくなると音咲は上げていた両手をだらりと垂らした。
「あぶねー、殺されるかと思った、じゃなくて実際に殺されかけたのか」
倉庫に集まってきている人々の声はすぐ傍まで来ていた。
音咲はすばやく、気絶している男たちの安否を確かめる。全員、命に別状はなかった。
男の携帯電話を拝借して、救急車を手配しておく。
そして音咲も倉庫から退散することにした。人目に付かないように裏手から出て行く。
「覚悟はしていたけど、大変な目にあったぜ。でも散策を続けていた甲斐はあったかな。会長を殺人者にさせずに済んだし。よかったよかった」
まだ途中ではあったが、色々あって疲れたので、音咲は本日の散策をこれで終了とし、家に帰ることにした。




